石油王()に転生したので全力でメディア様に媚びる 作:Una
「こんな素材をどこで入手したんだ⁉」
目が覚めて最初に知覚したのは、騒がしい男の声だった。野太い中年男性らしき声に覚醒を促される不快感についつい眉根をしかめてしまう。初めて開かれる自身の眼瞼の強固さと人工光の白々しさが不快感を増幅させる。
「落ち着いてください、ムジーク卿」
「これが落ち着いていられるか!」
先から怒鳴るように叫んでいるのは金髪の髪を撫でつけたぽっちゃり系の男だ。口元に蓄えた髭も金色である。身に着けた白衣のボタンがパンパンに張りつめている。
そんな髭でぶに詰められているのは褐色肌に金色の長髪を大雑把に結い上げた、少年と青年の中間といえる年頃の男だ。
「貴様が提供した細胞は間違いなく人間のそれだった! しかしホムンクルスとして培養してみればなんだこれに内包された神秘は!」
「お気に召しませんでしたか? ちょ、唾飛んで」
「魔術回路も大きく変質している! 現代の魔術師ではありえない! これが過去の聖遺物に残った血液から強引に培養したというのならばわかる。だがあれは生きた細胞だ! 血液も血球すら残った新鮮さだった! こんな神秘と魔術回路を併せ持った生きた人間が現代のどこかにいるということだろう⁉」
髭の中年が金髪の少年の胸元をつかみ上げる。身長はかろうじて中年でぶのほうが高い。
中年の指がまっすぐ、培養槽の中でプカプカと浮かんでいる自分を指した。隣にあるホムンクルスのバイタルを示す無機質なモニターでも無表情に並ぶ培養液の予備タンクでもなく、自分を。
「あれらの元となった細胞の持ち主を教えるんだ! ホムンクルスにまで遺伝する神秘の持ち主だ、神代から生きる何かだろう⁉ この型のホムンクルスを量産し配合を研究すれば、神代の神秘を再現できるかもしれんのだ!」
「お気持ちはわかりますが」
褐色肌の少年は、その整った顔を緩めるように笑みを作り、言った。
「あれの入手にはかなり危険な橋を渡りましてね。来る闘いに備えた秘中の秘とも言える切り札なのです。そう易々と内容を明らかにはできませんよ」
それに、と青年は指を一本立てて告げた。
「これは公平な取引だったはずです。素材も費用もこちら持ちでホムンクルス8体を鋳造していただく代わりに、彼の錬金術が大家、アインツベルンが戦争に持ち込むマスターを手に入れ生きたままムジーク家に差し出すと。それがどれだけムジーク家の錬金術を発展させるか……ノーリスクハイリターンのちょろい勝負だと喜んでいたではないですか。これ以上欲をかいてはいけません」
「……説教のつもりか? も、物の価値もわからん子供が」
「どうしますか? 我がガリアスタ家の精鋭をここで敵に回して私のホムンクルスを強奪するか、4年後に行われるだろう第四次聖杯戦争の結果を待つか」
金髪の中年は苦い薬をかみ砕いたように顔をしかめた。自分たちを囲む形で、緑のフードとマントで身体を覆った一団が整然と並んでいたからだ。
紫電を纏い立ち並んだ彼らに、パイプがむき出しとなっている壁際に並んでいた白いスーツの集団が身構えた。どれもが緑がかった灰の髪に碧眼だ。ムジーク家製ホムンクルスの兵隊である。しかしそれはあまりにも遅い。
「どちらでも構いませんよ? 例えばここで争いになったとしても、私がここでホムンクルスのノウハウを奪えて口止めにもなり一石二鳥ですし。ただあなたの家系とは今後も仲良くしておきたいというのが本音ではあります。絶対ではありませんが」
あくまで例えですがね? と朗らかに尋ねる少年の笑みに、金髪中年はこめかみに汗を一筋垂らした。魔術師として垂涎の研究材料を前にして、強奪の選択肢が浮かんでしまったのだろう。浮かばなければ魔術師失格である。ましてや相手は歴史の浅い家の年若い当主だ、少し魔術で脅せば──そんな高慢さと浅い思惑が見透かされたと同時に少年が私兵を並べ先んじて恫喝したのだ。
今後も付き合いを続けたいというのは事実だろう。ただそれは年齢的に、そして家格的にも若年となるガリアスタの当主である少年としては取引先の一つ扱いされたくない、言い換えれば舐められたくない、対等な付き合いでなくてはならなかった。
「……ご、強奪だのなんだの、そんな物騒な例えを考えなくてもよかろう」
そう言って中年は少年の襟から手を離した。
「そうですね。疑心暗鬼な子供の癇癪と笑ってください。予定通りにいかないとどうにも抑えが利かないのです」
言いながら少年は襟を正し、その流れで右手を中年へと差し出した。一瞬の呆けを挟んで、中年も同様に右手を差し出し、空気を軋ませるような握手をした。
それからは特筆すべきこともない。予定通りに鋳造の終わった自分含めた8体のホムンクルスが予定通りに培養槽から出されて、予定通りにガリアスタ少年に引き渡されただけである。
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「弊たちはなぜ造られたのでしょうか」
そう口にしたのは、私のすぐ後ろを歩いていた、ゴルド・ムジーク氏が取り乱す原因となったホムンクルスだ。肩まで伸びた乱雑なボブカットは緑がかった灰色。肌は病的に白く、両の瞳は翡翠のように緑に煌めいている。そんな彼女の背後には同じ色をした7体のホムンクルスが並んでつかず離れずの距離で歩いている。顔はどれも判で押したように同じだった。
「情報は入力されてないの?」
「一般常識および魔術については日常生活が困難にならない程度の情報が弊たちにはインプットされています」
なぜか自慢げに胸を張った。ムジーク家から引き取ったホムンクルスはみな女性型である。ムジーク家製の白い制服を着ているとわかりにくいけど。
「聖杯戦争については?」
今度の問には右端を歩くショートヘアの個体が答えた。
「万能の杯たる聖杯を求めて7人の魔術師が7騎の英霊をサーヴァントとして召喚し殺しあう魔術儀式であると弊たちは把握しています」
「え、そうなのですか」
「え」
「え」
先ほどどや顔でない胸を張った個体が驚きの声をあげ、見開かれた緑の瞳で互いを見ながら確認しあった。え、そうだよね? なにそれどこ情報? あれー? そんなやり取りが小声で飛び交った。どうやら知識にも個体差があるらしい。
「まあともかく、今説明してくれた聖杯戦争が4年後に開催される予定なんだ。それに向けた秘密兵器としてムジーク家に作ってもらったんだよ」
「なぜあのちょび髭はあれほど驚いていたのでしょうか」
「製作者には敬意を払いなよ」
「誰を主と仰ぐかを決める権利は我々にもあります」
そーだそーだ、と後ろからついてくるホムンクルスたちが抗議の声をあげた。曰く、加齢臭のする小太りの中年は御免被るとのこと。ホムンクルスってこんなに自我出してくるものだったっけ。
とはいえ。
なぜと問われれば、理由を答えるのもやぶさかではない。彼女たちとは第四次聖杯戦争で自分の命運を握るパーツでもある、いわば運命共同体だ。
私は歩みを止めないままに小声で詠唱をした。ちょっとした認識阻害。会話がすぐ横にいてもまるで次に行く飲食店を決めるためのディスカッションにしか聞こえないようになる。
「君たちのモデルとなった素材が特別製だったからだよ」
「といいますと?」
「イギリスにね、神代の英雄を復活させるためにその英雄の魂と精神が入る肉体を作ろうとした儀式をやってた村があったんだ。1500年くらいかな? ずっとその儀式を続けて積み重ねて、今代でようやく完成形と言えるような体が出来上がったんだよ。神代の英雄と同じ肉体なんて、クローンで増やすにはこれ以上の素材はないでしょ?」
「だからちょび髭は神秘がどうの魔術回路がどうのと騒いでいたのですね」
納得しました、とそこで話を打ち切ったボブカットに代わり、今度は右端の個体が、
「その英雄とはどちら様なのですか」
と聞いた。
よくぞ聞いてくれた。正直言えば、これを誰かに言いたくてたまらなかったのだ。
私は若干の間を置いて、にっこにこになっている表情筋を抑えられないままに告げた。
「──アーサー王だよ」
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私がアトラム・ガリアスタに転生したのは13年も前の夏のことだ。
広大な油田を抱えるガリアスタ家。その当主である父と、その4人目の妻との間に生まれた7番目の子供。それが今世の私だった。
石油王と呼んだほうがわかりやすいかもしれない。
とはいえ生まれて数年は、自分がまさかあの石油王(笑)として生まれたなんて想像もしなかった。ただアラブの石油王の家に生まれたぜ人生勝ち組ひゃっほーとしか思っていなかった。
美人の嫁さん3人くらい娶って幸せに生きてやるぜ、なんて予定を立てていた。
ところがそのガリアスタ家がなかなかに曲者だった。
ガリアスタ家は多くの妻に多くの子供を産ませ、試練を与え相争わせ、最後まで残った子供を次期当主として指名する習わしがある。およそ魔術の家では考えられないような選別方法だ。
このあたりから私の予定に暗雲が立ち込めてきた。
魔術は一子相伝が基本だ。
子供を作るなら本命とスペア、そのまたスペアまでがせいぜいだ。多く作れば作るほど扱いに困る。これが分家を山ほど抱えてるようなでかい家であるなら分家に養子に出すとか各派閥間で政略結婚させるといった選択もあるだろうが、そんな家はやはり少数派だ。
まあガリアスタ家にとっては魔術なんておまけ程度の扱いなのだから、そんな魔術界隈の常識なんて知ったこっちゃねーのである。
そんなわけでガリアスタ家に生まれて5年ほど経ったころ、父主導で鬼のような試練を与えられ始めた。
砂漠を歩いて踏破しろとか、石油採掘会社に下っ端として入って生き残れとか、小さい会社のCEOにいきなり就任させられて黒字を出せとか。
それを兄や姉の暗殺や姦計を躱しながらこなさなければならないのだからばかばかしいにもほどがある。5歳の子供にやらせることではない。
正直、生きることが目的なら家督だの当主の座だのなんてうっちゃって、実家にいるエロいねーちゃん3人くらい誘って金目のものをパクッてドロップアウトしてもよかったのだ。自分がCEOになって経常利益爆上げさせた会社の証券抱えているだけで前世の生活よりはるか上の暮らしを送れるのだから。
そんな予定、というか皮算用を頭の中で進めていた時に自分が石油王(笑)であることに気づいたのだ。
愕然とした。
なぜなら、すべての予定の前提である「生きる」というところからすでに砂上の楼閣な世界なのだから。
アンリマユで世界が滅ぶかもしれない、世界中で聖杯戦争が勃発しまくる世界かもしれない、近い将来魔力も石油も枯れ果てる世界かもしれない、2015年だかに世界が滅亡するかもしれない。
そこまで大掛かりな死でなくとも、魔術師の気まぐれとか吸血鬼の食事とか、そういった超常的な存在の争いやら趣味やら研究やらに巻き込まれるかもしれない。
だから、自衛の力を付けるためにも自分は魔術を修めなければならなかった。
それからは死に物狂いだった。
今までの無気力な姿勢を反省して、まずはこちらを舐めてくれていた兄と姉全6人が事故で亡くなることになった。
私が風邪で欠席した家族旅行で彼らが使用したそれぞれのプライベートジェットが全て離陸直後に爆発四散したのである。
機内のガスコンロの整備不良が原因とのことだった。
まことに不幸な事故だった。
まったくもって残念でならない。
そうしてから悲しむ弟や妹、加えてその母親たちには正面からお話しして、今後私を後継者として認め支援することを誓わせた。
残念ながら自分の息子を後継者にすることを諦めきれない義母が一人いたが、こちらは避暑に使用した客船サイズのプライベートヨットが航行中に漂流し、2週間後に餓死した姿で発見された。
なんだかよくわからないけどガス会社の責任だと発表された。
つくづく不幸な事故だった。
返す返すも残念でならない。
「そんなわけで私はガリアスタ家内での地盤を盤石にして、無事ガリアスタの魔術を習得するに至ったわけだね」
「ドン引きです」
アラブの実家に帰るジェット内で、私は帰路の間ずっとホムンクルスと緑コートの部下たちから引きつった目で見られ続けることになった。
なんでや、魔術師の家ならこの程度の権謀術数なんて日常茶飯事じゃんか。