石油王()に転生したので全力でメディア様に媚びる   作:Una

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第2話 情報

 久方ぶりに浴びる砂漠の乾いた風は、自分が故郷に戻ってきたのだと自覚させてくれる。

 

 イギリス軍のスエズからの撤退と、数年前に開設されたジュベル・アリ・フリーゾーンと呼ばれる経済特区が、ドバイの経済を飛躍的に発展させた。原油に依存していた経済の偏りが是正されつつあり、産業の多角化と近代化が急速に進行している。

 

 それに合わせてまるで日本のタケノコのようにニョキニョキと、400メートルとか500メートルとかとんでもない高さかつモダンなデザインの超高層ビルが生え続けている。

 

 およそ1年ぶりの故郷の空気を胸いっぱいに吸いながらあたりを見渡す。

 

 青い空。右手には見覚えのないビル群。私たちを頭上から変わらず照り付ける太陽。私の背後でぶっ倒れているホムンクルスたち。何してんだこいつら。

 

「……弊たちは文字通り箱入り娘でして……こんな、暑……死ぬ……」

「おかしいな。君たち魔術は使えるんだよね? それで暑さを防いだりできないの?」

 

 たしかにムジーク家の制服はカッチリし過ぎて暑そうだけども。

 

 ちなみに私からすればこの程度の気温も日光も、十数年の間にすっかり慣れ親しんだ、むしろ心地よい気候だ。

 

「それにもう10月だよ? 暑いといっても40℃程度じゃん」

「風よけの、魔術で、熱風を、防げても……直日の輻射熱は如何ともしがたく……水」

「あー、ドンマイ。ほら見て見て、あれがブルジュ・ハリファ。828メートルあるんだよ」

 

 丁寧に舗装された片道三車線の道路が砂にかすむ先まで続いている。その両端にはヤシの木的な街路樹が等間隔で並んでいる。樹木が作る不自然なまでに直線的な影に、ホムンクルスたちはうつ伏せの状態でうまいこと体を収めて直射日光を避けている。一番近くで寝転がっている長髪の個体に向かって、覗き込むように話しかけてみた。

 

 もちろん返事はなかった。小さく「死ね」って聞こえた気がする。

 

「しょうがない。運んであげて。そろそろ予定がずれこんじゃう」

「はっ」

 

 一緒に連れていた私の精鋭部隊は、身にまとっていた緑のコートを裏返し、白い裏地を表向きにしてアバヤ風に着こなしている。12人の部隊員のうち7人は私の異母弟妹である。二度三度と格の違いを母親ともども植え付けたり、逆に飴を与えたり。そんな押したり引いたりで彼らの思考力をそぎ落とした結果、今ではすっかり私の手足として従順に働いてくれているようになった。

 

 すっかりグロッキーになったホムンクルスたちを小脇に抱えて、彼らは私の後に付いて歩き出す。どの個体も多少の誤差はあれど大体身長154センチ体重42キロという小柄な体型なため、原始電池を用いた身体強化術式で強化された彼らの腕力ならトートバッグを肩にかける程度の負担も感じていないだろう。

 

「ムジーク氏にはみんなの肉体強度を上げてもらうように調整してもらったはずなんだけどな。クレームと一緒にクーリングオフかなぁ」

「……やってみなさい。その時には人権を求めてムジーク家のホムンクルスを扇動してデモ行進してやりますよ。3時間以内にあの研究所を更地にしてやります」

「それはやめてほしいかなあ」

 

 あの研究所にも、ムジーク氏の人脈にもまだまだ使い道はあるのだ。

 仕方ない。

 新しくホムンクルスを発注するのも予定を乱すだけだし、暑さや外部環境への適応力についてはこれから対策を考えていこう。

 どのみち、これから大幅に改造していかなければならないのだから。

 

 

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 部隊員とホムンクルスを引き連れてやってきたのは、自宅として利用している高層ビルの中ではほんの200メートル程度しかないこぢんまりとしたビルだった。

 

 建物全体が私個人の所有物であり、自宅としても利用しているわけだが当然すべてのフロアを自分だけで使えるわけがない。テナントや最上階の展望台やレストラン、屋上のプールや映画館に展示品を並べるイベント会場などなど。旅行代理店を利用して観光客を集め、金を落とさせるスキームを確立させた観光施設でもあるわけだ。

 

 21世紀に入ってから作られるだろう世界最大のショッピングセンターであるドバイモールが開業するまではせいぜい稼がせてもらおうと思う。

 

 それはさておき。

 

 今日私が目的としているのはこのビルそのものではない。私が工房として利用している、ビルの地下室だ。

 

 魔力に頼らない結界を張ることで一般人が近づけない、なんとなく近づこうと思えない暗さと配色を施した通路。その奥にある備品の搬入口に偽装した巨大エレベーターに部隊員とホムンクルス、そして私の計二十一人が乗り込む。カードキーを当てて7桁のパスワードを入力し、開かれた指紋認証装置に人差し指を当てながら魔力を流す。これでようやくエレベーターが地下へと向かって降りて行った。

 

 一瞬だけ体が重力から解放される感覚。無音で降りていくため体感ではわかりにくいが、地下40メートルの深さにある工房にほんの4秒で到着した。

 

 開いた扉の先には、ムジーク家の研究室然とした工房とは意匠の異なる、エキゾチックな雰囲気の和室が広がっている。長い卓が並べられており、部屋の隅には座布団が重ねられている。さらに右手の通路を進むとジャグジー、サウナ、水風呂といったスーパー銭湯によくみられるラインナップが揃った浴場になっている。

 

 私の趣味だ。やっぱりリラックスできる環境でないと脳がしっかり働かないというか。

 

「ホムンクルスをチェアに座らせてやって」

「はい」

 

 部隊員たちは抱えていたホムンクルスをフローリングに並んでいた少し厳ついチェアに座らせ、横に備えられていたスイッチを入れた。振動するチェア、うぃんうぃんと機械的な音を立てて回転する首と腰部分に取り付けられていた拳大の突起。

 

 そう、マッサージチェアである。

 

 ホムンクルスを抱えていなかった余りの部隊員がチェアの手すり部分に取り付けられているドリンクホルダーにドリンクサーバーで注いできたドリンクを運んできた。

 

 気が利くな。さすが私の精鋭部隊だ。

 

「な、なんですかこれ! 弊たちは一体なにをされてぇぇぇぇぇっ」

 

 ムジーク家のある東欧からドバイ国際空港まで数時間、さらにそこからはリムジンでの送迎だ。いくら肉体強度向上の方向に調整を受けて培養されていたとはいえ、同じ姿勢でいれば体が凝ってしまうのは人間でもホムンクルスでも変わらない。さらにそれがずっと培養液の中でぷかぷか脱力して浮いていただけのホムンクルスであるならなおさらだ。

 

「ほら、今日は移動だけで疲れただろう? 身体の凝りを取って、この栄養ドリンクで渇きを癒して。本当は私の工房自慢の銭湯を味わってほしかったけれど、さすがに脱水しかけている状態でサウナ極めるのはね」

 

 下手すれば一体や二体死んでしまうかもしれない。

 

「くっ……! 弊たちが、こんなことで屈するなどとチュウウウウなにこのジュースうっま」

「そうですこんなわかりやすい懐柔手段であなたを主と認めるとはああああ効くううう!」

「こんな快楽で身体が堕ちても弊たちの心は、こ、心は……あ、ああああ! あ、本当にジュースおいしいです」

 

 こいつらってアルトリア顔の面影がだいぶあるから、見た目が完全に凌辱拷問を受けるくっ殺女騎士になってるんだが。ただのマッサージチェアなのに。

 

 まあここに並べたマッサージチェアは、科学分野で研究されている最新の人体工学と、時計塔に侵入させた手駒が集めた創造科の人体模造に関するここ5年間に発表された論文に基づいて設計し、私が手ずから作り上げた最高の作品だ。

 

 飴と鞭は表と裏でなければならない。

 

 厳しい鞭を受けたからこそ飴の味が格別となる。その構造ができていないと、従属させる側の心には真の忠誠が芽生えない。飴だけでなく鞭すらも君のためを思ってのものだと意識的にまたは無意識の中に刻み込んでいくのだ。

 

 今回の場合は、長い旅程を乗り越えたからこそ今の快楽があるという構造だ。

 

 どれだけムジーク家にて知識を植え付けられようと、科学と魔術を融合させることで生み出される快楽を前にしては、経験値のないホムンクルスの見かけ上の忍耐力など塵芥も同然である。

 

 その証拠に、マッサージを受け始めて10分。たったそれだけの時間で、あれだけ反抗的かつ私に対してドン引きしていたホムンクルスたちは深い眠りに落ちてしまった。

 

 さて。

 

 それでは改造をはじめようか。

 

 精鋭部隊を作るときに選別を兼ねて散々経験を積めたからね。今更失敗することもないでしょ、多分。

 

 

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「……ん」

 

 最初に目覚めたのは、ボブカットのホムンクルスだった。

 

 予想通りだ。改造手術の結果として、もっとも適合率が高いのがこの個体だとデータに出ていたからだ。

 

「眠ってましたか……くっ、なんて不埒な椅子。弊たちにこのような痴態を晒させるだなんて。これはもう責任をとって添い遂げなくてはなりません」

「別に拘束されてたわけでもないのにこの言いぐさよ。まあ私が作ったマッサージチェアが気に入ってもらえたみたいでよかったよ」

「……」

 

 私が作ったと聞いた途端、渋面を作って自分の座っているマッサージチェアをにらみつけた。こんガキャほんま、生後2日のくせに生意気だなほんとに。

 

「それより君たちの新しいスペック表なんだけど、これ持って魔力を流してみて。強化の要領でいい」

「なんですかこの紙は」

 

 言いながらボブカット個体は素直に紙を受け取り、そこに魔力を流した。

 

 すると紙の表面に、ぎっしりと文字が浮かび上がった。

 

 文字、と表現したのはそれが一番イメージとして近いからである。それも文字の中でも表意文字。一つ一つの文字の中に多くの意味を含ませるその文字形態。しかし紙に浮かんできたその文字の一つ一つに、日本の漢字など足元にも及ばない莫大な情報量が含有されている。それがびっしりと圧縮された状態で刻まれていて、その膨大な情報量が魔力に反応して解凍された。あふれんばかりのその情報は魔力の主であるホムンクルスの魔術回路を介してその脳内に一瞬で叩き込まれた。

 

 ホムンクルスが呆けるのはほんの一呼吸の間。

 

 今、己の身に起きた事態をその一瞬で把握したのはホムンクルスの特性故だろうが、だからこそボブカット個体は驚愕にフリーズしてしまった。

 

「な、なんですかこれは」

「魔術回路を介した情報伝達だよ。魔術回路が演算装置としても使えるのは知識としてある? 例えるならこの紙がCD、魔術回路がCDプレイヤーてところかな。ゼロとイチの組み合わせで情報を定義するこの情報圧縮形式は原始電池による電気魔術を得意とするガリアスタの術式と親和性が高くて記録媒体としてもその容量は」

「そんなことを聞いているのではありません」

 

 ボブカット個体は茫然としたまま尋ねた。

 

「弊たちそれぞれの心臓に、原始電池の礼装を組み込んだの、ですか?」

 

 原始電池。ガリアスタ家が数百年前に血筋に取り込んだ、ある没落寸前の魔術家系が伝えていた魔術礼装だ。

 

 詳しいことは省くが、鉱石と代償の魔術を研鑽していたガリアスタ家従来の魔術とも相性がよく。魔力を電力に、そして電力を魔力に変換する技術を確立させるに至った。

 

 無論ただ変換するだけならそこそこの素養があれば他の家系の魔術師でも可能だろう。それらの魔術師とガリアスタの違いはそのエネルギー変換効率だ。

 

 代償魔術。

 

 こと犠牲と対価のバランスを取る感覚と技術に関しては、ガリアスタは他の追随を許さないという自負がある。その圧倒的なエネルギー効率で発現する電力は、古くは神の怒りと表現された雷を制御するに至り、天候を操り、まさに神の代理であるかのように崇められ、ガリアスタの一族は周囲の部族や近年では近隣の組織を従わせその権勢を拡大してきたのである。

 

「そうだよ? 代償魔術の応用でね。科学でもマイクロペースメーカーと言って心臓の中に入れちゃうペースメーカーがあったりするんだけど、それがどうしたの」

「弊たちを作るのに多大な労力を払ったと、先日ちょび髭との会話で言ってましたが、そんな危険な実験に弊たちを使用したのですか?」

「実験段階はとっくに終わってるよ。精鋭部隊を作る上でね。お薬を作るときみたいに第3相試験も終えて第4相試験、つまり製造販売後臨床試験的なものだったんだよね、あの精鋭部隊は。実験部隊というか。今の彼らでも役には立ってたけど、所詮清書をする前の練習のための下書きでしかないんだよ」

 

 それに、と私は告げた。

 

「君たちのような貴重なサンプルを使い捨てるような真似、するわけないじゃない。しっかり安全を確認したうえで施工したに決まってるでしょ」

 

 私の言葉を聞いて、ボブカット個体はなおも愕然とした表情で私を見つめていた。なんでそんなに見つめるの、照れるじゃん。

 

「……承知しました。それで、そのような礼装を弊たちに組み込んで、一体何をさせたいのですか」

「うん。それを説明する前にこれを見てほしい」

 

 私は胸ポケットに入れていた一冊の文庫本を取り出し、渡した。ボブカット個体は恐る恐る、初めてきゅうりを見た猫のような動きでゆっくりと私の手からその本を受け取った。

 

 その表紙を見て彼女は、

 

「……は?」

 

 まあそんなリアクションにもなるだろう。渡した本の表紙には長々とこんな文章が書かれているのだから。

 

『「お前のせいで追放された」と言って別の女と結婚しようとした夫にメディア様はざまぁする ~夫のために国も家族も捨てて尽くしたのに逆恨みで捨てられたのできっちり復讐、その後はエリュシオンで真の英雄に溺愛されました~』

 

「なにこれ」

「これ、私が書いたライトノベルってジャンルの小説なんだ。と言ってもまだライトノベルって言葉はないんだけど」

「……はぁ」

「これがバカ売れして、当たりの漫画家にコミカライズされて、アニメ化もされて社会現象になったりして。最終的には世界50か国くらいで出版されたり放映されたりする予定なんだよ。特に日本で流行らせたいよね」

「…………は?」

「だから、みんな一緒に頑張ろうね」

 

 最後には言葉が出てこない様子だった。

 

 

 

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