石油王()に転生したので全力でメディア様に媚びる 作:Una
人はエネルギーを消費しながら生きている。
例えば電力。例えば魔力。財力、武力、生命力。
これらがなければ人は生きていけず、すなわちそれらを握る者が人類の頂点に立つ。
というわけで、しばらく我々ガリアスタ家はあらゆる力を強化させることを方針にして動いていくことになる。
時は1994年が暮れようかという頃。第四次聖杯戦争が終結してから数か月が経ち、アーチボルト家の破産および凋落がほぼ決定的となった直後だ。
その瞬間、ケイネス師が聖杯戦争に参加することでこしらえた借金の返済のために、多くの家がアーチボルト家の遺産に我先にと集った。
そのあまりの手のひら返しに、優秀な当主の死と名門家の没落という事実に未だ衝撃から立ち直っていないアーチボルト家の面々はまるで対応が追い付かず、あっと言う間にその遺産は借金の抵当に当てられることになった。
アーチボルトの遺産とは、当然であるが金銭的なものだけではない。
金銭的財産の他にも、他の家に対する債権であるとか、魔術研究に不可欠な霊地であるとか、礼装であるとか、魔術刻印であるとか、祖先から脈々と積み上げてきた研究成果であるとかロードエルメロイが手掛けていた研究そのものであるとか。
それらはケイネス師の死によって、他のロードやアーチボルトの分家どもにハゲタカにたかられる死肉のようにぐちゃぐちゃに散逸するはずであった。
が。
その8割を我がガリアスタ家が回収することに成功した。
もちろんガリアスタ家の名前が表に出ないように、別の家やフリーランスの魔術師を強引に介入させてだ。
あまり一つの家がアーチボルトの遺産を独占してしまうといらぬ嫉妬や勘繰りを受けてしまうからね。ガリアスタの命令に従う家は時計塔の各派閥や学科に潜ませているさ。当然ね。
遺産の残る2割のうち半分はアーチボルト家に縁のある家々が奪い合い、残りの半分は世界で最も優雅なハイエナと呼ばれるとある家に買われてしまった。しかしそれらはこちらがあえて見逃した霊地や債権がほとんどだ。
どうせそのうち世界からマナは失われるのだ。それを思えば既に十分な霊地を確保しているガリアスタにとってアーチボルトの霊地など無用の長物であるし、没落することが必定となっている魔術の家系に対する影響力を強化する債権など持っていたところでなんの価値もない。
故に我々は礼装や研究成果など、個人の魔力であるオドで活用できる知的財産に集中して独占を図ったのである。
「感謝する。アトラム・ガリアスタ」
そう言いながら赤い髪の頭を下げるのはケイネちゃん。
メディア様がケイネス師の脳髄とその婚約者ソラウ嬢の肉体で作り上げた天才美少女魔術師である。
場所はガリアスタ家の本拠地であるアラブの地下施設。その最奥に作られた私の執務室だ。
ケイネちゃんの自我は当然脳髄の提供元であるケイネス師であり、その彼女から今回アーチボルト家の遺産回収を懇願されたのだ。
執務室でアーチボルトの遺産の回収率について説明を受け、彼女は元教え子である私に向かって真摯に頭を下げたのだった。プライドの塊である元ケイネス師が頭を下げるなんて、明日はアラブに雪が積もるかもしれない。
「ケイネちゃんはメディア様のお気に入りだからね。そんな君におねだりされたら義理の兄としては協力してあげざるを得ないさ」
「……」
義理の兄であることを強調してやると、ケイネちゃんは面白いくらい苦々しい渋面を作って黙りこくってしまった。
「ところでお礼を言うなら言い方が違うよね? 『ありがとうおにーちゃん♡』でしょ。さん、はい!」
「死ね」
短く呟いたケイネちゃんの右手から黒い犬の形をした霊体が放たれた。それは聖杯戦争にてケイネス師が婚約者の実家である降霊科のロードであるユリフィス家から借り受けた激ヤバ魍魎52体、それらを編み上げて作られた式神である。霊体であるため当然物理的干渉は受けず、『吸収』の術式を組み込むことでたいていの魔術的干渉を吸収し自身の魔力に変換してしまうという鬼畜仕様。
そんな反則じみたダイレクトアタックを私はライフで受ける。
黒犬は私の左肩から心臓まで牙が食い込むように噛みつき、振り回して食いちぎり、その勢いのまま私の身体は執務室の机を巻き込みながら壁に叩き込まれた。
左腕を失い、心臓が破られ、首の骨も折れている。しかし直後に私の身体は神々しいまでの光に包まれ、失われた肉体が再構築された。
『全て遠き理想郷』の欠片を身体に仕込んでなければ即死だった。
「さすがは降霊科元一級講師ですなケイネちゃん」
「ちっ、相変わらず腹立たしいほどに頑丈だなガリアスタ」
流石は神童と謳われた元ロード・エルメロイ。肉体がユリフィスのそれに代わってしまったため以前とは魔術回路も属性も特性も全て別物になってしまったのに、ほんの1か月かそこらで肉体の持っていた魔術的スペックを十全に引き出している。
しかしそれも『全て遠き理想郷』による回復力の前には無力だハイざまぁ。
それにしてもみんな気軽に死ね死ね言いすぎじゃない? 最近騎士王さんも週1の頻度で統括個体の身体を乗っ取って死ね死ね言いながらエクスカリバってくるし。毎回ライフで受けるハメになるこちらの迷惑も考えてほしい。
「ところでケイネちゃん」
「いい加減その呼び方を改めたまえ」
「お願いを聞いてあげたんだし、そろそろこちらが求めた情報を教えてくれてもいいんじゃない? そういう契約でしょ」
「うむ。別に出し渋るつもりはない。ただそれを伝える前に貴様がこちらを挑発したから話が逸れてしまったな」
どうでも良いけどロリな見た目で「うむ」とか言うのちょっと可愛いな。本人が可愛さを自覚していないのがさらに良いと思う。
そんな私の思考をよそに、ケイネちゃんは言った。
「蒼崎橙子にはこちらから連絡をつけておこう」
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蒼崎橙子とは、現代において間違いなく最高の腕を持つ人形師の名だ。
史実での第四次聖杯戦争においてはケイネス師から義手の作成を依頼されることになっていた。まあこの世界では依頼を出す暇もなくケリィに射殺されちゃったわけだけど。
なぜ私が蒼崎橙子との繋がりを欲したのか。それは彼女の持つある技術について師事したかったからだ。
それはともかく、ケイネちゃんに仲介に入ってもらったことで非常に友好的な雰囲気で蒼崎橙子と接触することができた。
「初めまして、アトラム・ガリアスタ殿。蒼崎橙子です」
橙と赤の中間のような色合いの頭髪。緑色のコートに包まれる女性的な肉体。普段周りにはメディア様の趣味でロリか魔法少女しかいないからなんだか新鮮である。
そして、柔和な弧を浮かべるその目元には眼鏡がかけられている。
なんだっけ、眼鏡の有無で人格を切り替えているってのは覚えているけど、どっちがどっちだっけ。なんか眼鏡を外しているときに邪悪な笑い方をしていたような覚えがあるから、眼鏡をかけていると優しいんじゃないかな、多分。
「初めまして、蒼崎殿。アトラム・ガリアスタです。お噂はかねがね」
「こちらこそお噂は耳に入っていますよ。冬木の聖杯戦争の活躍ぶりは」
握手を挟んで、和やかに会話が進む。彼女の工房は、天井から吊り下げられたマネキンやら臓器を模した超精巧な模型やらが所狭しと並んでいる。魔術師の工房というよりは、猟奇的な趣味を持つシリアルキラーの私室といった方がしっくりくる。
しばしの雑談や魔術世界の情勢について情報を交わしたのち、私は本題を切り出した。
「実はアーチボルト家の源流刻印を完全な状態で入手しまして」
「……アーチボルト家? ロードエルメロイのですか⁉ しかし彼は聖杯戦争で亡くなったと聞いてますが。アーチボルトの凋落についての騒動はこの極東にも届いています。それが完全な状態でとは」
魔術刻印を継承した魔術師の肉体は通常の魔術師よりはるかに頑強になる。それは刻印が宿主を生かそうと働きかけるからであり、逆に言えば魔術家の当主が死亡した場合十中八九その魔術刻印は大きく損壊していることを意味する。
「蒼崎女史が仰る通り、私が刻印を確保した時には大きく損壊し、その機能の大部分を消失させていました。しかし私が聖杯戦争で召喚したサーヴァントによってその修復は済んでおります。こちらです」
私が右手を上げると、その背後に青い紫電が網戸のように縦横に細かく走り一枚の壁を形成する。
その表面に浮かぶ複雑怪奇な幾何模様は、まさしくかつて時計塔にて一大勢力を築いていたアーチボルト家の源流刻印そのものである。
「……おいおい」
蒼崎女史が眼鏡を外し、私の背後に浮かべた刻印を凝視する。
「いやいやいや、まいったな。どう見ても本物じゃないか。ガリアスタ殿、君は時計塔の混乱を一手に解決できる代物を持っておきながら、誰にも言わずにただ眺めていたのか? その刻印があるとわかればアーチボルト家がああまで落ちぶれることは」
いや、と蒼崎女史は自分の言葉を自分で否定しながら口元を押さえた。
「そうか、君からすれば時計塔には混乱してほしかったわけだ。結果からの逆算になるがね。アーチボルトの魔術刻印が手元にあるなら、アーチボルトが借金返済のために売却せざるを得ないロード・エルメロイの研究資料は是が非でもほしいところだ」
「ご明察です」
魔術刻印とはその血統の歴史そのものである。先祖代々、一子相伝で伝えられてきた刻印は、代々の継承者が自身の生涯を費やして鍛え上げた神秘が刻み込まれている。
「それで? アーチボルトの刻印と研究を手に入れてどうするんだ? まさか自分に移植でもするつもりか? 確かにそれが成功すれば、彼の神童の研究を君がまるっと継承できることになるからな。家の繁栄は盤石なものとなるだろうさ」
にやにやと笑みを浮かべながら問いかけてくる蒼崎女史。まるでプレゼントのラッピングをはがしている子供のような表情だ。
「まさかまさか。そんな恐ろしいことはしません。私があなたにお聞きしたいのは、『他者から奪った魔術刻印の起動法』です」
「だろうな」
私の言葉を聞いて、蒼崎女史は深く頷いた。
私は様々な魔術師・魔術使いを囲い込み、保護や研究施設の提供と引き換えにこちらが必要としている魔術的技術の開発を依頼するという、ある種の雇用関係を結んでいる。
油田の開発や、原子力技術と魔術の融合についてはその最たる例である。
そうして囲い込んだ魔術師の一人から、面白い話を聞いたのだ。
曰く、蒼崎燈子は魔術師から魔術刻印を奪うことができる。
曰く、蒼崎橙子は奪った刻印の力を自由に扱うことができる。
その情報を齎してくれた魔術師は、とある研究について蒼崎橙子と利益が相反し、交渉の余地なく殺し合うことになったのだという。
結果彼は当たり前に惨敗し、しかし隠形に長けた魔術家系であったために逃げ延びることに成功して、その後ガリアスタ家に保護されるに至る。
まあつまりだ。
せっかく御大層な魔術刻印が手に入って、周りにはメディア様やケイネちゃん、ウェイバー君といった超一流の研究者が揃っているのだ。だったらみんなで一つの魔術刻印を強化していったほうが効率いいんじゃない? て話である。
「教えることは構わない。だがまあ報酬次第だな」
蒼崎女史はコートのポケットからタバコの箱を取り出し、一本摘まもうとして、やめて再び箱をポケットにしまった。こちらが未成年であることを配慮してくれたのだろう。
報酬の交渉については特に記述することもない。
人形師としての仕事には独自の価値観とこだわりをもつ彼女であるが、万年金欠の彼女にとって、ほんの数時間術式の講釈をするだけで百万$の対価が得られるとなれば、断る理由などないのである。
・守護の獣(トーテムポール)
出典:魔法使いの夜
蒼崎橙子は他の魔術師から奪った魔術刻印の力を間接的に使用することができる。通常魔術刻印は身体に直接刻まなければその力を使うことができないが、蒼崎橙子は自身の背後の空間に固定して利用する。その様が蝶の羽や花のように見えることから『守護の獣(トーテムポール)』と表現される。