石油王()に転生したので全力でメディア様に媚びる 作:Una
満身創痍であった。
追手の追及は執拗を窮めていた。寝食の暇もなく襲撃が繰り返され、その度に山奥でともに生活していた者たちを殺してきた。
何人も、何人も、何人も返り討ちにした。
なぜそうまでして生きようとしているのかも判然としないまま。
なぜ人を殺してまで生きるのか。
あえて言うのであれば、生きているからだった。
生きている以上、生を途中で止めることなどできない。
矛盾した循環論法であるが、それ以外に表現しようがなかった。
しかしそんな空虚な動機では、いずれ限界が来るのが道理だ。続く追手に不覚をとり、臓器を一部抉られた。
血が止まらない。四肢の感覚も薄い。視界も滲み、呼吸が浅くなっていることを感じる。
どうにか辿り着いた山の奥で、力を失った足に引きずられるように私は木にもたれ座り込んだ。
空を見上げる。朧月とでもいうのだろうか、夜空を囲う雲の隙間から月あかりが差し込んでいる。
それを見て、人は美しいと言うのだろう。
しかし私は、長年の修練のためか、何かに感動する心が消えてしまっていた。
何も感じず、忍び寄る自分の死にも何かを覚えることができないまま、私は惰性で続けていた死を迎え入れようと目を閉じようとした。
その時。
「大丈夫ですか?」
月の光が何者かに遮られる。
──その姿を、私は生涯忘れることはないだろう。
月の光に濡れた金髪。宝石のような瞳でこちらを見つめ、闇をはじく凛とした声の彼女。
月を背に立つその姿は、時間にすればほんの一秒にも満たなかったはずだ。
されど、感動を失った私の心がその瞬間に叫んでいた。
私はその日、運命に出会ったのだ。
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Medeia:それ私がやりたかったやつ────!
第6番:ごめんなさい! すいません! 心の底からごめんなさい!
時は2000年の年明け。2000年問題が予想どおり何事もなく終了し、その前後で起きた株価の乱高下をうまいこと切り抜け、ただでさえ莫大な総資産が30倍超になったガリアスタ家です。
そんな平穏な我が家ですが現在大変なことになっています。
Medeia:だいたいどうして半年も前に出会っておきながら報告がなかったのかしら⁉
第6番:報告はしてましたよ! でもそれがメディア様の意中の相手とは気づいていなかったと言いますか、そもそもお相手の名前って葛霧じゃありませんでしたっけ?
第7番:それはアニメの話だよ、現実ではクズキって名前だって共有してたじゃん。
第0番:過去ログを漁りましたが、行き倒れの武術家を拾ったとしか報告がされてませんね。
6番個体はBLと遠坂嬢への教育以外に興味が薄い個体だからか、アニメの『婚活魔法少女メディアちゃん』への関心が薄目なのだ。
というか、個体ごとに興味のベクトルが違うため、メディア様の恋愛事情に対しての温度差もかなり激しい。例えば7番個体はメディア様の命令なら喜んで死ぬことができる狂信者だし、統括個体は心臓に宿る騎士王にかなり精神を侵食されて最近はメディア様への忠義もほっぽって暇があればブリテン再興のために裏でいろいろ動いているらしい。
まあカリスマBの王様に常に曝されているんだからそうもなろうさ。
私財でやってて我が家の障害にならなければなんでもいいよ。
それはそれとして。
Medeia:気づいていなかったと、そう言い張るわけね。
第6番:言い張ると言いますか実際気づきようもないと言いますか……
Medeia:で、拾ってから6か月も山小屋で一緒に生活していたわけね。そのログをネットワークに公開しなさい。
第6番:え、それはちょっと
6番個体はためらう気配を見せるが、メディア様と統括個体という二大上位権限によるハッキング攻撃を受け、精神防壁をズタボロにされた挙句にこの半年間にあった出来事を洗いざらい吐き出すハメになった。
その記録は、言ってしまえば少女の育成記録だった。
遠坂凛という稀代の才能を持ちながら師である父を失った少女。
彼女は金髪のホムンクルスに新たに師事した。ホムンクルスは少女を実によく指導した。魔術も、土地や資産の運用も、勉学も、戦闘術も。
その生活に不満はなかった。しかしその根底にある父性を求める本能は消し去れるものではなく。同級生や学校の教師は自分の師と比べればあまりにも足りない。
そんな中で出会ったのが、葛木宗一郎だった。
彼は寡黙で、朴訥とした男だった。
人によっては付き合いづらいと思われるくらい無駄口を叩かない性格だったが、その無口さが凛にはむしろ好意的に映った。
嘘も裏表もない誠実な彼の在り方に凛は亡き父を思い。
身体が治癒してから始まった武術の指導はさらに凛の中にある葛木の評価を上げた。
人を殺すという一点を突き詰めた無駄のなさと、その完成度の高さ。
自分が格闘技も師事している女性と五分以上に戦える存在がいるなんて想像もしていなかった。凛にとって最強の人間はシックスさんのことであり、その世界が崩れるほどの衝撃だった。
しかもそれだけの腕を持ちながら、葛木という男はその腕前を全く誇ろうとしなかった。クラスの空手道場に通う男子などはすぐローキックの蹴り方だのパンチの打ち方だのを見せびらかす。そういった自己顕示欲とは無縁で、シックスが指摘するまで葛木は武術の心得があることすら口にしなかった。
さらにはその武術の指導を頼めば、その指導法は的確で。凛の性格や技術レベルまで考慮した言葉を選ぶことで、意固地だと自覚のある自分にもすんなりと聞き入れられるような教え方をしてくれている。
大きな力をもち、しかし誇示せず、かつ真摯。
そんな葛木という男を、凛が師として、あるいは無自覚ながらも父として慕うようになるのに時間はかからなかった。
そんな凛をほほえましく見つめる6番個体と葛木。
特に山小屋でともに凛の指導に当たるシックスと葛木のありかたは、まるで熟年の夫婦のようだと、その記録を読み込んだネットワーク参加者の全員が思った。
特にメディア様の衝撃は言葉にするに余りある。
凛と、6番個体と、葛木。親子と相似した形を成す三人の関係はあまりにも尊く彼女の目に映ってしまった。
彼女が生涯手に入れることができなかったその在り方。
それを目の当たりにして彼女はいても立ってもいられず、6番個体に施したマーキングを介して遠坂邸まで転移した。
日本の時刻が深夜2時であったのが幸いして遠坂葵には気づかれなかった。
なお葛木宗一郎は普段6番個体と凛嬢が修行に使用している山小屋に寝泊まりしている。そのため、葛木と遠坂葵の間に面識はない。
「め、メディア様……」
転移した先には、マーキング先の6番個体が恐縮しきった様子で所在なさげに佇んでいた。
そこは葵が厚意で用意した、6番個体のための客室だった。家具はベッドと机と本棚にクローゼットという最低限なもののみ。よく見れば机にはトレース台やらペン立てやらが置かれており、本棚には薄い本がぎっしりと詰め込められている。閉じられたクローゼットの下にはきっと在庫が収められた段ボール箱が2つ3つと押し込められているだろう。
勢いで転移して、そんなメディアははたと気づく。
こんなところまできて自分はどうするつもりなのか。
おびえる6番個体を処分するか。葛木宗一郎という男からこの半年の記憶を消去するか。今更追手から身を隠すために子供の姿になれと迫るのか。
そんなことをして、自分が夢見ていた光景の中に自分が入れるわけでもないのに。
それも、こんな矮躯ではなおさらだ。
メディアはうつむき、唇を嚙みしめる。口の端から一筋の血が垂れた。
もはやどうにもならない、如何な魔術を用いても自分の望みは叶えられない。そんな絶望に霊基が支配されようとしたとき。
『ふふふ、匂いますよ~恋する乙女のかぐわしいスメルが!』
そんな声が遠坂邸の地下から響いた。
「……? なにかしら今の不愉快な声は」
「まさか、ヤツが……!」
「やつ?」
慄く6番個体を他所に、遠坂邸の地下から莫大な魔力の奔流を感知する。戦闘態勢に入るメディア。愛用の杖を構え、四方に警戒網を張る。地下から迫る魔力の塊に意識を割いていたところで。
ヤツは、天井を突き破ってメディアの脳天に落ちてきた。
「おぶふっ!」
『はじめましてマイマスター! わたしは愛と正義のマジカルステッキ、マジカルルビーちゃんです!』
パンパカパーン! と惚けた効果音と共に天井から脳天にダイナミックエントリーかましたそれは、なんとも魔法少女ちっくでマジカルマジカルした杖だった。
前腕ほどの長さの先端に五芒星とそれを囲む輪が備えられ、その両側に鳥の翼が取り付けられている。
それはまさしく魔法少女のマジカルステッキだった。
『ああ、愛と正義(ラブアンドパワー)……なんて独善的な響きでしょう。我ながら素晴らしい存在意義だと思います!』
杖が、喋っている。
喋るし、飛ぶし、動く。
頭を押さえながらメディアは自分に不意打ち殴打をかましてくれやがったステッキを凝視する。
「……なにかしら、これは」
「申し訳ありませんメディア様。おそらくこの遠坂邸の地下に封じられていた礼装と思われます。魔力波長に覚えがあります。あまりの不吉さに触れないまま置いておいたのですが」
「そういうことじゃないわ」
メディアは目を見開いてステッキを凝視する。マジカルルビーはその視線を受けてイヤン♡と翼で身を隠すようにくねらせた。うぜえ。
「平行世界へのアクセス権……移動はできないけど観測と魔力の譲渡は可能なのね。そしてそれを統括する人工精霊。こんなふざけたデザインのくせに何なのかしらこの無駄に無駄のない精緻な術式の構成と密度は」
『おっと、じじいの創意工夫が思っていたより丸裸。その魔法少女スタイルは伊達ではないご様子。なんとも喜ばしい、今世はどうやら魔法少女概念が他の平行世界よりもずっと基盤として安定しているようですね!』
善き哉善き哉、とステッキはうむうむと頷く。
「それで? 下から来ると見せかけて私のどタマを張り倒したのは何故かしら?」
『そりゃあ、わたしが眠っているお宅にいきなり莫大なロリロリした魔法少女の気配略して炉気が現れたものですから愛と正義のマジカルステッキとしてはいてもたってもいられずですね。率直に言うと不法侵入してきた下手人をどついて戦闘不能にしてから話をしようかと』
「……」
はい、普通に不法侵入でした。
『まあそんな些末事は置いておいて。メディアさんでよろしいですか?』
「そうだけど、なにかしら」
『あなたは厳正なる審査と純然たる気まぐれの結果、魔法少女候補に選ばれました! さあわたしを手にとってください! 力を合わせて悪と戦うのです!』
「悪ってなによ? 魔物でも現れるわけ?」
メディアがステッキを見つめながら問い返すと、ステッキは「はて?」と不思議そうにその身を右に曲げた。
『そんなの、私に逆らうものが悪に決まってるじゃないですかー』
やべえなこいつ。
それが宝石翁キシュア・ゼルレッチが作製した第二魔法への干渉を可能とする第一級礼装に対して抱いた感想である。
『あ、今わたしのことやべえって思いましたね』
「思ったらなによ」
『さすが内面は中年女性だけあって警戒心は強い! ですがまあ良しとしましょう。恋する乙女パワーは十分にありますからね!』
「だ、誰が恋なんてしてるって証拠よ!」
メディアの言い逃れをステッキはまるで聞いていない。
『わたしと契約すると楽しいですよ! 羽エフェクトで空を飛んだり! 必殺ビームで敵をせん滅したり!』
「どちらも間に合ってるわ」
『ぬぅ、しぶとい。他にも恋の魔法でラブラブになったり!』
ずずい、とステッキがメディアに迫るが、メディアは今までにない剣幕でステッキの五芒星部分を握りしめた。
「魔法で、恋ですって?」
『おっとなにやら逆鱗に触れたご様子。しかしすでに時は遅し!』
「……これは、霊基へのハッキング? 礼装風情がこの私に?」
『頭どついたときにいただいた血液によるマスター認証。接触による使用の契約。そして起動のキーとなる乙女のラブパワー! すべて滞りなく頂戴いたしました!』
「なるほど、三重の縛りによる契約の強制、というわけね。これは一本取られたわね」
どこか冷静に現状を分析するメディアに、6番個体だけがあわあわと慌てている。
『さあ最後の仕上げです、あなたのお名前を教えてくださいまし』
「メディアよ」
『マスター登録完了! このまま流れで多元転身(プリズムトランス)! コンパクトフルオープン!』
ルビーがハイテンションに叫ぶと同時に光と風の奔流が杖を中心に渦巻く。メディアが纏っていた紫を基調とした婚活魔法少女の衣装は光の粒子となって霧散し、代わりに現れたのは桃色べースでミニスカートの魔法少女衣装だった。
しかも猫耳と猫しっぽまで装着されていて、婚活魔法少女として現界していたときに纏っていた威厳はもうこれでもかというほど粉々になっていた。
『カレイドルビー・プリズマメディア、爆誕! ですよー♪』
「ああ……メディア様がおいたわしい姿に」
明らかに怪しげな自立型礼装に主であるメディアを目の前で乗っ取られた6番個体は膝から崩れ落ちながら呟き、ネットワーク上ではメディアの突然の新衣装お披露目を受けて7番個体が興奮して暴れている。
そして当のメディアはというと、プリズマ・メディアに変身している最中も変身後も、うつむき目を閉じたままぶつぶつと何事かを呟いている。
『あ、あら? メディアさん? どうされました? 新しい魔法少女になれたのですからもっと喜ぶなり困惑するなりリアクションをみせていただかないとつまらないのですが』
「なるほど、掴んだわ」
なにを、と問い返す間もなかった。
ステッキを握るメディアの右手から青黒い紫電が迸る。
それはステッキを中心に渦を巻き、その大部分がルビーの内面へと干渉していく。
『あ、ダメ! ダメですメディアさん! そんな私の中をまさぐっちゃ、そんな、ああ、らめええええ!』
紫電が弾ける。6番個体の視界を遮り、しかしすぐに回復した目でメディアがいたはずの場所を見据えれば、そこには一人の女性がいた。
紫の長い髪。エルフのように横に伸びた耳。身体的特徴は今までともに過ごしてきたメディア様に酷似しているが、その体格がまるで違う。
魔法少女であるメディアは6番個体より頭一つ分小さかった。それが目の前の女性の背丈は逆に6番個体を見下ろせる程度には高い。
紫のローブに包まれた身体から浮いているその体つきは女性的で、露出がまるで無いにも関わらず浮き出る胸部や腿のラインは同じ女性であっても煽情的であると、ある種の禁忌を目の前にしているかのような退廃的な美しさを伴っていた。
ネットワーク内で7番個体がぶっ倒れた。ヤツには刺激が強すぎたのだ。
「うまくいったわ」
「め、メディア様、それは?」
メディアは四肢の動きを確かめながら答える。
「平行世界から大人の私の情報を取得したのよ。元々の霊基では無辜の怪物スキルのせいでどうやっても子供の姿のままだったけれど。無辜の怪物スキルを持たない私の情報を取得すれば本来の私の姿に戻れるのではないかと思って試しにやってみたのだけれど、狙い通りね」
『そ、そんな……』
メディアの講釈を聞いて、絶望しているのはルビーだ。
『こ、こんな中年女性はわたしが求める魔法少女なんかじゃありません! せっかく契約が成立したばかりで残念ですが、ここは一身上かつ一方的な理由により契約を破棄させてもらいます! なんなら目の前にいる金髪のあなたでも……!』
「させると思ってるの?」
『あばばばばば!』
ルビーがメディアの手から離れようとしたとき、先ほどと同じ紫電がルビーを貫いた。
『こ、これは⁉』
「こんな便利な礼装、手放すわけないでしょう? 気のすむまで解体させてもらうわよ」
そう告げるメディア(大人Ver)の表情は、それはそれは慈愛に満ちていた。
「あなた、この礼装の機能を統括する人工精霊よね。機能を起動させるにはあなたの承認が必要なのだけれど、もうあなたの権限の一部は私に移譲させたわ」
『こ、こんな一瞬で……⁉ これでもジジイの最高傑作のひとつを自負しているというのに! あ、あなた何者なんですか⁉ 一介の魔術師にそんなことできるはずが』
「あら、名前ならもう名乗ったじゃない」
メディアは闇の中でもほの光る紫の髪を撫で上げ、告げた。
「私はメディア。コルキス魔法王国のお姫様よ」
『は?』
「……間違えたわ。ドラマで何度も名乗ってたから癖になってて……マスターうるさいわよ」
メディアはこほんと咳払いを挟んだ。
「私はコルキスの王女メディア。魔術の神ヘカテーから直接の薫陶を受け、アルゴナウタイの冒険を成功に導いた魔術師。それが私よ」