石油王()に転生したので全力でメディア様に媚びる   作:Una

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第35話 事件簿① 紹介

 2003年、夏。

 

 いよいよ盛夏にさしかかる頃。我が兄ことロード・エルメロイ二世は義妹である私、ライネス・エルメロイ・アーチゾルテにこんなことを言った。

 

「すまないがレディ。1週間ほど私用でウェールズに向かおうと思っている。その間の業務を任せてかまわないだろうか」

 

 衝撃の一言である。

 

 兄はここ数年でぎゅんぎゅんと背が伸び、葉巻を覚え、ロード・エルメロイ二世と呼ばれるに相応しい威厳をたたえるまでに成長している。

 

 ロードとなってからこんな年齢になる今現在まで、ずっと真面目にロードをやっていた堅物である。

 

 胃痛に耐え、頭痛に耐え、激務で眠れぬ夜に耐え。

 

 私の無茶ぶりに応え、ガリアスタの無理難題に応じ、教室の生徒たちの巻き起こすトラブルのために駆け回り。

 

 大変だなあ、なんて私は思っていた。

 

 素人同然の魔術師未満からいきなりロードを任されたのだから絶対逃げるに決まってると考えていた。実際ガリアスタは何度かそんな仕事やめてアラブに来いと言ったのだ。こちらの工房で匿ってやると、ライネス嬢どころかロードが束になって君を奪還するために攻めてこようと全て返り討ちにしてやると。実際あの男にはそれができるくらいの権力と財力と武力が揃っている。本気を出せばイランやらイスラエルやらの戦闘機を10機ほど借用してロンドンを時計塔ごと火の海にした挙句なんの罪にも問われず生きていくことが可能だ。

 

 それがどうだ、兄はそんな強力な後ろ盾を持ちながらも逃げるどころかさぼることもせず、趣味のゲーム以外はひたすらロードとして魔術師として講師としての仕事に忙殺される己を良しとする日々。

 

 そんな彼が、私用で、旅行! 

 

 好みやプライベートと呼べるものなどほとんど匂わせない難物が私用で業務を空けると言うのだから、そんなものこの私が付いていかないわけないだろうに。

 

 最近はあのカミュ・ペリゴールの助力で我が兄の借金がなくなってしまったものだから、また別に兄を縛る首輪が欲しいと思っていたのだ。

 

 自分の立場を忘れがちのようだからね。そろそろあらためてわからせてやらないといけない。

 

 決して、あの忌々しいカミュ・ペリゴールが兄の正妻面するのがうざったいからという理由ではない。一緒に旅行して優位に立ちたいとか、そんな理由ではないのだ。

 

 まあ、あえて理由を付け加えるとするなら、ミス・スリーの実践訓練と言う名の拷問じみたしごきから逃げたかったというのもある。

 

 これでも私は兄上が編纂した魔導書『ロード・エルメロイ秘術大全』を我が兄とケイネの二人がかりで数年間かけて叩き込まれているし、ガリアスタのところでチューンナップを受けたエルメロイの至上礼装『月霊髄液』の運用にも太鼓判を押されている。それにも関わらず私は身体強化の魔術とハンドガンしか使用しないミス・スリーに手も足も出ずにぼこぼこにされるのだ。

 

 あの実践訓練は本来希望者だけが受講するものであるのに、我が兄は『将来ロードの名を継ぐのだから最低限身を守る術を身に着けておかねばなるまい』などと抜かして私だけは参加を強いられているのだった。

 

 もちろん私だけがあんな拷問を受けるなんて我慢ならないので、同じくロードの名を現在進行形で名乗っている愛しい兄上も同時に実践訓練を受けてもらっている。ざまあみろ。ヒーヒー言いながら駆けずり回ってゲーゲー嘔吐している兄の顔は実にお笑いだったとも。

 

 話が逸れた。

 

 私用のために外出する兄から業務を任された私は、ミス・スリーや指導教官のケリィ君、加えて二級講師のシャルダン翁やケイネ嬢まで動員して全ての業務を強行軍で片付けて兄に同行することとなった。

 

「で、我が兄よ。こんなところでなにをぼさっとしているんだ? ウェールズに向かうなら早く駅に向かわなければ着く頃には日が暮れてしまうぞ?」

 

 ロンドンからウェールズまでとなれば電車とバスを乗り継いで半日以上かかる。山や森も豊富な地方であり、目的地がその奥地であるならば場所によっては早朝に出発しないと到着が夜半を過ぎてしまう。

 

「少し待て。今迎えを呼んでいるところだ」

「迎え?」

 

 タクシーのことだろうか。大通りで待てば良いのになんだってこんな街の片隅の、人気がない林のそばの原っぱで待つのだろうか。そんな呑気に構えていた私は度肝を抜かれた。

 

 腰を抜かさなかった私をむしろ賞賛していただきたい。

 

 それは私たちの頭上から現れた。

 

 雷鳴を伴う二頭の神々しい牛に牽かれた、空を駆けるチャリオット。そこから放たれる神威と圧倒的な存在感に私は口を半開きにして立ち尽くしてしまった。淑女としてありえない失態である。

 

 チャリオットが私たちの前に着陸する。

 

 あまりの魔力の奔流に私の魔眼が眩んでしまう。この魔眼は魔力視の魔眼と呼ばれるものであり、魔力を視覚情報として認識・解析を行うことができる能力を所有者に付与する。

 

 その目を凝らしてチャリオットの上を見れば、御者台で牛の手綱を握っているのは、紅色の髪をなびかせる、紅顔の美少年だった。

 

「おうウェイバー! 久しぶりだのう、しばらく見ないうちにすっかり背も伸びたな!」

「……そういうお前は、その、ずいぶん縮んだな?」

 

 がはははは! とその見とれるような美貌に見合わない豪快な笑い方をする。なんだあの少年は。あの美貌は。身に纏う神秘と存在感からそれが人間を超えた何かであることだけは本能で理解できる。

 

 美少年はチャリオットから飛び降り、にこやかな笑顔を浮かべてこちらに歩み寄ってくる。

 

「おお、そちらの嬢ちゃんがウェイバーの義妹とやらか?」

「え、ああ、はい。ライネス・エルメロイ・アーチゾルテです」

 

 少年の背丈は自分と変わらない。小柄と言ってよい矮躯だ。それでもその存在感からまるで自分の倍は大きいのではと錯覚を覚える。魔眼が知覚するその存在のスケールが大き過ぎて、いくらその美貌で微笑まれても恐れ多さしか湧かない。

 

 あと着ているシャツにデカデカと載っている世界地図を背景にした『大戦略』の文字はなんだろうか。兄上が遊んでいるゲームで見たことがあるロゴだ。

 

「それで、なんだってそんな子供の姿になっているんだ?」

 

 少年を見下ろす兄上がしかめ面で問いかければ、少年はバツが悪そうに頭を掻きながら、

 

「それがなあ。メディアのところに酒をたかりに通っていたらな、ちょっとばかし頻繁に略奪しすぎたようで本気でキレられてなぁ。酒に若返りの薬を盛られていたようで気づいたらこの有様よ」

 

『ムサい! デカい! 筋肉の塊が私の近くによらないでちょうだい!』などと怒鳴りつけられたという。若返る前はどんな体格だったのだろう。こんな美少年からムサいデカい筋肉! と罵倒されるように成長するだなんて想像できないのだが。

 

「『女体化薬を盛らなかっただけありがたいと思いなさいな』などとピンク色の注射器をちらつかせながら言われてはな。まあ宝具の使用には困らぬし、魔力消費としてはこの姿の方が燃費は良い故、まあいいかと」

 

 威厳が亡くなったのは困りものだがな、と言って少年はまた笑う。

 

 兄上は眉をしかめ、何をやっているんだお前は、と呟いて深くため息を吐いた。

 

「それで、我が兄よ。こちらの御仁はどちらさまなのかな?」

 

 メンタルを立て直した私は、かろうじて兄上にいつもの口調で話しかけることができた。この中で自分だけが動揺しているという無様な状況はなんとか打開できた。

 

「彼はライダー。レディも聞いているだろう10年ほど前に行われた聖杯戦争で、私が召喚したサーヴァントだ」

「うむ。我が名はイスカンダル。かつての聖杯戦争にてライダーのクラスを得て現界した」

 

 なるほど。この少年が彼の有名な『征服王』。そりゃあ私の魔眼が悲鳴をあげるはずだ。

 

 なんてすんなり納得できるはずもなく。

 

「……待ってくれ。サーヴァントだと? 十年間現界を維持させていたのか? どうやって? 魔力供給はどうしたんだ」

 

 率直に言ってしまえば、敬愛する我が兄は講師としては超一流でも魔術師としては三流以下だ。前ロード・エルメロイが亡くなった聖杯戦争についてはあらかた知識を仕入れているが、聖杯の補助がある戦争中ならまだしもあのガリアスタ家によって聖杯が解体された今、兄上が単独でサーヴァントという超級の霊体を現世に留めるなんて絶対に不可能だ。

 

「それはこやつのおかげだな。ほれ、こちらに来て挨拶せい」

 

 少年は戦車の荷台に向かって声をかける。そちらを覗き込むと、荷台の陰からこっそり顔だけを出してこちらをうかがっている人影があった。その人影を少年は首根っこを掴んで持ち上げてこちらに差し出してくる。まるで猫のような扱いをされているその人物は、年端も行かない金髪の少女だった。

 

 背丈はアレキサンダーより頭一つ小さい。肩で揃えられたストレートのミディアムヘア。その隙間から覗く尖った耳。あとその背中には小さな、蝶のような翼が生えている。アレキサンダーに吊り上げられながら、その少女はペコリと頭を下げた。

 

 まるで妖精のようだ、と私は感じた。

 

 それは外見によるところもあるが、私の魔眼に映る彼女の魔力の流れが人のそれと大きく異なっていることに起因する。

 

 莫大な魔力量が、まったく外部に漏れずに循環している。私の魔眼のような魔力の感知・知覚に特化した存在でなければ気づけないほどの機密性を保持している。ただ魔力は漏らさずともそこからにじみ出る神秘の深さは、隣に立つゴーストライナーよりも深いことが私の目には見て取れる。

 

 そこから流れる魔力のパスがアレキサンダーと繋がっている。

 

 なるほど。サーヴァントとしての現界の楔は我が兄だが、魔力供給はあの少女が担っていると。サーヴァントとの契約を分割して担当しているわけか。

 

 それは確か本来の兄というか叔父というかつまりはケイネス師が編み出したサーヴァント契約の裏技だったと記憶しているが、ではその魔力供給を一手に担っているこの少女は一体何者なのか。

 

「ちなみにレディ。こちらの少女については聞くな」

「む、なぜだ兄よ。これだけ好奇心を刺激するような存在について詮索するなとは生殺しもいいところじゃないか」

「ウェイバーよ、言ってはだめなのか? 元はお主の師匠の持ち物だったのだろう? ならばその名を継いだお主が持っていてもなんら咎められることではないではないか」

 

 少年が吊り上げていた少女を地面におろしながらそんなことを言う。兄上はあちゃーと目元に手を当てて天を仰いだ。

 

 兄の師匠。ケイネス師の所有物。莫大な魔力生成量。それは、つまり。

 

「おいおいおいおい兄上よ、我が親愛なる兄上殿よ。これはどういうことかな? もしかしてだが、彼女はエルメロイのかつての至上礼装であったあの魔力炉だと言うのかな?」

「……まあ、そうだ。黙っていたことは申し訳なく思うが、返却しようにもライダーの現界に使用している以上このことを伝えればライダーの存在も教えなければならないから仕方なくだな、伝えるにも時機を逸していたし、そもそもこいつはほとんどロンドンにはいなかったから紹介しようにもできなかったわけでな。で、今回いい機会だからちゃんと紹介しようと思ったわけだ」

「……むっ」

 

 それはそうだ。ゴーストライナーが未だ存在すると広まれば時計塔がどんな反応を起こすか想像に難くない。秘密は知る人数が増えるごとにバレる可能性が指数関数のように上がっていくのだから、生死が関わるような秘密は身内にも秘するべきである。

 

「それに、これはケイネス師の手を離れてからガリアスタで修復されたものだ」

「修復? ああなんだったか、ケイネス師が冬木に構えた工房はビルごと爆破されたのだったか。その時に礼装はこの『月霊髄液』を除いて全て失われたと聞いていたが。瓦礫の中からガリアスタが回収していたということかね?」

 

 さすがは『この世で最も卑しいハゲタカ』の名で呼ばれるガリアスタ家だ。争いや不慮の事故がある家には必ずと言っていいほど介入して合法的にその家が所持していた礼装や術式をついばんでいく連中。

 

「ケイネス師は工房を爆破されたあと、その地を廃棄して別に工房を構え、その後死亡した。その時点で廃棄されていたエルメロイの礼装の所有権は回収し修復した自分たちにある、というのがガリアスタの主張でな。私がロードになった時にはそれらを買い取るような資金も圧力をかける権力もエルメロイにはなかったから、せめて魔力炉は貸してもらえないかと交渉してだな。つまりこの魔力炉はガリアスタからライダーに貸している状態で所有権はあくまでガリアスタにあるから、私が口出しできる話ではなかったんだ」

 

 その理屈もわかる。

 

 だが面白くない。そういった事情があるなら、そして口止めが必要だというなら、セルフ・ギアス・スクロールでもなんでも使って口止めを徹底したうえで情報を共有しておくべきではないかと思ってしまう。仮にも雇い主だぞ。

 

 それになんだか兄上、その少年との距離感が近くないかね? そりゃあ聖杯戦争を共に駆け抜けた戦友であるのだから友情もはぐくまれようさ。だがね、女っ気が全くなく、カミュ嬢やケイネ嬢のアピールにも全くと言っていいほど靡かない朴念仁な兄上がそんな人類最高レベルの美少年と仲睦まじい様を見せられるとね、こちらとしては色々と勘繰りたくなってしまうのが人情というものだよ? 

 

 魔力炉やサーヴァントが現界を続けていることを秘していたのだって、二人の関係を秘密にしていたかっただけではないのかね? 

 

 アレキサンダー大王といえば男色であったとか両刀であったとかいう逸話があるわけだし。

 

 ふむ……。

 

 背のすっかり伸びた我が兄と、あどけない表情で立つ絶世の美少年を見比べて、思う。

 

 

 どちらが、どちらを? 

 

 そんな不埒な想像が浮かび上がりそうな頭をぶんぶん振って脳から追い出す。

 

「まあいい。兄上の秘中の秘を知れたということでこの場は収めるとしようではないか」

「感謝するよレディ」

「ではそちらの仰々しい戦車は、ゴルディアスの伝承によるものかな?」

「博識ではないか小娘よ。これは『神威の車輪』。余が所有する宝具が一つである」

 

 平静を辛うじて私は保ちながら減らず口を叩くが、畏怖の念が心の底から湧いてくることを抑えきれない。宝具とは英霊を英霊たらしめる『象徴』。伝説や逸話の具現。それもかの征服王イスカンダルのそれを目の前にしているというのだから。人によっては跪いて拝むレベルである。

 

 というか。

 

 迎えを待つと言った兄上の元にこれが来るということは。

 

「……我が兄よ。まさかとは思うが、この宝具でウェールズに向かうということか?」

「そのつもりだが」

「不敬が過ぎる!」

 

 宝具だぞ? アレキサンダー大王の戦車だぞ? ゼウス神から賜った神牛に牽かせているそれをタクシー替わりだと? 我が兄ながら罰当たりにもほどがある。

 

 兄は私の叫びに、なにを言っているんだこいつはとでも言いたげな表情で首を傾げた。その隣では少年姿のアレキサンダー大王も、魔力炉少女も揃って同じように首を傾げている。仲いいなこいつら。

 

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