石油王()に転生したので全力でメディア様に媚びる   作:Una

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第36話 事件簿② 悲鳴

 彼の征服王が操る戦車を使うという大変ありがたい体験を挟みつつ、墓守のいるブラックモアの墓地へと赴いた私たちである。

 

 最初こそ触れるのも恐る恐るで、乗り込むのに靴を脱いでしまった私は魔力炉の少女にまで笑われてしまったが、走り出して数分も経てば慣れてしまったのだから人間の適応能力とは偉大なものだ。

 

 人目につかないよう認識阻害の魔術で隠し、そのうえで空高く舞い上がっての移動と相成ったわけだが。周囲が風除けの障壁で守られ、かつ雲の中を走ると周りの風景が変わらないため自分たちがどれだけの速度で移動しているのかさっぱりつかめない。果たしてどのくらいの時間空の旅を楽しむことになるのだろう。

 

「時速に換算するとおおよそ250マイルといったところだ。だからまあ、目的地である村までは1時間もかからないのではないかな」

 

 ロンドンからウェールズまで1時間! 

 

 電車とバスを乗り換えたり山道をぐねぐねと遠回りしたりなんだりで半日以上はかかる道程がたったの1時間とは、こんな利便性を知ってしまえばそりゃあ我が兄もタクシー代わりに使うようになるだろうさ。

 

 バカバカしくてバス停で列に並んで次のバス待ちなんてやってられなくなるに違いない。

 

 機会があれば自分も今度足に使わせてもらおう。そんなことを考えながら私はトリムマウが体の一部で形作ったテーブルとイスに腰を下ろす。

 

 バッグから取り出したチョコレートの詰め合わせをテーブルに並べる。

 

 色とりどりのチョコレートを眺めて頬を緩めていると、魔力炉少女がキラキラした瞳で詰め合わせを見つめて背中の翅をパタパタさせていた。

 

「そういえば君、名前は? そもそもを言えばなぜ人の形をしているんだ?」

 

 元は魔力炉だったのに、なんだってまるで自我があるかのように自立しているんだ。

 私の疑問に答えたのは兄だった。

 

「エルメロイの至上礼装であった魔力炉がそもそも一つの自我をもつ、神代に生まれた神秘を加工して作られたものだからだ。長い時間と複雑な経緯の果てに、彼女は何代も前のエルメロイの手で3つに分割された魔力炉として調整されたんだ。それをガリアスタに頼んで元の生命の形に戻してもらったわけだな。そのままではなく多少の調整を加えさせてもらったが」

「いくら余に魔力を供させるものとはいえ、あんな嵩張る礼装を3つも持ち歩くのはさすがに手間だった故な」

 

 3つに腑分けされた生命を元通りに戻す。それもここまで完璧な神秘として。

 

 やはりガリアスタは侮れない。中東情勢をまとめ上げた政治力と中東一帯の油田から生まれる財力から時計塔でも注目こそされているが、伝えている魔術が中東由来の呪術をベースとしたものであるために魔術師の間では軽く見られているきらいがある。

 

 この身に刻んだエルメロイの源流刻印もそうだ。聖杯戦争のさなかに特殊な礼装で完膚なきまでに破壊されたはずの刻印が、ほんの数年でほぼ元通りとなって帰ってきた。私や執事は3世代は後になるくらいの時間をかけないと刻印としては役に立たない、そんな見立てを立てていたのに。

 

 ありがたくはあるが、正直刻印の修復も我が兄を縛る首輪の一つとして利用するつもりだったのに、こんなにあっさりと修復されてしまったものだから私の目論見は見事に外れてしまった。

 

 思えば、だ。魔術刻印にせよエルメロイの借金にせよ、我が兄に着けていた首輪を外すはめになった原因はどれもガリアスタではないか。借金については直接の原因はあの憎き泥棒猫カミュ・ペリゴールだが、兄とカミュを引き合わせたのはガリアスタなのだ。

 

 他にも、我が兄とただならぬ関係性を築いている美少年の現界に必要な礼装を貸し出していたり。

 

 真の敵はカミュでもケイネでもない、ガリアスタだったのだ。

 

「どうした、レディ。そんなに眉をしかめて。サジョウが怯えているぞ」

「サジョウ? この子はサジョウというのか?」

 

 魔力炉の少女が私を見ながら気まずそうに顔を逸らしている。おっと、確かに我が兄の言う通り、こんな醜い感情を表にだすのは淑女としても貴族としても失格だ。急いで私は表情を取り繕ってサジョウと呼ばれた少女に微笑む。不思議な響きの名前だ。英語圏では馴染みのないように覚える。古代マケドニアではなにか意味のある単語なのだろうか。

 

「サジョウというのは、以前私の教室に在籍していた生徒のファミリーネームだ。なぜかこの子がひどくその生徒に懐いてな。何か縁があったのだろうと、そのままサジョウと呼ぶようになった。ちなみに彼女が今かけている眼鏡はその生徒から譲ってもらったお古だ。以来寝るときもサジョウは外そうとしない」

「ふむ。とりあえず、サジョウ、食べるかね」

 

 テーブルに置かれたチョコの箱を差し出せば、サジョウはニコリと笑ってチョコを一つ摘みとってそのまま口に運んだ。

 

 一噛み、二噛みとするうちに、サジョウは目をまん丸に開けてこちらを見た。

 

「んー!」

「どうだい、美味だろう? 最近お気に入りの洋菓子店で発表された新商品だ。あそこのオーナーはいくつも店舗を展開しているが、どこもオリジナリティに溢れていて、新店舗ができるたびにチェックしないといけないからいちファンとしては大変だよまったく」

 

 サジョウに倣って私もチョコを一つ口に運ぶ。うむ素晴らしい。甘さと苦みの繊細なバランスで調和したチョコにコーティングされたスポンジ。そこにしみ込んだラム酒とちりばめられたピスタチオの塩梅が絶妙だ。

 

 あそこのオーナーはいろんなところから無名のパティシエを引き入れて、彼らに店を持たせては成功させているんだから、作り手としても甘味フリークとしてもありがたい存在だ。一部の甘味フリークはそのオーナーであるA.G.を名乗る存在を神のように崇めている。

 

 私も一度拝謁の名誉に与りたいものだ。

 

「ちなみにレディ。君が言うオーナーのA.G.はガリアスタのことだぞ」

「……? ……⁉」

 

 A.G.……アトラム・ガリアスタ⁉

 

 そ、そんな、私の聖域にまであの男の魔の手が及んでいようとは……! 

 

「我が兄よ。世の中には知らない方が幸せだった情報なんていくらでもあるではないか。エビの尻尾がゴキブリと同じ成分だなんて知ってもただただ気分が悪くなるだけだろう? なぜ、なぜ私の生きる喜びを汚すようなことを……もう無邪気にスイーツを楽しんでいたあのころには戻れない……」

「す、すまないレディ。自分のところのスイーツを食べてるときに教えてやってくれとガリアスタから言われていてだな、まさかそこまで落ち込むとは」

「この芸術的なチョコレートたちを『ガリアスタのところの』などと呼ぶんじゃあない、いくら親愛なる兄上であろうとも言って良いことと悪いことがあるぞ!」

「そこまで叱責されるほど悪いことか……?」

 

 そんなやり取りをしている間に、私たちを運ぶチャリオットは目指す村から数マイルの位置に降り立った。

 

 宝具であるチャリオットは開かれた空間の裂け目に仕舞われ、アレキサンダーは幽霊のように姿を消した。霊体化というらしい。

 

 私の魔眼でも、集中しなければそこにいるとは感知できないほどにいきなりその存在感が薄れてしまったためビクリと体が反応してしまった。そんな反応をしているのは私だけで、兄もサジョウも当たり前のように受け入れている。

 

 なるほど、我が兄がここまでの10年で暗殺されなかったのもわかろうというものだ。

 

「この村の墓守は対霊体のスペシャリストだからな。姿をそのままにして向かってもいらない刺激を与えてしまうだろう」

 

 独り言のように呟いて、兄は地図と方位磁針を見ながら足をさらに北の山に向けた。チャリオットから見下ろしたときに見えた村へとその足は向かっている。

 

 その長い脚を使って歩く兄の後ろから話しかけた。

 

「ところで我が兄よ、このブラックモアの墓地へは何が目的で向かうのかね? 歴史的好奇心からくる観光かね」

「……歩きながらでよければ説明しておこうか。ガリアスタからの情報だが、最近聖杯戦争を再び起こそうとする動きが見られる」

 

 ガリアスタ。またガリアスタか。

 

「思うのだが我が兄よ、貴方はあの男と距離が近すぎるのではないか? カミュから聞いているぞ、学生時代は二人の仲を応援する会が女生徒を中心に発足していたそうだな?」

「なんだその会は。いや、よせ。説明するな、先に君が言っていた『知らない方が幸せだった情報』だな」

 

 我が親愛なる兄は眉根を寄せた、フラットのやつにサルミアッキを口にぶち込まれたときと同じ苦々しい顔を見せた。

 

「なるほど、我が兄がアレキサンダーの存在を秘匿していたのはそういった疑いを向けられないようにするためでもあったのか。それっぽい理由をつけていたが、まあ講師として教室を運営するには世間体も重要だからね」

「話を戻すぞ。聖杯戦争についてはレディもある程度は聞き及んでいるだろう。7人の魔術師が7騎の英霊をサーヴァントとして召喚し殺しあう魔術儀式。勝者には万能の願望器たる聖杯が与えられる。まあ外に広まっている概略としてはこんなところだ」

 

 兄は調子を戻したようで、すっかりいつもの講師の顔で弁舌を振るいだす。

 

「聖杯戦争を起こすには大聖杯と呼ばれる地脈からマナを引き込み続ける魔術陣を張る必要がある。そこに刻まれた術式が漏れない限り聖杯戦争の再現は不可能なのだが、とある筋からその術式がもれたのだと」

「ガリアスタが漏らした可能性は?」

「動機がない。なぜならあの男は聖杯もサーヴァントもホムンクルスの製造法も既に所有している。聖杯戦争から得られるものを全て搾り取ったんだ。今更再開したところであいつからすれば迷惑なだけだろう。むしろ全力で潰す方向で動いているところだ。私に連絡が来たのもその一環だよ」

「待ってくれ。ガリアスタのところにはアレキサンダーの他にも現界を維持しているサーヴァントがいるのか⁉」

 

 兄の後頭部が頷くように上下する。サジョウも私の隣でうんうんと肯定していた。

 

 信じられない。

 

 実はアレキサンダーにお願いしたらガリアスタの拠点全部破壊してくれないかな、なんて妄想していたのに。

 

 あのハゲタカめ。

 

「イスカンダルは強力なサーヴァントだ。だがすべてのサーヴァントに対して優位に立てるというわけではない。聖杯戦争を起こさないよう働きかけることは前提として、聖杯戦争が勃発してしまった場合に備えて戦力を強化しておくことも必要だろう」

「その戦力が、これから向かうブラックモアの墓地にあるのか?」

「墓守だ」

 

 兄が端的に言葉を紡ぐ。

 

 イギリス最古の墓地として高名なブラックモアの墓地。墓である以上そこには墓守もいるだろう。

 

 サーヴァント。霊体。墓守。スペシャリスト。

 

「君、まさか。墓守を対サーヴァントの戦力として協力させるつもりか?」

「そうだ」

「悪霊やエクソシズムの一種としてサーヴァントに対処しようと? 可能なのかそんなことが」

「未知数だな。あくまで可能性があるというだけだ。だが幸運なことに、我々には実際にサーヴァントがいる。聖杯戦争の前にどの程度戦力として期待できるかは把握できるだろう」

 

 なんというか、思考が魔術師より魔術使いよりというか。仮にも英霊たる存在に対して全く敬意を抱いていないかのような行動基準はむしろ魔術師寄りと評価すべきか。

 

 ガリアスタのやつも、神秘や魔術の秘奥なんてものに興味はない。奴の思考回路は目の前にあるそれをどう使えば金を稼げるかに終始する。すでにあれは金を稼ぐために存在する現象と化しているような男だ。そんな男の影響を多分に受けている我が兄の後ろ姿に、なんだかげんなりとしたため息が出た。

 

 

 

 ¥¥$$€€ ¥¥$$€€ ¥¥$$€€

 

 

 

 いくらかも進まないうちに兄がその見た目に違わぬ貧弱さを披露し、そんな兄をサジョウが見た目にそぐわない力強さで支えながら進んだ道の先に、目的地として目指していた村があった。

 

 そこでベルサック・ブラックモアと名乗る髭を蓄えた当代の墓守の老人に出くわした。

 

 老人と表現したが、その立ち姿からは老人らしい弱々しさはまるで感じられない。カラスを伴って立つその姿に私はそこ知れなさを覚え、こちらを品定めするその眼光の鋭さは、その気もないだろうに威圧されているかのように感じる。

 

 その視線が、時折兄の後ろへと伸びるのは、恐らくそこに霊体化したアレキサンダーがいるからだろう。これはこれは、期待できそうではないか。是非ともガリアスタのところのサーヴァントに対抗しうる手札になってほしいところだ。

 

 ベルサックの案内に従って村へと踏み込んだ時、道の先から一つの小柄な人影が現れた。

 

「ベルサックさん」

 

 人影は灰色のフードを深く被っていた。その上でうつむき気味だから顔が顎のあたりしか見えない。小柄な私の視点からでもそうなのだから、兄からは顔の部位など全く見えていないに違いない。

 

 フードの人物が少女であると察せられるのは、フードの奥から響く声が年若い少女のそれであったからだ。

 

「グレイか」

「今日は訓練だと聞いていましたが」

「珍しく客人が来てな、今日はなしだ」

「そう、ですか。わかりました」

 

 短いやりとりだけで、フードの少女が踵を返そうとしたとき、一陣の風が吹いた。

 

 初夏らしいそのぬるい風は木々を揺らし、道を挟む草っぱらをなびかせ、そして少女が被っていた灰のフードを剝ぎ取った。

 

「あ」

 

 少女がフードを抑えようとしたときにはもう遅かった。

 

 隠されていた少女の顔貌が風の中で露になる。

 

 金糸のような髪、翡翠のような瞳、人形のように愛らしくも鋭さを伴う顔立ち。

 

 見覚えがある。ありすぎる。

 

 それは、私がロンドンに置いてきたはずの恐怖の記憶。受講を強制されている戦闘術講座の教官であり、毎週のように私や兄をゲロ吐くまでボコボコにしてくれているあのミス・スリーのそれだった。仕事を押し付けて行き先も告げずにロンドンに置いてきたはずのあの悪魔が、自分たちを追って『神威の車輪』すら追い抜かして先回りしていたのだ。

 

 私と我が兄は、ミス・スリーの顔を見るや否や抱き合って悲鳴を上げた。文字で書けば『キャー』である。

 

 絹を引き裂くような甲高い私たち兄妹の悲鳴は、やまびこを伴いながら遥か遠き山々から長閑な村の隅々まで響き渡った。

 

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