石油王()に転生したので全力でメディア様に媚びる 作:Una
きゃあああああああああ! と甲高い悲鳴が二人分、とっさに抱き合ってしまった私たち兄妹の喉から上がった。悲鳴は山々に響き渡り、ベルサック殿だけでなく道の先を歩いていた村人たちも何事かとこちらを怪訝な顔で視線を向けてくる。
だが私たちはそんな周りの反応なんて気にしている場合ではない。
だってミス・スリーだ。
なぜここにいるのか。
まさか我らを食べる気か。
仕事を押し付けてロンドンから逃げ出した私たちをはるばる追いかけてここまで来たのだ。なんて恐ろしい執念。表情にこそ出していないが、きっとその内側には私たちに対する憤怒と憎悪と愉悦の感情が渦巻いているに違いない。
先陣を切ったのは私だった。私は兄の背後に回って、
「違うんだミス・スリー、落ち着いてくれ。あなたは勘違いをしている。私は貴女の講義をサボタージュしようとする兄を監視するために同行していただけで、決して貴女に反意や隔意があるわけではないのでつまりアイアンクローと特別補習訓練は兄上だけにしてもらえないだろうか」
「ファック! レディ、清々しく兄を売ったな! 違う、違うぞミス・スリー。これはライネスが嘘をついている。こいつはこいつで貴女の戦闘訓練をサボれるとうっきうきで私の旅に勝手についてきたんだ。そもそも私は事前に休暇申請を出していたし、君の仕事は最小限になるようライネスを介して手配していたんだ。教室長代理の立場を悪用して君とケイネ嬢の仕事を増やしたのは全てライネスの独断だ。だから何もこんな旅先まで追ってこなくても、ライネスにはしっかり罰を与える。レポート10枚加算したうえでアイアンクロー30秒の刑だ」
「ここは年少でかつ麗しい妹をかばうくらいの気概を見せてほしいものなのだが! な、なぜ私をミス・スリーの方へ押し出そうとする! そっちがその気なら私だってトリムマウを」
「あ、あの!」
私と我が兄の生死の懸かった譲り合いは、ミス・スリーの声ですぐ沈静化した。
ああ、やはりこんな擦り合いでは誤魔化されることはないのか。きっと我々はこのままこのウェールズの深い山の奥でナイフ一本渡されただけでサバイバル訓練(ミス・スリーによる夜襲付き)が待っているんだ。そう察してしまった私と我が兄は、もはや悟りの感情で静かにそのまま地べたに正座した。
ロードの姿か、これが? などと思ってはいけない。ここで少しでも手心を加えてもらえるかどうかが訓練の生存率を大きく左右するのだ。
次なるお言葉を裁判にかけられた死刑を求刑されている容疑者の面持ちで待っていると、彼女は意外な言葉を口にした。
「あの、拙はその、ミス・スリーという人物ではありません」
「ミス・スリーでは、ない?」
何を言っているのだろう。今は被りなおされているグレーのフードの下から見えたあの顔。愛らしくも凛々しい面立ち、翡翠の輝きを宿す瞳、金糸で編み込まれたその金髪。
どこをどう見てもミス・スリーだ。
これはもしかして、何かを企んでいるのか。
我らをどうするつもりだ。
油断させて、やっぱり我らを食べる気か。
「いやいやそんな、なんのつもりかは存じませんが、ひと思いに判決を下していただけませんか。ある国では主文後回しという慣習があるそうですが、むしろさくっと宣告していただけますと我々の精神衛生上にですね」
「まて、ライネス。この少女、本当に違うぞ」
「え?」
正座を崩し立ち上がろうとしている我が兄を見上げる。兄は膝の土埃を払い、上着を整えてから少女に向かって頭を下げた。
「すまなかった。君の顔が私たちの知り合いにずいぶんと似ていたため勘違いしてしまった」
「この顔に似ているのですか⁉」
少女、グレイと名乗った彼女は、兄の言葉に過剰な反応を見せた。
何事だろうか。
というか、ミス・スリーとしてみるには、確かに雰囲気が違いすぎる。自身なさげにうつむき気味な立ち姿なんてミス・スリーにはありえない。彼女は小柄でありながら常に胸を張って歩き、そのきらびやかな雰囲気は1マイル向こうからでもその存在感をこちらに叩きつけてくる。
それに対して目の前にいる少女の存在感のなんと希薄なことか。いや、比較対象が悪いだけでこの少女もちょっと自信なさげで影が薄いだけなのだけれど。
これは、兄上の言う通り彼女は本当にミス・スリーではない、のか?
「失礼、少し電話をさせてもらってもいいだろうか」
兄は胸ポケットから取り出した携帯電話をパカリと開き、親指一本だけで慣れた様子で番号をプッシュする。
数コールで電話がつながった。
『はいカウレスです』
「私だ。今時間大丈夫かね」
『かなり厳しいです。今ミス・スリー主催の屋内戦闘訓練中でして』
「確認だが、ミス・スリーはロンドンにいるんだな?」
『は、はい、もちろんです。今日は朝5時からフラットやスヴェンも同時にミス・スリーに挑んでいるんですが未だに汚れ一つ付けることすらうわ来たあ!』
電話の背後から悲鳴が上がる。重なる銃声は生徒たちが装備しているセミオートマチックライフルだろう。怒号が響き、しかし銃声が一つ鳴るごとに断末魔があがり、オートマの音が一つ二つと消えていく。十秒程度で携帯からは静寂が流れ、しかし近づいてくる一つの足音が聞き取れた。
その足音の主が電話を拾ったのだろう、わずかな物音を拾ったスピーカーからは続いてとある声を拾った。
「次は貴様らだ」
それだけ告げて、携帯からはぷー、ぷー、と無機質な電子音を流し、通話が終わった。
兄は携帯をポケットに仕舞い、震える指で葉巻を咥え、何度か失敗したのちに火をつけることに成功した。
「レディ。ミス・スリーはロンドンにいるようだ」
「聞いていたとも。ところで私にも葉巻をくれないだろうか」
「だめだ、10年早い」
「いいだろうか、二人とも」
ベルサックが震える私たちに声をかけた。その表情は神妙な、どこか切実な思いを滲ませていた。
「少し、こちらからも君たちに伺いたいことができた」
「こちらの少女のことでしょうか」
「ああ。少し長い話になる。君たちの用件も聞かねばなるまい、とりあえず私の家へ案内するが構わないかね」
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途中で教会に立ち寄り、丸々とした体形のフェルナンド司祭と、若いシスターの二人組と言葉を交わした。
この村には教会があるらしい。その教会で祭られている黒いマリア像に祈りを捧げて、ようやく私たちは村に入ることが許された。
なんでもこの村には4つの因習というかルールがあるらしく、曰く。
1つ、最初に聖母像に礼拝すること。1つ、深夜には外に出ないこと。1つ、墓地に一人では近づかないこと。1つ、複数であっても沼には近づかないこと。
まあ、破ったところでメリットもないルールであるなら素直に従うさ。
その後に案内されたベルサックの家は、ロンドンで貴族生活を満喫していた私にはいかにも狭い住居であった。リビングとして使用しているのだろう空間にはギリギリのサイズのテーブルが置かれており、そこに私たち兄妹と対面する形でベルサック殿とグレイ嬢が席についていた。サジョウは姿を現したアレキサンダーと村を散策するとのことでこの場にはいない。
ベルサック殿がキッチンからコーヒーカップを4つ運んできて私たちの前に並べる。正直進んで飲もうとは思えない風味だ。挽きが雑で、というより挽いてから何日も経っているだろう。お湯の温度も適当だ。これでは豆の持つ風味などコーヒーに残りようがない。口に含めばさぞ苦みと酸味で私の舌をもてなしてくれることだろうね。
「それで、ベルサック殿からお聞きしたいこととは?」
「俺、というよりこのグレイのことだ。この娘は次代の墓守として俺が訓練を受けさせている。グレイ、説明しろ」
「……声が、聞こえるんです」
ぽつぽつとグレイ嬢が語る内容は、正直私には怪奇現象としか思えない現象だった。
「10年前のある日、突然声が聞こえました。凛々しい女性の声でした。何と言ったか意味は分からないけれど、言葉自体は覚えています」
「その声は、なんと?」
グレイ嬢は数舜言い淀んだのち、その言葉を口にした。
「トオー、アアタ・ガワタシンmasterカ、です」
隣に座る兄が苦々しい顔をした。
「『Master』だけ意味が分かりましたが、それ以外の部分は聞き覚えのない言語で。英語が混ざっているからそちらの言語のどれかだと思って、購入した言語の教科書で勉強しているのですが……」
「未だにわからないと」
「はい」
グレイ嬢は落ち込んだようにうずくまる視線をさらに下げた。
ここで兄が眉間を押さえた。恐らく何かに気付いたのだ。それも頭が痛くなるような何かに。
私が思いつくこととしては、墓守見習いとして修業をしているのだから、低級霊の怨念を無意識に声として脳が処理してしまったのではないかとかそんな程度なのだが、兄はそれとは違う仮説があるらしい。
グレイ嬢は、パッと視線を上げると、頭に深くかぶっていたグレーのフードを外した。
「うおっ」
「ぐ、グレイ嬢。すまないが私の一身上の都合でだな、その、フードは被っていただけると嬉しいのだが」
「この顔は、もともとの拙の顔ではないんです」
自分の顔ではない? どういう意味だ。
「この顔に心当たりがあるのなら、どうか教えてほしいんです」
グレイ嬢は語り始める。
「拙の家系は、とある宝をずっと継承していて。それを使える持ち主を模して、ずっとずっとたくさんのヒトを作ってきたんです……」
宝。持ち主。そんなワードを並べられると、思いつくのはあのチャリオット。アレキサンダーという持ち主の伝説を象徴する宝具。
現代でも宝具を神代から継承し続ける家というものはある。そこから神代の魔術を再現して根源にアクセスを試みるのが一般的だ。
この少女の家も、そういった家系なのだろう。
神代の再現。彼女の場合は、人間を用いた神代の英雄の模倣。
「それが本当にうまくいったのは10年前です。その時なにが切っ掛けだったのかはわかりません。でも、『アアタ・ガワタシンmasterカ』と聞こえてきたその時から、拙の顔が変わっていきました。少しずつ、でも確実に。鏡で自分の顔を見ることが怖くなるほどに」
グレイ嬢は再び俯いてしまう。彼女の自信なさげなふるまいは、もしや墓守なるものに選ばれてしまったせいで村で迫害の憂き目にでもあっているのではと思っていたが、そういうことではないらしい。
「遠い昔に死んだはずの英雄の亡霊に、乗っ取られてしまうみたいで……しかも」
「しかも?」
兄が続きを促す。この際だから思いつく限りの言葉をぶちまけてしまった方がいい。ベルサックがわざわざ私たちに相談させたのも、自分ではどうしようもない状況だったからだろう。
「それから毎週のように、同じ女性の声が聞こえて、そのたびに髪の色が金髪に変わっていきました」
「ま、毎週?」
「もともとは髪も名前のように灰色だったんです。それなのに、声が聞こえるたびに一房ずつ金色が増えていって、目の色も緑色に変わっていって、今ではこのありさまです」
「その、毎週聞こえるという声はどんな言葉を?」
「意味が分かるものは『エクスカリバー』です。気合の入った叫び声で頻繁に叫んでいるようです。他には、意味は分かりませんが『シネ』、『クラエ』、『クタバレ』、といった言葉でしょうか。どれもなんというか、怨嗟の籠った声で」
話を最後まで聞いて、兄は深く、本当に深くため息をついた。