石油王()に転生したので全力でメディア様に媚びる 作:Una
結局、話の結論は出なかった。
なぜなら、話の途中でグレイ嬢が例の女性の声とやらを受信しだしたからだ。
『声が! 声がする! 殺してやるって! あいつを殺してやるってずっと叫んでる!』
フードの上から頭を抑えて蹲り、半狂乱になって叫びだす。
『あの人が! あの人が窓からこっちを見てる! あの顔はなに! ああ! 窓に! 窓に!』
『落ち着けグレイ、それは窓に映ったお前の顔だ』
『拙の顔じゃない!』
とてもではないが会話を続けられる状況ではなくなった。
グレイ嬢の声の正体について兄は、心当たりはあるが確証はとれていない、検証のためしばし時間が欲しいとベルサックに告げた。
対して兄からの相談であった『ブラックモアの墓守を一人借り受けたい』という願いについてもベルサックの承諾はもらえなかった。
今管理している墓地を離れてロンドンに来い、なんてそりゃあ即答できるはずもないだろう。とは思うのだが、互いに時間が必要だろうということで、村に数日宿泊するのはどうかとベルサックから提案された。
兄はそれを聞き入れたが……さて。どうもベルサックには別の思惑があるように見える。
とはいえこれ以上考えるには材料が足りない。
すっかり日も暮れ、窓の外にはまったく明かりのない闇が広がっている。ウェールズの山奥に構える村なのだから街灯なんて気の利いたものは置かれていない。まずいな、すでにロンドンが恋しい。ミス・スリーのことを考えると帰りたくないけども。
グレイ嬢が昼のうちに用意してくれていた毛布と藁布団に身を任せる私、兄上、そしてサジョウ。パジャマに着替えてベッドを確認するが、これ絶対ダニがいる。私の白磁の肌に噛み跡でも残ってしまったら世界の損失だろうに。
面倒だが、トリムマウの体を細かい繊維状にして、私とサジョウの布団の内側に包まれている藁全体を精査させる。中に潜むダニやらハエの卵やらを全て潰し、まとめてから窓の外に捨てる。これで安心して横になれる。
「それにしても、あのグレイという娘は難儀だな。魔術的な干渉を受けている様子ではなかったから、なにかしらの精神疾患を患っているのだろうが。それとも墓守見習いということだから悪霊にでも憑りつかれたか」
「……ああ」
さて。
「ところで兄上。グレイ嬢について、何かに気付いていただろう? 今の反応でわかった。あの娘は一見ただ正気を失ったように見えるが、なにかあるんだな? 彼女が言っていた『master』という言葉に心当たりが」
「うむ……」
両腕を枕にして仰向けに転がる私に対して、壁を見つめたまま毛布を被る兄。その後頭部に向かって半ば断定の形で問いかければ、兄上はしばし思考を巡らせている雰囲気を見せてから、言葉を選びながらこんなことを口にする。
「まず、だな。レディに伝えていなかった情報なのだが」
「なんだね?」
「ミス・スリーはガリアスタから紹介されたホムンクルスなんだ」
今回のウェールズの旅行は、兄が抱える多くの秘密が明かされた。新たな首輪のために求めていたものではあるのだけどもちょっと多すぎる。
聖杯戦争が再び起きようとしていること。10年前からサーヴァントが複数騎現存していること。10年前に紛失したはずの三位一体の魔力炉が自我を得た状態で現存していたこと。
はっきり言って既におなかいっぱいなのだ。驚愕の事実が明らかになりすぎである。
だが、その中でもコレはとびきりだ。これまでの情報は言ってみれば他人事の範疇だ。魔術的には異常事態ではあるがそれで私の生活が激変するというわけではない。
しかし、少なくない交流がある人物が実は人造のホムンクルスでした、は流石に他人事で済ませることができる話ではない。
「ホムンクルス? いやしかし、ホムンクルスというのは短命なものではないのか? ミス・スリーはもう……7年は時計塔で講師として働いているじゃないか」
兄上の教室に教官が来て戦闘術を教えだしたのが1996年。今が2003年だから、うん7年だ。7年も稼働できるホムンクルスを製造する技術など時計塔でもまだ確立していないはずだ。
「いや、言われてみればこの7年で、ミス・スリーはまったく老けていない……? というかまさか、スリーという名前は本当に3番とか3号機とかそういう意味か⁉」
「ガリアスタに聞いたがそうらしい」
安直すぎる。犬猫のほうがまだマシな名づけをしてもらっているじゃないか。
「ホムンクルス製造技術には一種のブレイクスルーというか技術流出というか……まあそういうものが10年ほど前にあって、とある家門ではホムンクルスの寿命問題は大幅に改善している。その技術によって、ホムンクルス技術を応用させた移植用臓器の培養技術も秘密裡に進められている。ガリアスタ家が主導となってな」
「……ガリアスタは医療にも手を広げていたのか。それもオーダーメイドの臓器の移植だなんて、さぞ儲かるだろうね」
皮肉を込めて言ってみたが、毛布からはみ出ている兄の頭は静かに振られた。
「レディ、君はガリアスタの財力をわかっていない。あいつの所有する油田は中東全域のみならず、フロント企業を介して北海やイギリス周辺まで及び、今はロシアの西シベリアやウラル地方に北極圏まで開発を進めている。世界の石油生産量の半分にガリアスタは関わっているんじゃないかと私は推測している。ガリアスタ家がどこまで支配圏を広げているのか正確には把握できないから推測でしかないが。そんなガリアスタから見れば、臓器移植で稼ぐ程度の額なんて誤差だ」
「では、なぜそんな事業を? 油を求めて穴掘っていれば安泰じゃないか」
「もちろん、影響力を広げるためだ。財界、政界、各国指導者からスポーツで活躍する国民的英雄まで。スポーツにさほど興味を持たない私たちには理解が難しい感覚だが、貧困国や途上国にとって世界で活躍するスポーツ選手は一国のトップよりも影響力があったりする」
なんだそれは。仮にも魔術師の家系でありながら、なぜそこまで表の世界への権力に固執する?
「あの男は世界征服でも企んでいるのか」
冗談めかして言った私の言葉を、しかし我が兄は今度は否定しなかった。
「わからん。そうかもしれないし、逆に世界なんて眼中にないかもしれない。あいつが何を考えているのか、私には理解できた試しがない」
珍しく、弱気な言葉だった。思わず私は横たえていた体を起こし、兄の眠るベッドを見た。
「昔からそうだった。三流未満でいけ好かない聴講生に過ぎなかった私に声をかけてきて、未だに私に気を砕いてくれている。もちろんあいつは得難い親友だ。聖杯戦争をともに生き抜いた戦友でもある。教室の運営でも、ロードになってからも、多くのことであいつには助けられた」
だが、と兄は続ける。
「ありがたくはあるが怖くもある。やつは中東を支配し、その影響力を世界に広げ、様々な分野の技術発展に寄与している。それに対して私はまだ何者にもなれていない。時が経つにつれて差は広がるばかりだ」
なにか、慰めの言葉はないか。この時私は柄にもなくそんなことを考えてしまった。
「中東の支配? あのあたりは宗教対立やら利権争いやらで今も紛争が絶えない状態ではないのか? 朝刊を見ればいくらでもその手の血なまぐさい記事が載っているが」
「君が目を通すのはThe Times、The Guardian、Financial Timesといったところだったな。まあロンドンに居を構える魔術師ならどこの学科に所属していても大して変わりないか」
「なんだ、兄上。確かにその通りだが、何が言いたい?」
「今挙げた3紙はすでにガリアスタの管理下だ」
はあ?
意味が分からなかった。
ちなみにサジョウは私を挟んで兄と逆側の壁を向いてすでに寝息をかいている。
「もちろんすべての記事を検閲しているわけではない、ほとんどは放置だ。あいつが抑えているのは国際面、特に中東情勢だ。時計塔で勉学と研究に励む魔術師たちがわざわざ紛争が激化しているとされている中東まで情報が正しいかの確認なんてしに行くことはないだろう。取材に訪れた各メディア関係者はすぐ現地を監視しているガリアスタ子飼いの魔術使いにつかまり記憶を弄られ回れ右だ」
……なんだか、えらい手間をかけている気がするのだが。
「そうまでして、何を隠しているんだ?」
「……中東に起こる、油田やガスインフラを奪い合う紛争をあいつは全て終結させた」
は? 以外の言葉が出なかった。あの地域の対立がどれだけ複雑だと思っているんだ。
「多くの勢力が、最低限の魔術と武器の使い方を仕込んだ少年兵を使っていた。そういった組織の指導者や幹部連中をことごとく潰して回ったんだ。一国の軍司令部をまとめて爆破したり、タカ派の政治家を外遊中にまとめて事故死させたりして、ガリアスタの息がかかった政治家や軍人と総とっかえさせる」
「なんだ、慈善活動か?」
「まさか。単純にガス田開発に邪魔な勢力を潰して、ついでに少年兵育成メソッドをパクッて、すでに育っている少年兵をそのまま実働部隊として雇用しているだけだ」
ハゲタカぁ……。
一瞬見直しかけただろうが。
「で、宗教問題で対立している地域はノータッチだ。介入したところで金にもならず、得られるものもないからな。むしろそちらは対立を煽って、両陣営に武器弾薬や食料を売って金蔓扱いだよ」
魔術師的というか、ただの死の商人じゃないか。
やっていることを言葉にして並べれば、魔術を用いずに紛争を終わらせて、魔術の秘匿意識のない傭兵や軍を潰す。時計塔視点ではむしろ賞賛されるべき行動だ。時計塔の執行者のような手際だ。現代最強の執行者といえばその戦歴からバセット・フラガ・マクレミッツがあげられるが、彼女が束になっても届かない成果を成し遂げているのかあの男は。成果物を時計塔に提出しないことが難点だが。
「話を戻すぞ」
「あ、ああ。すまない、何の話だったか。ガリアスタの話で盛り上がり過ぎてしまった。なんだったか……そう、ミス・スリーがホムンクルスであるという話だったな。それがグレイ嬢の奇行とどう関わるんだ。グレイ嬢もミス・スリー同様ホムンクルスということか?」
「筋は通るが、もう一つ考慮しなければならない情報がある」
まだ何かあるのか、もううんざりなのだが?
「ミス・スリーもグレイという少女も、第四次聖杯戦争で召喚されたセイバーと瓜二つなんだ」
「つまり……どういうことだ? その召喚されたセイバーから採取した細胞を用いてミス・スリーやグレイ嬢は作られたと? いや、それだとミス・スリーはともかくグレイ嬢の時系列が合わないか」
そもそもサーヴァントから細胞の採取なんて可能なのかという話でもあるが。
「彼女の家系は、過去の英雄を再現することに腐心してきたと言っていただろう」
「……ああ、言っていたなそういえば。直後に窓に窓にと言い出したから忘れていた」
過去の英雄。例えばアレキサンダーのような。
「つまり、彼女のモデルとなった英雄が、10年前の聖杯戦争で召喚されていた。10年前。そうか、彼女が初めて声を聞いたのも10年前だ。『master』は、聖杯戦争でも使われる用語だったな?」
一つのことに気付いてしまえば、あとは芋づるのように事象がつながっていく。
「そうだ。召喚したサーヴァントと契約を交わし魔力を供給する魔術師をマスターと呼ぶのが聖杯戦争の習わしだった」
「では彼女が最初に聞いたという言葉はどういう意味になるか、兄上はもうわかっているのか?」
「彼女が聞いた言葉はおそらく日本語だ。10年前に聞いた外国の一小節の文章だからな、発音はずいぶんとあやふやだったが、呼び出されたサーヴァントが最初に発する言葉であることを考慮すると十中八九『Are you my Master?』という意味の文章だろう。彼女を召喚したマスターの第一言語が日本語であったから、聖杯から与えられた知識が日本語になっていたんだ」
つまりセイバーのマスターは日本人か。遠坂か間桐か聖堂教会から遠坂に弟子入りした神父のいずれかというわけか。
「ん? なぜ他の陣営が召喚したセイバーのホムンクルスをガリアスタが作製できるんだ? それにそのセイバーの声が10年間、未だに聞こえている理由は?」
「わからない。重要な情報が足りていないな。これ以上は憶測にしかならない」
兄でもわからないとなればもう手詰まりだ。
「だが、恐らくガリアスタはミスグレイが聞いている声についてもなにか知っているはずだ」
「問い詰めるかね?」
「さて」
兄は途端に興味の熱が引いてしまった声色で答える。
「私に伝えていないということは、私が知る必要はないとあいつが判断したということだ。そこにどんな意図があるのかはやはり不明だが……あえて聞き出す必要もないだろう」
兄の弱腰な言葉を聞いて、私の口からため息が漏れた。
「兄よ、前々から思っていたのだが、少しばかりガリアスタに依存しすぎではないか?」
「依存?」
兄がベッドから体を起こしてこちらを見た。
「踏み込めば対立してしまう恐れがあるからな。他人にすぎない少女の苦悩のために……」
……やめた。
「なんでもない。おやすみ。明かりを消すぞ」
私は問答無用で言葉を打ち切り、軽く指を鳴らしてランプの明かりを消した。
さらに私は兄から背を向けるように寝返りをうつ。
兄の視線がしばらく私の頭に刺さっていたが、10秒も経たないうちに兄が再び布団にもぐる音が聞こえてきた。
対立してしまう恐れ、か。