石油王()に転生したので全力でメディア様に媚びる 作:Una
聖杯戦争で参加させる鯖を考えていて遅くなってしまいました
次話は久しぶりに主人公サイド
「拙があの村で、死んだんです」
グレイ嬢の言葉の意味を咀嚼するまでに数舜の時間を要した。
「……それは、死んだようなもの、という比喩ではないのだね?」
「はい」
「とはいえ君自身というわけでは勿論ないんだろう?」
「はい、拙と瓜二つの別人です。ですが、村の人たちは拙が死んだと思っていることでしょう」
母も……とグレイ嬢はつぶやいた。なんでも彼女の母が最も熱心に村の因習を信仰していて、グレイ嬢をアーサー王の肉体にすることを渇望していたのだという。
「すまない、そのあたりも含めて一旦話を整理させてくれ。昨日から情報が溢れてなにやらずいぶんややこしい」
私は右手を差し出して話を止めた。
「私の理解していることを順に言葉にしていくから、誤りがあれば指摘してくれグレイ嬢」
「は、はい」
グレイ嬢は緊張したように背をぴんと伸ばす。私は乾きかけた唇を紅茶で湿らせた。
「まずあの村は、はるか昔からアーサー王を復活させるための魔術的儀式を宗教的因習として受け継いできた」
グレイ嬢が頷く。
「その方法は人間の三要素、肉体・精神・魂に着目したものである。そしてグレイ嬢はそのうちの『アーサー王の肉体』の再現に最も成功した例である」
「はい……そういうことになります」
「魂や精神は? 村のどこかにあるのかね?」
「詳しい話は拙には聞かされていません。母や、村のお婆は知っていると思いますが。精神は村のどこかに封じられたまま受け継がれているとか」
ふむ。
であるなら、村で亡くなっていたグレイ嬢そっくりの何者かの正体は、おそらくはその精神あるいは魂のどちらかだろうと予想できるが。
とはいえ遺体の見分すらしていない我々がこれ以上この事件について意見を口にするのは下卑た妄想に過ぎないだろう。
「で、君の肉体がアーサー王として完成しだしたのは10年前から。声が聞こえると同時に肉体が現在のものに変化していったと」
「そうです……昨日も声が、拙の頭に響いて!」
「落ち着き給え、我々にはその声の主に心当たりがある」
「ほ、本当ですか!」
トリムマウのテーブルを乗り越えて縋りついてくるグレイ嬢の両手を優しく包む。
「本当だとも。今も我々はその心当たりに一直線に向かっている」
「ああ、あぁ……!」
全身の力が抜けて、グレイ嬢はその場にへたり込んでしまった。
その肩を抱えて、改めてイスに座らせる。うむ、ミススリーと同じ顔であるのにこんなにも弱弱しい表情を見せてくれるなんて、そのギャップがなんとも素敵じゃあないか。ミススリーへのトラウマで苦手意識があったが、その顔立ちはティーン向けファッション誌で表紙を飾れば売り上げ倍増間違いなしな整ったものであるわけだし。そんな美貌が半泣きで縋りついてくるなんて、むしろ……最高だな!
「大丈夫かね? ああ、10年も自分を苛んできたものの原因に迫ろうとしているのだからそうもなろうが、だがまだあくまで原因の可能性がある相手というだけだ。まあ何かしら繋がりはあるだろうと予想しているがね」
「はい、はい……! ありがとうございます、それだけでも拙は!」
「グレイ様、カモミールティを淹れさせていただきました、どうぞ」
トリムマウが自発的に紅茶を淹れた。うむ、私の調整のたまものだろうが、なんだろう。勝手に判断して動かれるとなんだか怖いのだが。
フラットのあほが私に無断で映画やらジャパニーズアニメやらをトリムマウに見せているからな。そのうち『死こそ救済』とかぬかして人間を殺しかねない。近いうちにフラットを絞めておかないと。
私はテーブルを挟んで向かい合っていたイスをグレイ嬢の隣に移動させた。
「原因となんらかの関わりがある存在と言ったね? その相手は昨日も言った、君にそっくりな外見をした、ホムンクルスだ」
ホムンクルスの言葉にグレイ嬢の表情が固まった。
「ホムンクルスがどんな存在か知っているかね? まあ、人造人間だな。ある存在を鋳型にして量産できる」
「鋳型、ですか。それは、拙がアーサー王の形になっていくのと同じように?」
「おそらくは最初からアーサー王の形に作られたのだろうがね。そのホムンクルスが講師として勤めている先が、我々も所属しているロンドンのとある学園都市なわけだ」
「はあ……えっと」
グレイ嬢が私の話を頭でまとめている。額に手を当てて思考に没頭し、すぐに口を開いた。
「そのホムンクルスの先生は、どうやって作られたんですか? 拙は村の儀式で代々アーサー王の形になっていったのですが、そういった歴史もないわけでしょう? 元の鋳型? は、その、どちら様なんですか?」
「うん、そこが我々も疑問でね。それに関してはこちらの我が兄がとある情報を握っている」
「と、言いますと? それって拙も聞いて構わないものですか?」
私とグレイ嬢で兄上へと振り返る。兄はその視線を受けて小さく肩をすくめてカップを傾けている。
「許可も出たことだし、君にもその情報を開陳しよう。実は十年前、日本という極東の島国でアーサー王の分け身ともいうべき存在が召喚された」
「……十、年前?」
「君が声を聴くようになった時期と同じだね。召喚されたのは1994年の11月頃なのだが」
「11月……! はい、はい! 拙の声も、姿も、ちょうど年越しの準備が始まったころから始まって!」
隣に座る私の肩をつかんで揺さぶってくるグレイ嬢。アーサー王の肉体だとかいうだけあってめちゃくちゃ力が強い。右手に持っていたティーカップががくがくと揺れて中身がびちゃびちゃとぶちまけられる。まあこの程度、トリムマウのオート防御機構ですべてはじけてしまうから問題はない。
「あ、す、すみません」
「問題ないとも。それより君こそ汚れなかったかね?」
「えっと、はい。大丈夫なようです。すごい……この銀色の、なんですかこれ?」
「魔術礼装の一つだよ。術式を刻み、魔力運用で様々な機能を持たせた道具さ」
教えながら私は宙にティーカップを掲げる。するとすぐにトリムマウが足元からそこに現れて紅茶を注いでくれる。注がれたそれにできる限り優雅に口をつける。ほわー、とグレイ嬢はキラキラとした視線をこちらに向けてくる。これほどの美少女から憧憬の視線を向けられるというのは、うーん、気分がいいな!
「過去の英霊を召喚するなんて本来不可能だ。死者蘇生にも等しい、魔法の領域だからな。しかしそれをとある儀式によって部分的にせよ成功させた魔術師たちがいたんだ」
「その儀式が行われたのが10年前……」
「そう。聖杯戦争と言ってね。過去の英霊をサーヴァントと呼ばれる使い魔として召喚し、殺し合わせ、勝ち残った英霊とそれを召喚した魔術師が聖杯を獲得し願いをかなえることができるという魔術儀式だ」
「そこに、あのアーサー王も召喚されたんですね、殺し合いの道具として」
そうなるな。
それにしても、そのアーサー王もグレイ嬢のようなはかなげな美少女であっただろうに、それを戦場に送り出すだなんてマスターである魔術師には人の心はなかったのだろうか。
あー、でもミススリーのような剛の者であったならそれは無駄な心配か。
「君の肉体がアーサー王に近づいていったのは、アーサー王が召喚されたためだろうことは想像に難くない。その後、アーサー王そっくりなホムンクルスが作られたのも、その作り手が聖杯戦争中にアーサー王の肉体の鋳型となる何かを入手することができたからだろう」
「可能なんですか? そんなことが。いえ、可能だから王にそっくりなホムンクルスがいるんですよね」
「ああ。ホムンクルスの製造過程については家ごとに秘匿されている部分が多くてね。明るくない我々には不可能に見えても専門家からすれば、ということは多かろう。君が毎週のように声を聴くというのも、もしかしたらアーサー王を模したホムンクルスがいるために何かしらの影響を受けているのかもしれない」
なにしろアーサー王型ホムンクルスといえば、あの時計塔の色位や開位持ちの魔術師を複数同時に相手取ってボコボコにする鬼のような女だ。あいつが暴れるときの殺意やらなにやらがグレイ嬢に伝わっているという可能性も否定できないというかなんというか。
グレイ嬢はしばしの沈黙を挟んで、そして、顔を上げてこう尋ねた。
「誰なんですか? その、アーサー王の型のホムンクルスを作ったという魔術師は」
私はちらりと兄を見る。兄は相変わらずこちらに視線も向けない。ならばと私は遠慮なく答えを告げた。
「アトラム・ガリアスタ。前回の聖杯戦争にキャスターを召喚して参加し、最後まで勝ち残った魔術師で、そして世界的大企業ガリアスタカンパニーの社長だよ」
私の言葉に、グレイ嬢は目と口を全開にしてしまった。
自身が情けない表情をしていることに気付いた彼女は、はっ、と顔を戻して、
「ガリアスタって、あの、『「お前のせいで追放された」と言って別の女と結婚しようとした夫にメディア様はざまぁする』の作者の?」
「すまないグレイ、なんだって?」
いきなりどうした。なんのセリフだ?
私の背後では兄上が紅茶を吹き出した気配がする。なんだ一体。
「あ、一般的には『メディざま』と呼ばれているんでしたっけ。サブタイトルまでいれればすごく長いですものね」
「いや、略されてもなんのことかわからないんだが。それ、本のタイトルなのかね? ガリアスタが作者の?」
「だと思いますけど。拙、子供の頃に読んで以来大ファンなんです。行商の人が新刊が出るたびに持ってきてくれて、それを買うためにお小遣いを貯めて頑張って買ってました。話の内容はタイトルまんまなんですけど、他の歴史書と読み比べながら読むとすごい細かいことがネタとして仕込まれていて。弟をマスカリモスっていう、死体から切り離した足を脇の下に挟むことで相手を冥界に縛り付けてどんな強い怨念を持っていても復活できなくさせるっていう」
「すまないグレイ、ガリアスタと言えば一般的には石油企業のオーナーとしての方が有名なんだ」
めっちゃ語るじゃんこの少女。
「石油ですか。確かに拙の村でも油なんかはガリアスタカンパニーのものが届けられているんですけど」
「それはおそらく監視のためだろうな」
ここまで沈黙に徹していた兄上が、いきなり口を挟んできた。
「おお兄上、あまりにも会話に入ってこないものだから引きこもり生活がたたって声の出し方を忘れてしまったのかと思ったぞ。それで? 監視とは何をかね」
「恐らくガリアスタは、ここがアーサー王復活を目指す村だと知っていたんだ」
ん? なんか今話が飛躍したな。グレイ嬢もきょとんとしている。
そんな彼女の表情に目もくれず兄は話を進める。いつもの兄だった。
「そうだ、逆なんだ。グレイがアーサー王の因子を多く受け継いでいる存在であると初めから知っていた。サーヴァントからホムンクルスを作ったというよりよほどすんなりと話が通る」
「待て待て、兄上。何を言っている? グレイ嬢が因子を受け継いでいるとなぜ中東住みのガリアスタが事前にわかる。そりゃあ今この姿を見れば、アーサー王の召喚に影響を受けるくらい因子を保有していると予想はつくが」
兄の言いぐさから考えれば、まるでミススリーやアーサー王型のホムンクルスの元は、アーサー王ではなくグレイ嬢であるかのような。
「魔術師の行動に『How』や『Where』など意味がない。あいつは多くの魔術師や魔術使いを囲っているからな、過去視の魔眼なりなんなり、手段なんていくらでもあるだろうさ。レディ。ガリアスタの職員が村に通っていたのはいつからだ。最近も来ているか?」
「えっと、拙が物心ついたころにはすでにいたのでいつからかはなんとも。最近は先月くらいからほぼ毎日来られてます」
「そうだ。奴は分かっていたんだ。レディがアーサー王の肉体の完成形であることも、レディの肉体がアーサー王の姿に変化していくことも、これからその儀式の総仕上げが行われるだろうことも」
「総仕上げ?」
なんのことだ?
「グレイの肉体がアーサー王として完成した時、その中にアーサー王の精神と魂を入れることでアーサー王として真の完成を観る。その過程を把握するために、ガリアスタは聖杯戦争後も監視を続けていたんだろう」
「待ってくれ兄上、グレイ嬢の体にそんなものを入れてしまえば、本来の彼女の精神や魂はどうなる?」
「アーサー王のそれに塗りつぶされるか、入れる前に摘出されるか。いずれにしても碌なことにはならないだろうな。それは村の人間には周知の事実だったのだろう。だから村の人間たちは宗教的敬意をもってグレイに接していた。あれは例えばシスターや巫女に対するものよりも切実な……そう、殉教者に向けた目だ」
殉教者。教えに殉じ、その命を上位者に捧げる存在。
「だから彼、ベルサック殿はあれだけ急いでいたんだ。レディ、風車小屋の男、ズェピアが村に居ついたのはいつからだ? ベルサック殿は頻繁に会っていたようだが」
「あ、あの変な服を着た人のことなら、最初にお見掛けしたのは1か月ほど前です」
「おそらく、ズェピア院長もアーサー王復活に一枚噛んでいたんだろう。肉体の完成が急速に進み、総仕上げの段階になって彼も村に拠点を構えた。そうだ。確かに電話やメールが発展した現代では院長がアトラス院に引きこもる必要はないが、だからこそ、こんなウェールズの山奥に陣取る必要だってないんだ」
それはそうだ。避暑でもあるまいし、こんなド田舎にあんな大物がいる時点で違和感があった。あれは、あれだけの人物がその場にいなければならないほどのイベントがあそこで起こることの前兆とも言えるのだ。
「総仕上げが近いことを知ったベルサック殿が、なんらかの工作をして村人の注意を惹き、グレイを逃がした。おそらくこの情報はすでにガリアスタにも届いているだろうな」
「兄上」
私は思わず口を挟んだ。
「今までの推論が当たっていたとして、なぜガリアスタはそんなことを?」
ワイダニット。魔術師が起こした事件では動機こそが肝要だ、と兄は常々口にしている。ミステリー小説で重視されるHowやWhenは、魔術たる超常の力を用いる魔術師にとっては論じるだけ無駄だからだ。
しかし私の問いかけに、兄は投げやりに「わからん」と答えた。
「アーサー王を聖杯戦争で召喚したわけでもない、アーサー王の能力をもつホムンクルスを所有したところで何ができるわけでもない」
「神代の存在を作り上げて根源へのアプローチをするつもりなのでは?」
グレイ嬢の村もそういった手合いなのだろうとは思っていた。その手段やノウハウを丸ごとコピーしようというのではないだろうか。
ところが兄は首を横に振った。
「ガリアスタは魔術師ではない。根源に興味なんて欠片もない、魔術を使うことができるだけでそういった探求に本人はまったく関与しない。囲っている魔術師たちには好きに研究させているそうだが」
ふぅ、と兄は鼻から深いため息をついた。
「これ以上は、本人から話を聞かないとならないな」
つぶやくように言った兄の眉間には、深い深い皺が刻まれていた。