とあるビルの屋上。
そこに、赤毛の美少女と1匹の鴉がいた。
あたりは暗闇に包まれており、屋上から見下ろす風景は、車や電灯、家の灯りなどが無数の光を生み出していた。
赤毛少女は、フェンスのないビルから足をなげるように座っており、楽しそうに喋り出す。
「聞いてくださいマスター。わたし今日、初めて〝トモダチ〟ができたんですよ。素敵でしょ?」
「…まさかお前まで温い生活で、本来の目的を忘れてはいないだろうな。メア」
「ふふっ、まさか♫ちゃーんと覚えてますよぉ。ヤミお姉ちゃんを元に戻す、…そうでしょ?」
メアと呼ばれる少女の瞳が、黒く塗り潰される。
「そうだ…。現在の金色の闇では、私の目的を果たす役には立たない。本来の彼女に戻ってもらう必要がある…。そのための方法は一つ…、」
「「 金色の闇による結城リトの抹殺……」」
鴉とメアの声が重なった。
「ですよね?マスター」
「わかっているならいい。お前はそのまま彩南高校に潜入し、金色の闇に接触しろ。何かあれば、またこちらから連絡する」
「了解♫ふふっ、楽しみだなぁ。やっと、ヤミお姉ちゃんにわたしたちの存在を認識してもらえる」
「…そうだな」
そこで会話が一度途切れ、屋上に一陣の風が吹き抜ける。
すると今度は、カラスが会話を切り出した。
「それとメアよ。この彩南には金色の闇以外にも、なかなか面白そうな人物がいるぞ?」
「ヤミお姉ちゃん以外に…ですか?」
「あぁ、そうだ。私もまだ姿を見たことはない。だが、今の段階でもヤツを下僕にしてやってもいいと考えている」
「へー。めずらしいですね、マスターがそこまで言うなんて…」
「たしかに、私自身もそう思う。ただ、ヤツの実績には目を見張るモノがあってな。なんせあの【殺し屋クロ】を撃退した程の実力の持ち主だ。こちらの仲間になれば、私の目的もさらに達成しやすくなるだろう」
「っ、!殺し屋クロをっ⁉︎…いやいや、いくらなんでもそれはありえないですよ、マスター。殺し屋クロといえば、わたしやヤミお姉ちゃん、もしかしたら、マスターと同等の戦闘力を持つ殺し屋ですよ?地球人が敵う相手じゃありませんよ〜」
「メアよ、私がいつ地球人が倒したと言った?ヤツは十中八九、宇宙人だ。情報によれば、戦闘の際に炎を扱うようだ。おそらく、フレイムの血が流れている。そして確証はないが、
「っ、……色付き。たしか…、フレイムで王になれる証を持つ者……、でしたっけ?通常色ではなく、青や紫色といった特別な炎を使って戦う、選ばれし存在…。なんでそんな人物がこんな辺境に?」
「それは私にもわからない。だがヤツは彩南の守護者と呼ばれ、この町で自警活動を行なっている。ヤツの名前はV。顔を隠す仮面と黒色のスーツ。全身を覆い隠すフード付きのマントを常に身に纏っているため、誰もその正体を知る者はいないらしい」
「…彩南の守護者」
「遠くない未来、必ず我々と接触するだろう。私もまだVの情報は完璧ではない。お前もヤツについて何かわかったら、私に逐一報告しろ」
「了解しました、マスター」
マスターと呼ばれるカラスは飛んでいき、暗闇の中に紛れる。
屋上に1人残る赤毛の少女は、ゆっくりとその場から立ち上がった。
「ヤミお姉ちゃんに、あさり組のV…。うん、これから楽しくなりそっ♫」
彼女の言葉は誰にも届く事なく、風に乗ってどこかへ消えていった。
◼️
午前。太陽の光を全身に浴びながら、身体を動かす。
現在は、日課のトレーニング中。
幼い頃は、様々な種類のトレーニングをしていた。
しかし中学2年生の秋頃から、ワンパンマンの主人公【サイタマ】先生が行なっているトレーニングだけに絞る事にした。
理由は、自警活動が忙しくなり、時間が取れなくなってきたから。
朝食を食べ、少しの休憩を挟んだら、まずはランニングから。
平日なら車や人通りが多く、何かとうるさいランニングコース。
けれど本日は祝日。つまり、皆んな大好きな休みの日だ。
休日は車も人も少ない、朝早い時間なら尚更だ。
平日とは違い、とても静かで快適に走れるこの時間がとても好き。
天候も晴れ。気温も高すぎず低すぎず、絶好の運動日和。
気分が良くなり、ついつい走るペースが上がってしまう。
ペースが早いまま、突き当たりを左へ。
すると一瞬だけ人影が見えて、そのまま誰かと勢いよくぶつかってしまう。
(やべっ、やっちまった。調子にノりすぎた…、結構な勢いだったぞ、今。下はアスファルト。もしぶつかった人がご年配の方だったら、大怪我をさせてしまうかもしれない)
まずい!と思い、瞬時に行動に移す。
まず、相手の右手を自身の左手で掴む。
自分の右足を一歩前に出し、倒れかけている人の腰に右手を回し、尻もちをつかせないように支える。
咄嗟の事だったので、相手の人を抱きしめるような形になってしまったが、なんとかコンクリートによる怪我だけは回避する事に成功した。
「ごめんなさい!私の不注意です。怪我はありませんかっ⁉︎」
反射的に謝る。
そのまま支えている人物を確認すると、
「…はい、大丈夫です。次からは気をつけてください、朝利吉綱。……あと、ちょっと近いです」
少し顔を赤らめた金色の闇がそこにいた。
彼女は少し困惑した表情でこちらを見いてる。
それもそのはず、
俺とヤミの身体はほぼゼロ距離で、顔も近い。
女の子特有の甘い香りがするし、左手には彼女の小さな手と、右手には細い腰の柔らかい感触が伝わってきた。
「ごっ、ごめんっ!わざとではないんだっ!」
急いでヤミから離れ、謝る。
ヤバい…、俺もリトさんみたいに殴られるかもしれない。
そう考えていると、
「はい、わかっています。あなたは結城リトとは違いますので。それに、倒れそうなところも支えてもらったので…」
100%俺が悪かったのにお咎めはなしだった。
めっちゃ優しい…。
ってか、ヤミって最初から基本的に優しい女の子だったよね。
もしリトさんにラッキースケベの能力がなかったら、普通にヤミと仲良くなっていたのでは?
「ところで、あなたはいつものランニングですか?」
ヤミは続け様に、そう聞いてくる。
「え?…あっ、うん。そうだけど……って、いつもの?」
「はい。あなたが町を走っている姿は、前からよく見かけていました。ランニングの邪魔になると思ったので、声はかけませんでしたが」
「あぁ、そういうことね」
(うっそ…。全然、気づかなかったんだけど…。マジかよ、見られてたのかよ。なんか…、めっちゃ嬉しいんだがっ!つーか、全然声かけてくれても大丈夫なんだがっ⁉︎)
狂喜乱舞している内心を悟られないよう、次はこちらから彼女に質問をぶつける。
「ところで、ヤミはこんな朝早くからどうしたの?何か買い物?」
「いえ、違います。今日は前々から美柑と約束していた、お泊まり会というのをします」
心なしか嬉しそうなヤミ。
原作知識をフル稼働させ、(リトさんにたい焼き味噌汁を食べさせた話だ)と思い出す。
それなら、こんなところでヤミの時間を潰すのは申し訳ない。
話を切り上げて、ランニングに戻る事にする。
「そっか。美柑っていうのは、ヤミの友達の名前だよね?リトの妹の結城美柑。なら、友達を待たせたら可哀想だ。俺はランニングに戻るよ」
「それじゃあ」と手を振り、ヤミを置いて走り出す。
後ろの方から小さく「あっ…」という声が聞こえた気がしたが、たぶん気のせいだろう。
◼️
ランニングに戻り、10分ぐらいが経過した頃。
とある交差点で、赤信号に引っかかっていた。
ここの信号地味に長いんだよな…。
長年走っている道だけれど、そろそろ心機一転してランニングコース変えてみようかな。
そう考えていると、
「あれ?朝利くん?」
不意に名前を呼ばれ、振り返る。
そこには、私服姿の西連寺がいた。
清楚だけど比較的動きやすそうな服に、左手には小さめなカバン。
右手に持つリードに繋がっているのは、西蓮寺家の愛犬であるマロン。
近くにある雑草の匂いを嗅いで、小さな尻尾をピコピコ振っている。
「あ、西蓮寺。おはよう」
「おはよう、朝利くん。朝利くんはランニング中?」
「そう、ランニング。西蓮寺は散歩みたいだね」
「うん。今日はいつもより涼しいけど、夏は朝早くに散歩に行かないとダメなんだ。アスファルトが熱いと肉球を火傷するリスクがあるし、熱中症で倒れちゃう可能性も高いの。うちのマロンはあまり運動が好きじゃないから、連れてくるのが特に大変で…」
「へー、そうなんだ」
言葉では大変と言っているが、西蓮寺の表情は幸せそうだった。
マロンの事を大切にしている気持ちが伝わってくる。
よかったな、マロン。
こんな良い飼い主と出会えて。
さっきからずっと、ハッハッしてるけども。
さっきからずっと、同じ雑草のところにマーキングしているけども。
全然、落ち着きがないじゃないか。
それでも誇り高きボストンテリアなのか、お前は。
愛くるしいな、おい。
「可愛いな」
「……えっ!あ、朝利くん⁉︎い…今、何て……」
西蓮寺の肩が突然、ビクッと跳ねた。
彼女の言葉から察するに、俺の心の声が無意識もれてしまったのだろう。
「あっ、ごめん。でも、凄く可愛かったからさ。無意識に言ってたみたい」
「む、無意識で⁉︎そ…、それにまた、か、可愛いって…」
西蓮寺は顔を赤くしながら、慌てふためく。
急にどうしたのだろうか。
気がつけば、信号が青に変わっている。
西蓮寺も散歩の途中だろうし、ここでもランニングに戻る事にしよう。
「信号が青になったから、俺はもう行くね。マロンもそうだけど、西蓮寺自身も熱中症とか気をつけてね。それじゃ」
「……えっ!あっ、うん。また…学校で」
西蓮寺はちゃんと挨拶を返してくれたが、その表情にはまだ混乱が残っていた。
本当にどうしたのだろうか。
◼️
陽は沈み、夜空で月と星が主張を続けている中、電灯が照らす道を1人ただ歩いている。
現在は家庭の事情で一人暮らしなので、スーパーに食材を買いに行った帰り道だった。
前世で料理なんか一度もした事がないので、最初はとても苦戦した。
でも今では、それなりに熟せるようになっている……と思う。
自分では満足のいく味付けだが、家族にも手料理を食べさせた事がないので、そこら辺はわからない。
「あ、朝利だ。こんばんは。奇遇だね、こんなところで」
今日はよく声をかけられる日だなと思いつつ、後ろに振り向く。
そこには、コンビニ袋を持ったリトとモモの2人がいた。
私服というよりは部屋着に近い格好で、異様な距離の近さで並んで立っている。
2人とも笑顔なのだが、モモさんからは黒い何かを感じる。
大方、リトさんとの2人っきりの時間を邪魔するな!ってところだろう。
「リトとモモか。こんばんは、2人とも」
とりあえず、無難に挨拶。
「朝利も買い物帰り?」
「あぁ。面倒だから、来週分の食材をスーパーでまとめて買った帰りだよ」
両手にあるビニール袋を持ち上げ、それなりに詰められた商品たちを彼らに見せる。
「おぉ、凄い量!そういえば朝利は、1人暮らしなんだっけ?俺なんか料理が下手すぎて、妹に禁止されているんだ。…あっ、ごめん。妹っていうのはー「結城美柑、だよな?」え?」
リトの言葉を遮る。
リトとモモは、予期せぬ言葉に目を大きく見開いていた。
「何で知ってるんだ⁉︎」「何で知っているんですかっ⁉︎」
2人の声が重なる。
そんなに驚くことか?
いや、でも…、まだそこまで仲良くないクラスメイトが、妹の名前を知っていたら気持ち悪いか。
うん、妥当なリアクションだったわ。
ごめんね。今から知っている理由、話すからね。
「あー、その、なんだ。俺的には仲がいいと思っているんだが、ヤミとはよく世間話をする仲なんだ。だから知っている。ヤミがよく話すんだ、リトの妹さんの話を。俺は妹さんに一度も会った事はないし、どんな容姿をしているのかも知らないんだけどね」
「「な、なるほど」」
またしても声が重なる。
仲良いね。
「その…いきなり不躾なのですが、朝利さんは、どういう会話をヤミさんとしているんですか?」
驚きから警戒する瞳に変化したモモに、本日、初めて話かけられる。
「別に大したことは話していないよ。どこのお店のたい焼きが美味しいだとか、うちの学校の校長はどうにかならないのかとか。その中でも、一番多いのはやっぱりリトの妹、美柑の話だね。たった1人の大切な友達だから、自慢したいんじゃないかな?今朝も楽しそうにお泊まり会の事を話してたよ」
「今朝っ⁉︎なんでっ⁉︎」
モモが困惑しながら叫んだ。
もう殆ど素が出ている。
先程から表情がころころ変わり、ちょっと面白い。
「朝にランニングしてたらばったり会ってね。そこで、少し話しただけだよ」
「そっ、そうですか…」
今度のモモは考え込む顔に変化した。
会話が止まり、何もない時間が数秒流れる。
次に口を開いたのは、何かを閃いた表情をしたリトだった。
「それならさ。朝利も今から家に来る?」
「リトさんっ⁉︎」
予想外の言葉にモモがバッと、隣にいるリトへと振り向く。
「えっ、いや…。そこまで仲がいいなら、連れて行けばヤミも喜ぶかなと思って。美柑の事も紹介してあげたいし。何より、女の子ばかりの家に男1人だと、肩身が狭くて…」
あははと笑い、頭を掻きながら話すリト。
それに対し、モモはとびっきりな笑顔をこちらに向けている。
その笑顔の裏には、【断れよ】という文字がわかりやすく浮かび上がっている。
「誘ってくれたのは嬉しいけど、ごめん。断らせてもらうよ。ほら、早く冷蔵庫に入れたい食品もあるし、もう夜も遅いしね」
「さすがに迷惑になってしまうよ」と断りを入れる。
リトは凹み、逆にモモは嬉しそうにしている。
「そっか、それもそうだよな。それじゃあ、また今度家に来てよ。その時に美柑の事も紹介するからさ」
「その時を楽しみにしてるよ。荷物も重いし、そろそろ帰るね。2人とも、また学校で」
会話を打ち切り、2人と別れる。
そして、自宅に着いて冷蔵庫に食品たちを入れている時に、重大な事を思い出し後悔する。
(そういえばこの後、リトさん、洗顔クリームを置くために風呂場開けてラッキースケベ起こすじゃん!くっそ‼︎行けばよかったっ‼︎‼︎‼︎‼︎)