BA-SoC- 外伝『Hounds Den』 作:Soburero
拉致られる方は悪人なんで、細かいこと気にしなくていいですね!
ルーシー先輩と一緒に仕事をこなし、白髪ネギたっぷりの醤油ラーメンを平らげてから、数日後。
私はアジトで、新しく買ったアクセサリーをMCXに取り付けている。
アクセサリーとは言っても、ピアスやネックレスのような、飾り立てるものじゃない。
伸縮出来るストックに、それを使えるようにするストック用のチューブ。
それと、三平方の定理を教わる時に見る三角形みたいな形をしたグリップ。アングルグリップって言うらしい。
どれもマグプルっていうメーカーの商品。ルーシー先輩も、迷ったらマグプルって言ってたっけ。
実際にストックを伸ばして構えてみる。左手の親指をハンドガードに沿わせて、残りの指をアングルグリップに。
グッと右肩に引き付けて、ストックに頬を付けてみると、感覚が結構変わっているのが分かる。
今までより良い。相棒がさらに頼もしくなった。
そんな進化した相棒をソファの脇に立てかけて、私物のスマホでアクセサリーカタログを覗く。
次のお給料で、どんなパーツを試してみようか。
後ろのキッチンからコトコトと響く音をBGMに、さらに進化した相棒の姿を想像してみる。
マズルブレーキが良いかな。それともサプレッサーかな。レーザーサイトも試してみようかな。
膨らむ夢を勢いのまま膨らませていると、鼻をくすぐるカレー粉の匂い。
「おっしゃ!出来た出来た!」
「メリッサ!カリーブルスト食うか?」
ソファに座ったまま振り返ると、エプロン姿のエルマー先輩が、お皿にソースをかけていた。
カレーの匂いの正体は、先輩お手製のカリーブルスト。
エルマー先輩のご飯による餌付けが済んでいる私に、断るという選択肢は無かった。
食べるという返事と共に何度も頷く私を見ていた先輩は、満面の笑みで2つのお皿を、ソファの前のテーブルに置いた。
「はいっ、おあがりよ!」
早速1口大に切られたソーセージにフォークを突き立て、カレーソースをたっぷり絡めて、口の中へ。
その瞬間にカレーの香りが鼻に抜け、ケチャップの酸味と一緒に、良く炒められたタマネギの甘みが口いっぱいに広がる。
ソーセージをプツリと嚙み切れば、燻製の煙っぽい香りと肉の旨味がジュワッと。
エルマー先輩が作るご飯は、いつだって美味しい。
サムズアップと一緒に美味しいと伝えている間も、ソーセージをつつく手が止まらない。
「旨いか!そりゃ良かった!お代わりもあるから、たんと食いな!」
「ん~~!!やっぱアタシ天才!」
先輩もソーセージを1口食べれば、何度も小さくガッツポーズ。
私はソーセージと一緒に、付け合わせの粉ふき芋も突き刺して、また口の中へ。
ジャガイモが口の中の水分を吸い取ると同時に、ソーセージの油がそれを和らげてくれる。
食べれば食べるほど、何だか元気が湧いてくる。
2人でごちそうに舌鼓を打っていると、アジトのドアがノックも無しに空いた。
私達のリーダー、クロハさんが用事から帰ってきたんだ。
本人は野暮用って言ってたけど、その割に表情は硬い。
「ん、
「ああ、後で貰おう。」
「それと、お前達に仕事を持ってきた。食い終わったらブリーフィングだ。」
「食いながら聞くよ。良いよな、メリッサ?」
先輩のそんな提案に軽く頷くと、エルマー先輩はリーダーに手招き。
そんな顎で使うような扱いで良いのかと少しヒヤッとしたけど、当の本人は気にしていないご様子。
タブレット端末を片手に、机を挟んで反対側のソファに座った。
私達がブルストをつまんでいる間に、リーダーはタブレットを何度か叩いた後、後ろの足を広げ私達に向けて斜めに立てる。
「今回は匿名の依頼主からの仕事だ。普段であれば決して受けんが、情報の出どころも精度も確か。今回は例外だ。」
「内容は、ある組織の重要人物の拉致。手段は問わんが、派手にやってくれればなお良い、との事だ。」
「拉致ねぇ。アタシらに依頼が回るなんて、こいつ何やらかしたんだか。」
拉致とは、穏やかじゃない依頼だ。
依頼人が提供したであろう写真には、ちょっと目つきが悪いだけで、ぱっと見普通のオジサンが写ってる。
ただ、背景に身長を分かりやすくするための目盛りが書いてあったり、オジサンが名前や年齢を書いておくボードを持っているので、前科者である事は想像に難くない。
「俺達が知る必要は無い。奴がどうなるかもな。」
「依頼主からの話だと、明日ゲヘナの高速道路を、こいつを乗せた車列が通るらしい。そこを襲撃するのが確実だ。」
「車列はセダンを中心に、その周りを4台のSUVが警護する構成になっている。」
SUVもセダンも、乗り心地の良い高級車ともてはやされてるメーカー製。
私の中では、ギャングの親玉が後ろに乗ってる車ってイメージ。どうやら間違って無いらしい。
タブレットの中の資料では、普通のライフル弾じゃまず貫通できない防弾仕様だ、なんて書かれてる。
必要なのは、対物ライフルか爆発物。つまり、デカい銃だ。
「って事ぁ、セダンの前後を潰せば、逃げ道も無くなるな。こりゃ地雷かミサイルが要るな。」
「時間はある。仕事までに用意しておけ。」
「りょーかい!んじゃメリッサ!食い終わったら、買い物行くか!」
先輩はそう提案すると同時に、私の肩を結構強めに叩いてくる。
その衝撃で口の中に残ったジャガイモを、リーダーに向けて発射しそうになった。
抗議の意を込めて先輩を軽く睨むと、先輩は両手を挙げて降参ポーズ。
この人、とても人懐っこいので、私も物怖じせずに話しかけられるのだが、これが玉に傷。
人に向ける力加減を、たまに間違える事があるのだ。
不良上がりなのでしょうがないのかもしれないけど。
取り合えず、必要なのはデカい銃。細かい作戦は買い物中に決める。
先輩とリーダーにそう伝えると、リーダーは話があるなら今日中にと言い残して、ソファから立ち上がった。
先輩はニコニコ笑顔で、傭兵らしくなってきたなと、また肩を叩く。今度は丁度いい力加減。
買い物と仕事に使う体力のために、ソーセージとジャガイモをいっぺんに突き刺して、口の中に放り込んだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――
日付が変わって早朝。今私達は、高速道路に近いビルの屋上にいる。
まだ日が昇って間もない時間帯。道路には、トラックと社用車ぐらいしか走ってない。
車列がここを通る予定は、何時間も先だけど、その予定を変えられたらこっちは何も出来ない。
だから、こんな早い時間からこうして張り付いている。
双眼鏡を目にくっつけたまま、あくびを1つ。昨日は早く寝ているけど、それでも眠いものは眠い。
そんな道路を見張る私の横で、先輩は頭を柵に預けて寝そべっている。
「なあボス。わざわざアンタがオペレーターやる必要は無いんじゃねぇの?」
『何が言いたい。』
左耳に挿したイヤホンから、通信越しに届くリーダーの声。
先輩は寝そべった姿勢のまま、左肩に付けた通信機を触っている。
先輩の言う通り、ちょっと不思議だ。いきなり実戦に放り込まれてもおかしくないと覚悟していたのに。
実際に待ち受けていたのは、リーダーからのとても手厚いサポート。その分、仕事量も想像以上だったけど。
一先ず、口を閉じたまま道路を見張り続ける。
「いくら新人っつったって、メリッサに対して過保護じゃねぇか。前の仕事も、エアがオペレーターやってたんだろ?」
「ちゃんと猟犬になったんだし、アタシら先輩だっているんだから、任せてもいいじゃん。」
『万全を期しているだけだ。』
「へーへー。そーですか。メリッサ褒めてたのは噓だったのか?」
『嘘ではない。だが、1人で仕事を任せるには早すぎる。それだけだ。』
リーダー、私を褒めたことは否定しなかった。ちょっとうれしい。
ただエルマー先輩は、あんまり納得いってないみたい。
無線の向こう側にいるリーダーに対して、先輩は呆れ顔。
ただ私には、先輩の気持ちと、リーダーの気持ち。少しだけど、どっちも分かる。
「はぁ~あぁ~……。アタシの時もそうだったよな。ずっとボスかルーシーが、アタシのお守りしてたもんなぁ。」
そうため息交じりに呟く先輩の頭には、炎みたいなオレンジ色の髪から、羊みたいな渦巻角がにょきっと生えている。
その左側の角は、渦の途中でボッキリと折れてしまっている。
残った右側の角も、欠けてたり傷が付いていたりと、痛々しい有様。
本人は、何年かすれば生え変わるから心配ない、って話してたけど、心配なものは心配。
きっとリーダーだってそう。仲間に傷ついて欲しくないだけなんだろう。
『だから今のお前が居るんだ。分かったら集中しろ。』
「うぃ~っす。」
先輩が新人の時もそうだったんですね、とポツリ。
すると先輩は、全身防弾プロテクターに覆われた体を持ち上げて、私の横に立ち、体を柵に預けた。
「そっ。最初の半年くらい、ボスは1人で仕事させてくんないんだよ。出来るっつっても、ダメだの一点張りでさ。」
「メリッサもそうなるんだろうな。じれったいかもしんないけど、我慢しとけ。」
今までのリーダーの采配から考えて、そうなる事は確実だろう。
でも、私はそれを不満に思ったことは無い。
こうして、先輩達と一緒に仕事をするのは、楽しい。
何の混じり気の無い本心をありのままこぼすと、先輩はみるみるうちに満面の笑みに。
「何だぁ?嬉しい事言ってくれるじゃんか!そんな事言うのはこの口か?んん~~?」
ほっぺを手の平で挟まれると、顔を先輩の方に向けさせられて、そのままほっぺをグリグリモチモチともてあそばれる。
車列を見逃してしまう。歯抜け声で何とかそう訴えると、イマイチ本気か分からない謝罪と一緒に、手を放してくれた。
顔を道路に戻しつつ、本当に来るのかと、再びポツリ。
わざわざ匿名で依頼を出してたし、リーダーも不信感満々だった。
目線だけをちらりと先輩に向けると、自身に満ちて微笑みを浮かべていた。
「来るさ。そう信じて、待つだけだよ。情報が間違ってたら、そりゃ依頼主が悪いしな。」
「コーヒー買ってくるわ。ミルクと砂糖は?」
1個ずつで。そう注文して、柵から離れた先輩を送り出す。
必ず上手く行く。先輩からはそんな自信と、仲間への強い信頼を感じた。
――――――――――――――――――――――――――――――――
太陽が頭のてっぺんに上り、先輩がくれたコーヒーも飲み干した頃。
依頼主の予想した時刻から、既に2時間は経っているが、車列の姿どころか、影すら見えない始末。
見張りを交代したエルマー先輩も、腕時計を見つめてため息をついている。
今日はもう現れないかもしれない。そんな諦めが私の中で積もっていく。
「2時間遅れかよ……。こりゃ外れか?」
『いや、当たりだ。車列が高速道路に入った。想定通りのルートを進行中。』
「マジか!メリッサ、見えるか!?」
リーダーの思いもよらぬ報告に飛び上がり、双眼鏡を握りしめ柵に寄りかかる。
視線をゆっくり左に動かしながら、黒のSUVとセダンを探す。
色とりどりの乗用車や、沢山の荷物が積まれたトラックの中に、黒のSUVが混じっていた。
それも4台。中央にセダンを挟んで、1列に並んでいる。間違いない。
両サイドにいる黄色と赤の乗用車を目印に、先輩に車列の位置を伝えた。
車列の行先はD.U.方面。これも情報通り。
「よっしゃ!こいつを腐らせずに済みそうだ!」
先輩は私達の後ろに置いてあった対戦車ミサイル、ジャベリンを掴みに走り出した。
私もすかさず付いていき、チューブの取っ手を掴んで肩に乗せる。
モニターの取っ手をしっかり握って、柵に体を預けて安定させたら、ミサイルの電源を入れる。
「アタシが前を狙う!メリッサは後ろな!」
指示に従い、車列の1番後ろにいるSUVに狙いを定める。
カメラをSUVに向けたら、レティクルを基準に微調整。
ピッピッとブザーが鳴り始めたら、ロックオンが始まった合図。
ジャベリンを揺らさず、SUVを捉えたまま、じっとこらえる。
『射程内まで、後1km。』
「そうだ……!そのまま来い……!」
ブザーの音が、ビーッと長いものに変わった。
つまり撃っていいって事だけど、もう少しだけ待つ。
出来るだけ私達の方に引きつけなきゃ。
車列は速度違反を取り締まる写真機を通り過ぎ、私達の前を横切ろうとしていた。
「撃てェ!!!」
合図に合わせて、先輩と一緒にミサイルを発射。
ミサイルは炎を吹き出し、青空に向かって急上昇。これはこういうミサイルだから、故障じゃない。
ミサイルがSUVに向かっている間に、チューブを地面に下ろして銃を用意。先輩はワイヤーランチャーを準備する。
ミサイルを撃ってから10秒くらい。丁度私達の真正面に差し掛かったあたりで、前後のSUVにミサイルが落ちる。
燃え上がったSUVに後ろのSUVが衝突。勢いが乗っていたセダンがそれを押しつぶし、1台後ろのSUVがセダンをさらに押し込む。
これで車列の動きは止まった。ここまでは作戦通り。
ただ、後ろで吹き飛ばされたSUVをかわそうと、1台の乗用車が急ハンドルを切った。
それをかわそうと後ろの車が急ブレーキを踏み、さらに後ろの車は反応が間に合わず激突。
壁に押し付けられた車が進路を塞ぎ、後続車の急ブレーキと事故を誘発させる。
私達が車列を吹き飛ばしたことをきっかけに、連鎖的な大事故が発生してしまった。
結果、セダンはへこんで煙を上げる車たちに囲まれ、身じろぎ1つ取れない状況になった。
やってしまった。
私達が引き起こしたとんでもない大事故に、そんな感想しか出てこなかった。
「アッハハハ!!こりゃヒデェな!!」
「よし、行くぞ!!悪党狩りの時間だァ!!!」
私が呆然としている間に、先輩はレバーを引いてワイヤーランチャーを発射。
ワイヤーを連れて宙を飛んだ杭は、反対側のビルの中央辺りに着弾。
すぐにランチャーがワイヤーを巻き取り、ピンとしっかり張られる。
先輩はこんな状況でも満面の笑み、というより、牙を剥き出しにした狂犬の表情。
先輩は愛用のショットガン、Fostech Origin-12のハンドルを引き、フックをワイヤーに引っ掛けて高速道路に滑り降りる。
心の中でこの事故に巻き込まれた全ての人に謝りながら、先輩と同じようにベルトからフックを取り出し、ワイヤーに引っ掛けて滑り降りた。
両足を離して宙ぶらりんになった瞬間、重力に引かれて結構な勢いで加速していく。
真下には何メートルも離れた道路が見えるし、顔に風が当たってビュウビュウとうるさい。
やらなきゃ良かったと心の底から後悔するけど、ほんの数秒だから我慢だと恐怖心を強引に押さえつける。
高速道路の上空に入った所で、先輩がフックを外して乗用車の上に着地。
私もフックに手をかけて、中央分離帯を越えたと同時にフックを切り離す。
勢いのまま2mぐらい落下して、乗用車の天井をへこませながら着地。
ビービーとクラクションを鳴らす車たちを足場に、ターゲットが乗っているセダンに向かって歩く。
SUVには警備も乗っているはずだから、奇襲に備えて慎重に。
車から出て罵声を浴びせてくる民間人に、車に戻るよう指示しながら、ゆっくりと近づこうとすると、視界の左端で何かが駆けた。
車の天井に次々足跡を残しながら、エルマー先輩がセダンに一気に近づこうとしていた。
リーダーから、エルマー先輩には突撃癖があると聞かされていたけど、こういう事か。
このまま置き去りにされても困るので、私もペースを上げる。
3つ車をまたいだ所で、残った2台のSUVから黒スーツを着た奴が何人か降りてきた。
当然、全員銃を握ってる。
近くの1人に狙いを定めた瞬間、手前のSUVから降りた2人が、散弾で吹き飛ばされた。
エルマー先輩に気づいた1人が銃を向けようとするが、素早く右手を掴まれ、腹に2発、頭に1発。
残りの1人を私が仕留め、もう1人の頭を先輩の散弾がブチ抜いた。
流石はエルマー先輩。ハウンズで1番凶暴なんて言わてれるだけある。
そう考えた瞬間、奥にいた連中から撃たれ出した。感心してる場合じゃない。
弾が掠った痛みは根性で我慢しつつ、後ろから2台目のSUVまで一気に駆け寄る。
トランクの後ろに身を隠し、一瞬だけ顔を出して状況確認。
私が顔を出した一瞬を狙って、サブマシンガンの弾幕が一気に濃くなる。
セダンを境目に、右に3人、左に2人展開してる。
このまま突っ込んでもハチの巣だ。
『メリッサ!アタシが右をやる!左は頼むぞ!』
先輩は私の右側の乗用車に隠れているが、何とその表情は狂犬の笑み。
この仕事が楽しくてしょうがないんだろう。
了解の合図を送ると、先輩は低い姿勢のまま、弾幕の中を突っ切っていった。
拳銃弾が先輩の角やプロテクターでガンガン弾かれ、お返しの散弾が1人、2人と仕留めていく。
私もグリップを左手に持ち替え、ストックを左肩に引き付けてから、体を傾ける。
撃たれる前に、まず1人。体の中心を狙って3発バースト。
3発全部当たったけど、怯んで倒れただけ。でも今は放っておく。
素早く2人目に狙いを切り替えてバースト。弾が掠めようが、狙いは絶対に逸らさない。
1発が頭に当たって、こいつは気絶した。
グリップを元に戻し、SUVから離れて、セダンに近づいていく。道中で倒れた1人の頭に3発叩き込んでトドメ。
セダンに視線を移すと、先輩に頭を掴まれた黒スーツが、ボンネットに頭を叩きつけられていた。
あいつは先輩に任せて、私はセダンの中を確認。
後部座席に1人、運転席に1人乗ってる。後ろに乗ってるのが、今回のターゲット。
黒スーツにトドメを刺した先輩が、運転席のドアを叩いて運転手に出ろと指示。
私も銃口を使って、ターゲットに外に出ろと無言で指示する。
まず運転席のドアが開いた。先輩に引きずり出された運転手は、ショットガンで行けと指示される。
運転手は何も言わずに従い、途中で倒れた黒スーツに躓きながら、高速道路を逆走するように逃げていった。
トランクを上って反対側に移動し、先輩と並んでターゲットを待ち構える。
私達を睨みながら、ゆっくりとドアを開けたターゲット。
両手を挙げたままなので、威厳も何もあったものじゃないけど。
「お前達……!私が誰か分かって――!」
「へーへー、知ってるよ。猟犬に狙われた、哀れな子羊さ!」
先輩はターゲットが口を開いた瞬間に左フックをお見舞い。
そのまま顎を引っ掴んでドアフレームへ後頭部を叩きつける。
当然、ターゲットは気絶。地面に抱き寄せられるみたいに、うつ伏せに倒れた。
私はターゲットの腕を後ろに回し、持たされていたダクトテープでグルグル巻きにする。
ついでに口も塞いでおこう。
一仕事やり切った顔の先輩に、ここからどうやって逃げるのか聞いてみると、得意げな笑顔が一瞬で消えた。
「ヤベッ、それ考えてなかった。」
一番考えなきゃいけない所を、どっちも考えてなかったのだ。
左手で目を覆いながら、大きくため息を1つ吐く。
ここで先輩や過去の私に文句を言っても、どうにもならない。
事実上封鎖されている高速道路から、どうやって脱出するべき?
顔を持ち上げふと目に入ったのは、さっきまでターゲットが乗っていたセダン。
防弾仕様な上にエンジンも強化されてるって話だから、他の車を押しのけて脱出できるんじゃないか?
すぐに先輩にそう伝えれば、たちまち牙を剥いて笑顔に戻った。
「いいじゃん!スリルドライブとしゃれこむか!!」
先輩が運転席に走り、私はターゲットを抱えて後部座席に放り込む。
トランクの上をスライドして反対側に移動、そのまま助手席に滑り込む。
先輩が鍵を回してエンジンをかけようとするが、キュルキュルと鳴くだけで中々起きてくれない。
プランB、つまり走って逃げる事を提案しようとした瞬間に、エンジンが激しい咆哮をあげる。
すぐに体をシートに押し付け、同時に後輪からギャリギャリと白煙が上がる。
真後ろにいたSUVがじりじりと押しのけられ、前の視界を埋めていたSUVが離れていく。
ある程度隙間が空いたら、今度は前に急加速。SUVの残骸と乗用車の間目掛けて突撃する。
むち打ち症になりそうな衝撃を乗り越えれば、障害物は完全に押しのけられ、目の前には誰も居ないまっさらな道路が広がった。
後は、この道路を飛ばして逃げるだけだ。
「――――――ッ!!――――ッ!!」
「うるせぇなァ。運転手に文句付けんじゃねぇっての。」
声の方向に目を向ければ、後部座席の床の方に転がったターゲットが呻いていた。
さっきの衝突で目が覚めるのと一緒に、そこまで落ちたみたい。
何を言おうとしてるのかは分からないけど、先輩がしれっと中指を立てた事と一緒にスルーする。
『エルマー、メリッサ。風紀委員会が動いた。お前達を追跡してる。』
『もし出くわしたら、交戦しろ。本意ではないが、仕方ない。』
「あんだけデカイ事故起こしたからな!そりゃ風紀も動くわな!!」
「1回越境してから配達する!そうすりゃすぐには対応出来ねぇだろ!」
渋滞から離れて1分ぐらいで、リーダーからごく当然な報告が入った。
ミサイルぶっ放して高速止める位の事故を起こして、挙句誰かを誘拐して爆走してるなんて、追いかけない方がおかしい。
という事で、風紀委員会を振り切るために、1度D.U.まで逃げる事になった。
治安維持組織が自治区境界を越えてしまうと、色々と面倒な事になる。そこを突くって訳。
マガジンを交換して窓の外を見れば、少し先にオレンジ色のポールが並んでいるのが見える。
そして、エンジンの轟音の向こうから、薄っすらとサイレンが聞こえる気がする。
理性と直感両方が、嫌な予感がすると叫んでいる。そして、それは見事的中。
1番先のポールを通り過ぎた辺りで、風紀委員会の装甲車がパトランプをピカピカと光らせて、私達を追いかけてきた。
もちろん1台だけじゃない。4台の装甲車が本線に合流すると、横1列に並んで私達の退路を塞ぐ。
「そこの黒のセダン!今すぐ止まれ!」
「マジか!?アイツら早ぇな!?」
「メリッサ、やっちまえ!」
リーダーからの許可も出てる。こうなったら実力行使だ。
窓を開けて上半身を乗り出し、真後ろの装甲車に向けて構える。
背中にキツイ風を浴びながら狙いを定めるのは難しいけど、ここで出来なきゃどうしようもない。
数撃ちゃ当たるの精神で、トリガーを引いてとにかくばら撒く。
一応正面に当たってはいるけど、小銃弾じゃガチガチの装甲でガンガン弾かれる。
そりゃ当たり前だ。じゃなきゃ装甲車なんて呼ばれない。
風紀委員もやる気になったのか、ガンナーが1人ずつ装甲車から顔を出した。
撃たれる前に車内に戻り、フラググレネード3つを取り出したら、ピンを全部抜く。
3秒待ってから窓の外に放り投げて、後は当たってくださいとお祈り。
祈りが通じたのか、1発は左端の装甲車の前輪を吹き飛ばし、もう2発が真後ろにいた奴のお尻を派手に持ち上げる。
これで2台脱落。あと2台落とすか、D.U.まで逃げきれれば私達の勝ち。
他に装甲車に効きそうな奴を車内から探していると、リアガラスに大きなヒビがいくつも入る。
いくら頑丈とはいえ、重機関銃で撃たれまくったらいずれスクラップになる。
先輩もジグザグ走行に切り替えてかわそうとするけど、流石に効果は今一つ。
何か無いのかと先輩に聞けば、何かあるはずだから探せの一言。
次先輩と仕事するときは、私が計画を立てる。そう心に誓った時、目に映ったのはトランクの中身。
倒れたリアシートの向こうに、ロケットランチャーのようなモノが見えるのだ。
一縷の望みをかけて、グラグラと揺れる車の中、後部座席に滑り込む。
ターゲットを思いっきり踏んづけた気がするけど無視。
もう片方のシートを倒せば、それは確かにロケットランチャー。
銃火器のバーゲンセールみたいなトランクから、ロケットランチャーを引っ張り出して、そのまま車内で肩に担ぐ。
ヒビまみれの防弾ガラスならぶち抜いてくれるはず。
そんな願いと一緒に引き金を引けば、ロケットは右端の装甲車に向かって飛翔を開始。
狙い通りガラスを突き破ったロケットは、装甲車の横っ腹に直撃。
姿勢を崩した装甲車は、左の壁に吸い込まれるように激突した。
後1台は、もうどうにでもなれ。目についたマシンガンを引き出して、ガンナーに向けて乱射する。
重機関銃の激しい銃声に、セダンをガンガンと叩くプレッシャー。
おまけに車はジグザグに走ってるから、狙いなんて付けられたもんじゃない。でも何もしないよりマシだ。
マシンガンの強烈な反動を全身で抑え込み、銃身をトランクに押し付けて撃ちまくる。
ベルトの端が見えてきた所で、ガンナーの頭に1発直撃。
そのまま気絶したのか、車内にストンと落ちていった。
残りの弾は運転手にぶちまける。
銃口を軽く落として引き金を引こうとした瞬間、装甲車は白煙を上げて急ブレーキ。
不思議に思ってストックから頬を離すと、視界の左端に映ったゲヘナの看板。
ゲヘナ自治区の境界を越えた。私達は逃げ切ったんだ。
「フッフゥ~!!どんなもんだ!!」
マシンガンをトランクに戻し、シートを起こして腰掛ける。
もう、どっと疲れた。初仕事とは違う方向で疲れた。
次は私が計画立てます。そう抗議すれば、先輩は満面の笑みで悪い悪いと適当な返事。
この人、仕事をアトラクションだと思ってるんじゃないだろうか。
もしそうなら、1周回って羨ましい。人生ずっと楽しそう。
大きなため息を隠さず吐いた所で、足元でもぞもぞと動く存在の事を思い出した。
カーペットにたんこぶだらけの顔を擦り付けてテープを剥がしたのか、口元があらわになっている。
「プハッ!お前達、誰から雇われた!?」
「知らねぇ。オメェを派手に連れて来いって以外知らねぇぞ、アタシらは。」
「こんな事を依頼するのは……。まさか、奴らか!?」
「いくらだった!?いくらで雇われた!?私を逃がすなら倍払うぞ!」
「ボス。見逃してくれるなら倍払うって言ってるけど、どうする?」
恨まれる心当たりがあるのか、急に身をよじりながらわめきだすターゲット。
拳銃を抜いてその場で大人しくさせておき、先輩とリーダーの判断を仰ぐ。
『無視しろ。依頼を遂行するんだ。』
「悪ィ、断られたわ!そのまま大人しく座ってな!」
ボスの返答は実に無慈悲。正直私も同意見だ。
ここまでやっておいて、やっぱ無しは通じないだろう。
「たっ、頼む!見逃してくれ!奴らだけは勘弁してくれぇ!!」
「良いから大人しくしてろって。怪我しても知らねぇぞ!」
いよいよ外聞を投げ捨てて泣き出したターゲット。
大の大人がこんな情けない表情をするのか。
それとも、そんなに怖い人たちに恨まれたと思っているのか。
でも、仕事の前にリーダーが言ってた。これからこの人がどうなるかなんて、私達は知らなくていい。
少し悪い気はするけど、これも仕事。依頼人の元にしっかり届けなきゃね。
その後ぐるっと大回りしてゲヘナに戻って、引き渡し地点まで爆走。
そこで待っていたのは、同じ黒スーツにサングラスをかけた、クローンみたいな人が4人。
四つ子なのかなと思いつつ、“荷物”を無事に引き渡した。
4人は泣きわめくターゲットをズルズルと引きずり、車に押し込んで去っていった。
押し込めてる間に、ザッケンナコラー!とか、ダマレッコラー!とか言ってたのが、妙に耳に残った1日だった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
『やってくれたわね、レイヴン。後輩からの報告を聞いた。』
『たった2人にしてやられたって話だから、何事かと思ったけど。』
『そういう仕事だ。分かっているだろう、ヒナ。』
『分かってる……。今度は手加減して。それで、本題に入るけど……。』
『新人の、メリッサ。あの子を実戦投入するつもり?』
『そのつもりだが。』
『それなら急いだ方が良い。奴らの動きが変わってきてる。』
『あまりうかうかしてると、展開次第で間に合わなくなる。』
そういえば、ルーシーのモチーフ犬種書くの忘れてましたわ。
モチーフは王道のジャーマンシェパードでございます。
まあモチーフによらず、皆大なり小なり凶暴なんだけどね。
次回
囚われのお姫様
誤爆、誘爆、ご用心
次回も気長にお待ちくださいませ……。
――――――――――――――――――――――――――――――――
長谷川リッカ(ピットブルテリア)
コールサイン:「エルマー」
独立傭兵部隊、ハウンズの3番手
ゲヘナの不良生徒だった彼女は、
ある日レイヴンに叩き潰され、
以来彼女を慕うようになった
何度追い返しても頭を下げる彼女にレイヴンは根負けし、
今ではレイヴンの戦いを最も色濃く受け継ぐ猟犬となっている
脳内麻薬を異常分泌する体質の持ち主で、
それがもたらす高揚感の依存者でもある
固有武器
SG:「ファンザーカー」
ハウンズの猟犬の1人、リッカの獲物
ショットガンらしからぬ激しい連射速度は、
彼女が持つ性質を端的に示している