今朝の一件以降、新菜は周囲と距離を取るように行動しはじめた。
「ごじょ~くーんっ! 聞いてくれる⁉ あのさーっ、今日の放課後ー……」
「す、すみません……あの……ちょっと、席……外します……」
海夢ちゃんが話しかけるとそれは露骨になり、逃げるようにその場を離れる。
彼女もめげずに休み時間毎に話しかけようとするが、二限目、三限目と彼は徹底的に海夢ちゃんの事を避け続けた。
「もーっ! ごじょー君ってばどこにもいないんだけど⁉ 月見里君、どこに行ったか知らない⁉」
そして現在四限目を終え、昼休み。
海夢ちゃんは学食にて俺の対面に座り、助けを求めていた。
「そういや、五条のやつ授業終わる度にソッコーでどっか行ってたな。あれ、喜多川避けてたんか?」
「というかそもそも、五条と喜多川に絡みあったの初めて知ったわ」
ちなみに現在俺は一人ではない。
自然とクラスを引っ張っていくまとめ役を担うイケメン陽キャ・古賀岳琉。
そしてそんな古賀とよく行動を共にしている、フードとマスクで顔を隠しているシャイボーイ・村上公輝。
以上二名の友人と共に絶賛昼食中である。
そして現在は席を外しているが、海夢ちゃんのお連れ様である乃羽ちゃんと大空ちゃん、瑠音ちゃんが合流予定。結構な大所帯になる事が確定していた。
「悪いけど、俺もアイツがどこに行ったかは知らないんだ。ごめんね」
「そっかー……なんであんな避けられるんだろ。あたし、なんかしたかな……?」
俺が力になれない事を告げると、海夢ちゃんがガクリと肩を落とす。
「どうせ普段のノリでウザ絡みしたんだろ。それじゃね?」
「は⁉ ウザ絡みしてないし‼」
「五条みたいに大人しいやつだと喜多川のテンションについていくのしんどそうだしな」
「だからしてないって‼ 喧嘩なら買うけど⁉」
古賀と村上の言葉に海夢ちゃんが握り拳を作りながら反応する。
俺は三人と交流があるからその会話が本気ではなく、気の置けない友人同士の冗談交じりのやり取りだと分かっているので特に止めない。
「俺は別に五条とほとんど喋ったことねーけど、そんな露骨に人を避けるような奴には見えなかったけどな。なにかしら理由があんだろ」
「月見里はなんか知らねえの? 確か幼馴染なんだろ?」
古賀と村上に言われて、俺は視線を海夢ちゃんへと向ける。
海夢ちゃんも言葉は発さないが、目線でその理由を知りたがっているのが窺えた。
「……実は――」
正直喋るかどうか迷ってはいたが、このまま二人がすれ違って誤解と不安を抱く時間が続いてほしくないという気持ちが勝り、俺は端的に今朝新菜と海夢ちゃんが絡んでいるのを見た他クラスの生徒が陰口を叩いていた事を伝える。
俺の説明を受けた三人は一様に顔をしかめ、不機嫌な様子を露わにした。
「はぁ~⁉ なにそれ、あたしとごじょー君がどう絡もうが関係ないっつーの‼」
「それな。聞いてて『お前らと何の関係があんの?』って感想しか湧かんわ」
「つーか、他人の交友関係に外野が口出しする時点でダメだろ」
三人が新菜の受けた理不尽に対する思いを口にする。
海夢ちゃんはともかく、古賀や村上は新菜と直接的な関わりは一度もない。
にも拘わらず彼らは新菜の事を考えて怒ってくれている。それが嬉しくて少し涙腺が緩みそうになるのを感じながら俺は続けた。
「俺も『どこの組のモンだよ』って思ったから思いきりメンチ切っといた」
「月見里、その台詞は完全にヤクザのそれなんよ」
守優が如く、ご期待ください。
「ともかく、新菜が喜多川さんを避ける理由は十中八九それが原因。で、ここからは俺の憶測だけど、今朝の一件のせいで新菜は『学校の人気者である喜多川さんが自分なんかと関わりがあると思われたら迷惑になる』って考えて、校内での交流を絶とうとしてるんだと思う」
悪ふざけを止めて、俺は海夢ちゃんに推測を伝える。
原作知識に加えて、何年もアイツの傍にいたのだ。俺の考えは間違いなく当たっているだろう。
「何それ、マジ意味わかんないんですけどっ」
海夢ちゃんが不満そうにむくれる。俺もそう思うよ。
アイツの自己肯定感の低さは筋金入りだし、こうなった時の新菜は身を引いて、避けて、逃げる。
自分から正々堂々と相手にぶつかっていこうとなんて絶対にしない。
俺はそれを否定しない。女々しいとも思わない。それがこれまでの新菜の身の守り方だから。
でも、もうそのやり方は卒業だ。
「喜多川さん、放課後って時間ある?」
「え? うん、元々ごじょー君を買い物に誘うつもりだったから空いてるけど……」
突然の俺の確認に海夢ちゃんはキョトンとした様子で頷く。
それに俺は笑顔を浮かべて返す。
「ならちょっと付き合ってくれる? 今回の一件、今日中にケリつけようよ」
「月見里、なんかその台詞も若干ヤクザっぽいぞ」
守優が如く2もご期待ください。
休み時間の度に喜多川さんから逃げ続け、とうとう放課後。
俺はまた喜多川さんに声を掛けられる前にと足早に下駄箱へと向かった。
露骨に彼女の事を避けてしまうのは申し訳なかったが、また俺なんかに話しかけて変な勘違いをされてしまう方が申しわけない。依頼された衣装作りを投げ出すつもりはないが、学校でのやり取りは必要最低限にしておこう。
ピロンッ
不意にスマホから通知を告げる音が鳴る。
内容を確認すると、喜多川さんからのメッセージが届いていた。
『ごじょー君、今どこ?』
どうやらまだ俺の事を探しているようだ。
俺なんかのために時間を使わせてしまっている事実に、また申し訳なくなる。
「……すみません、喜多川さん」
「謝るくらいなら直接言ってあげればいいのに」
突然背後から話しかけられ、思わず肩が跳ね上がる。
慌てて後ろを振り向けば、そこにいたのは幼馴染である守優だった。
「あ、守優……今日はいろいろとごめん。ちょっと一人でいたかったから……」
「俺は別にいいよ、今朝の事を思えば新菜の気持ちも分からなくないし。それより、
守優が俺のスマホへと視線を向ける。
返信どうこうというより、今後喜多川さんとどう関わるつもりなのかという質問なのだろう。
「……これからはスマホでやり取りするよ。今日の事も、後で謝っておくから……」
「……そっか。じゃあ早く行かないか? ここにいたら喜多川さん来るかもだし」
俺の肩を軽く叩き、帰りを促す。
こっちが勝手に塞ぎこんで勝手に距離を取ったのに、守優は全く怒っている様子を見せなかった。
彼の気遣いに申し訳ないと感じつつも、今はそれがありがたい。
守優の後に続いて、俺は黙って校舎を出た。
校門を通り抜けると、何故か守優は駅に向かう道とは反対側へ進もうとする。
「守優、駅はこっちじゃ……?」
「もしかしたら喜多川さんが追い付いてくるかもだろ? どっかで時間潰して、一本遅いのに乗ろうぜ」
守優の提案になるほど、と納得する。
俺は疑うことなく彼の後に続いた。
「そういえば、喜多川さんが新菜を買い物に誘いたいって言ってたぞ? 衣装の材料揃えたいってさ」
「……俺は、いいよ。守優が代わりに行ってきてくれないかな……」
「それは、喜多川さんと一緒に居るのが嫌だからか?」
「っ、そんなことない!」
守優の言葉に足を止め、言葉を返す。
俺の口から出た声は自分でも驚くほど力強かった。
一度口を開いたら、もう止められない。
「喜多川さんが学校でも変わらず接してくれて嬉しかった……! でも、俺なんかが傍にいたら、俺なんかと知り合いだって思われたら迷惑がかかるから……! だから、人前で関わるのは――」
「何言ってんの? 既にあたしら友達じゃん‼」
突然背後から聞こえる声に俺は合わせてて振り返る。
「きっ、喜多川さん……⁉」
どうして⁉ なんでここに……⁉
まさかの登場に俺は狼狽えながら、ここまで案内してきた親友の方を見る。
「お前、こうでもしないと喜多川さんから逃げ続けるだろ。俺が何言っても響かなさそうだし、直接喜多川さんと話した方が早いと思って」
悪びれもない様子で言いきる守優に、俺はそこで漸く彼に騙されたのだと気付く。
どうすればいいのか分からずその場から動けない俺に向かって、ツカツカと速足で近付いてくる喜多川さん。
彼女の真っ直ぐな瞳に射抜かれて、体が強張るのを感じた。
「ごじょー君があたしの事避けてた理由、月見里君から聞いた! さっきごじょー君が月見里君に言ってたのも聞こえた!」
喜多川さんが俺の目の前で止まる。
彼女の赤い瞳に情けない自分の姿が映っているような気がした。
「でも、あたしまだごじょー君から直接聞いてない! ごじょー君はあたしと一緒にいるのは嫌⁉ 友達でいるのは嫌⁉」
喜多川さんの言葉に、俺の中でどこかこの場を誤魔化そう、この場から逃げようと考えてしまう自分がいるのを感じる。
これまでそうしてきたから。そうする事で波風を立てず、静かに過ごせていたから。
だけど、そんな自分に向けて彼女が言ってくれた言葉を思い出す。
『自分の気持ちは、自分の為に言わなきゃダメだよ』
……そうだ。逃げてばかりじゃいけないんだ。
自分の気持ちを、ちゃんと伝えなきゃ……!
「嫌じゃないです……! 俺、喜多川さんと友達でいたいです……!」
俺は正面から喜多川さんを見つめる。
その瞳に映る自分は、さっきまでとは別人だった。
「うん! これからもヨロシクね、ごじょー君っ!」
俺の言葉に喜多川さんは花が咲いたような笑顔で頷いた。
その笑顔に、そして慣れない事をした反動で心臓がドクドクと騒音を立てているのを感じる。
立っていられず、俺はその場に座り込んでしまった。
「ちょっ、大丈夫、ごじょー君⁉」
突然へたり込む俺を喜多川さんが慌てながら気遣う。
「だ、大丈夫です。ちょっと力が抜けちゃって……」
「頑張ったな、新菜」
静かに俺達を見守ってくれていた守優が隣に座り、俺の背中を撫でる。
彼の優しい手つきと体温が、ゆっくりと俺の緊張を解してくれるのような気がした。
「ありがとう、守優」
「俺はお膳立てしただけ。二人がちゃんと気持ちをぶつけた結果だよ」
守優はそう言って謙遜するが、そのお膳立てがなければそもそも俺と喜多川さんのすれ違いが解消される事もなかっただろう。
迷惑も世話もかけてばかりだけど、それでも見捨てず支えてくれる彼には本当に感謝しかない。
そこでふと、俺は今回の発端になった一件について一つだけ忘れていた事を思い出す。
「あ、あの……喜多川さん……っ」
「ん? なに?」
「実はあのっ、朝の一件の際に、その……つっ、つつ……つきっ、付き合ってるのか、とまで言われてるのが耳に入ってしまって……それでも、大丈夫ですか……?」
友達でいられるのは嬉しいが、誤解を招いてしまうのは本意ではない。
もしそれを理由に距離の取り方を考えなければならないとなれば、それは俺も素直に受け入れるつもりだ。
「マジ? そっか……ふーん……」
俺の言葉に喜多川さんは考えるような素振りを見せる。
しかし、それはどこかわざとらしくて、すぐにニヤッと悪戯っぽく微笑んで俺の顔を覗き込んできた。
「じゃ、付き合っちゃう?」
「え゛っ! はっ、そんな……っ‼」
まさかの返しに顔が熱くなるのを感じる。
隣では守優が何故かパチパチと手を叩いていた。
「え、マジ? おめでとう。式には呼んでね、スピーチするから」
なんで悪ノリするんだよ! というか、それはもうお付き合いとか飛び越えてるんじゃ⁉
俺の狼狽と守優の悪ノリに喜多川さんはお腹を抱えて笑い声をあげる。
「あははははっ! なんつって! てか、月見里君ノリ良すぎ! サイコーかよ!」
「俺は大真面目だが?」
「マジか! ウケる‼」
ヤバ、ホント無理! なんて言いながら笑う喜多川さんに釣られて、さっきまで慌てるしか出来なかった俺も笑みが零れる。
喜多川さんや守優に揶揄われてドキドキしてしまうけど、やっぱり友達と一緒に居るのは楽しい。
そんな事を考えていると、一頻り笑った喜多川さんが笑い泣いて浮かんだ涙を拭い、突然俺の手を握る。
「それじゃ、行こっか! ごじょー君!」
「あのっ……どっ、どこに行くんですか⁉」
「決まってるじゃんっ、買い物っ!」
喜多川さんに腕を引かれて立ち上がりながら、そういえば、と守優に言われた事を思い出す。
衣装の材料のために買い物に誘われていたんだっけ。
俺は喜多川さんに手を引かれて歩き出しながら隣へと顔を向けた。
何故か、そこには守優がいない。
「いってらっしゃ~い」
そのまま背後を向けば、笑顔で手を振っている幼馴染。
「え?」
「え?」
「え?」
喜多川さんも俺も、そして守優も。三人がそれぞれ疑問の声を漏らす。
守優は『なんでそんな反応なんだろう?』みたいな顔をしているけど、俺や喜多川さんからしてみればそれはこっちの台詞だ。
「月見里君来ないの⁉ なんで⁉」
「いや、だってコスの材料買うんでしょ? 作る側の新菜と着る側の喜多川さんが行くのは分かるけど、俺が行く理由なくない?」
まるで自分を部外者のような位置に置くような発言に俺も喜多川さんも唖然とする。
彼の言葉には一理あるかもしれないが、俺達の中では彼は完全に関係者の扱いだ。
「なんでそんな事言うの、意味分かんない‼」
あ、喜多川さんがちょっとキレてる。
まさか怒られると思わなかったのか、流石の守優もタジタジだ。
「そんなこと言われても、俺がいても意味ないし、最悪邪魔に――」
「邪魔なんかじゃないよ」
「新菜……」
なんとか喜多川さんを宥めようとしている守優に、俺はハッキリと言う。
彼のお陰で俺は大きな一歩を踏み出せたんだ。意味がないなんて、邪魔だなんて、本人にだって言わせない。
「守優が背中を押してくれたから始められたんだ。だから、最初から最後まで見届けてよ」
眼鏡の奥で大きく目を見開いているのが見える。
そして困ったように、だけど嬉しそうに、守優は頬を掻いてみせた。
「……わかった。じゃあ、俺も一緒に行かせてもらおうかな」
「っ、うん!」
「よーし、それじゃ買い物にしゅっぱーつ!」
喜多川さんの掛け声で、俺達三人は駅へと向かう。
下校中の生徒達と何度もすれ違い、時には俺達へと視線が向けられているのが分かる。
だけど、不思議とその視線が気になる事はなかった。
友人と一緒にいる事なんて、なにも恥ずかしい事じゃないのだから。
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原作に登場しないキャラクター(主人公の身内や乾家両親、アオイさん等)の登場・オリジナル設定について
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内容的に違和感がなければ登場してほしい
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登場するのはいいが必要最低限にしてほしい
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執筆者の自由にしたらいい
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原作準拠であまり出さないでほしい