海夢ちゃんからイベントは二週間後というタイトなスケジュールを言い渡され(本当は違う)、俺と新菜は理由は違えど先行きに不安を覚えながら帰路に就く。
道中、電車の中で新菜が血の気の引いた顔で「はわわ、頭が変になりゅ……」と呟いた時は、ツッコミも忘れて「俺も」と言ってしまった。
二人仲良く周囲の乗客に不審者みたいな目で見られた。ツラい。
「新菜、とりあえず慰安旅行の間は俺、新菜の家に泊まるよ。家の事とか俺がするから、新菜は衣装作りに少しでも専念してくれ」
「ありがとう、助かる……迷惑かけてごめん……」
「迷惑なわけないだろ。少しくらい役に立たせてくれよ」
正直、少しでも力になれないと自分で自分を許せそうにない。
とりあえず、少しでも負担を減らす為に俺は帰りに新菜の家に寄る事にした。
「別にいいのに。帰るの遅くなっちゃうよ?」
「そんな大した距離じゃないし、いいって。それにお土産も渡したいしさ」
帰る前に駅近の和菓子店でお土産を買っておいたので、それを渡す名目で少しお邪魔する事にする。
「ただいま……」
「おう、お帰り。なんだ、守優も一緒か」
「お邪魔します」
若菜と一緒に玄関に上がると薫おじいちゃんが笑顔で出迎えてくれる。
そう、まずここでおじいちゃんが転倒して腰を痛めるのを回避する事が俺が新菜の家に寄った理由だ。
おじいちゃんが怪我を負わなければ新菜は精神的にも時間的にも少し余裕が生まれるはず!
「守優から聞いたぞ。友達と買い物行って飯食ってきたんだって?」
「うん、そうなんだ。遅くなってごめん」
「気にすんな。むしろ学生のうちに思いきり遊んどけ」
帰りが遅くなった事を謝罪する新菜におじいちゃんは気持ちのいい笑顔で返す。
傍から見れば新菜は遊ばなすぎるくらいだ。ある意味では健全とは言い難い生活に少しの遊びが出るのはおじいちゃんにとっても喜ばしい事なのだろう。
「それで、何買ってきたんだ? CDか、それとも本か――」
「あ、おじいちゃん。これお土産」
俺は倒れそうになる新菜の荷物を手で抑えながら、もう片方の手でお土産の入った紙袋を渡す。
おじいちゃんが背後に宇宙を背負った顔はアニメで見た時は正直笑ったが、こうして身内事になると笑えない。何がなんでも全力で阻止する。
「なんだ、本当に買ってきたのか。いいって言っただろ……」
「まあまあ、気持ちだから」
「……そうか、悪ぃな」
遠慮しつつも俺の気持ちを無下にしないように、おじいちゃんはお土産を受け取る。
よし、とりあえずこれで転倒フラグは――
「で、新菜。友達と買ってきたもの、じいちゃんにも見してくれ」
「別にいいけど……えっと、布地にバラの造花に……」
「……?」
え、ちょっ、なんで見せるの?
おじいちゃん、既に思ってたのと違うって感じでだんだん笑顔から困惑の表情になってるんだけど……‼
「それから……」
「新菜、今は別にそれ見せなくても――」
「あ」
「……え?」
律儀に一つずつ買ったものを見せていく途中、ポトリと一つの商品が落ちた。
落としたのは美脚ストッキング(レディースM~Lサイズ)……何やってんだお前ェっ‼
「……‼」
「おじいちゃん、危な……っ!」
バタッ ゴッ
なんとか服を掴んだけど、僅かに勢いを殺せた程度。
俺の健闘空しく、薫おじいちゃんは宇宙を背負った挙句、腰を痛める未来から逃れられなかった。
「月見里君から聞いてたけど、大変だったね……」
じいちゃんが転んで腰を痛めてから二日後。
守優が先に説明をしてくれていたみたいだけど、俺からも喜多川さんに昨日休んだ事情を伝えた。
「今日も従姉妹の家に様子を見に行ってきます。守優はどうする?」
「……あー、ごめん。今日はちょっと厳しいかも」
「……そっか」
俺の言葉に守優は申し訳なさそうに首を横に振る。
目の前に立つ親友の片腕には包帯が巻かれていた。
じいちゃんが転ぶ時、止めようと咄嗟に服を掴んだところ、逆に勢いに引かれて床に手をつき、その際に手首を痛めたらしい。
幸い怪我は軽いもので日常生活にも支障はないらしいが、何も出来なかった自分の代わりに親友が傷ついたという事実になんだか後ろめたい気持ちになる。
「心配だよね。おじいちゃん早くよくなるといいね……」
「はい……」
「……ごじょー君」
俺の隣に立っていた喜多川さんが俺の顔を窺うように座り込む。
「手伝える事あったらなんでも言ってよ! いちおーあたし、料理とか出来たりするし……!」
喜多川さんの言葉には俺への気遣いと善意に溢れているのが伝わってくる。
それほどまでに俺やじいちゃんを心配してくれて嬉しいはずなのに、少し申し訳なくなった。
「ありがとうございます……大丈夫なので……」
「そ、そっか……」
「とりあえず、おじいちゃんには『俺達の友達も心配してた』って伝えておくよ。きっと喜ぶだろうから」
喜多川さんの気遣いに対して遠慮してしまい、どこか素っ気ない返事をしてしまった。
それにまた少し自己嫌悪してしまっていると、守優が喜多川さんの思いを無下にしないようフォローしてくれる。
まただ。また俺が至らないせいで彼にその尻拭いをさせてしまった。
キーンコーンカーンコーン
校内に予鈴のチャイムが鳴り響く。
俺達は会話に区切りをつけ、教室へと歩き出した。
(……昨日も一昨日もじいちゃんが心配でほとんど衣装作れなかったな……)
昨日は守優が一緒に見舞いに行ってくれたお陰か少しだけ気持ちに余裕が出来、なんとか図面を引くまでは出来た。
だが、それも何度も書き直す羽目になったし、本当にミスがないとは言い難い。後で確認は必要だ。
(今日は少しでも進められたら……)
二週間というタイムリミットのうち、既に経過している。
これ以上の作業の遅れは許されない。
「そーだ! カットしたウィッグとか持ってきたから、後で渡すねっ」
とりあえず、今日は最低でも型紙を切り出してそれに合わせて裁断まで行こう。
今日中に生地を全部切るのは無理かもしれないけど、少しでも進めないと――
「……ごじょー君?」
「新菜、喜多川さんが話しかけてるぞ」
「えっ……あっ、すみませんっ」
駄目だ、考える事が多すぎて集中できてない。
こんな事で大丈夫だろうか……
先行きに不安を覚えていると、喜多川さんは廊下に掲示板に貼り出されたプリントに注意を向けた。
「あー、もう来週中間じゃん。フツーにダルいよねー。ゆーてあたし、基本一夜漬けの人なんだけどさー」
「……!」
「ちゃんと勉強しとかないと大変だよ? それに、しっかり身に着けておいた方が応用利くから覚える事少なくて済むし」
「それ、頭いい人の発想だってー。あたしには無理ゲーだわ。てか、ごじょー君はどっち派? ちゃんと勉強する方?」
わ、忘れてた……!
そうだ……テストもあったんだ……!
じいちゃんの見舞いとテスト勉強の間に時間作って、衣装作らないといけないんだ……!
想定より遥かにまずい状況に意識が遠くなりそうだ。
喜多川さんと守優の会話も、聞こえているはずなのにそれが理解できない。そんな感覚に陥る。
「……ごじょー君? 大丈夫?」
「っ……! す、すみません……っ」
こちらを心配して気遣うような喜多川さんの声になんとか意識を取り戻し、慌てて返事をして後に続く。
その後、授業を終えた俺はじいちゃんの見舞いの為に美織姉ちゃんを家に行ったが、正直そこで何を話したのか覚えていない。
なんとか日が沈む前に帰宅して、とりあえず少しでも作業を進めようと型紙と鋏を手にしようとすると、プルルルルッ、とタイミング悪く電話が着信を告げた。
「はい、五条人形店です……工房見学ですか?」
電話を取り、相手の要件を伺えば工房見学の予約の電話。
『はい、そちらで出来ると伺ったのですが……』
「ハイ、やっております」
『よかった~‼ 友人が雛人形に興味があって、見たいって言ってるんです‼』
電話の向こうの相手が安堵とも取れる嬉しそうな声を上げる。
工房見学の対応も業務の一つだ。俺はお客さんの予約日を伺う為にペンを取り出し、カレンダーを見つめる。
「いつ頃をご希望でしょうか?」
『えっと……明日って、お願いできませんか?』
「明日ですか……⁉」
打って変わって申し訳なさそうに尋ねてくるお客さんに対して、失礼ながらも困惑の声を上げざるを得ない。
翌日に見学の予約というのはあまりにも急すぎるし、何より明日からは店としての都合も悪い。
「あ……っと、すみません……明日から土曜日まで慰安旅行でお休みを頂いておりまして……それ以降でしたら可能なのですが……」
そう、明日から従業員のほとんどが慰安旅行に行く予定で店が完全に閉まるのだ。
残るのは学校がある俺と守優、後は個人的な都合で参加できない一部の従業員だけ。
本来ならじいちゃんや美織姉ちゃん達も行く予定だったのだが、一昨日の一件でじいちゃん達も参加はキャンセル。地元にはいるが、とても見学に対応できる状況ではない。
そのため見学は難しい事を告げると、電話の向こうでは残念そうに声のトーンが落ちた。
『あっ……そうなんですね……実は友人はフランスから旅行に来てて、明後日帰国してしまうんです。だから明日しかなかったんですが……』
「…………」
お客さんは遠い友人に喜んでもらおうとうちの店に電話をかけてくれたのだと知り、少し申し訳なくなる。
海外からとなれば、次はいつ日本に来られるか分からないだろう。
……俺が頑張ればなんとかなる。多少の無理をすれば、相手を悲しませなくて済む。
『すみません、ありがとうございま――』
「あの、明日――」
「もしもし、突然申し訳ありません」
俺は咄嗟に対応可能である事を伝えようとして、背後からいきなり受話器を奪われた。
自分以外に家の中に人がいる事に驚き声を上げそうになるが、片手で口を塞がれる。
(し、守優……⁉)
侵入者の正体はまさかの親友だった。
守優はあまりにも突然の出来事に固まってしまった俺に向かって「シー……」と指で静かにするようジェスチャーをすると、俺に代わって電話の対応を続ける。
『あ、あの……あなたは……』
「
『は、はぁ……』
突然電話の相手が変わった事に電話口の向こうでお客さんが呆気に取られたような声を漏らす。
その声色から相手が少し困惑している様子が窺えるが、守優はわざとなのかそれを無視して話を進め始めた。
「ありがとうございます。工房見学をご希望との事ですが、先程の者がご説明させて頂きました通り、ほとんどの従業員は明日から不在でして……」
『ええ、なので今回は残念ですが諦めようかと……』
「そこでなのですが、もしお客様が良ければ代わりに私が見学の案内を致しましょうか?」
「『え?』」
突然の展開に俺と電話口のお客さんの声が重なる。
「職人がいないので実際に作業をしている行程はお見せできませんが、その代わりに工房だけでなく販売店の方も開けて、そちらもご覧頂けるように対応致します」
『えっ、いいんですか⁉』
「はい。ただ、こちらの都合で大変申し訳ないのですが、対応は16時半以降とさせて頂きたくてですね……それでもよろしいでしょうか?」
『はいっ、大丈夫です! ありがとうございます!』
お客さんが喜んでいるのが電話の向こうから伝わってくる。
よかった。これでお客さんもその友達も喜んでくれる。
俺はそれに安堵する一方で、一つの疑問を投げかけようと予約受付のやり取りを済ませて電話を切る友人へと向き直った。
「守優、どうして家に……?」
「どうしてって、一昨日に言っただろ? 『慰安旅行の間は泊まる』って」
「あ……」
そうだった。あれからバタバタしてたからすっかり忘れてた。
俺が忘れていた事を悟ったのか、守優はこれ見よがしに大きくため息を吐く。
「はぁ~……やっぱり忘れてたな。まぁ、あの後色々あったし仕方ないけど」
守優は持っていたボストンバッグを床に下ろすと突然俺へと詰め寄ってきた。
思わず俺は後ずさるが、守優は更に距離を詰めて逃げる事を許してくれない。
「新菜」
「はいっ」
レンズの向こうに見える守優の瞳があまりにも真剣さを帯びていて、俺は思わず敬語で返事をした。
俺の反応に守優は全く笑う事無く、両手で俺の頬を包み正面から俺を見つめる。
「家の事は俺がやる」
「へ……?」
突然の宣言に俺は声を漏らす事しか出来ず、二の句を継げなかった。
そんな俺の様子なんか無視して、守優は続けた。
「おじいちゃんの見舞いも俺が行く。明日の工房見学だって俺が対応するし、テスト勉強も俺が見てやる。だから……だから、お前は衣装作りに全力を注げ!」
「‼……どうして……っ」
どうしてそこまで、俺なんかの為に。
俺はいつも守優に迷惑をかけて、世話を焼かせて、心配かけて、尻拭いばっかりさせて……今回の件だって、彼に後押しこそされたけど、最終的に喜多川さんの衣装を作ると決めたのは自分だ。守優まで大変な思いをする必要なんてどこにもないのに。
「一昨日に俺はこうも言ったぞ。『出来る限り支える』って……衣装作りは俺が手伝える事なんてほとんどないけど、それ以外で出来る事ならなんだってやってやる」
まるで俺の心を見透かしたかのように、力強くそう言って守優は笑顔を浮かべた。
その笑顔に、その言葉に、俺は思わず泣きそうになる。
「新菜……新菜は喜多川さんの為に衣装を作りたいって思うか? 喜多川さんに喜んでほしいって思うか?」
「……うん!」
俺の返事は涙ながらで、震えていて、格好がつかないものだったけど。
それでも、俺の返事に守優は満足気に頷いた。
「なら俺は全力でお前を支える。頑張れ、新菜」
「っ、うん‼」
また俺は彼の言葉に救われた。
暗くなっていく目の前を、彼は淡く優しい光で照らしてくれる。
(喜多川さんの期待に応えたい。そして、守優の信頼に報いたい)
思わず拳に力が入る。
期日まで残り十二日。俺と守優の激動の日々が幕を開けた。
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原作に登場しないキャラクター(主人公の身内や乾家両親、アオイさん等)の登場・オリジナル設定について
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内容的に違和感がなければ登場してほしい
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登場するのはいいが必要最低限にしてほしい
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執筆者の自由にしたらいい
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原作準拠であまり出さないでほしい