ピンポーン
ライムでのやり取りから数分後、来客を告げるインターホンが鳴る。
この音で守優が起きてしまわないか気になって視線を向けたが、彼はまだ起きる気配はない。
もしかしたら今日はこのまま起きないかもな、なんて思いながら俺は玄関へと向かう。
扉を開けると少しだけ息を乱した喜多川さんがそこにいた。
「こんばんは、喜多川さん。もしかして走ってきました?」
だとしたら申し訳ない。
急かしたつもりはなかったんだけどな。
「ううん、これあったから走るのは無理だったんだけど、めっちゃ早歩きで来たから……! 後で一緒に食べよ……!」
そう言って渡されたレジ袋には牛丼の文字。
まさかの差し入れにちょっと驚いたけど、ありがたく受け取っておく。
「わざわざすみません。さぁ、どうぞ上がってください」
「お邪魔します。それよりごじょー君、もう衣装出来たってマジ……⁉」
もう出来たって、どういう事だろう?
明日のコスプレに参加するんだから、結構ギリギリだったのに……
俺はそんな事を思いながら、とりあえず完成した衣装を見てもらおうと二階へと案内する。
「はい。上にあるので、確認してもらえますか?」
「う、うん……」
喜多川さんと共に二階へと上がり、俺の自室へ。
「…………うそ……」
壁掛けのハンガーに吊るされた衣装を見て、喜多川さんは目を見開いて固まった。
この二週間の集大成である雫たんのコスプレ衣装。
俺の……いや、俺と守優の頑張りの成果を前に喜多川さんは圧倒されているようにも見えた。
少なくとも、出来栄えに不満を抱いているようには見えない。
人用の衣装を作ったのは初めてだから少し不安だったけど、大丈夫なようで安心した。
「ギリギリでしたけど間に合いました。これでイベントに出られますね」
「! ごじょー君、もしかして……あたしが
まさかの言葉に一瞬思考が止まる。
「…………ち、違うん……ですか……?」
「あたし、服作るのにどれ位時間かかるか分かんなくて……コスプレイベントって探せば結構いつでもやってるし……ごじょー君が完成させるまで全然待つつもりだったってゆーか……っ」
まるで弁明するかのように話す喜多川さんの言葉に思わず力が抜ける。
俺は堪らず尻もちをつくように座り込んでしまった。
「ごめん……っ! あたしがちゃんと言わなかったから、勘違いさせちゃったよね……っ」
喜多川さんが俺の様子を伺うように座りながら謝罪する。
申し訳なさそうに、そして俺を心配する声を聞きながら俺が抱いた感情はただ一つ。
「……なんだ……よかった~……」
安堵だった。
「間に合わなかったらどうしようって、ずっと不安で……なんだ、余裕あったんですね……!」
この二週間、じいちゃんが転んだり中間テストがあったりと本当に慌ただしかった。
守優の助けがなければ明日に間に合っていたかどうかすら怪しい。そんなギリギリのスケジュールだったのだ。
でも、本当は余裕あったんだ。俺の心配は杞憂だった。
そう思うと張りつめていた緊張の糸が切れたような気がして、思わず笑みが零れる。
「あー……よかった、本当に……」
「ぅ……っく……」
ふと聞こえてくる、すすり泣くような声。
俺は安堵の笑みで閉じていた目を開いて前を見ると、喜多川さんが大粒の涙を流しながらこちらを見つめていた。
「きっ、きき、喜多川さん……⁉」
突然泣き出した理由が分からず俺は困惑する。
俺は知らずのうちに彼女を傷つけるような事を言ってしまったのだろうか⁉
「う……っ……あ、あたし…… ごじょー君達……っが、テスト終わったら、すぐ……帰ってたの……おじいちゃんのとこ、行ってるのかなって……思ってて……」
狼狽える俺に喜多川さんは泣きながら話す。
「大変、なのに……グスッ……作ってくれてる、なんて……分かん、なくて……」
まるで自分を責めるように謝る喜多川さんの言葉を、俺はただ静かに聞く事しか出来なかった。
「ごめ……あたし……全然、気付いてあげれなくて……ごじょ、君……ごめん……ごめんね……っ」
「あー、新菜が喜多川さん泣かしてる。いけないんだー」
「「……⁉」」
背後からいきなり聞こえる、棒読みの非難に俺は肩を跳ねさせた。
俺の前に座る喜多川さんも驚きの余り、涙を引っ込めて俺の後ろを見つめている。
「守優……!」
「月見里君……!」
そこにいたのはさっきまで居間で寝ていたはずの守優だった。
俺達の反応に守優はニコリと微笑むと壁に掛けられている衣装へと目を向ける。
「衣装、出来たんだな。お疲れ、新菜」
「……うん。ありがとう、守優」
俺一人ではこんなに早く完成させられなかった。
それを言えば彼は間違いなくこう言う。『新菜一人でもきっと出来てた』って。
俺はそうは思わないけど、きっと親友も譲らないだろうからあえて口には出さない。
「や、月見里君いたんだ……」
喜多川さんはどうやら守優がいた事そのものにも驚いているようだ。
確かに喜多川さんとのライムでのやり取りでは伝えていなかったし、守優も寝てたもんな。
「うん、実は新菜のおじいちゃんが転んでからこっちに泊まっててさ。新菜一人だと家の事全部一人でしないといけないし、テスト勉強だのお見舞いだの大変でしょ? だから俺が泊まり込みで代わりに色々やってたんだ」
「そうなんです。守優が助けてくれなかったら衣装が間に合ったかどうか……」
「だから新菜一人でも……ま、いいや。無事に完成したんだし」
俺の言葉に守優は何か言おうとして止めた。
きっと先程俺が考えた事と似たような言葉を口にしようとしたんだろう。
「喜多川さん、よかったね」
「あ、ありがと……で、でもあたし……明日のイベントに出るつもりはなくて……っ」
そうだ、守優も明日のイベントに間に合わせるつもりで協力してくれていたんだ。
酷な言い方をすれば、明日に間に合わせる必要がなかったという事は、守優が苦労する必要もなかったわけで……!
「うん、知ってるよ。さっき聞こえたから」
彼に対するフォローを考えていると、予想に反し守優は笑顔を絶やす事なく喜多川さんの前で屈んで彼女と目線を合わせる。
「や、月見里君……その目、クマ凄い……」
「え? あぁ、最近ちょっと寝不足だったからなぁ」
目線が合った事で彼が目の下に隈を作っているのが見えた喜多川さんは一瞬驚いた表情を見せる。
そしてまたポロポロと涙を零し始めた。
「ぅ、うぅ~……っ」
「ああ、泣かない泣かない。せっかく泣き止んだのに」
再び泣き出す喜多川さんに守優は困ったように笑いながらハンカチを渡す。
まるで大人が子供をあやすような優しい口調で宥める守優に、喜多川さんは受け取ったハンカチで涙を拭いながら話す。
「で、でも……月見里君も衣装の為に頑張って、くれてたんでしょ……っ? あたし、全然気付けなくて……っ」
「気付かないのは仕方ないじゃん、俺らが喜多川さんに何も言わなかったんだから……めっちゃ今更だけど、一回相談すればよかったな、新菜?」
「確かに……何も言わず俺達で進めてしまってすみません……連絡先だって交換してたのに……」
本当に今更だけどその通りだ。
俺も守優もてっきり明日のイベントに出ると思い込んで、当の本人である喜多川さんに確認を取らずに進めてしまった。
二人揃って簡単な事に気付かなかった事実に我ながら呆れてしまう。
「でもさ、喜多川さん。俺も新菜も、別に喜多川さんを責めるつもりなんかないし、なんなら謝ってほしいとも思ってないんだよ」
「え……?」
守優に言われて、喜多川さんは俯いていた顔を上げる。
「喜多川さんは雫ちゃんになりたいんだろ? その為に新菜に助けを求めたんだろ?」
「う゛ん、めっちゃなりだい゛」
涙声ながら力強く頷く喜多川さんに俺も守優も思わず笑みを浮かべる。
そんな喜多川さんの返事を受けて、守優は続けた。
「新菜はさ、そんな喜多川さんの想いに応えたくて頑張ったんだよ。喜多川さんに喜んでほしいから、自分の好きを大事にしてほしいから……そうだろ、新菜?」
屈んでいた守優がこちらを見上げ、視線が合う。
俺はそれに頷いて返し、本心を喜多川さんに伝えた。
「守優の言う通りです。俺は完成して嬉しいですし、喜んでもらえたらそれでよかったんです……あっ、と……嬉しく――……なかったですか?」
もしかしたら自分の独りよがりだったのかもしれないと少し不安を覚える。
しかし、それは一瞬で杞憂だと分かった。
「嬉しいに決まってんじゃん~……嬉じい……ありがとぉ……」
喜多川さんが、笑っていたから。
涙を流しながら、それでも嬉しそうに顔を綻ばせる喜多川さん。
その笑顔一つで、俺の努力が報われたような気がした。
「ありがと、ごじょぉ君……」
「はい」
「月見里君もぉ、ありがとぉ……」
「どういたしまして」
隣では守優も笑顔を浮かべていた。
俺の視線に気付いたのか無言でこちらに視線を向け、互いを見つめ合う。
俺達は遂にやり遂げたのだと改めて実感した。
寝落ちからの四時間熟睡コースで危うくわかまりの尊いシーンを見逃すところだったけど、奇跡的に目を覚まして見守る事に成功した。
やっぱりこれもわかまりへの愛が成せる業なんだなぁ。
二人への愛の強さを心の内で再確認しつつ、俺達は海夢ちゃんを交えて遅めの夕食を摂っていた。
「少し前に食べたけど、やっぱこの牛丼美味いなぁ」
「守優、これ食べた事あるの?」
「一回だけな。午後に体育の授業があった日の放課後に森田達と食べに行ったんだよ」
「やっぱ運動した後はガッツリ食べたいよね」
「そうそう」
海夢ちゃんが差し入れてくれた牛丼を皆で食べつつ、雑談に花を咲かせる。
新菜と頑張ったおかげでこうして原作ではなかったやり取り見れるのホント助かる~。
「そういえば、明日どうしましょうか? 俺達が勘違いしちゃってましたけど、衣装自体は間に合いましたし……明日のイベント参加しますか?」
新菜が海夢ちゃんへと尋ねる。
彼の言葉に海夢ちゃんも「全然アリ!」と乗り気だ。
「それなんだけどさ、参加するなら明後日の日曜日とかにしない?」
しかし、俺はそこに待ったをかける。
明日のイベントに参加されては、ある意味これまでの努力が水の泡だからだ。
俺が反対するのが意外だったのか、二人揃って俺の方を見つめてくる。
「どうして? せっかく完成したんだから喜多川さんに着てもらう方が……」
「着てもらうのは賛成だけど、せっかく余裕あるんだから明日は試着して不具合がないか確かめた方がいいと思う。新菜の仕事を疑う訳じゃないけど、人用の服を作ったのは初めてなんだしさ」
「……なるほど、確かに」
俺の言葉に新菜が得心がいったようで頷き同意する。
それを見て次に俺は海夢ちゃんへと声を掛けた。
「喜多川さんはどう? 明日は一回袖通してみて、ついでウィッグと化粧もして……で、もし手直しが必要なところがあれば修正して、明後日の日曜日にイベント参加って流れ」
「全然オッケー! てか、二人にここまでしてもらってるのに拒否るとかありえないし!」
さっきまで泣いていたのに、今はすっかり元通りな海夢ちゃんが片手でオーケーサインを作りながら応じる。
よし、これで原作通り日曜日にイベントに行けるな。
「じゃあ、そんな感じで。どうせなら明日の夕食は食べていきなよ。今日作る予定だったやつ明日に回すし」
「そうだね。今日はご馳走になっちゃいましたし、是非そうしてください」
俺の言葉に新菜が続き、海夢ちゃんをナチュラルに食事に誘う。
俺達の言葉に海夢ちゃんは目を輝かせながら頷いた。
「いいの⁉ じゃあ明日はごちになりまーす!」
元気よく誘いに応じた後、海夢ちゃんは俺の作った味噌汁を啜り「うま~」と声を漏らしている。
そんな海夢ちゃんの様子を見て新菜も「美味しいですよね」と微笑みながら味噌汁に口を付けた。
こうやって誰かに自分の作った料理を味わってもらえるのは嬉しいものだ。前の人生では味わえなかった喜びに思わず頬が緩む。
「二人とも、味噌汁はまだまだおかわりあるから。欲しかったら遠慮なく言ってくれよ」
「うん、ありがとう」
「…………」
俺の言葉に新菜は笑みを浮かべながら返す一方、海夢ちゃんは何故か「じー……」と俺と新菜を見つめていた。
どうかしたのだろうか、と俺は気にしながらも味噌汁を啜る。
「実は前からちょっと思ってたんだけどさー……ごじょー君と月見里君って付き合ってたりする?」
「「ブフゥッッ‼」」
俺と新菜が揃って噴き出した。
なんでそんな発想になるんだ⁉ 俺も新菜もそんな雰囲気出してなかっただろ⁉
いきなり過ぎて俺達は揃って思いきり噎せ、返事も碌に出来なかった。
なんとか俺が少し早く回復し、慌てて弁明する。
「き、喜多川さん……! 俺達はただの幼馴染で、決してそういう関係じゃないから……!」
俺の言葉に咳が止まらず顔を真っ赤にした新菜が激しく首を振って頷く。
そんな俺達の反応を見て、海夢ちゃんは自分の勘違いを悟ったのか「……ああ!」と納得するように声を上げる。
「大丈夫! “烈‼”の朔夜君と颯馬君とか見てたし、あたしそういうの嫌いじゃないから!」
「違う、そうじゃない」
まったく大丈夫じゃなかった。
その後俺と新菜は二人掛かりで彼女の誤解を解く羽目になった。
普通に家事とか作業するより疲れた……‼
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原作に登場しないキャラクター(主人公の身内や乾家両親、アオイさん等)の登場・オリジナル設定について
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内容的に違和感がなければ登場してほしい
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登場するのはいいが必要最低限にしてほしい
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執筆者の自由にしたらいい
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原作準拠であまり出さないでほしい