その転生者は見届ける   作:街中@鈍感力

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第20話『その転生者も涙する』

海夢ちゃんがまさかの勘違いをしていた事を知り、俺と新菜の二人掛かりで解いた翌日。

俺達は改めて五条家に海夢ちゃんを迎え、雫たんコスの試着をする事になった。

 

「それでは、まずは髪の毛を纏めますね」

 

「ヨロ~」

 

既に何度も来ているからか、海夢ちゃんが自室に来ても新菜が慌てる様子はない。

落ち着いた手つきで海夢ちゃんの髪の毛を奇麗に纏め、バンドやピンを駆使して固定する。

一方されるがままの海夢ちゃんは今回メイクをするのが分かっていたため、カラコン以外はほぼノーメイクだ。

化粧に詳しいわけじゃないけど、なにもせずにこの可愛さは強すぎ。

 

「ん? 月見里君、どうかした?」

 

今回は何もする事がなく、ただ観ているだけの俺の視線に気付いた喜多川さんが目だけをこちらに向けて尋ねる。

俺は彼女の可愛さを記憶しつつ、それを誤魔化す為に拳を前に出してマイクを持ったフリをしてインタビューを開始した。

 

「喜多川さん、今からあの黒江雫ちゃんになりますが今のお気持ちはいかがですか?」

 

「めっっっちゃ楽しみです‼」

 

心の底から歓喜の気持ちを表す海夢ちゃんに俺も新菜も思わず笑みが零れる。

この笑顔の為に俺達は頑張ったまであるわ。

 

「では、まずは化粧からしていきますね」

 

「うんっ」

 

「眉は下げてタレ目、アイシャドーは赤。頬紅は目のすぐ下で、目の赤に印象持たせる為に唇は発色を抑えて……とはいえ全体的には衣装に負けないようにかなり濃くしないと……」

 

自身が描いた図面を見つつ、新菜が今回の化粧における注意点を再確認する。

ただ可愛くするのではなく、雫たんというキャラクターの印象に合わせたメイクをする必要があるのを分かっているのだろう。

こういうキャラクターへの理解と、それを反映させた衣装作りやメイクが新菜の凄いところであり、後々彼が評価されているんだろうな。

 

「病みメイクって感じだよね。ネットにメイク動画あるよ」

 

「病み……? 見せてもらえますか?」

 

聞きなれないワードに反応しつつ、新菜は促されるままに海夢ちゃんのスマホでメイク動画を確認する。

 

「……なるほど、二重瞼の形も変えられるんですね。凄いな……」

 

「あたし、アイテープなら持ってるよ」

 

「本当ですか⁉」

 

「うん。ムダに欲しくて買ったけど、結局使わなくて……」

 

海夢ちゃんは苦笑しながら、自身の化粧品ポーチからアイテープを取り出す。

 

「化粧品に限らず欲しくて買ったはいいけど使わなかったりとか、あるあるだよね」

 

「マジそれ。でもま、今回のコスで使うからラッキー、的な?」

 

アイテープを見せながらそう言ってはにかむ海夢ちゃん。

その横に座る新菜は未だにメイク動画を見て「そうか……」とか「こんな方法が……」とか呟いている。

 

「……つけまつ毛もいいですね! 目尻が長めのタイプを使えばタレ目の雰囲気がかなり出ます! 雫たんにグッと近付けますよ!」

 

「あたし、つけまは持ってないんだけどっ‼ 一回やって無理だったから……どーしよっ!」

 

原作通りつけまつ毛は持ってきていなかったようで、海夢ちゃんが焦り始める。

しかし、それに関してはもう解決済みだ。

 

「あ、俺持ってるんで大丈夫です。守優、そこの棚から出してくれる?」

 

「はいはい、これでいい?」

 

「うん、ありがとう」

 

そう言われるだろうと内心身構えていた俺はすぐに取り出し、新菜へと手渡す。

新菜がつけまつ毛を持っているとは思わなかった海夢ちゃんは取り出されたそれを見て唖然としている。

 

「何種類かあるんですが……よかった、丁度ありますね。目尻長め」

 

「…………」

 

「? 喜多川さん?」

 

海夢ちゃんの様子に気付いた新菜が声を掛ける。

 

「……これ、彼女の……とか?」

 

「ちっ、違いますよ!」

 

「じゃあ……やっぱり……」

 

「俺でもないから」

 

やっぱりってなんだ、やっぱりって。

俺が否定したのに続き、新菜が間髪入れずに弁明する。

 

「い、今は雛人形にもまつ毛がついてるものがあるんで試しに買ったんです……!」

 

「この子なんですけど……」と新菜がスマホを差し出し、画面に映った雛人形を見せる。

その雛人形は彼が話した通りまつ毛があり、バラ柄の着物と相まってどこか西洋風な雰囲気があった。

 

「うわっ、マジじゃん‼ え~、ヤバ♡ 可愛い~っ♡ 今こんななの⁉ すっごーい♡ これ買ってもらったらガチで嬉しいやつじゃん! てか着物柄バラだし♡」

 

「斬新ですよね。この発想は本当にすごいと思います。尊敬します」

 

海夢ちゃんが画像の雛人形について語るのを嬉しそうに見ながら、新菜もそれに共感する。

俺も新菜の言葉に同感だった。正直『着せ恋』を見るまでこんな雛人形があるなんて前の人生では知らなかった。

こういった文化的・伝統的なものはそのまま継承されていくと思っていたが、時代に合わせた新たな試みというものはどういう分野でもされているものらしい。

 

「今の雛人形は時代に合わせて口紅の色も赤だけでなくピンクやオレンジにしたり、頬紅も入れたりします」

 

「あと画像のもそうだけど、着物も定番の『十二単』以外にいろんな花柄だったり、髪の色も黒髪じゃなくて茶髪や金髪の人形もあるよ」

 

「へ~、可愛いっ。つか、ギャルじゃんっ!」

 

若菜に続いて俺もスマホで画像を見せる。

これまでの概念を変えるような新しいデザインの雛人形達に海夢ちゃんは目を輝かせていた。

 

「俺にはまだ分からないんですが、じいちゃん達は雛人形の眉を見れば誰が描いたものか分かるそうです」

 

「えっ、すごっ‼」

 

「長年の経験ってやつなのかな。俺も未だに見分けつかないし」

 

何十年と積み重ねてきた経験があるからこそ見分けられるのだろう。

素人には勿論、俺や新菜ですらその領域は遥か遠い場所だ。

 

「でも、その雛人形は一般の方でも一目で誰が作ったのか分かりますよね」

 

「うん」

 

「……俺も――……俺も将来、そんな雛人形を作れる様になれたらなって……」

 

新菜が憧憬の念を込めつつ、自身の夢を語る。

その表情に浮かべた笑みには夢への憧れ、同時にそれを叶える事が出来るのか分からない不安を抱いているように見えた。

俺は原作(未来)を知っているから、彼がその夢を叶える事も分かっている。

 

「す、すみません……っ‼ 余計な話を……っ」

 

「なれるよ」

 

しかし、俺はこの場で何か言うつもりはない。

彼女が、俺の言いたい事を伝えてくれるから。

 

 

「ごじょー君なら、絶対なれるよ」

 

「……ありがとうございます」

 

 

海夢ちゃんの静かで、しかし力強い言葉に新菜は笑ってみせた。

先程の不安混じりのものとは違う、照れくさそうな、そして嬉しそうな明るい笑顔を。

そして海夢ちゃんがその笑顔に一瞬目を奪われるのを見た。

 

「……ごじょー君ってそんな風に笑うんだね。ちゃんと見るの何気に初かも」

 

「へっ⁉ あ、あれっ⁉ そっ、そそっ、そうでしたっけ……っ⁉ は、ははっ……あれ~……」

 

「…………うん……」

 

海夢ちゃんに言われて恥ずかしそうにとぼけたり誤魔化そうと笑う新菜。

そんな新菜を優しい笑顔で見守る海夢ちゃん。

もうこの時点で海夢ちゃん既に新菜の事好きになりかけてない?

完全に二人だけの世界になってるし。でもそれでいい、俺の事は放っておいて二人で尊い空間を作ってくれ。

 

「あっと……き、喜多川さんっ、眉はどうしますか? 喜多川さんの眉の形と違うので、消す事になるんですが……」

 

「困り眉だよね」

 

そんな俺の思いとは裏腹に俺が温かい視線を送っていたのが新菜にバレてしまった。

恥ずかしさのあまり話題を変えようと尋ねる新菜に海夢ちゃんは「うーん……」と数秒考え、

 

「どーせまた生えるし全剃りでいっか」

 

シェーバーを取り出し、躊躇なく剃り始めた。

 

(行動力……っ‼)

 

「喜多川さん豪快だなぁ」

 

「雫たんになれるんだからこれ位するって!」

 

その躊躇いの無さに新菜が圧倒される横で俺が感嘆の声を漏らすと、海夢ちゃんはキリッとした眼差しでこちらを見る。

好きな事に一切妥協しない姿勢は素直にカッコいいと思うし尊敬の念を抱かせた。

 

「それでは、化粧を始めます」

 

「うん」

 

眉毛を剃り終えた海夢ちゃんの前に新菜が座り、メイクが開始される。

自分の前に目を閉じた海夢ちゃんがいる事に僅かな緊張を覚えている様子はあるが、その表情は真剣そのもの。手つきも全く淀みはない。

その一連の所作が、彼のこれまでの努力を物語っているような気がした。

幼い頃から彼が面相書きの練習をしているのを何度も見てきた。雨の日も晴れの日も、春も夏も秋も冬も。

人生の大半を彼は雛人形に命を吹き込む練習に費やしてきたのを俺は知っている。

その弛まぬ努力が花開く瞬間を、俺は目の当たりにしていた。

 

(やっぱり、新菜は凄い)

 

先の事を知っているからこそ断言できるが、もし知らなかったとしても俺は彼の成功を疑わなかっただろう。

彼はいつか、頭師として大成する。

本職でもない、ただ売り手として雛人形に携わるだけの人間だが、そんな俺にさえそう思わせるものを彼は持っていた。

 

「……終わりました」

 

音一つない静かな時間が、突然終わりを告げる。

新菜は大きく息を吐き、緊張した面持ちを緩ませた。

 

「お疲れ、新菜」

 

「うん、ありがとう」

 

俺の労いの言葉に新菜は疲れからか少し苦みを含んだ笑みで応えた。

新菜のするべき事は終わった。後は海夢ちゃんが衣装を着るだけ。

 

「では俺達は廊下にいますんで、着替えたら呼んでください」

 

「うん」

 

新菜が立ち上がり、一足先に部屋を出ていく。

俺も後に続こうとするが、その前に言いたい事があった。

 

「喜多川さん」

 

「ん? なに、月見里君?」

 

既に別人となった顔で俺を見つめる海夢ちゃん。

 

「本当は鏡でも持ってきて見せてあげたいんだけどさ、あえて今はそうしないでおく。その代わりに、一言だけ……」

 

俺は一息置いて、心の底からの祝意を伝える。

 

 

「おめでとう、喜多川さん。もうすぐ、君の夢が叶う……黒江雫ちゃんに会えるの、楽しみにしてるよ」

 

「……! うんっ‼」

 

 

俺の言葉に海夢ちゃんは花が咲いたような笑顔で力強く頷いた。

その笑顔に俺の中で熱いものが込み上げてくる。

海夢ちゃんに笑顔で手を振って、俺も部屋から出た。

襖を閉めて、新菜の隣に立つ。

 

「守優、喜多川さんと何話してたの?」

 

「…………」

 

「……? 守優……?」

 

新菜が俺の様子を伺うが、今はそれに応える余裕がない。

 

「新菜、ごめん……」

 

「な、なにが……?」

 

俺の突然の謝罪に新菜が困惑する。

そうだよな、いきなり謝られても困るよな。

でも今から更に困らせる事になるから、先に謝っておこうと思って。

 

「少し泣く」

 

「なんで⁉」

 

俺にも分かんないよ!

でも衣装が完成した事とか新菜が海夢ちゃんにメイクしているのを見たとかでこれまでお前が努力してきた事が実を結んだ気がしたんだよ! そう思ったらなんかもうウルっときちゃったんだよ!

もうダメだ、おじさんになると涙腺が緩む!

 

「……っ、……っ」

 

「あぁ~……ど、どうしよう……っ」

 

俺が涙が抑えられない横で新菜が困ったように狼狽えて、情けない声を上げていた。

……一番情けないのはこんな事で泣いてる俺だよな。知ってた。

 

 

 

 

.

原作に登場しないキャラクター(主人公の身内や乾家両親、アオイさん等)の登場・オリジナル設定について

  • 内容的に違和感がなければ登場してほしい
  • 登場するのはいいが必要最低限にしてほしい
  • 執筆者の自由にしたらいい
  • 原作準拠であまり出さないでほしい
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