突風によるアクシデントがありつつも無事に撮影を終え、俺達はイベント会場を後にした。
撮影の後に喜多川さんは最後に撮影をした女性と連絡先を交換していたようで、「後で写真送ってくれるって!」と嬉しそうに話している。
その後、喜多川さんが替えの下着を購入するという目的もあり、軽く買い物をした俺達は今、電車に揺られながら帰路に就いた。
「座れてラッキーっ♪」
「この時間帯は割とすいてますね……ところで、守優はなんでそっちに……?」
日曜日の割には空いている車両の中、何故か守優は俺達の隣ではなく、対面の座席に着いていた。
こんなに席が空いてるんだから、俺達と同じ方に座ればいいのに……
「お気遣いなく」
しかし、守優はよく分からない態度で席から動く意思がない事を示してきた。
俺には分からないけど、何かこだわりでもあるのだろうか?
「てか、もう完全に夏だったよね~。帰ったらソッコーでシャワー浴びるわ~」
隣で喜多川さんが昼間の様子を思い出すように言う。
確かに、今日の気温は少し予想外だった。守優が天気予報を見て事前に色々準備してくれていなければ、もっと大変だったろう。
けど、親友のお陰もあって今日は本当に良い一日になった。
俺は今日に至る切欠をくれた喜多川さんの方へと向き直る。
「喜多川さん」
「ん?」
「ありがとうございました。色々ありましたが、いい経験になりました」
彼女と知り合わなければ決して触れる事も、どころか知る機会もなかったであろう世界。
それに関わる機会を得たのは本当に貴重なものだ。そして何より、心の底から楽しいと思えた。
「俺、本当に楽しかったです……!」
「あたしも! 超ぉ~楽しかったよ! ごじょー君、ありがとっ! 月見里君もね!」
「こちらこそだよ、ありがとね」
思いを正直に伝えると、喜多川さんも嬉しそうに微笑んで返してくれた。
そして喜多川さんは次に守優へと礼を伝える。
守優はそれに対して笑顔で手を振って返した。俺を手伝う為に彼も色々大変だったとは思うが、彼も楽しい時間を過ごせたと感じているのが分かる。
そんな二人の笑顔を見ると俺も自然と笑みが零れる。そして同時に感じる、一抹の寂しさ。
この楽しい時間は、もう二度と――
「次は何のコスしよっか?」
「……へっ?」
喜多川さんの言葉に俺の思考が止まる。
「は、あ……え⁉ い、一着だけじゃないんですか……⁉」
「一着だけって言ってないじゃん! 逆に一着で終わりって思ってたの⁉」
「…………ハイ」
一番好きなキャラクターである雫たんのコスプレが出来たのだから、それで終わりなのだと勝手に思っていた。
確かに喜多川さんの言う通り、一着だけとは言われていないけど……
「ないない‼ あたし、一番好きなキャラ50人はいるから!」
(一番とは……⁉)
一番の定義が壊れそうな気もするが、喜多川さんはそれくらいどのキャラクターも好きなのだろう。
つまり、これからも喜多川さんに衣装作りを依頼されるという事。
「どーしよっかな~。でも雫たんももっと着たいし~、やりたいの多すぎてマジ体いくつあっても足んない~、みたいなっ!」
「個人的には雫ちゃんの文化祭の衣装が見たいな」
「前に好きって言ってたもんね! わかる~! でもあれ今日のコスよりも更に露出少ないし、やるなら涼しくなってからかな~」
守優の言葉に喜多川さんが腕を組んで頷きながら話す。
ただでさえ好きなキャラクターが沢山いるのに、同じキャラクターでも違う衣装のコスプレをしようとしているらしい。
これは彼女が好きなキャラクター全員のコスプレを達成するのにかなり時間が掛かりそうだ。
でも、俺はそれでも構わない。だって、それだけこんなに楽しい時間を過ごす機会が増えるという事なのだから。
「……ふふっ」
「あっれぇ~? ごじょー君、なんか嬉しそーだけど~? 気のせーかな~?」
思わず笑みを零してしまうと、それに気付いた喜多川さんが悪戯っぽい笑みを浮かべて俺の顔を覗き込んできた。
見られていると思わなかった俺は恥ずかしさと気まずさで視線を逸らすが、そうやって前を見れば守優もニヤニヤと笑みを浮かべて喜多川さんと同じように俺の事を見ている。
「い、いや……別に、あの……っ」
「じゃー何~? 教えてよ~」
「そうそう、素直に言っちまいな~」
右と前から意地悪に詰められて言葉に詰まる。
別に隠すような事でもないはずなのに、二人の笑みを見ているとなんだか気恥ずかしくて素直に思いを口にする事が出来ない。
どう答えようか、俺は「その……っ」とか「あーっと……」なんて言葉に迷いながら、ようやく思いついた答えを返す。
「ふ、不束者ですが……っ! これからもよろしくお願いします……っ‼」
「……くくっ。新菜、それなんか告白みたいだぞ?」
……どうやら、答えを間違えたようだ。
「~~ッッ!」
ああ、凄く恥ずかしい……! 守優の言葉に思わず顔が熱くなってしまう……!
そんな俺達のやり取りを見て、喜多川さんは楽しそうに声を上げて笑った。
「あははっ! うんっ、これからもヨロっ! ごじょー君!」
「はいっ」
喜多川さんへの返事に思わず力が入る。
それがまた少し恥ずかしくて、俺はそれを誤魔化す目的も含めて話題を変える事にした。
「あの……なら俺、トルソー買います。ないとやりにくかったんで……」
「いーじゃん、買おーよっ! てかあたしが買うし! ネットで売ってるのかな?」
「俺もお金出すよ。これからも新菜の作る衣装とそれを着た喜多川さんのコスプレ見れるから実質タダだし」
「あはは、なにそれっ!」
守優の言葉に喜多川さんがまた笑う。
しかし守優は大真面目だったようで、話し合いの末に三人でお金を出し合う事に決まった。
その後、トルソー以外に必要な物がないか、今回のイベント参加での反省点などについて三人で話し合う。
雑談や冗談を交えた会話。守優以外とこんな風に笑いながら帰るなんて考えた事もなかった。
(やっぱり、こういうのっていいな)
守優と、そして喜多川さんの笑顔を見てそう思った。
コスプレイベントの帰り道、あたし達は電車に揺られてごじょー君の家がある岩槻へと向かっていた。
さっきまでいろんな話題で盛り上がっていたが、初めてのイベント参加の疲れもあってか徐々に会話が減り、それぞれが思い思いに体を休める流れになる。
何故か対面に座った月見里君はコクリコクリと頭を揺らし、そのままくたっと座席に体を預けてしまった。分厚いレンズで見えないが、きっとその目は閉じてしまっているだろう。
「あ、眠かったら寝ていいよ、ごじょー君」
「……はい……すみません……」
ふと横を見れば、ごじょー君もうとうとと船を漕ぎ始めていた。
月見里君もだけど、ごじょー君は一昨日まで忙しい中で衣装作り頑張ってくれてたしね。眠たいなら無理せず休ませてあげたい。
「ごじょー君達のおかげで、コスイベ超楽しかったなー。てか、みんなマジで楽しそうでヤバかったよね」
目を閉じれば今でも思い出せる。
自分の想像を遥かに超える素敵で楽しいあの場所を。
「好きなことしてる人しかいないの最高すぎるし、あの空間にいるだけでめっちゃアガったもん」
女装をしている人がいた。男装をしている人もいた。
コスプレをしてる人もいれば、それを撮影する為に参加してる人もいた。
いろんな人がいたけど、その誰もが心の底から楽しんでいた。
「あたし、基本シュミだったりなんでもいーんだけど、好きな事して楽しんでる人めっちゃ好き。なんかキラキラしてるじゃん」
自分の好きなものを、そして誰かの好きなものを大切に出来るのって凄く大事な事だって思う。
そんな人達があの場所には沢山いた。さっきまで同じ空間にいたのに、あたしの中ではもう次のイベントに行きたいって気持ちが沸き起こっていた。
「はぁ~、もっとイベント行きたいなー。てか、他のレイヤーさんのと全然写真撮れなかったからさー。次絶対撮りまくろ~」
そういえば月見里君はあたしが撮影してもらってる間に色々撮ってきたって言ってたな。
ごじょー君の家に着いたら、どんな人の写真撮ったか見せてもらおう。
きっと、どの写真も最高なんだろうなぁ。だって、参加してる皆が最高だったし!
「そーいえば、下の広場にいたナナカレのレオ様コスの人めっちゃ美人だったよね! 加工なしであんなにキレーってヤバくない?」
レオ様コスの人の写真もあるといいなー! それかSNSで写真上げたりしてないかな!
なんて、あたし一人で盛り上がるばっかりでそれに言葉が返ってくることはない。
月見里君は寝ちゃってるし、ごじょー君だってギリギリだ。あたしが語っているのはただの自己満足。初めてのコスイベに参加出来た気持ちが抑えられないだけのもの。
「…………はい……」
だから、
「喜多川さん……とても奇麗でした……」
ごじょー君にそんな事を言われるなんて、思ってもみなかった。
『俺にとって『奇麗』は……特別なものに対する言葉になって……』
なによりその言葉は、彼にとって大事な意味のあるもの。
『心から思った時でないと言えないといいますか……』
つまりごじょー君は、あたしの事を心の底から――
「……え……っ……えぇ~~……」
どうしよう、顔が熱い。
あたし今、どんな顔してるんだろう。
どれだけ赤い顔になってるんだろう。
困惑するあたしの中で、これまで感じた事のない何かが芽生えたような気がした。
(わかまり最高‼ わかまり最高‼ わかまり最高‼)
お前もわかまり最高と叫びなさい‼
嗚呼、俺の中のわかまりの悪魔が抑えられない‼
それくらい尊い光景が、俺の目の前で広がっている。
(こんな尊い光景見られるのに寝落ちする奴いる⁉ いねえよなぁ⁉)
俺はこの瞬間を見る為、新菜より早く寝落ちしたフリをしていた。
瓶底眼鏡のお陰で目線を隠せるので、寝たフリをするのはとても簡単だった。今だけはこんな眼鏡を掛ける事になった雑魚視力に感謝。
(ヤバい、ヤバすぎる。一旦落ち着こう)
俺は視線をチラリと視線を横へずらし、隣の車両へと向けた。
そこにはやはりサングラスとマスクで顔を隠したジュジュ様。
(……ダメだ、ジュジュ様はジュジュ様で見たら顔がニヤける!)
なにより、眠っている新菜の顔を見つめる海夢ちゃんの表情が可愛すぎて見たくなってしまう。
直視すれば脳味噌が焼かれて溶ける。かといってこのシーンから目を逸らし続けるなんて勿体ない事は出来ない。
そもそも、俺ってこんなにも重たいオタクだっただろうか。前の人生ではもっとカジュアルというかライトだったと思う。
(でも、知っちゃったんだもんな)
五条新菜という人間を。喜多川海夢という人間を。
二人がどれだけ優しくて、真っ直ぐで、素敵な人間なのか。
だからこそ、二人には幸せになってほしい。
青春を謳歌し、輝かしい日々を歩んでほしい。
(そして俺はそんな二人を見守っていきたい)
それが俺の生き甲斐だから。
……でも、この天国みたいな拷問からは早く逃れ……いや、逃れたく……でも……‼
(助けてくれ~~‼)
俺は誰に、何をどうという事も分からぬまま、二律背反に苦しみながら助けを求めた。
勿論助けは来ない。現実は非情である。
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原作に登場しないキャラクター(主人公の身内や乾家両親、アオイさん等)の登場・オリジナル設定について
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内容的に違和感がなければ登場してほしい
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登場するのはいいが必要最低限にしてほしい
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執筆者の自由にしたらいい
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原作準拠であまり出さないでほしい