あの後、岩槻駅から乗り換えを挟みつつ電車に乗ること約一時間。
通勤・通学で朝から乗客の海に揉まれながら移動し、学校の最寄り駅に到着。
そこまで着いてしまえば俺たちが通う高校までもうすぐだ。
俺のクラスは1年5組。つまり新菜たちと同じクラスである。やったね。
「おお、
新菜と一緒に教室に入ると大きな声で挨拶してくるやつがいる。
森田健星。友人からはくそバカと酷評されるが、表裏のない真っ直ぐな性格が気持ちのいい好青年だ。
ちなみに、月見里は俺の苗字。月見里守優です、よろしくお願いします。
「ういーす。おはよ、森田。柏木もおはよう」
森田に挨拶を返し、そのまま彼の隣に座っている眼鏡男子・柏木四季にも挨拶をする。
「ああ、おはよう。五条も、おはよう」
「あっ、えっと……お、おはよう……っ」
柏木が自分にも声をかけるとは思わなかったのか、隣にいた新菜がビクリと体を跳ね上げる。
そしてぎこちなく挨拶を返すとそのまま教室の隅にある自分の席へと移動してしまった。
「ごめんな、柏木。うちの新菜が。あの子はただ人見知りなだけなんだよ」
「それはいいけど、お前は五条の何なんだよ」
兄弟同然のマブですが、何か?
そんなやり取りをしていると、森田がスマホ片手に会話に入ってくる。
「なあなあ、月見里。さっき四季にも話してたんだけどさ! 昨日のクイズ番組見た!? ゲストチームの回答がマジでウケんの!」
これこれ、とSNSにアップされている切り抜き動画を俺たちに見せてくる森田。
大型犬を彷彿とさせるこの押しの強さを少しでも新菜に分けてやれれば――
(四六時中、雛人形雛人形ってうるさそうだからダメだな。うん)
新菜、お前はあるがままでいてくれ。
それはそれとして切り抜き動画は普通に面白かった。
ドガガッ
「痛っ!!」
その時、背後から物凄い音と痛みに悶絶する声がクラスに響いた。
クラス中の視線が一気にそちらに集まる。
視線の先にいたのは新菜と彼の机にぶつかったのか自身の後頭部を撫でつけるギャル・喜多川海夢ちゃんだった。
「ごめん、海夢~っ」
海夢ちゃんとじゃれあっていた彼女の友達、菅谷乃羽ちゃんをはじめとしたギャルたちが心配しながら彼女の身を案じる。
「一応平気。ごめんねっ。え~っと、ごじょー君」
大事ないことを友人に伝えた海夢ちゃんは、次に自分がぶつかって迷惑をかけてしまった新菜へと謝罪する。
対する新菜は突然の出来事、それもクラスの中心人物ともいえる美少女との交流にしどろもどろになっていた。
「はっ、え……あ、あの……はいっ」
そんな新菜の心情など露知らず、海夢ちゃんは彼の腕に付いていた人形の墨の跡に気付くと何も気にしていない様子でその跡を撫で始めた。
オタクに優しいギャルは存在することが証明された瞬間である。
「腕、何か付いているよ? なんだろ、これ。ケガ? じゃないっぽいけど……」
「~~ッ、こっ‼ れは、あのっ、へッ……平気なやつなんで……‼」
予想外なボディタッチに耐え切れず、新菜が腕を上げて退避する。
わかるよ、新菜。新菜には刺激が強すぎるよな。
俺は耐えられる自信はあるが、それは転生前を含めると四十近いおじさんで、おじさん視点では子供に怪我を心配されているだけのようなものだからだ。
リアル高校生なら耐えられなかったかもしれない。
……もしかしたら四十近いおじさんでも耐えられないという意見があるかもしれないが、そこは頑張って耐えよう。大人として節度ある対応を。
「そ? ならいいけど」
新菜の挙動不審な態度に対して、海夢ちゃんは嫌な顔一つせず笑顔を向けると「バキバキに折れたわ」なんて冗談を言いながら菅谷ちゃんたちの許へと戻っていく。
一方、新菜は先程海夢ちゃんに撫でられた墨の跡に手を載せながらその場所を見つめていた。
そんな二人のやり取りを見るだけで俺の中に熱いものが込み上げてくる。
(わかまりのファーストコンタクトきたーー!!)
これだよこれ! これが見たかったんだよ!
第二の人生を歩んで十五年! 全てはここから始まる物語をナマで見守るため!
(わかまりてぇてぇ~、幸せになってくれ~)
そのためならおじさんは努力を惜しみません。
「――ぃ……おい……おい、月見里っ」
「……ん? なに柏木?」
「なにって、お前が喜多川たちの方見てボーっとしてただろ。大丈夫か?」
決意を新たにしていたらちょっとトリップしかけていたようだ。
柏木の呼び掛けで現実に戻った俺は頷いて返す。
「大丈夫大丈夫。ただ、ちょっと心配になってさ」
「喜多川のことか? 確かにかなりエグい音してたもんな」
「でも普通に菅谷たちと話してるし、平気なんじゃね?」
俺に続いて柏木と森田が海夢ちゃんたちの様子をうかがう。
確かになんともなさそうだし、原作でも何事もなく終わっていた。
しかし、万が一に越したことはない。
「ちょっと行ってくる」
「おー」
「いってら~」
柏木たちに見送られて俺は教卓に集まっておしゃべりしている海夢ちゃんの許へ向かう。
「ちょっとごめん。喜多川さん、さっきの大丈夫だった? 凄い音したけど」
「え? あ、月見里君。へーきへーき、てか心配してきてくれたの? 神かよ」
話を割って入ってしまったにも関わらず、海夢ちゃんは笑顔で返してくれる。
神はそっちだろ。本当に可愛い。
「なんともないならいいんだけど、一応念のためね。菅谷さん、さっき喜多川さんがぶつけたところ診てあげてくれない? 腫れたり赤くなったりしてるなら、一度保健室に行った方がいいと思う」
「オッケー。海夢、後ろ向いて」
流石に異性の俺が触るのは憚られるので、確認はお友達の乃羽ちゃんにお願いする。
乃羽ちゃんも面倒臭がることなく海夢ちゃんの怪我の有無を確認し始めた。
「ん~……」
「どう、乃羽? 別になんともないでしょ?」
「ん~……」
「……え、ちょっ、乃羽? 乃羽ちゃん?」
うんうん唸りながら海夢ちゃんの後頭部を診察する乃羽ちゃん。
なにもないと思っていた海夢ちゃんは自分の予想に反して何かあるのかと不安になり始める。
「……あ!」
「な、なに⁉ マジでなんかあんの⁉ 血とか出てる⁉」
大きな声を上げる乃羽ちゃんに驚き、海夢ちゃんが僅かに青ざめた顔で背後に視線を向けようとする。
「……なんにもない」
「へ?」
「マジで怪我一つない。海夢ってば石頭~」
ドッキリ大成功とばかりにニヤニヤと笑顔を浮かべる乃羽ちゃん。
彼女の言葉に虚を突かれたのか、海夢ちゃんはポカンと口を開けて乃羽ちゃんの方を向いて固まってしまった。
「~~っ、乃~羽~! 超ビビったんですけど⁉ ホントありえない‼」
「あはは、ごめんって~!」
フリーズから数秒後、再起動した海夢ちゃんは乃羽ちゃんへと襲い掛かる。
怒っているようにも見えるが、これは彼女たち特有のノリというやつだろう。というか、もう既に二人とも笑ってるし。
原作通り何事もないようなので、ヨシ!
「本当に大丈夫そうだね。お節介焼いてごめん」
「ううん。てか、心配してくれてたのに謝る必要なくない?」
悪戯のお返しに乃羽ちゃんの髪の毛をぐしゃぐしゃに崩しながら海夢ちゃんがにこりと微笑む。
海夢ちゃんの後ろでは彼女の友人である八尋大空ちゃんや山内瑠音ちゃんも「そうそう」と彼女に同意してくれた。
ちなみに乃羽ちゃんは「ぬわ~!」とか「ごめ~ん!」とか言ってる。
ある程度やるとスッキリしたのか、「ふふん」と満足気に笑みを浮かべながら手を放す海夢ちゃん。
乃羽ちゃんもそれでお相子ということなのか、手櫛で髪の毛を整えるだけだった。
「あ、そうそう。昨日の放課後さ~」
「うわっ、その話すんの⁉」
ふと何か思い出したようで、髪の毛を整えながら乃羽ちゃんが笑顔で語りだす。
一方海夢ちゃんは思い出すのも嫌なのか萎えた表情で溜息を漏らしていた。
「てか、海夢が放課後付き合うってめずらしー。いつも消えるのに」
「サロモのバイトだっつーからついてったの。ウチもカットしたかったし」
「バイトかい」
「ごめん、サロモってなに?」
なんか流れで会話に入っちゃったけど、まあいいかの精神で尋ねる。
すると、大空ちゃんが教卓に頬杖をついたまま教えてくれた。
「サロンモデル。美容院の広告とかホームページとかに載せる写真のモデルになんの」
「へぇ~、それってお店にとって滅茶苦茶重要なやつじゃん。凄いね、喜多川さん」
「いえーい」
さっきまでテンション下がってたのに、再び笑顔を浮かべてピースまでしている。
表情がくるくると変わる姿は見ていて面白い。あと可愛い。
「したら! 自分の髪終わってんのに海夢狙いでずーっと待ってる人いんの!」
「すげ~、帰れよ」
「顔は?」
「割とイケメン」
テンポよく進んでいく会話に思わず聞き入ってしまう。
そのまま乃羽ちゃんはキャンディーを咥えた口を弧に描きながら続けた。
「んで、ウチらが帰る時絡んできたのよ。話すきっかけ作ろうとしたんだろーね」
『それ、なんとかってアニメのやつ? 超オタクじゃん! ないわ~っ』
『オメーがねぇわ』
「って海夢秒で帰った‼」
「マジでー⁉ 瞬殺じゃん‼」
「きっつ‼」
「そいつそのままポカーンつって超棒立ち‼」
きゃはははっ、と大爆笑する乃羽ちゃん・大空ちゃん・瑠音ちゃんのギャル三人組。
一方俺は笑いというより呆れの感情が勝ってしまい、つい口を開いてしまう。
「いきなり相手の持ち物をディスることから始まるっていうのが俺には全然理解できない」
言い換えれば新菜が持ち歩いている雛人形の頭を見て、見ず知らずの誰かがそれを嘲笑するようなものだ。
このクラスにそんな奴はいないと思うが、もし俺がそんな場面に出くわしたらきっと海夢ちゃん以上の塩対応になる自信がある。うちの新菜を傷付ける奴は許さん!
「ホントそれ! 月見里君わかってるじゃん!」
そんな俺の言葉に海夢ちゃんは一瞬目を見開くと、満面の笑みを浮かべた。
そしてその表情はすぐに理解のない者への怒りから不満げなそれへと変わる。
「大空たちはよく『イケメンなのにもったいない』とか『海夢っていつも塩対応だよね』とか言うけどさ、あたしからしたら顔とかどーでもいーの。ああいう男マジで無理。てかジャラづけしてる時点で好きだって分かんだしさ――人の好きなものバカにすんなよってなるでしょ」
それな。
思わずうんうんと頷いた。
好きなものは、その人にとって核とも言える存在だと俺は思う。
その人をその人たらしめるもの。好きを否定するということは、その人を否定することと同義だ。
勿論、人の好みなんで千差万別。相容れないこともあるだろう。
だから無理に他人の好みに合わせる必要なんてない。ただ好みが違うということを理解し、それを良しとできることが大事なのだ。
(新菜……)
俺はチラリと分厚いレンズ越しに幼馴染へと視線を向ける。
どこか寂しげにも見えるその顔は、自分の
好きなものに出会って、好きなものを否定されて……それからは誰にも言えずにひっそりと自分の『好き』を大切にし続けてきた新菜の顔が、出会ったばかりの幼い頃の顔と重なる。
(大丈夫だ、新菜)
俺はお前の傍にいてやることは出来た。独りぼっちにならないように。
お前の大切なものを支えることは出来た。その尊さが歪まないように。
だが、お前が殻を破り、胸を張って前に進むための後押しは出来なかった。
そうするだけの力が俺にはなかったのだ。それはきっと、俺の役目じゃなかったから。
(お前の未来は明るいよ。だって、お前を受け入れてくれる人はここにいるから)
視線を黒板に移すと、そこにはいつの間には友人に対して『フラワープリンセス烈‼』の複雑な人間関係を力説する海夢ちゃんがいた。
これから先、二人が歩んでいく未来を見届けたい。二人が、二人を取り巻くこの世界が俺の『好き』だから。
「――ちなみに俺はネオンが一番好きかな」
「月見里君、“烈‼”分かるの⁉ てか、ネオンおねーたま推し⁉ 仲間じゃん!」
「“烈‼”は神アニメだよね。俺が目ぇ悪くしてこんな眼鏡掛けることになった理由の一つは絶対“烈‼”の見過ぎだと思う」
「だはははは‼ どんだけ‼」
とりあえず“烈‼”は当たり前のように好きなので、今は“烈‼”談義を楽しもうと思う。
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原作に登場しないキャラクター(主人公の身内や乾家両親、アオイさん等)の登場・オリジナル設定について
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内容的に違和感がなければ登場してほしい
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登場するのはいいが必要最低限にしてほしい
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執筆者の自由にしたらいい
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原作準拠であまり出さないでほしい