「マ⁉」
あの後、新菜がライムで家にジュジュ様が来ている事を伝えると海夢ちゃんは『ガンダで行く!』と返信し、それから一時間もしない内に五条家へとやってきた。
バイト先から電車で来たのを考えれば本当に急いできた事が窺える早さである。
そして当の海夢ちゃんは到着と同時に居間にいるジュジュ様を見て驚愕のあまり固まってしまった。
「はい、乾紗寿叶さんです」
「ちょっと‼ 本名バラすんじゃないわよ‼ コスネームがあるでしょ‼」
「すっ、すみませんっ……‼」
「え~~っ♡♡♡ ジュジュサマ、紗寿叶っていうんですか⁉ くっそ可愛い~~っ♡♡♡♡」
「サマ⁉」
ネットリテラシーがまだまだ低い新菜がジュジュ様の本名をうっかり教えてしまい、それをジュジュ様が咎めるが、それを上回るテンションで海夢ちゃんがずいっと詰め寄る。
対するジュジュ様はまさかの様呼びに虚を突かれ、完全に流れを失ってしまっていた。
「あたし喜多川海夢ってゆーんですけど‼ あたしガチのガチでジュジュサマめっちゃ好きなんです‼ 超ファンです‼」
「ちょっ……近っ……」
「ヤバ~~イ‼ ナマもガチの美少女なんですね‼ カワイ~~♡♡ 肌ハンパない‼ めっちゃキレイ‼ 髪ほっそ‼ てか紗寿叶だからジュジュなんですか⁉」
「わっ、私が付けたんじゃ……っ」
そして一度勢いに乗ってしまった海夢ちゃんはジュジュ様への愛を爆発させて一気に思いの丈をぶちまける。
裏も表もない好意100%から来る賛辞にジュジュ様は顔を赤くしながら、その勢いに押されて仰け反っていた。
「乾さんは喜多川さんの写真をご覧になったそうですよ。それでうちに……」
「‼ 神レイヤーが……あたしの、写真を……⁉」
そこに新菜から新情報という名の燃料が投下される。
それを受けた海夢ちゃんは推しに認知されている事に歓喜し、天を仰いだ。
そのまま数秒固まると、突然ジュジュ様へと向き直り四つん這いで急接近する。
「ジュジュサマあたしの事知っててくれてんですかーっ⁉ くっそうれしーんですけど‼」
「たっ、たまたま目に入っただけで……っ! あとあなた私をフォローして――」
「鬼ヤバ‼ 照れるーっ‼」
「だから近いのよっ‼」
バタバタと慌ただしく音を立てながら詰め寄る海夢ちゃんとそれから逃げるジュジュ様。
あっという間に壁際へと追い込まれたジュジュ様は海夢に怒鳴りつけるが、テンション爆上がりの彼女にはまるで効いていなかった。
「勘違いしないで‼ 私はあなたじゃなくて五条新菜の作った衣装に興味があるの‼」
「目デカっ! めっちゃカワイ~っ♡」
「聞きなさいよ!」
ジュジュ様の言葉より彼女の容姿に意識が持っていかれている海夢ちゃんはうっとりとした表情でジュジュ様の瞳を見つめる。
確かにジュジュ様のつぶらな瞳は可愛いし美しい。もはや芸術品である。
まるで話にならない海夢ちゃんにはいくら言葉を尽くしても時間の無駄だと悟ったジュジュ様が俺の方へと視線を向ける。
「……」(『これが嵐なの⁉』という顔のジュジュ様)
「……」(『そうです』という無言の頷きを返す俺)
アイコンタクトで全てを察したジュジュ様はその後数分間、海夢ちゃんのテンションが落ち着くまで彼女からぶつけられる愛の言葉に晒されていた。
恥ずかしがりながら、時々照れギレしちゃうジュジュ様くっそ可愛かったです。
「でっ? でっ⁉ ごじょー君、ジュジュサマに何作るの⁉ 知りた~い‼」
たっぷりとジュジュ様への想いを語り尽くした海夢ちゃんはスッキリとした表情で新菜へと尋ねる。
そこに来て
「そうでした。乾さん、なんの衣装を……」
新菜の言葉にジュジュ様はそこでまだ本題に入れていなかった事を思い出し、「ごめんなさい、まだ言ってなかったわね」と一言謝罪を置くと、真剣な眼差しで新菜を見つめる。
「五条新菜、私に二階堂シオンのブラックリリィの衣装を作ってほしいの」
「えっ⁉ シオンたん⁉」
ジュジュ様のオーダーに海夢ちゃんが目を輝かせる。
隣に座る新菜は「そういえば」と聞き覚えのあるワードから記憶を振り返った。
「たしか以前に守優や喜多川さんに見せてもらいましたよね……?」
「そそっ! 『フラワープリンセス烈‼』のシオンたん‼」
「あなた知らないの? 有名だと思うけど……」
「すみません、アニメに疎くて……」
ジュジュ様の言う通り、“烈‼”は結構有名な作品だ。
女児向けながら国民的なアニメでもあり、正直アニメに興味がない層も名前くらいは知っているレベルである。
しかし、ご存じの通り新菜はこれまで雛人形一辺倒で流行りのものをほとんど知らない。
人によっては『そんな事も知らないなんて』と驚かれたり笑われたりしそうなものだが、ジュジュ様はそれを知っても「なら仕方ないわね」とそれをあっさり受け入れ、シオンがどんな人物かを説明した。
海夢ちゃんや他の人物にも言える事だが、こういう無知に対してマイナスな感情を持たずにそれに理解を示す姿勢を持っているのも彼女の魅力なのかもしれない。
(それはそれとして、アニメでの補完がまた凄かったんだよな~)
原作では数行の説明で終わっていたが、アニメではしっかりと映像化されていたのを思い出す。
『着せ恋』のアニメの中で見た映像を転生してからリアルタイムで見た時は正直ちょっと感動した。
「ネオンおねーたまは失恋のショックでフラワージュエルが濁って敵になっちゃうんだけどー、けっこーかわいそーなんだよね。あたし、ネオンおねーたまも超好き」
そんな事を考えていると、海夢ちゃんの解説の内容がネオンへと移行していた。
ネオン好きな俺としてはその話題は見過ごせない。
「ネオンおねーたま、よっぽど酷い失恋をしたんですね……」
「そうなんだよ。だけどそれで絶望しても、その失恋相手を憎み切れてなくてさ。悪堕ちしても本来の優しい部分が見え隠れするのがまた良くて……」
「わかりみが深い! 月見里君もネオンおねーたま推しだったもんね!」
俺の言葉に海夢ちゃんが深く頷いて同意を示す。
同じネオン好きとして分かり合える部分があるというのは嬉しいものだ。
俺達の反応を見て更に関心が沸いたのか、新菜はネオンの失恋の内容について尋ねる。
「ちなみに、ネオンおねーたまの失恋の内容はどういうものだったんですか?」
「ネオンには幼馴染の男友達が二人いて、その内の一人に片思いをしてたんだけど……」
「もしかして、その相手は別の人が好きだったり、既に付き合ってる人がいたとか……?」
俺の説明を聞いた新菜が展開を予想する。
彼の予想は大部分が正解だ。隣で聞いている海夢ちゃんも「そーそー!」と新菜の回答が正しい事を認めつつ、詳細を補足した。
「幼馴染の男友達二人が付き合ってたみたいな」
「⁉」
しかし、その補足内容は新菜の予想を超えていたようだ。
前に俺と新菜が付き合ってると勘違いされた際に“烈‼”で理解があるという発言をしていたが、その事は忘れていたらしい。
「え……?」
「設定とかには書いてないけど、観てると空気で分かるんだって!」
「そうね、観れば分かるわ」
「あれで付き合ってない方がおかしい」
“烈‼”を履修済みの俺達三人の言葉に新菜は少々圧倒されたようで、「そうなんですか……」と呟くが、その表情には理解が追い付いていないのが見て取れた。
海夢ちゃんもそれを察したのか、「“烈‼”ってけっこー人間関係複雑なんだよね~」とこの作品の人間関係が如何に複雑かを解説する。
「ミライたそもシオンたんも朔夜君にめっちゃ恋してて、朔夜君挟んで修羅場レベルでちょー喧嘩すんの。でも朔夜君は颯馬お兄ちゃんとデキてるからそもそも無理なわけじゃん? しかも颯馬お兄ちゃんはネオンおねーたまに片思いされてるし……」
「な、なるほど……女児向け……?」
あまりの複雑さに新菜が本当に女児向けなのか疑問を抱いているようだが、これが驚く事に本当に女児向けで、しかも大人気作品なのだ。
ぶっちゃけた話、颯馬と朔夜の関係性について公式が公言していないのはあくまでも女児向けのアニメだからなのかもしれない。
その一方で、この二人のカップリングが“烈‼”の恋愛模様や人間関係の複雑さの中心にあるという……まぁ、俺はこの二人のカップリングが大好きだし、それ故に生じる儚くも美しい失恋に感動した身ではあるんだけど。
「シオンは天才だけど、生い立ちも不幸だし報われないの。でも、どんなに辛くても絶対に負けずに生意気に笑うシオンが私は魔法少女の中で一番好きなの」
ジュジュ様が静かに目を伏せ、シオンへの、そして彼女のコスプレをする事に対する思いを語る。
「だから妥協はしたくない。ブラックリリィの衣装は市販のものを調整するのが難しいデザインだから……五条新菜、あなたに私のサイズに合う衣装を作って欲しいのよ」
一目惚れした衣装を作ったあなたに。
伏せていた目を開き、真っ直ぐな眼差しで新菜を見つめる。
ジュジュ様の視線を受け、新菜は真剣な面持ちで居住まいを正すとゆっくりと、そして力強く頷いてみせた。
「はいっ。乾さんのご期待に沿えられるよう頑張りますっ」
「……ええ。よろしく頼むわ」
新菜の反応から彼が如何に真剣なのかを察したジュジュ様は少し表情を和らげて微笑む。
そんな二人のやり取りからどれだけ素晴らしい衣装が出来上がるのか海夢ちゃんが思いを馳せる。
「ブラックリリィのジュジュサマとかヤバ~♡♡ 見たすぎるんですけどー♡」
「喜多川さん、シオンめっちゃ好きだもんね。鞄にグッズ沢山付けてるし」
俺がチラリと視線を向けるとジュジュ様もそれに釣られて視線を動かした。
俺達の視線の先には海夢ちゃんが邪魔にならないように部屋の隅に置いた彼女の学生鞄。
シオンのグッズがいくつも取り付けられた鞄を見て、先程までの言動と合わせ海夢ちゃんがどれだけシオンの事が好きなのかを察したのか、ジュジュ様は海夢ちゃんに声を掛けた。
「そんなにシオンが好きなら自分もすればいいじゃない」
「いやー、あたしはやんないっすねー」
「なんでよ……」
あっさりと提案を振った海夢ちゃんの反応に、ジュジュ様は少し意外そうな様子で尋ねる。
「あたし背デカいし、シオンたんの小さくて華奢な感じとは違くないですか? 『そんなの気にしないし好きだからやる』っての全然アリだと思うんですけどー……あたしの場合、好きだからイメージ壊したくない的な? コスするなら出来るだけ近付けたいし、そんな感じなんですよねー」
最後に「あとあたし、“烈‼”するならネオンおねーたまのコスしたいし!」と締めくくり、笑顔を浮かべる海夢ちゃん。
彼女の考え方はあくまでも数多にある意見の中の一つでしかないし、それが正解とも限らない。しかし、それが海夢ちゃんなりの『好きの扱い方』なのだろう。
人は好きな物の為に頑張れる。
人は好きな事で笑顔になれる。
その『好き』を大切にする姿勢は人それぞれで、そしてそのどれもが尊く美しいものなのだと、俺は海夢ちゃんの笑顔を見て思った。
「……そんなのあたり前でしょ‼」
海夢ちゃんの言葉を静かに聞いていたジュジュ様が険しい顔で声を荒げる。
しかし、その反応から感じるのは怒りではなく共感だった。
ジュジュ様はコスプレに対して人一倍真剣で拘りが強い。そんな彼女が他者との馴れ合いを嫌うのも、自分の拘りや好きな物に対する考え方が違う者が許せないからなのかもしれない。
そのストイックさはどこか新菜に通じるものを感じる。
自分の理想の為に、自分の道を歩み続ける。そこに他者の介入など存在しない。
そんなジュジュ様にとって、新菜や海夢ちゃんとの出会いは彼女の中で変化を
それが良い事なのか、悪い事なのか、それは俺には分からないけれど……
「ごめんなひゃい……許ひてぇ……」
「何をですか?」
「?」
願わくば、良い事でありますように。
謝罪の言葉を繰り返しながら泣きじゃくるジュジュ様を見て、俺は心の中で祈った。
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原作に登場しないキャラクター(主人公の身内や乾家両親、アオイさん等)の登場・オリジナル設定について
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内容的に違和感がなければ登場してほしい
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登場するのはいいが必要最低限にしてほしい
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執筆者の自由にしたらいい
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原作準拠であまり出さないでほしい