「花岡先生、この机に置いとけばいいですか?」
既に本日最後の授業を終え、現在放課後。
俺は担任の先生と一緒に職員室に来ていた。
授業終わりに集めた提出物を運ぶのを手伝うためである。
「ええ、そこでお願い。ありがとう、月見里君。助かったわ」
柔らかい笑顔を浮かべながら俺に礼を言う『花ちゃん』こと、花岡多絵先生。
うちの学校は生徒に嫌われるような先生は一人もいないが、花岡先生はその中でも別格だ。
生徒に対して一切距離を取らずにフレンドリーに接してくるし、そのせいか生徒側もタメ口は当たり前。
先生呼びより花ちゃんと呼ばれている方が遥かに多い。
というか、俺のクラスでちゃんと先生呼びしてるのは俺と新菜くらいかもしれない。
「いえいえ、これくらいお安い御用ですよ。俺で手伝えることあったら遠慮なく言ってくださいね」
「月見里君はとってもいい子ね。でも、無理はしちゃ駄目よ?」
ニコニコと笑いながら話す花岡先生に俺も笑顔で返す。
「はい、無理な時は無理ってハッキリ言います。でも、出来ることがあるならしたいっていうのも本当なんです。俺、今のクラス好きなので!」
「ふふっ、先生と一緒ね。先生もうちのクラスが大好きよ」
あはは、うふふ、と二人で笑い合う。
もし機会があったら1年5組談義にもっと花を咲かせたい。なんなら数年後に同窓会でお酒飲みながら喋ったっていい。
またやりたいことが一つ増えたな、なんて思いつつ職員室の時計を見ると思ったより時間が経っていることに気付く。
「それじゃ、俺はそろそろ失礼します。花岡先生、さようなら」
「はい、さようなら。また明日ね」
笑顔で挨拶を交わし、俺は職員室を出る。
今朝のHR前に新菜と海夢ちゃんの一件があった。
(つまり、放課後に二人で掃除をするイベントが発生する!)
確実にタイミングのわかるそれを逃す手はない。
あ、勿論最初からお邪魔するつもりはない。まずは若いお二人でしっかり交流してもらって、その後に掃除を手伝おうと思います。
内心ウキウキで少し早歩きになりながら教室へと向かう。
「……ごじょー君、押し付けられてない?」
海夢ちゃんの声が聞こえる。どうやら間に合ったようだ。
俺は二人にバレないよう、廊下の壁に背を預けて二人のやり取りを静かに聞く。
「……………………ですね」
「ですね⁉ は⁉ 分かっててやってるの⁉ 嫌じゃないの⁉」
押し付けられていることに気付きながらもそれを受け入れている新菜に海夢ちゃんは理解できないとばかりに声を上げる。
海夢ちゃんにとってクラスメイトとの交流なんて苦にもならない、むしろ楽しい時間だろう。
「あ……まぁ……多少、嫌ですけど……」
しかし、新菜にとっては違う。今のクラスに馴染めていない新菜にとってはクラスメイトと共に気まずい中で掃除をするより、多少大変でも一人で掃除をする方が楽なのだ。
「だよね。それ言った?」
「いえ……でも、頼りになるって言ってたし……いいかなって――」
「それ、頼られてんじゃなくて、パシられてるだけだから」
自分を誤魔化すように苦笑いを浮かべる新菜に対して、海夢ちゃんは容赦なく現実を突きつける。
人によっては『そんな言い方しなくても』と思うかもしれない。
しかし、俺は海夢ちゃんの飾らない真っ直ぐな言葉こそが、新菜には必要だと思った。
「嫌なのになんでも言う事聞くって違くない? てか自分のために絶対しちゃダメでしょ?」
彼女の言葉はきっと新菜の背中を押してくれる。
「自分の気持ちは、自分の為に言わなきゃダメだよ」
(やっぱ海夢ちゃんかっけ~)
生でこの台詞が聞けた感動。そして生で聞いたからこそ、それが本当に新菜を想っての言葉だと分かる嬉しさ。
思わず顔がニヤけてしまう。
いかんいかん、この後は何も知らない顔で合流するのだ。俺は頬をマッサージしてほぐし、教室へと入る。
「あれ、新菜と喜多川さんだけ? 他の皆は?」
「あ、守優。えっと……」
「月見里君聞いてよ、ごじょー君ってばさー!」
俺の登場に新菜は少し気まずそうに、一方海夢ちゃんは新菜の過ぎたお人好しさにぷりぷりと怒りながら事情を教えてくれる。
原作だとその後二人が会話したのかは分からなかったが、俺への説明から少し会話に弾みがついたのか、
「喜多川さん、今朝は大丈夫でしたか……?」
新菜が頭をぶつけた海夢ちゃんのことを気にかけたり、
「大丈夫大丈夫。てか、逆に巻き込んじゃってごめんね?」
海夢ちゃんが迷惑をかけたことを謝ったり、
(原作にもアニメにもなかったやりとり~! たまんね~!)
それ聞いて俺は内心で悶えてたりした。
お陰で掃除は滅茶苦茶捗りました。萌えの力って凄い。
「新菜、その指どうした?」
「ああ、実は作業中に指切っちゃって……」
「また? 最近ちょっとした怪我多くないか?」
喜多川さんとの一件から数日。最近作業中にちょっとしたミスや怪我をすることが増えた。
数日経っても彼女の言葉が頭の中から離れず、過去に自分の想いを伝えられなかった後悔を思い出す。
「あんまり根を詰めるとよくないからな。無理すんなよ?」
絆創膏が増えていく手を守優は俺の顔と交互に見ながら気遣う。
いつからか眼鏡を掛けるようになった幼馴染は、その分厚いレンズ越しでも変わらず優しい眼差しで俺を見つめてくる。
その眼差しが嬉しい反面、時折ふと思うのだ。
(どうして守優は俺なんかの傍にいるんだろう……?)
守優は凄いし、優しいやつだ。
小学校の頃は何度もテストで満点を取っていたし、中学校でも常に高得点を取り上位をキープしていた。
そしてそれを鼻に掛けることもなく、誰にも分け隔てなく接していたし、そんな彼を周りの皆は頼りにしていた。
彼の周りにはいつも誰かがいた。だけど守優は、最後には必ず俺の傍に戻ってきてくれる。
(どうして……)
「新菜、お前また変なこと考えてない?」
「……そんなことないよ。それよりさ、昨日家のミシンが壊れちゃってさ」
守優は眼鏡をずらし、上目遣いで俺のことを見つめてきた。
本来なら俺の顔さえぼんやりとしか見えていないだろうその瞳に自分の不安が見透かされているような気がして、思わず目を逸らす。
「……へぇ、そりゃ大変だ。じゃあ、人形の服作る作業はしばらくお休みか?」
眼鏡の位置を直しながら「今思い出したけど新菜んちのミシン、かなり年期入ってたもんな~」なんて微笑む守優。上手く誤魔化せたことを内心で安堵しつつ、俺は返した。
「家ではね。うちの学校被服準備室あるし、そこのミシンを借りようと思ってるんだ」
「そういえばあったなぁ。授業でもほとんど使ったことないから忘れてた。あそこ使う部活とかもなかったよな?」
「うちは手芸部なかったし、たぶんないんじゃないかな」
実はこの学校に入学した時にそれらしい部活がないか調べたことがある。結果は守優に教えた通りなかったけど、今思えば好都合だ。
「……なんでうちの学校、あんな部屋あるんだ? 昔は家庭科とかあったのかな?」
「……さぁ?」
確かになんであるんだろう。
昔は手芸部があったのか、それとも守優の言う通り被服準備室を使う授業があったのかな。
「ま、都合がいいなら良かったじゃん。そうだ、俺が代わりに花岡先生に準備室使う申請しといてやるよ」
「そっか、授業や部活以外で使うんだから伝えておいた方がいいよね」
今までこんなのしたことないから、守優に言われるまで気付かなかったな。
本来なら無関係な守優に手続きをさせるのはちょっと申し訳ないけど、昨日は中途半端なところで作業が終わってしまって早く取り掛かりたい俺は彼の好意に甘えることにした。
「じゃあ、お願いしてもいいかな。放課後に使う予定だから」
「了解~」
そんなやり取りの後、今日の最後の授業を終えた俺は被服準備室へと直行する。
部屋に到着した俺はミシンへと向かい、すぐに作業に取り掛かった。
ダダダダダダ ダダダダ ガチャッ
「おー……すっごい楽だ……っ‼」
作業を始めて数分、俺は軽い感動を覚える。
家のミシンと比べて性能が明らかに違うのだ。
「うちの学校、手芸部なくてよかったなー。誰も来ないから堂々と出来るし」
自分一人で作業できるというのは、俺にとってありがたい環境だ。
なにより――
「持ってこれるし……」
俺はそっとお雛様の頭を取り出す。
いつ見ても奇麗だ。その美しさに思わず頬が緩む。
「フフ……フフフフ……♡」
今日重ね縫っていくからね♡待っててね♡
俺がお雛様と話していると、背後で扉がガラッと音を立てて開いた。
少し驚いたが、花岡先生に話を通しに行ってくれた守優が戻ってきたのだと思って俺は振り返る。
「守優、ありが……と……」
そこにいたのは守優ではなく、喜多川さんだった。
(なんでっ⁉ ど、どうして喜多川さんが……っ⁉)
あまりにも予想外な登場人物に俺は慌ててしまい、思わず立ち上がる。
その拍子に自分の手からこぼれ落ちるお雛様。
「ッ‼」
俺は野球のスライディングのように飛び込み、なんとかそれをキャッチする。
床に落とすことは避けられたが、それでも彼女にとっては高いところから落下したも同然だ。
俺は慌てて怪我がないか確認した。
「ごめん……っ‼ 大丈夫⁉ 痛くなか――っ⁉」
そこで俺は思い出す。
こうなった原因。つまり、今の一連の全てを見ている人物がいたことに。
顔を上げれば、目を見開いて俺を見つめる喜多川さんと目があった。
「……何それ……」
何故か息を乱しながら喜多川さんが呟く。
終わった。守優以外に見られた。
俺は次に彼女から浴びせられる言葉に覚悟を決めながら、せめてこの子だけは守ろうと手のひらでお雛様を包み込む。
「すっごーーーーい‼ ごじょー君、ミシン出来る人なの⁉ えっ、マジで凄いんだけど‼ なんで⁉」
「……………………へ?」
彼女の言葉があまりにも以外過ぎて、俺は気の抜けた声を漏らした。
どうして……男が雛人形を持っているのに……。
「だからぁー、ミシン‼ なんで出来んの⁉ 選択で家庭科ないじゃん‼」
「あの、えっと……お、俺の家、雛人形の店やってて……なっ、なので昔から……その、教わって……」
「そっち系⁉ だからかぁー。ねぇ、それお雛様? 見せてっ‼」
「ど、どうぞ……っ」
思わず言われるがままに手を開いて喜多川さんの前に差し出す。
「わーー……めっちゃキレーじゃん……っ! 目キラキラしてる」
「!」
素敵なものを見たかのように俺の手の中になるお雛様を見つめる喜多川さんの瞳が輝いていた。
そんな彼女の瞳と言葉に、自分の心が震えるのを感じる
初めてだった。初めて守優以外の誰かに褒めてもらえた。俺の好きなものを、初めて……!
「新菜~、お待たせ……あれ、喜多川さん? てか、二人してしゃがみ込んでどうした?」
そこに守優がやってくる。
俺以外の人物がいたこと、そしてその二人ともが床にしゃがんでいることが意外だったのか、首を傾げる俺の幼馴染。
「月見里君っ。見てよこれ、お雛様! めっちゃ可愛くない⁉」
喜多川さんが興奮交じりに守優に語り掛ける。
それに守優も笑みを浮かべて頷いて返した。
「喜多川さん、お目が高い。新菜のとこのお雛様はホント可愛くて美人さんなんだよ」
「ホント奇麗~。このお雛様、ごじょー君が作ったの?」
「あ、いえっ。違いますっ。これはじいちゃんが作ったもので……っ。俺はまだ服を作るぐらいしか出来なくて……っ」
俺ではまだまだじいちゃんには及ばない。
じいちゃんは『衣装が作れるだけ上等』と言ってもらえたが、俺ができるのはそれだけだ。
「……………………服…………作れんの? マジ?」
「はいっ、でも縫う程度なんで……大した事じゃな――」
「喜多川さん、ストップ」
突然守優があげた制止の声。
しかも、何故か話していた俺じゃなくて喜多川さんに対して。
訳が分からず俺がお雛様から顔を上げると、そこにはニットベストを脱ごうとする喜多川さんとそれを止める守優がいた。
「喜多川さん、何急に脱ごうとしているの。俺たちのこと社会的に殺す気?」
「え、なんで?」
キョトンとした顔で聞き返す喜多川さんに、守優は溜息を吐きながら説明する。
「あのね、これ下手したら俺と新菜が二人掛かりで喜多川さんに服を脱ぐの強要してるように捉えられかねないんだよ。だから、まず何をする気だったのか、詳しく説明してください」
「! あー、ね。ごめん……ちょっと着て見せたいものがあって。着替えるから、向こうむいててもらってい……?」
「はいっ‼」
守優の説明でようやく理解したのか、頬を赤く染めた喜多川さんが理由を説明する。
いきなり服を脱ぎ始めた理由がわかった俺は、喜多川さんに言われた通り急いで背を向けた。
しかし、守優は背を向けるのではなく扉へと歩き始めた。突然の行動に俺も喜多川さんもポカンと口を開ける。
「後ろ向くだけじゃ不十分でしょ。新菜、一回出よう。喜多川さん、終わったら声かけて? あと、念のため着替える前にカーテン閉めるのを忘れないようにね」
「そ、そっか。確かに……喜多川さん、一旦失礼します」
「う、うん」
確かに守優の言う通りだ。俺は急いで立ち上がり、彼に続いて準備室から出る。
「守優。喜多川さん、何を見せるつもりなんだろうね……」
「さあね。まぁ、ゆっくり待ってあげようよ」
これから何が起こるのか不安な俺と対照的に、守優は何故か落ち着いていて、どころか今の状況を楽しんでいるようにさえ見えた。
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原作に登場しないキャラクター(主人公の身内や乾家両親、アオイさん等)の登場・オリジナル設定について
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内容的に違和感がなければ登場してほしい
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登場するのはいいが必要最低限にしてほしい
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執筆者の自由にしたらいい
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原作準拠であまり出さないでほしい