カシャッ カシャッ カシャッ カシャッ
先程の壁ドン事件から始まり、俺と心寿ちゃんによるそうさく*1コスの写真を撮り終えた後、本来の予定通りジュジュ様や海夢ちゃんの撮影が開始された。
ちなみに俺は眼鏡を掛けて新菜と共に少し距離を置いて三人の様子を静かに眺めているところだ。
カシャッ カシャッ カシャッ カシャッ
俺と新菜の目の前ではジュジュ様にスマホやカメラを向けて海夢ちゃんと心寿ちゃんが何度もシャッターを切っている。
「凄い可愛い♡ 可愛い~……♡ お姉ちゃん可愛い……♡」
「分かる‼ めっかわ‼」
屈んでローアングルから撮影する心寿ちゃんがうっとりとした声でジュジュ様の可愛さを賛美する横で、海夢ちゃんがそれに激しく同意しつつ正面からスマホを向ける。
両極端の反応で可愛さを褒めちぎる二人に対してジュジュ様は一切表情を崩さず、愛らしい笑みを浮かべていた。その様子に彼女がどれだけ撮られ慣れているのか、プロ意識を持って取り組んでいるのかが窺える。
それにしても……
(心寿ちゃんって、ジュジュ様撮る時あんな感じなんだ……)
可愛い可愛いと連呼しながら写真を撮り続ける心寿ちゃん。
颯馬コスをしているから普段とはまた違う印象なのだろうが、それでも大好きなジュジュ様の可愛さを全て引き出そうと真剣に撮影に取り組む姿はどこか眩しく見える。
(ああ……可愛いなぁ……)
写真の出来を海夢ちゃんと確認しあい、嬉しそうに笑顔を浮かべる心寿ちゃんを見て思う。
先程の心寿ちゃんの言葉で俺は理解してしまった。
この子は俺の事を好きになっている、と。
自分でこんな結論に至るのは客観的に見てとても痛々しいものではあるが、あんなにも真っ直ぐな言葉と思いを向けられて気付かない程俺は鈍くはないつもりだ。
だが、正直に言うと『何故俺なんかに』というのが俺の思いである。
確かに彼女がコスプレを楽しめるように協力はしたが、それは新菜も同じ事だ。俺に対してあそこまで強い想いを向けてくる理由が分からない。
(でも、理屈じゃないんだろうな)
恋というのはそういうものなのかもしれない。
心寿ちゃんに想いを向けられるのは嬉しい。大好きな推しの一人だし、容姿も性格も非の打ち所がない、本当に素敵な子だ。
心寿ちゃんの恋人になれるチャンスがあるなんて言われれば、ファンなら何をしてでもその権利を欲しがるだろう。
しかし、ここは現実で心寿ちゃんは一人のキャラクターであると同時に一人の人間なのだ。
そんな彼女の人生を、こんな詐欺みたいな中身中年のおっさんが振り回していいのだろうか?
(あの子にお似合いな相手なんて、探せばこれからいくらでも――)
「月見里さんっ」
「! 何かな、心寿ちゃん」
考え事をしているところに心寿ちゃんが呼び掛けられ、我に返る。
心寿ちゃんは俺の傍に寄ってくるとカメラの裏面を向け、液晶モニターに映るブラックリリィコスのジュジュ様の写真を俺に見せてきた。
「すっごく素敵な写真が撮れたんです、どうですかっ」
嬉しそうに写真を見せてくれる心寿ちゃんの様子はどこか満点を取ったテストを見せて褒めてもらいたがる子供のようで、とても愛らしい。
そんな反応に思わず笑みが零れてしまいながら、俺は彼女の隣に立ってモニターを確認する。
彼女の言う通り、本当に素敵な写真だ。ジュジュ様の可愛さを完璧に引き出そうという矜持すら感じられるその出来栄えには感嘆さえしてしまう。
「本当だ、よく撮れてる。やっぱり心寿ちゃんは写真を撮るのが上手だね」
「そ、そんな……それはお姉ちゃんが可愛いからで……」
「ジュジュさんが可愛いのは分かるけど、その魅力を引き出せてるのは心寿ちゃんの思いと技術があるからだよ」
「……あ……ありがとう、ございます……っ」
俺の言葉に心寿ちゃんは頬を赤くしながら俯いてしまう。
「……」
真っ赤になってしまった心寿ちゃんを見て、俺は心の中で再確認するようにある事に気付く。
やっぱり心寿ちゃんって褒められる事に慣れてないよね。もっと褒めて自己肯定感を上げてあげないと。
(……なんて、前までは思ってたんだろうけど)
あの反応は褒められて嬉しいのは間違いないにせよ、俺に言われたからっていうのもあるんだろうなぁ。
そんなこと考えているうちに心寿ちゃんは海夢ちゃん達のところに戻っており、何故か海夢ちゃんとジュジュ様から意味ありげな視線を向けられる……正直、なんか気まずい。
「つ、次は二人で撮りましょう……!」
「……ふふっ、オッケー‼」
それに気付いたのか、それとも別の理由からは空気を換えようと心寿ちゃんが提案する。
心寿ちゃんの提案に海夢ちゃんは少し間を置いてから笑顔で応じ、一方ジュジュ様は人知れず息を吐いて気持ちを落ち着けている様子だった。
俺も心寿ちゃんの事は一旦心の隅に置いて、せっかくの合わせの撮影を楽しむ事とする。
なにより、
「シオンちゃんがブラックリリィに初めて変身して、ブラックロベリアが本当に自分達の仲間になったのか確認するシーンを撮りたいんです」
「りょっ」
「それでいい、お姉ちゃん?」
「っ、ええ……」
熱く語りながらシーンを指定する心寿ちゃんに尋ねられて、ジュジュ様は一拍置いてそれに応じる。
やはり廃墟という環境でジュジュ様も少し緊張しているのだろう。
しかし、その緊張はこの後に吹き飛ぶ事になるのを俺は知っている。
ジュジュ様の前へと移動する海夢ちゃんを見て俺は急いでスマホのカメラ機能を起動した。
バサッ、とのスカートがはためく。その瞬間にはもう、喜多川海夢という人間は完全にブラックロベリアへと変貌していた。
氷のように凍てついた鋭い視線が、
そうして、固まったまま動けない相手の頬に手を添えて、瞳の奥を覗き込んだ。
カシャッ
その光景を知っていたはずなのに俺は思わず息を呑む。シャッターボタンを押せたのは奇跡だろう。それほどまでに完璧だった。
海夢ちゃんの怪演は見る者の心を捕らえ震わせる。作品やキャラクターへの愛、そこから来る深い理解が成せる技だ。
「んん?」
「いけない……‼ 喜多川さん‼ ブラックロベリアは常に哀しげな表情なんです‼」
だが、その憑依とも言える演技も一瞬で崩壊し始める。
新菜が慌てて声を掛けるが、時既に遅し。
「もの凄く笑顔ですよ‼」
先程までの物憂げな表情はどこへやら。でれっでれの情けない笑顔でジュジュ様の顔を見つめていた。
「ジュジュサマ可愛いオブ可愛いすぎて無理……♡♡ さりげに触ってすみません♡♡♡」
「…………別にいいわよ……」
ジュジュ様の可愛さに演技が保てなかったらしい。
海夢ちゃんの演技を崩させる程とは、恐るべしジュジュ様の美貌。
締まりのない顔のまま詫びる海夢ちゃんにジュジュ様は半ば呆れながら返す。
「てか今マジ楽しーんだけど何⁉ くっそニヤける‼ 顔面ヤバい‼」
「分かります~。自然と笑っちゃいますよね」
「それよりさっきの凄く良かったよ。すぐにニヤけちゃってたけど、その前に何とか写真撮れた」
「マ⁉ 月見里君神~!」
「私見惚れてシャッター押し損ねちゃいました……月見里さん凄いです……っ」
スマホの画面を見せ、二人に写真の出来栄えを評価してもらう。
海夢ちゃんは「やっば! やっぱり私ってブラックロベリアだった⁉ てか、ジュジュ様もブラックリリィだった⁉」なんて興奮しているし、心寿ちゃんは「お姉ちゃんも海夢さんも、素敵……」と目を輝かせている。
「……」
そんな俺達を、ジュジュ様は静かに見守っていた。
(何言ってるのよ……)
月見里守優が撮った写真に心寿は目を輝かせ、喜多川海夢はだらしのない笑顔が戻らない。
撮影の再開を呼びかける五条新菜も、結局はその写真を見て「凄い……! 完全にあのシーンが再現されてます!」なんて興奮気味に語っている。
(楽しいからってキャラを無視して……)
これまで私は自分がやりたいからコスをしてきた。
誰に見せるわけでもない、ただの自己満足で。
私の撮影を買って出てくれた心寿の希望でアカウントの作成を許可し、図らずも多くの人間から評価を得る事になったがそのスタンスは変わらない。
大好きなアニメやキャラクターをリスペクトし、そのイメージを損なう事は絶対にしない。それが私なりの作品への誠意であり矜持だ。そうやって、これまで撮影に取り組んできた。
(笑って……撮影に影響が出るなんて……)
だというのに、彼女達といったらどうだ。
喜多川海夢のにやけ顔はブラックロベリアの儚いイメージとはかけ離れている。
心寿の笑顔は可愛らしいけど、颯馬君の凛々しく精悍な雰囲気は失われている。
先を促していたはずの五条新菜は月見里守優が撮影した写真にすっかり夢中だ。
(信じられない……)
これまでの撮影とはあまりにもかけ離れた今回の合わせは、初めての事ばかりだ。
スタジオを借りるのも、他のレイヤーと交流するのも。
最初はスタジオ代を抑える為でしかなかったはずなのに。
蓋を開ければ皆が皆思い思いに動き、語り、“烈‼”への愛を曝け出している。
(私が一番嫌いなタイプのレイヤーじゃない)
こんな事は初めてだった。
納得のいく写真が出来た事に満足感や達成感を覚える事はあったけど。
こんなに騒々しくて、段取り通りいかなくて、
――撮影そのものが、楽しいだなんて。
「ふふっ……本当に仕方ないわね……」
思わず私も笑ってしまう。
きっと今の私はシオンの、そしてブラックリリィのイメージには似合わない笑みを浮かべているだろう。
でも、今この時だけはそれでもいいと思った。
この騒がしく楽しい時間が、私にとってかけがえのないものになると感じたから。
そんな確信めいた思いを胸に、私は大切な妹の笑顔を静かに見つめた。
.
原作に登場しないキャラクター(主人公の身内や乾家両親、アオイさん等)の登場・オリジナル設定について
-
内容的に違和感がなければ登場してほしい
-
登場するのはいいが必要最低限にしてほしい
-
執筆者の自由にしたらいい
-
原作準拠であまり出さないでほしい