まりんさんや守優さん達との“烈‼”の合わせを終えた夜。
私とお姉ちゃんは今日撮影した写真を一緒に見返していた。
スタジオの雰囲気や衣装の良さを損なうことなく写真に収める事が出来たと個人的には思っている。
隣に座るお姉ちゃんはそれに同意しながら順番に写真を確認していき、とある一枚で手が止まった。
「……」
それは颯馬お兄ちゃんのコスをした私の写真。
「私の写真……変だった……?」
「違うわ! そんな事……!」
私の颯馬お兄ちゃんコスの写真を見つめたまま動かないお姉ちゃんに尋ねる。
どこか憂いを帯びた瞳に不安を覚えたが、お姉ちゃんは私の言葉を慌てて否定しつつ続けた。
「……私には絶対できないコスだから、羨ましくてついじっと見ちゃったのよ」
…………?
「‼ えええっ⁉」
「どうしたのよ、そんな大声出して……っ」
お姉ちゃんの言葉が信じられなくて思わず声を上げてしまった。
私の声にお姉ちゃんがビクッと体を跳ね上げ、驚きに声を震わせる。
「お、お姉ちゃんが『羨ましい』とか『出来ないコスがある』っていうから……」
「何言ってるのよ。当たり前じゃない」
これまで沢山のコスプレを着てきたお姉ちゃんだけど、その中でたった一つさえ似合わないものなんてなかった。
どんな時だってお姉ちゃんは奇麗で可愛くて、誰かを羨んだり自分には無理だと諦めるような姿なんて想像もつかない。
当の本人はさも当然のように言いきり、むしろ驚いている私に少し呆れた様子だ。
「だっていつもなんでも似合ってるし……!」
「ああ……それはね、好きなキャラの中から私に似合いそうなものを選んでるだけよ」
寂しそうに、悲しそうにお姉ちゃんは眉を下げる。
「本当は……ブラックロベリアも颯馬君も朔夜君もしたいけど……私の身長じゃイメージを壊すもの。それだけは絶対したくないわ」
お姉ちゃんがアニメやキャラクターを大切にしている事は知っていた。
だけど、その為に我慢しているコスがある事は勿論、自分には出来ないコスがあると考えている事を私は知らなかった。
「……自分の事が嫌いなわけじゃないけど、『もっとこうなら良かったのに』『ああだったら出来たのに』とかよく思うわよ。私ももっと心寿みたいにスタイルが良ければ、他にも色々なコスが出来たのに……」
私のコス写真を羨望の眼差しで眺めるお姉ちゃん。
そんな表情を私は今まで一度も見た事がなかった。
「本当に……心寿が羨ましいわ……」
私がお姉ちゃんに憧れるように、お姉ちゃんも私の事を羨んでいたなんて……
『胸の内は目に見えないので分からないだけで、誰にでも色々あるんですよ』
『みんな違うのは当たり前……心寿ちゃんには心寿ちゃんの思いがあるし、新菜には新菜の、俺には俺の思いがある。だけど心のうちに何かを抱えてるっていうのは一緒なんだよ』
五条さんや守優さんの言葉が自然と思い出された。
お姉ちゃんにはお姉ちゃんの悩みや思いがあって、出来ない事や手が届かないものへの葛藤があって、それでもコスプレを楽しんでいる。
そう思うと、今まで遠くに見えたお姉ちゃんがずっと近くに感じられた。
「私……高校生になったらバイトして、お金貯めて……コス、する!」
最高のコスプレイヤーとして私の前を歩いてきたお姉ちゃんがいるから、私は道に迷わない。
私の不安に寄り添って背中を押してくれる守優さんがいるから、今は前に進むのも怖くない。
導いてくれる人も、支えてくれる人もいる。そう思うと今までずっと抱えてきた重みが嘘のように掻き消えた。
「本当⁉ 素敵! 楽しみだわ!」
「うん!」
私の言葉にお姉ちゃんは我が事のように喜びの声を上げる。
そこまで喜んでもらえるのが嬉しくて、気付けば私も笑顔を浮かべていた。
「私も今回でお金使い過ぎたからまた貯めないと……それより、今日はいつもより疲れたわねー……」
互いに笑い合った後、お姉ちゃんがゆっくりと伸びをする。
今回はスタジオを借りての撮影、それも今までした事がない他レイヤーさんとの合わせだ。普段とは違う疲れが出るのも仕方がない事だと思う。
「私は心寿と二人で撮影するのが一番。もう合わせは十分だわ」
そう言ってお姉ちゃんが私の事を見つめる。
私と一緒が一番だと言ってもらえるのは素直に嬉しいし、私もお姉ちゃんの事を撮影するのは大好きだ。
でも、もう合わせは十分かと問われるとそうではない。
「私は……楽しかったよ。合わせして良かった」
今日の合わせもそれまでの準備も、私にとってはかけがえのない思い出になるだろう。
それもこれも――
「月見里守優がいたから?」
「……えぇ⁉」
突然の言葉にまたしても奇声を上げてしまった。
驚いて隣を見れば、お姉ちゃんは意地の悪い笑みを浮かべて私の様子を伺っている。
「あなた、月見里守優の事が好きなんでしょう?」
「⁉ な、ななな……‼」
「『なんで分かったの?』って? 自覚がないようだから教えてあげるけど、バレバレよ?」
「~~~~ッ‼」
まりんさんだけじゃなく、お姉ちゃんにまでバレてたなんて……!
あまりの恥ずかしさに顔から火が出そうで両手で顔面を覆う。
「それで、どうなの?」
「えっと……その……」
まりんさんに追及された時のように、どう返していいのか分からず思わず口籠ってしまう。
胸の奥で心臓が早鐘を打ち、唇が震え吐息が漏れる。
だけど、ここで自分の気持ちを言えないようではせっかく勇気を出して一歩進んだ意味がないような気がして、私は意を決して頷いた。
「…………うん……好き……私、守優さんの事が……好き……っ」
「そう……」
拳を強く握りながら、私はお姉ちゃんへと向き直りながら言った。
先程は揶揄うような笑みを浮かべていたけど、いつの間にはお姉ちゃんは優しくて暖かい微笑みをこちらに向けている。
お姉ちゃんがそっと私の頬に手を添え、瞳を覗き込んできた。
「とても素敵よ、心寿……応援するわ」
「っ、うん……! ありがとう、お姉ちゃん……!」
優しかった笑顔を更に深めながら送られた言葉は私に力をくれる。
今まで男の子とお付き合いした事どころか一緒に遊んだ事さえないけど、お姉ちゃんが応援してくれるならきっと大丈夫!
「ところで……」
「ん?」
「いつの間に月見里守優の事を名前で呼ぶようになったのかしら? 勿論、教えてくれるわよね?」
なんだろう、笑顔なのは変わらないのに凄く圧を感じる……!
お姉ちゃんから感じる謎のオーラに負けて、私は事の経緯を教えた。
それは撮影を終えた後の事。
Bホルダーが壊れた私はお姉ちゃんやまりんさん達より先に着替えを終え、一人で荷物の片付けをしていた。
『心寿ちゃん、お疲れ』
『! 月見里さん』
背後から声を掛けられて振り返ると、見慣れた瓶底眼鏡姿の月見里さんがそこにいた。
『早いですね。もう着替えたんですか?』
『うん。まぁ、俺なんてウィッグ外して眼鏡掛ければほとんどいつもと変わらないし。カラコンは、まぁ……帰ってからなんとかするよ……』
眼鏡を外し『ほら、まだ目だけは朔夜君~』なんて微笑む月見里さん。
その素顔にドキリとしながら、それを誤魔化すように私は曖昧に笑顔を浮かべた。
私の反応に対して月見里さんは特に気にした様子もなく『片付け手伝うよ』と手伝いをしてくれる。
『……合わせ、楽しかった?』
片付ける手を止める事なく、月見里さんが尋ねてきた。
月見里さんの質問に思わず手が止まる。
そして、自然と今日までの出来事が思い返された。
最寄りのファミレスで初めて月見里さん達に会った時の事。
ロケハンの後に月見里さんに本心を見抜かれ、コスプレへの挑戦を決めた時の事。
準備の為に五条さんのお家にお邪魔して、その度に月見里さんが駅まで送り迎えしてくれた時の事。
颯馬お兄ちゃんのコスプレが出来た事。
それをお姉ちゃんに褒めて貰えた事。
お姉ちゃんやまりんさん、月見里さんと一緒に写真を撮れた事。
全てが楽しい思い出として胸の奥に刻まれている。
『……はいっ、楽しかったです!』
それを思い返しているうちに私はいつの間にかそう答えていた。
私の回答に月見里さんは『……そっか、よかった』と少し安心した様子で微笑む。
月見里さんの笑顔に視線を奪われながら、私は一つの問題に直面している事を思い出した。
(合わせが終わったら、月見里さんと会えなくなっちゃうんだ……)
月見里さんと出会うきっかけだった今回の合わせ。
それが終わってしまえば月見里さんに会う理由がなくなってしまう。
連絡先を交換しているので話す事は出来るし、会おうと思えば会う事も出来るだろう。
でも、それは私がそう出来たら嬉しいというだけの話だ。月見里さんがそれを望んでいるかは分からない。
ただでさえ今回の一件で月見里さんには沢山迷惑をかけてしまっている。それを考えると自分から切り出すのが憚られた。
(でも、このままお別れなのは……嫌だな……)
せっかく仲良くなれたのに……
そんな事を考えていると再び月見里さんが私に話しかけてきた。
『ねえ、心寿ちゃん』
『は、はい……』
『その、さ……もし心寿ちゃんが良ければ、なんだけど……』
『……?』
月見里さんはこちらの様子を伺うような調子で、言葉も歯切れが悪い。
らしくない様子に首を傾げていると、月見里さんは数秒の間を置いた後に大きく深呼吸をしてから私に言う。
『これからも、心寿ちゃんに連絡してもいいかな?』
『え?』
まさかの申し出に私は思わず聞き返す。
『連絡を取るだけじゃない。機会があるなら、一緒にどこか遊びに行ったりなんかもしてみたい……どうかな、心寿ちゃん?』
どうやら私の聞き間違いではないらしい。
まさか、本当に……月見里さんから誘ってくれるなんて……
『……』
『これは俺の我儘だから……もし駄目なら、断ってくれても――』
『駄目じゃ、ありません……こちらこそ、お願いします!』
『!』
月見里さんの言葉が嬉しくて、つい返事に熱が入る。
私の返事に少し不安そうだった月見里さんは一瞬驚いた様子を見せた後、安堵と嬉しさが混ざったような笑顔を浮かべた。
その反応から月見里さんも勇気を出して私に向き合ってくれた事が分かる。
『ありがとう、心寿ちゃん』
『はいっ! ……あの、私からも、いいですか?』
そんな姿に私もまた少し勇気を貰えた気がしたから。
私もまた一歩、月見里さんに歩み寄ってみたいと思う。
『何かな?』
『名前で……月見里さんの事、名前で呼んでも……いいですか?』
『……勿論』
私のお願いに、月見里さん……守優さんが微笑んで頷く。
守優さんの笑顔に釣られたのか、いつの間にか私も笑ってた。
『ふふっ……改めて、これからもよろしくね。心寿ちゃん』
『はい、こちらこそ……よろしくお願いします、守優さん』
まるで挨拶のように言葉を交わす。
それがなんだかおかしくて、私達はまた笑い合った。
「――って事が、ありました……」
「……なるほどね」
私の説明を黙って聞いていたお姉ちゃんが腕を組んで頷く。
「つまり私達が着替えている間に二人でイチャイチャしてたって事ね」
「お姉ちゃん⁉」
全然違うよ! い、イチャイチャなんてしてないよ……!
私が顔を真っ赤にして訂正しようとすると、お姉ちゃんは「冗談よ」と呆れたように笑った。
「でも良かったじゃない。早速進展があったみたいで」
「うんっ」
お姉ちゃんの言葉に私は強く頷く。
胸の奥にある想いを伝えるにはまだまだ時間が掛かるかもしれないけど、今はそれでいいと思う。
まずは一歩。お友達から。
まずは一歩。名前から。
少しずつ、心の内にある恋を育んでいきたい。
「ねえ、お姉ちゃん」
「何よ?」
「お姉ちゃんは、今回の合わせ……どうだった?」
『……合わせ、楽しかった?』
守優さんの言葉を思い出す。
今回の合わせは、私にとってかけがえのないものになった。
でも、お姉ちゃんにとってはどうだったのだろう?
さっきお姉ちゃんは『もう合わせは十分』だって言ってた。
もし今回の合わせがお姉ちゃんにとっては楽しいものではなかったのだとしたら……一抹の不安を胸に尋ねると、お姉ちゃんは静かにパソコンを見つめる。
写っていたのはお姉ちゃんやまりんさん、守優さんや五条さんに私。記念にと撮影した集合写真だった。
まりんさんは満面の笑みを浮かべてピースしているし、私も守優さんも颯馬お兄ちゃんや朔夜君らしくない笑顔になっているし、五条さんも一緒にいるから“烈‼”の世界観にはまるで合っていない。
ちゃんとキャラの雰囲気を守っているのはブラックリリィに扮するお姉ちゃんくらいだ。
お姉ちゃんがイメージを崩すような写真を受け入れられない人だというのは知っている。
「……ま、まぁ……悪くはなかったわね……」
だけどお姉ちゃんは、頬を赤らめて目線を逸らしながらそう言った。
その反応が照れ隠しな事くらい、妹の私は分かる。
そしてそれはつまり、お姉ちゃんにとっても今回の合わせは
「ふふっ」
「な、なによ……」
私が突然笑った事でお姉ちゃんが未だに赤い顔をこちらに向ける。
それを私は「何でもないよ」とやんわりと誤魔化すと、お姉ちゃんは釈然としない様子だったがそれ以上は何も言ってこなかった。
初めてのコスプレに初めての合わせ。
私にとってもお姉ちゃんにとっても初めての事ばかりだったけど。
私達姉妹にとって今回の合わせはとても価値あるものになった。
きっとお姉ちゃんはそれを素直に認めてはくれないだろうけど。
(合わせして、よかった……!)
またいつか、コスしたいな。
その時はお姉ちゃんも、まりんさんも、そして守優さんも一緒に。
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原作に登場しないキャラクター(主人公の身内や乾家両親、アオイさん等)の登場・オリジナル設定について
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内容的に違和感がなければ登場してほしい
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登場するのはいいが必要最低限にしてほしい
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執筆者の自由にしたらいい
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原作準拠であまり出さないでほしい