キリの良いところで区切ったので、今回はちょっと短めです。
「あ゙ぁ~……涼しい……夏休み最高ぉ~」
夏の日差しと暑さに負けじと外で蝉が忙しなく鳴いている中、俺は自室で床に寝転んで夏休みを謳歌していた。
冷房の効いた室内はまさに天国。文明の利器には感謝しかない。
終業式前には夏に入り猛暑の中で登下校をしていた身としては、それが回避できる夏休みという長期休暇は本当にありがたいものだ。
そしてなにより――
「面相描きの練習も三時間以上は毎日絶対できるし、喜多川さんの衣装作りもじっくり出来るもんな~」
そう。これが本当に大きい。
学業の関係で十分に面相描きの練習が出来ないなんて日はざらにあったし、これまでの衣装作りもなんとか作業する時間を捻出して取り組んでいた。
しかし、夏休みに入ってはその忙しさから解放されて思うままに自分のやりたい事をやれる。こんなに嬉しい事はない。
学生だからこそ享受できるこの幸せを誰かと共有したくて、俺は懐からお雛様の顔を取り出す。
「……へへっ……へへへへへっ……ねっ♡」
勿論返事はない。
いつもと変わりなく、優しい眼差しで俺の事を静かに見つめている。
本当に、いつ見ても奇麗だなぁ。
(そういえば、今何時だろ?)
さっきまで面相描きの練習してたからスマホ見てないな。
たぶんそろそろ――
「なーにが『ねっ♡』だよ、まったく」
突然の親友の言葉に俺はガバリと体を起こす。
「しししししし、守優⁉」
「家出る前に連絡入れたけど既読付かないし……どうせ面相描きの練習してライム見てないんだろ?」
守優の言葉に慌ててスマホを確認すれば確かにライムで今から家に向かう旨のメッセージが送られていた。
メッセージを見ていないのも、その理由も図星だった俺は小さく「……ゴメン」と謝る事しか出来ない。
「で、でもせめてインターホンくらい押してくれれば……」
「そこは俺の予想通り連絡を見てなかった新菜への仕返しって事で」
「う……」
そう言われると先にこちらの不手際があったのは事実なので何も言えなくなる。なんだか言いくるめられた気もするけど、やっぱり守優には口で勝つのは難しそうだ。
当の本人は部屋の片隅に立てられたトルソー……正確にはそのトルソーに着せられた衣装へと視線を移していた。
「おお~、ホントに出来ている。今回は早かったなぁ」
「うん、今回は今までで一番早く完成出来たよ。すっきりしたデザインだからかな」
トルソーに着せられたのは、喜多川さんに依頼されたベロニカたゃの衣装。
雫たんやブラックリリィ・ブラックロベリアのような重厚感のあるものとは違いシンプルなデザインである事や、夏休みに入って自由に使える時間が大幅に増えた事もあり、今回は想定より遥かに短い期間で衣装を完成させる事が出来た。
「相変わらずクオリティ凄いな。触ってみてもいい?」
「うん、どうぞ」
衣装の出来栄えを褒めてくれる守優の言葉が嬉しくて思わず笑みが零れる。
そんな俺の返事を貰ってから、守優は衣装に触れてその質感などを確かめていた。
「その生地、エンボスストレッチって言うんだって」
「へぇ~、これまでの衣装とはまた質感が違うな」
「うん。雛人形には使わないから、こういう種類の生地があるって知らなかったよ」
守優と会話しながら、これまで作成してきた衣装を思い返す。
雫たんと、ブラックリリィにブラックロベリア。
作ったのはまだ四着。たったの四着だ。
それだけでも世の中にはいろんな生地やデザインがある事を知った。
「俺……コスプレ衣装作らなかったら、知らないままだっただろうな……」
ベロニカたゃの衣装を眺めながら、ポツリと呟く。
思わず口を突いて出た言葉だったそれを聞き取った守優は、どこか嬉しそうに笑みを浮かべた。
「これからもっと知っていけばいい。衣装の事も、それ以外の事も。いつかきっと、役に立つから」
『将来いい人形作りたいんなら、人形だけ見てちゃ駄目だぞ』
『色んな事やって色んなもん見とけよ。いつか必ず、身になるからな』
親友の言葉に、以前じいちゃんに言われた言葉が頭によぎる。
二人が笑顔と共に贈ってくれた言葉が、それでいいのだと背中を押してくれるようで。
「……うん!」
俺も自然と笑顔を浮かべながら、頷いて返した。
まだまだ頭師として未熟かもしれない。練習だってもっともっと必要だろう。
だけどコスプレに関わる時間は、喜多川さんと過ごす時間は失いたくない。
彼女のお陰で俺の人生は見違えるほど色づいたから。
ピンポーン
「喜多川さんかな」
「かもな。今日撮影だし」
来客を告げるインターホンの音に俺達は揃って階段を下りる。
その間もインターホンは鳴り、外からは『ごじょーく~ん!』と元気よく俺を呼ぶ喜多川さんの声が聞こえる。
予想通りの来客とその元気の良さに俺達は笑い合いながら玄関へと向かい、扉に手を掛けた。
「暑かったですよね。何か冷たいもの飲みま――……」
玄関を開けた先にいた喜多川さんの変わり果てた姿に俺は思わず固まる。
「サンキュー! 飲む飲む~。外ヤッバい! マジ汗だくだし~!」
「うわぁ‼ 真っ黒‼」
喜多川さんの言葉に返すわけでもなく、俺は反射的に声を上げた。
数日前までは真っ白な肌をしていたのに、今目の前にいる喜多川さんはそれとは真逆の褐色へと変貌している。
俺の後ろにいる守優は「すげ~、ガングロだ~」なんて感心している。なんでそんなに冷静なの……⁉
「ど、どうしたんですかその肌……‼」
「これ?」
俺の質問に喜多川さんは大粒の汗が流れる褐色の体を眺めた後に満面の笑みを浮かべた。
「ベロニカたゃの為に焼いてきたんだけど!」
「行動力‼」
思わず出てしまった大声に守優はケラケラ笑いながら手を叩いていた。なんでだよ⁉
どうも。やっと新菜の「行動力‼」が生で聞けた守優です。
新菜の生「行動力‼」に思わず拍手してしまったら凄い目で見られた。ウケる。
「めっちゃキレーに焼けてない?」
「そ……それはもう……!」
俺達のやり取りを他所に海夢ちゃんが真っ黒な腕を伸ばしてその焼け具合を見せつける。
実際は違うのだが、ネタを知らない新菜は冷や汗なのか暑さのせいなのかわからない汗を流しながら海夢ちゃんの全身を何度も見直した。
「……ぷふっ。なんてねーっ! 嘘うそ~! 本当はコレ、ファンデ塗ってんの。体にも使えるヤツ! ビビった?」
そんな新菜の反応を楽しんだところで海夢ちゃんによるネタばらし。
まんまと騙された新菜は数秒固まった後に安堵の息を吐いて胸を撫で下ろす。
「なんだ、そうだったんですね……以前お友達と海に行くと聞いていたので、本当に焼いたのかと……」
「あたし全然焼けない体質なんだよね~。ごじょー君ビックリしすぎてマジウケるっ」
悪戯が成功した子供のようにニヤニヤと笑いながら新菜の反応を振り返る海夢ちゃんに新菜は「か、揶揄わないでください……っ」と恥ずかしそうに目線を逸らす。
推しカプのやりとりを眺めて栄養を摂取していると、海夢ちゃんは「そーだ!」とおもむろにスマホを取り出す。
「海っていえば、これ見て! このかき氷めっちゃ映えてない⁉ 超~~ハデでくっそアガったんだけど‼」
「どれどれ? すご、虹色じゃん。これは確かに映えるね~」
新菜の隣に立って海夢ちゃんのスマホを覗き込むとそこには乃羽ちゃんと二人仲良く虹色のシロップがかけられたかき氷を手に笑顔でキメてる写真が映っていた。
会話の通り虹色シロップのかき氷も良いが、それ以上に満面の笑みの二人が可愛すぎて最高。
「…………映えてますね……」
「でしょ? 夏って感じ~♡」
一方新菜は頬を赤らめながら写真に写る海夢ちゃんの胸を見つめながら一言だけ返す。
確かに可愛らしさ感じの乃羽ちゃんの水着とは違い、海夢ちゃんは谷間を強調したセクシー路線の水着。目を惹かれるのは仕方ないし、女性に対する免疫のない新菜なら猶更だ。
海夢ちゃんはそれを気にしている様子もなく、海で撮った写真を披露出来て満足気な様子である。
「ごめんなんだけど、シャワー借りていーかなー? あまりに汗かきすぎてちょっと体ヤバい」
「ハイ、どうぞ使ってください」
「サンキュー、助かる~。ファンデはもっかい塗ればいっかー」
「勿体ないけど、その方がいいかもね」
汗だくのままでは冷房の効いた屋内では体を冷やすだろうし、なにより汗で衣類が張り付く不快感は俺でも分かる。
全身に塗ったとなればファンデーションの消費は無視できないだろうが、背に腹は代えられない。
「俺が喜多川さんの荷物上に持っていくから、新菜は何か着替え用意してあげてくれる?」
「わかった。喜多川さんは気にせずシャワーの方へどうぞ」
「助かる~、二人ともありがとね」
海夢ちゃんの礼を受けつつ、俺は彼女の荷物を二階へ移動させる。
『ごじょー君、覗かないのかよ~』
「‼ 覗きませんよ‼」
『あはは! ごめんごめん!』
階下で二人がイチャついている声が聞こえる。耳が幸せ。
階段を下りればそのやり取りがより鮮明に聞こえてきた。
『漫画だと絶対覗くパターンじゃん。「きゃー、ごじょー君のえっち~」的な』
「冗談やめてください……!」
『いやマジでジョーダンなんだけど!』
扉の向こうで海夢ちゃんが大笑いしながら『じゃあシャワー借りるね~!』と一言断りを入れ、その後浴室のドアが閉まりシャワーの出る音が聞こえてきた。
「……はぁ~」
そこで緊張が解けたのか、新菜がゆっくりと息を吐く。
やれやれ、毎回新菜は海夢ちゃんに翻弄されているな。まだまだ前途多難だ。
「新菜、大丈夫?」
「守優……うん、大丈夫……」
廊下に座り込みながら新菜がまだ若干赤い顔で苦笑いを浮かべる。
……そんな彼に俺はふと、悪戯心が芽生えてしまった。
「新菜」
「? なに――?」
「覗くのは止めないけど、ちゃんと責任は取らないと駄目だからな?」
「だから覗かないよ‼」
新菜は茹蛸みたいな顔で声を上げた。ウケる。
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原作に登場しないキャラクター(主人公の身内や乾家両親、アオイさん等)の登場・オリジナル設定について
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内容的に違和感がなければ登場してほしい
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登場するのはいいが必要最低限にしてほしい
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執筆者の自由にしたらいい
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原作準拠であまり出さないでほしい