その日、私はいつもと変わりない仕事をこなしていた。
世間は夏休みシーズンという事もあり、平日でありながら街中には中学生や高校生であろう少年少女の往来をよく見かける。
学生の頃は何気なく過ごしていたあの時間がどれほど貴重なのか、社会人になって嫌というほど思い知らされる。
(ま、仕事してる分アルバイトしてた頃とは比べ物にならないくらいお金が使えるようになったんだけどね)
自由な時間は減ったが、代わりに自由なお金は増えた。
先月もアニメのグッズやコス衣装に随分お金を注ぎ込んでしまったが、そこは心の安寧の為の必要経費。お金の心配は未来の自分に任せよう。
不本意ではあるが、今は労働に勤しまなければ。
(この前
友人から見せてもらった写真があまりにも素晴らしすぎて、私だけでなく涼香やミヤコさん、アキラさんまで“烈‼”のグッズを再び集めだした。
特にアキラさんはその合わせ写真を送ってくれた『まりん』というレイヤーさんにハマったらしく、彼女が他にしたコス写真やその元ネタであるゲーム等にも手を出しているらしい。
私達の中で再来した“烈‼”ブーム、そこから色々波及した事により今月も財布に寒波が来るのが予想される。
我々の財布に訪れるであろう季節外れの冬の予感に背筋が凍るのを感じていると二人組のお客様が来店した。
「……‼」
そのお客様達を見た瞬間、私・
一方はレンズの分厚い、所謂瓶底と言われる眼鏡を掛けた少年……ホントに少年? うん、たぶん少年。
Vネックの白シャツの上からグレーの半袖のジャケットを着る姿は違和感もなくむしろ整ってさえいるが、その眼鏡だけがどこかミスマッチな印象を受ける。
その隣に立つ少女は女性にしては背が高く、そして同じ女性としても羨んでしまいそうなほどスタイルが良い。
ノースリーブタイプのシャツワンピースにストールという夏らしいファッションは夏らしい清涼感を感じさせる。
「私、眼鏡屋さんって初めてです」
「心寿ちゃんは目がいいんだね。でも最近じゃオシャレで眼鏡を掛ける人もいるし、これを機に掛けてみるのもいいんじゃない?」
「そうですね……じゃあ、守優さんが選んでくれますか?」
「俺が? ふふっ、責任重大だなぁ」
身長は少女の方が高いが、会話の様子を見るに少年の方が年上のようだ。
落ち着いた物腰の年上少年とそんな少年に信頼を寄せる高身長な年下少女……推せる!
そしてなにより、このカップルから何故か感じるそうさくの波動!
(同性カップルじゃないし、見た目も全然違うけど……何故か女の子の方から颯馬君を、男の子の方から朔夜君の何かを感じる……!)
どうしてそう思うのかは分からない。
だけど私の長年の勘が囁くのだ。この二人がそうさくのコスをしたらきっと凄い事になる、と!
「あのー、すみません」
「! はい、どうされましたか?」
眼鏡の少年に声を掛けられ、慌てて意識をそちらに戻す。
いけないいけない。今は仕事中、自重しなければ。
「眼鏡の購入を考えていて、いくつか試しに掛けてみたいんですけど構いませんか?」
「はい、勿論です」
彼女さんと思われる少女への気安い口調とは違う、丁寧な言葉で尋ねてくる少年に私は笑顔で返す。
私の返答に彼は「ありがとうございます」と一言礼を言うと早速二人で眼鏡を見て回りはじめた。
今は他にお客もいないので、私はいつ呼ばれてもいいように近くで待機しつつ二人の様子を観察する。
「守優さん、これなんてどうですか?」
少女が手に取ったのはオーバル型の眼鏡。レンズが楕円形のオーソドックスなタイプの眼鏡だ。
オーソドックス故にどんなファッションやヘアスタイルでも合わせやすいのが特徴で、老若男女問わずにお勧めできる。
彼女が手に取ったのはレンズをフレーム全体が囲んでいる所謂フルリムタイプ。黒いフレームがシックな印象を与えている。
「いいね。一回掛けてみようか」
早速それを試してみようと少年が自前の眼鏡を外す。
(エッッッ……⁉)
分厚いレンズによって隠されていた顔が露わになり、それを見ていた私は思わず息を呑む。
この子、滅茶苦茶奇麗な顔してる……!
瓶底眼鏡を外したら美人だなんてお約束な顔をリアルに拝めることになるなんて……生きてて良かった!
長年の経験で培った擬態を活かして営業スマイルを維持しつつ、私は内心で悶える。
そんな私を他所に少年が商品の眼鏡を掛け……ああ! 眼鏡を掛けたら更に破壊力が!
「どうかな――」
「凄く奇麗です!」
「えっ……そ、そう……?」
女の子の方が拳を握りながら力強く返す。
男の子はその反応が意外だったのか、少し勢いに押され気味だ。
でも私は女の子の意見に激しく同意。思わず私も小さく頷いてしまった。
「当たり前だけどお試しの方には度が入ってないからよく分からないんだよね。他にも見繕ってもらえるかな?」
「はい!」
「あはは、心寿ちゃんはりきり過ぎ」
心寿ちゃん、と呼ばれた少女の意気込みに少年が小さく笑いながら瓶底眼鏡を掛け直す。
どこか人見知りのような大人しい雰囲気を纏っていた少女が彼氏の為に嬉々として眼鏡を選んでいる様子を私は温かい目で見守った。
少女は「あれも似合いそう……あ、これも……」といろんな眼鏡に目移りしている。だけどそれも仕方ないよね、あんなに美人な彼氏さんだもの。
そうして始まる、一組のカップルによる彼氏さんの眼鏡ファッションショー。
「どう?」
「似合ってます!」
ザ・眼鏡という丸型レンズのラウンド型眼鏡。
知的な印象を見る人に与えるもので、彼氏君なら文系男子って感じかな。
「これは?」
「いい感じです!」
次はボストン型。ラウンド型に似た丸型のレンズだけど、そちらと比べてレンズが逆三角形のように上が広いのが特徴。
先程よりも都会的な印象を与えていて、このまま街に出れば人目を引くのは間違いないだろう。
「じゃあこっち」
「か、可愛いです……!」
今度はフォックス型。フレームの両端が吊り上がっているのが特徴。ちなみに今私がかけているのもフォックス型だったり。
このフォックス型、フレームのラインが目尻に向かって上がるデザインだからちょっと小悪魔的なイメージを見る人に与えるんだけど、この少年が掛けるとちょっとエッチすぎない?
それからもいろんな種類の眼鏡を試しているが、少女はいずれもべた褒め。まぁ、彼氏君がどれを掛けても似合ってるっていうのもあるんだけど。
「ふふっ。心寿ちゃん、これじゃ選べないよ」
「だ、だってどれも本当に似合ってて……!」
少年の言葉に彼女さんが言葉を返す。
はしゃいでしまった事が今になって恥ずかしくなってきたのか、その頬はちょっぴり赤い。
そんな彼女さんが次に選んだのはレンズが横長で少し四角に近い形をしているのが特徴のスクエア型の眼鏡。
フルリムタイプのものだが、そのフレーム自体が細いタイプなのでフレームのないリムレス型に近いすっきりとしたデザインだ。
「これ、どうかな?」
「「……‼」」
私と彼女さんに衝撃が走る。
これだ。これまでの眼鏡も似合ってたけれど、この眼鏡が一番彼に似合っている。
彼の美貌を際立たせ、知的で優しい雰囲気を纏う眼鏡姿に彼女さんは言葉を失ったようだ。
「…………」
「……心寿ちゃん?」
これまでと違って反応のない彼女さんに少年はどこか不安そうな顔で様子を伺う。
「……そ」
「そ?」
「それにしましょう!」
先程までの様子から一変し、目を輝かせて力強く推す彼女さん。
少女の反応にまたしても彼氏さんは押され気味だが、恋人の反応が良いものだと分かり安堵したように微笑んだ。
「わかった、これにしようか」
自身の眼鏡を掛け直しながら、購入する眼鏡を即決する。
うちは大手のメーカーだからスクエア型の眼鏡でも豊富な種類があるのだが、彼氏さんはその眼鏡で決め打つようだ。それだけ彼女さんの反応の良さが嬉しかったのかもしれない。
「……」
と思っていたら、少年はふいにその眼鏡と他の眼鏡を見比べ始めた。
視線の先には同じメーカーでデザインもほぼ同じの眼鏡が並んでいる。
もしかして、ちょっとしたデザインの差や色で悩んでたり?
(分かるな~。普段から身に着けるものだから拘りたいよね)
日常的に眼鏡を使用している者だからこそ共感できる理由に私は心の中で頷いた。
私が内心で同意しているのを他所に彼氏君が手に取ったのは、同じデザインでフレームが赤色のもの。
これまで選んでいたのがブラックやシルバーなどの落ち着いた色合いだったので少々意外だ。
「ねえ、心寿ちゃん。これ掛けてみてくれない?」
「は、はい……っ」
どうやら恋人の眼鏡を選んでいたらしい。
……ちょっと待って。つまり自分が買う眼鏡と同じデザインの色違いを選んだって事?
「どう、ですか?」
「うん、良く似合ってる。よかったらそれも買おうよ、プレゼントする」
(なにそれ尊い……‼)
我慢できず私は二人に背を向けて顔を覆った。
危ない、もう少しであまりの尊さに目が焼かれるところだった。
「え、流石にお金を出させるのは……お金なら私が……っ」
「いいんだよ、俺がプレゼントしたいだけなんだし。お揃いにしたい俺の我儘に付き合わせるお詫びって事で」
「お、お揃い……! します……!」
ああ~、彼女さんの嬉しそうな声~。というか、彼氏さんちょっとあざとくない⁉
背後から聞こえる会話尊すぎる。今日仕事でよかった~!
「すみません」
「ははは、はいっ!」
いけない、若干意識がトんでた……!
慌てて向き直ると、彼氏さんが選んだ眼鏡を手にしている。
勿論、持っているのは二人でお揃いの眼鏡だ。
「こちらの眼鏡を購入させてください。こっちの方は度が入ってなくて大丈夫です」
「かしこまりました。では、視力を測るのであちらの方へどうぞ」
私が店の奥にある視力検査用の機械へと案内する。
奥では副店長が待機していたので後の対応は副店長にお任せして、私は一人で待っている彼女さんの方へ向かう。
「すぐに終わると思うので、もうしばらくお待ちください」
「は、はい……」
彼女さんはやはり人見知りの気があるのか、私が声を掛けるとちょっぴり背を丸くしながら返事をする。
そんな子が恋人の前ではあんなにも溌溂としていたのを思い出すと、恋っていいなぁなんて思っちゃう。
「……あ、あの」
「? なんでしょうか?」
恋する乙女の素晴らしさを再確認していると彼女さんの方から話しかけられる。
「えっと……この眼鏡の方だけ、先にお会計させてくれませんか……?」
少女が指差したのはお揃いの眼鏡のうちの一つ。彼氏さんが掛ける方のものだ。
どうやら今のうちにサプライズで購入してプレゼントしてあげたいらしい。
こういう事が出来るのも恋人がいればこそ。その可愛らしいサプライズに私は笑顔で頷く。
「はい、構いませんよ。彼氏さん、喜んでくれるといいですね」
「!」
私の言葉に少女は一気に顔を赤らめる。これが漫画なら「ぼんっ」と湯気が出るだろう。
そんな事を考える私に対して彼女さんは小さく「……はい」と返事をした後に続けた。
「じ、実はまだお付き合いしてないんです……」
……えっ⁉ あれで⁉
あんなに幸せそうで尊いやり取りをしていて恋人未満なの⁉
予想外の言葉に私は数秒間を開けた後に慌てて謝罪した。
「そ、そうだったんですね。大変失礼しました……!」
「い、いえ……! 大丈夫です! それに……」
「……?」
「……いつか、そうなれたらいいなって……思っているので……」
恥ずかしそうに、だけどどこか幸せに満ちた様子で呟く少女はとても煌めいて見えた。
そして改めて思う。恋って女の子をどこまでも可愛くするものなんだって。
「! す、すみません……店員さんにこんな話をしてしまって……!」
「いえいえ。とても素敵だと思います」
ハッとした様子で慌てて謝罪する少女に私は笑顔で返しつつ、レジカウンターへと案内をする。
先にプレゼントしたい眼鏡の方だけ会計を処理しているうちに検査を終えた少年と副店長が奥からやってきた。
「あれ? 心寿ちゃん、もしかしてお会計しちゃった?」
「はい、守優さんの眼鏡だけですけど」
「本当に気にしなくていいのに。後でお金渡すよ」
自分で支払うつもりだった様子の少年に少女はゆっくりと首を横に振って返した。
「いいんです。私が守優さんにプレゼントしたいので」
「……わかった。じゃあ、お言葉に甘えて。ありがとう、心寿ちゃん」
「はいっ」
ここで無理にお金を出そうとせず、女の子を立たせるのも個人的にポイント高い。
プレゼントしたいっていう気持ちを尊重出来るのは偉いと思う。少年からスパダリの波動を感じる!
そんな私を置いて副店長が残りの会計の対応を済ませ、その後少年の眼鏡も準備が出来たようで商品をお渡しする。
「ありがとうございました――どうしよう、せっかくだしこのまま掛けていこうか」
「はい、そうしましょう」
受け取った眼鏡を二人が掛け直す。
黒と赤。色合いこそ違うが、同じデザインのお揃いの眼鏡は二人の繋がりをより強く感じさせた。
「どう? 似合ってる?」
「はい、似合ってます」
「ありがとう。心寿ちゃんも似合ってるよ」
互いに褒め合い、それがおかしいのかどちらともなくクスクスと笑い合う二人。
……本当にこの子達これで付き合ってないの?
あまりの尊さと、これがまだ恋人未満という現実に脳が焼かれてしまいそうになる。
「それじゃ、失礼します。ありがとうございました」
「ありがとうございました。またお越しくださいませ」
「アリガトウゴザイマシター」
丁寧に挨拶をして店を出ていく二人を副店長と一緒に見送る。
なんとか心を無にして挨拶をする機械になってやり過ごしたが、それももう限界だ。
とりあえず、この過剰供給された尊さを涼香達に語りたい……!
「副店長、さっきのお客様達が可愛すぎてしんどいので休憩行ってきていいですか?」
「働け」
副店長の無慈悲な一言に私は泣いた。
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という訳で、今回はアニメで四方山話を披露してくれたアオイさん視点でお送りしました。
原作では未登場な上にアニメでも少ししか台詞がなくキャラが掴みにくかったので、人によっては違和感があるかもしれません。
原作に登場しないキャラクター(主人公の身内や乾家両親、アオイさん等)の登場・オリジナル設定について
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内容的に違和感がなければ登場してほしい
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登場するのはいいが必要最低限にしてほしい
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執筆者の自由にしたらいい
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原作準拠であまり出さないでほしい