「喜多川さんに五条君、それに月見里君も。夏休みだからって私服で学校に来ちゃダメよ?」
「「「すみません……」」」
海夢ちゃんの宿題を取りに行く為に学校にやってきた俺達。
無断で教室に入るわけにもいかず、事情を説明する為に職員室に伺った俺達の対応をしてくれたのは担任の花岡先生だった。
花岡先生が「仕方がないわね」と困ったように笑って対応してくれたお陰で海夢ちゃんは無事に問題集を回収する事が出来たが、その後にしっかり注意されてしまった。
素直に謝罪する俺達に花岡先生は「次からちゃんと制服で来るようにね?」と笑顔で言うと、そのまま俺達を教室から送り出す。どうやらこの機に他生徒も忘れ物がないか確認するらしい。
俺達はそんな先生に一度挨拶をして教室を後にし、今は無人の校舎を歩いている。
「怒られちゃいましたね……」
「付き合わせちゃってマジでごめん……」
「いいっていいって。それより問題集あってよかったね」
苦笑する新菜に海夢ちゃんは申し訳なさそうに眉根を下げる。
正直俺は全く気にしていないし、隣に立つ新菜も同じようで笑顔を浮かべていた。
俺達の反応を見て気が楽になったのか、「ありがと」と礼を述べた後に話題を切り替える。
「てかさー、誰もいない校舎ってめっちゃホラーじゃない?」
「足音響きますしね」
「賑やかな時しか知らないから違和感が凄い」
放課後でさえ先生や生徒の人影や話し声があった賑やかな場所なのに、今は俺達の歩く音と話し声しか聞こえない。
静寂の中で俺達から生じる音だけが反射するこの空間はどこか現実離れした感覚を覚えさせる。
「もう少し時間遅かったらリアル肝試しじゃん! 怖っ」
「喜多川さん、やめてよ~!」
喜多川さんがわざとらしく怖がり、俺がそれに便乗。冗談を言い合いケラケラと笑う。
そんな俺達のやり取りを新菜は楽しそうに笑みを深めた。
こうやって三人で過ごしていると、先程まで非日常感のある廊下が何でもないように感じられる。
「そういえば、帰りに夕飯の買い物していかないと……」
「喜多川さん、よかったら食べていきますか? 今日は守優がうちに来て料理してくれるんです」
忘れかけていた用事を思い出した俺の独り言に反応したのか、新菜が隣に立つ海夢ちゃんを食事に誘う。
その表情は笑顔のままだが、きっと心の中では――
(またあの炒飯ばかり食べてそうだから……)
なんて考えているのだろう。
そんな新菜の胸中を知る由もない海夢ちゃんは彼からの誘いを受けて声を弾ませた。
「いーの⁉ 久々~‼ 嬉し~‼ 月見里君、今日は何作んの~⁉」
「ふっふっふ、今日は夏野菜カレーです!」
「カレー⁉ めっちゃいーじゃん‼」
俺の宣言に海夢ちゃんは更にテンションを上げ、「ごじょー君! カレーだって! あたしカレーめっちゃ好き!」と新菜の袖をひっぱりながら子供のようにはしゃぐ。
新菜は海夢ちゃんのスキンシップに頬を赤らめながら「は、はい。俺もカレー好きです……っ」なんてぎこちなく返している。
推しカプの絡み、マジで尊い。今日のカレーめっちゃ張り切って作ろ。
ちなみに今日作る夏野菜カレーは野菜を素焼きにするタイプだ。
素揚げもいいけど、おじいちゃんの事も考えて脂っこいのは出来るだけ控えめに。
「あー、今から楽しみすぎてお腹減ってきたー……ん?」
今日の夕食に思いを馳せる海夢ちゃんは窓から何かを見つけた。
「ヒュ~~ッ‼ プールの授業ないから入るの初なんだけど! 近くで見ると広~っ」
その正体は夏の日差しを反射してキラキラと光るプール。
思い立ったら即行動な海夢ちゃんに連れられて俺と新菜も後に続き中へと入ったが、やはり俺達以外に誰もいない。
「水泳部じゃないのに勝手に入ったらまずいのでは……」
新菜の言う通りこのプールを使用しているのは水泳部の人間だけ。
水泳の授業がなく、この場に馴染みがない新菜はどこか落ち着きがない。
「部員以外もオッケーでしょ~。涼しそ~」
一方海夢ちゃんは全く気にしていない様子で、煌めく水面を覗き込む。
「い、いいのかな……」
どこまでも楽観的な海夢ちゃんに新菜は不安を拭えない様子で俺へと視線を向ける。
彼の不安は尤もだが、原作で誰かが来たりそれでトラブルになる描写もなかったので大丈夫だろう。
むしろ俺が注意するべきは
「まぁ、ここまで来たらちょっとくらいいいんじゃない?」
「そうそう。足付けちゃお~」
俺の言葉に調子付いた海夢ちゃんが足先をプールへと伸ばす。
この場にいるだけでも落ち着かない新菜は「それは流石に……‼」と諫めるが、やはり海夢ちゃんは止まらない。
「大丈夫。一瞬一瞬――」
「一瞬でも気を付けないと駄目だよ」
足を滑らせた直後、プールへと落ちる前に俺は海夢ちゃんの手を掴んで引き寄せる。
俺が後ろから引っ張った事でプールで溺れる最悪の事態は回避。一連の出来事に新菜は一瞬遅れたものの引っ張られてバランスを崩しそうになった海夢ちゃんを背後から優しく支えた。
「喜多川さん、大丈夫ですか……⁉」
「……っっぶな! マジヤバかった! ありがとう、月見里君。ごじょー君も」
新菜に支えられながら座り込んだ海夢ちゃんが目を丸くして数秒の時を要してやっと状況を把握する。
彼女は大きく息を吐きながら事の起こりを理解すると俺と新菜へと感謝を述べた。
「こっちこそ急に引っ張ってごめんね。手、痛めてない?」
「大丈夫。てか凄い反射神経だね、ビックリしたんだけど」
彼女を落とすまいと意気込んでいた為に思ったより力が入ってしまったが、どうやら彼女の手を痛めるような下手は打たなかったようだ。
推しの手を自分が傷付けるなんてあってはならない事だからね。
そんな俺の推しは物凄い反応速度でプールへの落下を防いでもらった事に驚いている。未だに彼女の背を支える新菜も言葉には発さないが似たような感情を抱いているのが視線から伝わる。
まぁ、実際はいつもの
「あー、うん……なんていうか……喜多川さん、やらかしそうだなって思ったから」
「ちょっと待ってそれどういう意味⁉」
俺の言葉に海夢ちゃんは「イ゙ーッ!」と歯を剝きだして唸り声を上げ、遺憾の意を露わにする。
しかし、一瞬足を付けるだけと言ったその直後にプールに落ちているのだから、物凄い早さのフラグ回収なのは間違いないはずだ。
(なんとなく分かる気がする……)
ほらそこ、新菜も目を逸らしてますよ。
あの目は俺の言葉に共感している目です。
海夢ちゃん! 後ろ後ろ!
残念ながら思いは届かず、俺は海夢ちゃんにぽこぽこと肩を叩かれるしかなかった。
勿論その連打もじゃれているようなもので全く痛くないのだけれど。
ひとしきり俺を叩いた事で満足したのか、海夢ちゃんは先程までのむくれ顔を一変させて笑みを浮かべる。
「マジで助かった、ありがとね。あたし泳げないから、もし落ちてたら本気でヤバかったかも」
「‼ 喜多川さん、泳げないんですか⁉」
海夢ちゃんの突然のカミングアウトに新菜が顔を青ざめさせながら驚愕の声をあげた。
当の本人は「うん、あたしマジで浮かないんだよね~」と自身の金槌な体質を笑っている。
「……今月頭くらいにお友達と海に行ったって言ってましたよね? 楽しめたんですか?」
「泳げないのにって?」
「ハイ……」
海=泳ぎに行くというイメージがある為か、泳げない人が海を楽しめる想像がつかないのだろう。
そんな新菜の質問に海夢ちゃんは自分なりの楽しみを新菜に語った。
「ん~、案外大丈夫ってか、海の家で食べたり喋ったり写真撮ったり、全然余裕で楽しいよ~」
「この前の虹色のかき氷とかね」
「そうそう!」
「な、なるほど……」
ベロニカコスの為に新菜の家にやってきた海夢ちゃんが見せてくれた写真を思い出しながら俺が横から会話に参加すると海夢ちゃんが笑顔で頷く。
新菜はどこか腑に落ちない様子で曖昧に返すが、よくよく考えれば彼は期末テスト明けに海夢ちゃんと海に行ったのが人生初だ。そういう楽しみ方があるというイメージがまだ想像できないのだろう。
「あたしさー、砂浜に座って波の音聴きながら海に光が反射してキラキラしてんの眺めるのがめっちゃ好きなんだよね」
プールサイドに座る海夢ちゃんが静かに揺れるプールの水面を、その水面が太陽の輝きを反射して輝く煌めきを眺めながら語る。
その瞳には彼女が好きなものを語る時に見せる輝きに似たものがあった。
「だから泳げなくても行きたくなっちゃて……ふっ、ははっ、あはははっ」
急に海夢ちゃんが笑いだす。
突然の事に俺と新菜がポカンとそれを見つめていると、彼女は笑顔のまま俺達へと向き直る。
「あははっ、泳げないくせに海好きとか言ってんのヤバいかな?」
自嘲気味に笑うその顔はどこか冗談っぽくて、だけどその奥にある好きという気持ちには嘘偽りがないのが伝わってくる。
彼女の言葉を、そしてその奥にある気持ちを受け止めた新菜もゆっくりと口元に弧を描き、そして肩を揺らして笑い始めた。
「……っ、ははっ。ははははっ」
「何なに? そんなにツボだった?」
「いえ、すみません。ヤバくないです……そうですよね。俺もそうです……」
お互いに笑顔のまま、新菜は海夢ちゃんに自分が笑った理由が彼女の言葉を乏しめる意図がない事伝えながら海夢ちゃんを見つめる。
「俺も面相描き全然上手く出来ないのに雛人形大好きです」
そう。先程の笑顔は、笑い声は、彼がまた海夢ちゃんに救われた事の表れだった。
好きである事に理由はいらない。好きを語る事に遠慮はいらない。
好きなものを、ただ好きと。その思いを誰にも遠慮する事なく抱き続けるのが重要なのだ。
「そーそー! まさにそんな感じ! てか大体皆そんなモンでしょ⁉」
「ですね」
俺の隣で笑い合う二人を見て思う。
やっぱり俺はこの二人が大好きだと。
そして見つめ合う二人を見て祈る。
この先も二人が幸せであるようにと。
「でも溺れたら危ないから、次からは本当に気を付けてね?」
「それはマジでそう!」
「あははっ」
俺の言葉に海夢ちゃんが力強く頷き、その反応に新菜がまた笑う。
そんな穏やかな時間を過ごしたところで、海夢ちゃんが立ち上がって俺達を見下ろしながら言った。
「ごじょー君、月見里君。あたし、まだ終わってないお祭り探すから、あったら一緒に行かない?」
新菜が誘われる事は分かっていたが、俺まで誘ってもらえるのは正直意外だった。
本当に大丈夫なのか俺が視線を向けると、海夢ちゃんは小さくウインクして問題ない事を教えてくれる。ウインク可愛い。
「でも宿題は……? 結構範囲ありますよ……?」
「ゔわっ、そーだった……‼」
新菜の冷静な質問に海夢ちゃんが唸りながら空を仰ぐ。
清々しい夏の空が広がっているが、きっと彼女には未だ残る宿題の山が見えている事だろう。
「え~~、じゃあめっちゃ急いでやるから! あと分かんないとこ教えてっ!」
「あはは。ハイ、いいですよ」
「どうせなら新菜の家でご飯食べた後に宿題やろうか。俺と新菜は予定より早く終わるし、海夢ちゃんの宿題も見てあげられるから」
「二人ともありがとー!」
新菜と俺の言葉を受けて海夢ちゃんが手を合わせながら礼を言う。
楽しい夏祭りの為に、今夜は三人で勉強に励む事になりそうだ。
(心寿ちゃんにも一度連絡を入れておかないと……)
二人とのお祭りも大事だが、心寿ちゃんとのお祭りも俺にとってはとても大事だ。
海夢ちゃん達と一緒にお祭りに行くのか、それとも日をずらすのか。
幸い、時期のお陰でいくらでも候補はある。心寿ちゃんには気兼ねなく楽しんでほしいし、しっかりと相談しなければ。
そこで俺はふと、未だにラブホで撮影されたリズきゅんコスの写真を見せてもらってないという今の状況と全く関係のない事を思い出す。
「そうだ、この前のリズコスの写真ないの? 良かったら見せてよ」
「「⁉」」
俺の言葉に二人は肩をビクリと跳ねさせ、頬を赤らめる。
新菜と海夢ちゃんの反応に頬がにやけるのを必死に堪えつつ、俺はそれに気付かないふりをして写真を要求。観念した二人に許可を得て写真を拝見した。
リズきゅんコスの写真は俺の想像を遥かに超えるクオリティで、特に新菜の上に乗って撮影したであろう子守り唄シーンの写真はまさに完璧。新菜の衣装と海夢ちゃんの魅力が見事に調和していた。
「この写真めっちゃいいじゃん! 俺、この写真好きだな~!」
「あ~、ね……撮り方とか色々工夫したし……ね、ごじょー君?」
「そ、そうですね……色々と……」
「……(ニチャア)」
二人がどんな風に撮影したのか知っている俺はあえてそこには触れず写真だけを褒めたのだが、自分達からわざわざそこについて触れて二人揃って真っ赤になって言葉を濁す様子に思わず心の内側で汚い笑みが零れてしまった。
お互いにチラチラと相手を見てたの、俺は見逃してないからね?
本当にわかまりは尊い。この尊さはいずれ癌にも効くね、間違いない。
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原作に登場しないキャラクター(主人公の身内や乾家両親、アオイさん等)の登場・オリジナル設定について
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内容的に違和感がなければ登場してほしい
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登場するのはいいが必要最低限にしてほしい
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執筆者の自由にしたらいい
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原作準拠であまり出さないでほしい