守優さんが射的を楽しんだ後、私達は花火の打ち上げ会場に向けて移動を再開した。
だけど、その道中に立ち並ぶ屋台に引き寄せられ、私達の移動は実にゆっくりとしている。
「まいどありー!」
「ありがとうございます。心寿ちゃん、どうぞ」
「はい」
注文したかき氷を受け取った守優さんが、私の分を手渡してくれる。
ちなみに代金は守優さんが出してくれた。私も自分の分くらいは出すつもりだったけど「これくらい奢らせてよ」と笑顔で押し切られてしまい、結局財布も出す事も出来なかった。
「またいっぱい買っちゃいましたね」
「四人で食べるんだしいけるって。会場で座って食べよーよ!」
右手に綿菓子を、左手にチョコバナナを持った五条さんが苦笑する。
まりんさんは何でもないように笑いつつ、私達より一足先に購入したブルーハワイのかき氷を一口。夏だからこそ味わえるその冷たさと甘さを堪能していた。
「それにしても、随分人が増えてきたな」
守優さんが自分用に注文したレモン味のかき氷を食べながら周囲に視線を向ける。
確かに彼の言う通り、到着したばかりの時に比べてお客さんの数がかなり増えてきているようだ。
「確かに。これ以上人増えたらヤバいし、そろそろ行こっか」
「そうですね」
このままでは会場で座るのも難しくなるかもしれないと判断したまりんさんの言葉に同意して、私達は今度こそ寄り道をする事なく会場へと向かって進みだす。
奥へと進むごとに更に人が増えていく。ここに来たばかりの時は人の往来になんの支障もなかったけれど、今は会場へと向かう流れに逆らう事すら困難な状態だ。
「あっ」
ドンッ、と背後から誰かがぶつかってきた。
この人混みだ、ぶつかってしまうのは仕方がない。
だけど、その衝撃を呼び水に私と三人の間をどんどん人が通り過ぎていく。
「心寿ちゃん⁉」
「乾さん‼」
まりんさんと五条さんが慌てた様子で私の事を呼び、そして人混みが二人を遠ざけていく。
(どうしよう……!)
この流れに逆らう事は難しい。だけど、このままでは離れ離れになってしまうだろう。
楽しい時間が一変し、私の心の内で焦りと恐怖が膨らんでいく。
心が乱れ自身が冷静でいない事を自覚しつつ、だけどどうすればいいのか分からない私はただ周囲の人々に押し流される事しか出来なかった。
(どうしよう……!)
振り返ってみても、もうまりんさん達の姿は見えない。
独りだ。それを自覚してしまった時点でもう駄目だった。
私の内側で沸き起こる不安が涙になって溢れてくる。
(守優さん――!)
心の内で、助けを求めるように名前を呼ぶ。
私の背中を押してくれた、隣に立って歩いてくれた、そして手を取って導いてくれた、大好きな人の名を。
「心寿ちゃん……ッ」
人混みから伸びた手が私の震える手を掴んで捉える。
それと同時に聞こえてきた、私を呼ぶ声。その声が聞こえた時にはもう私の内側に恐怖はなかった。
「守優さん……っ」
「ごめんね、離れちゃって……! 大丈夫だった……⁉」
守優さんが私の傍までやってきてこちらを気遣う。
人の波を抜けてきたのは相当大変だったのか、それとも私の事を心配するあまりなのか息は乱れ、額には汗が滲んでいる、
それだけ必死に私の下へやってきてくれたのが嬉しくて、現金な私は胸の内が不安など掻き消えて幸せに満たされていくのを感じた。
「……大丈夫です。守優さんが、来てくれましたから」
そう言って私が微笑むと、守優さんも安心したのかほっと息を吐いて安堵の表情を見せる。
「本当によかった。心寿ちゃんになにかあったらと思うと気が気じゃなかったよ……」
「心配かけてごめんなさい」
「心寿ちゃんは悪くないよ。とりあえず、新菜にはライムで連絡するからこのまま進もう」
「あ……」
私に否はないとフォローをしつつ、守優さんは懐からスマホを取り出そうと握っていた手を放そうとした。
片手に持っているかき氷を手放せないから仕方ないのは分かるけど、それが何故か寂しくて私は思わず守優さんの手を握り返してそれを防ぐ。
「心寿ちゃん……?」
「……」
守優さんが私の事を見つめて様子を窺ってくる。
私はそこでようやく自分の我儘で迷惑を掛けている事を自覚した。
連絡をしないとまりんさん達にも心配させてしまうのに……己の身勝手さに僅かに自己嫌悪を覚えながら、私はゆっくりと手を離す。
「心寿ちゃん、またはぐれたら危ないから今だけ腕組んでもらっていい? 新菜に連絡入れたら、もう一回繋ごう?」
「! ……はいっ」
離れた私の腕に自分のを絡ませて腕を組みながら守優さんが微笑む。
その笑顔が私の気持ちに気付いているものだと分かった私は、頬が熱くなるのを感じながら彼に甘えて守優さんの腕に抱きついた。
彼は私と組んだ片腕で手早くスマホを操作し、五条さん達にメッセージを送る。これで私と守優さんが合流出来た事が伝わったはずだ、これ以上余計な心配を掛ける事はないだろう。
『お待たせしました。間もなく花火の打ち上げを開始致します』
スピーカーから会場全体にアナウンスが行われる。
どうやらもうすぐ花火が始まるようだ。
「行こうか、心寿ちゃん」
「はいっ」
守優さんがスマホをしまい、空いた片手を私に差し出た。
私が彼の手を取り、そしてどちらからともなく手を握り合った私達は人の波に誘われて会場へと進んでいく。
先程までは恐怖すら覚えた逆らえないその流れが、今は何でもないように感じられた。
人混みに攫われそうになった心寿ちゃんをなんとか助ける事が出来たが、その代わりに新菜達とはぐれてしまった。
幸いライムでのやり取りは出来たので俺は彼らに心寿ちゃんと合流出来た事を伝え、今は無理せず花火が落ち着いて人が減ってから皆で集まる事を提案し、新菜は文章でも伝わる程心配を露わにしつつもそれを了承。ここからはわかまりの二人と俺達で別行動となった。
「…………」
先程のように離れ離れになることがないようにする為とはいえ、心寿ちゃんと手を握っているという現状に心臓が早鐘を打ち続ける。
心寿ちゃんは俺の推しの一人だし、それを抜きにしてもこんなに可愛い子と手を繋いでいるこの状況……平常心でいろという方が無理だ!
(でも心寿ちゃんはさっきまで人波に攫われて心細い思いをしていたんだ。安心出来るように俺がしっかりしないと……!)
狼狽えて心寿ちゃんに不安を与えないよう、俺は笑顔で彼女の手を引く。
それに対して心寿ちゃんは嬉しそうに目を細めながら、何の抵抗もなく誘導されるままに俺について来てくれた。
彼女のその表情にまたドキリと心臓が跳ねるのを感じつつ、俺は心寿ちゃんが周囲の人々にぶつかったりしないよう誘導していく。
そうしてようやく落ち着いて花火を観られそうなスペースへと到着した。座るのは難しいが、この際立ち止まってゆっくりと花火を観られるだけ上等だろう。
ヒュ~ッ…… ドンッ‼
轟音と共に夜空に鮮やかな大輪の花が咲いた。
打ち上げられた花火に周囲の観客が沸いている。
「花火、始まったね」
「はい」
ただそれだけ、俺達は短い言葉を交わす。
そして静かに花火を見上げた。
赤い光が、青い光が、黄色い光が、緑の光が、橙の光が、紫の光が。
鮮やかな炎の花が黒い夜空を彩っている。
「……」
花火なんて何度も見てきた。
前世でも、この世界に転生してからも。
だけど、今日見た花火はきっと俺にとって特別なものになるだろう。そんな確信があった。
「奇麗ですね」
俺の隣で心寿ちゃんが呟く。
その言葉に俺は自然と視線を頭上から移した。
繋いだ手の先を辿れば、愛らしい一人の女性が目を輝かせながら絶え間なく咲き誇る花火を見上げている。
「……そうだね」
とても、奇麗だ。
「……」
「……」
そこからは、またお互いに無言になって花火を見上げる。
周囲の人々のように歓声を上げる事もなく、ただ静かに。
「……!」
握っていた心寿ちゃんの手が動き、彼女の細い指が俺の指間へと滑り込んでくる。
予想外の事に俺が再び視線を隣に移せば、今度はしっかりと彼女の柔らかい藤色の瞳と視線が交わった。
どこか不安そうに、どこか恥ずかしそうに、そしてどこか楽しそうに視線を揺らす心寿ちゃんに俺は無言のまま
「……!」
指を絡ませて返した俺に、今度は心寿ちゃんがピクリと体を跳ねさせる。
そしてこちらに向けられた視線に俺は笑顔で返し、また空を仰いだ。
俺に続いて、心寿ちゃんもまた空を見上げて花火鑑賞を再開する。
ヒュ~ッ…… ドンッ‼
繰り返し打ち上げられて炸裂する花火の音と光が、俺の心に刻まれていく。
俺はこれから先何年経ってもこの花火を忘れる事はない。
その理由がなんなのかを理解しつつ、俺はより強く指を絡める。
それに応えるように絡んできた彼女の指に、俺はより深く恋に落ちるのを自覚した。
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原作に登場しないキャラクター(主人公の身内や乾家両親、アオイさん等)の登場・オリジナル設定について
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内容的に違和感がなければ登場してほしい
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登場するのはいいが必要最低限にしてほしい
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執筆者の自由にしたらいい
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原作準拠であまり出さないでほしい