「あー……」
「痛ぁ~~」
花火大会が終わり、人通りがまばらになったところで俺達は新菜達と連絡を取り合い彼らと合流する事にした。
指定された合流場所に向かうと石階段に座る海夢ちゃんとその様子を窺う新菜を発見。どうやら海夢ちゃんは原作通り鼻緒ズレで足を痛めてしまったようだ。
痛々しい真っ赤な擦り傷を見て新菜は心配そうに声を漏らし、海夢ちゃんが顔をしかめて痛みに耐えている。
「これは歩くの辛いね……」
「酷い鼻緒ズレ……まりんさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫……って言っても、流石にこのまま歩くのはちょっとキツいかな」
俺達の言葉に海夢ちゃんは痛みを誤魔化すように苦笑する。
彼女の言う通り、このままではとてもではないが歩くのは厳しいだろう。
「近くにコンビニがあるので絆創膏買ってきます」
「あ、ちょっと待って」
新菜が立ち上がってコンビニに向かおうとするのを制止する。
そして巾着を取り出し、その中から目当てのものを取り出して新菜へと手渡した。
「万が一の時の為にいろいろと持ってきてたんだよ。はい、絆創膏」
「月見里君準備いい~」
「ありがとう。喜多川さん、貼りますね」
「うん、ヨロっ」
万が一とは言ったが、当然これも
そんな事を考えている俺の前では新菜が海夢ちゃんの足に絆創膏を貼っていく。
二ヶ月ほど前には足の測定をするだけでも顔を真っ赤にしていたというのに……成長したのか、それとも今はそれ以上に海夢ちゃんの事を心配しているのか。
どちらにせよ、これで海夢ちゃんの傷の手当は完了だ。
「サンキュー、ごじょー君」
「いえ、俺は絆創膏を貼っただけですから。お礼なら守優に」
「うん。月見里君もありがとう」
「どういたしまして。それで、海夢ちゃんはこの後どうやって帰る?」
「「?」」
海夢ちゃんからお礼を受け取りつつ、俺は帰りについて尋ねる。
俺の質問の意図が分かりにくかったせいか、海夢ちゃんと新菜が揃って首を傾げた。息ピッタリかよ、可愛い。
「どうやって、って……勿論歩いて――」
「絆創膏貼ってるとはいえ怪我してるんだからさ……新菜におぶってもらったら?」
「いいの⁉ ごじょー君、ありがと‼」
「えぇッ⁉」
俺の疑問という名の誘導に海夢ちゃんは目を輝かせてフライング気味に新菜に礼を言う。
急な話の流れについていけなかった新菜は驚愕の声を上げるが、元来の押しの弱さや海夢ちゃんを気遣う気持ちがあるのも事実なわけで――
「高っか~~っ! いつもこんな目線とかマジ羨ましいんだけどっ!」
原作通り彼は海夢ちゃんをおぶって帰路に就く事となった。
ちなみに俺と心寿ちゃんは彼らの後ろを歩き、そのやり取りを笑顔で見守っている。
「ごじょー君、身長いくつあんの?」
「ひゃくはちじゅう、……っ‼ 喜多川さん、動くと危ないので……‼」
普段より遥かに高い目線にテンションが上がってしまった海夢ちゃんはより強く新菜に抱き着き、足をバタつかせた。
自分の背中に密着した海夢ちゃんの胸が当たっているのか、新菜は上擦った声で慌てふためきながら海夢ちゃんに落ち着くよう呼びかける。
そんな彼の反応さえ楽しむように、海夢ちゃんは「ごめんごめん」と悪びれる様子もなく、それよりも新菜の高身長に笑顔を浮かべた。
そのまま彼らは帰りの道中で「花火ラストハンパなかった~」「奇麗でしたね」と今日見た花火について語り合う。
「俺、来てよかったです」
「あたしもー……って言いたいけど、最後にこんななってぶっちゃけなんかなーって感じ」
「履き慣れないものは仕方ないですよ」
花火そのものは大満足だったが、最後の最後で鼻緒ズレというアクシデントに水を差されたように感じたのだろう。
何より今回の花火大会は新菜にとって人生初だったのだ。出来る事なら最初から最後まで一緒に楽しみたいという思いもあるのかもしれない。
「ごめんね、ごじょー君」
「いえ、そんな――」
「来年は絶対気を付けてくるから」
だからこそ彼女は来年に同じ失敗をしない事を宣言する。
来年も一緒に花火を観に行くのが当たり前であるかのように。
その言葉にきっと新菜はまた一つ救われただろう。
(よかったな、新菜)
来年は岩槻の花火大会に行こう、関東の花火大会を制覇しよう、と来年の夏に思いを馳せて語り合う二人の後姿に自然と笑みが零れる。
彼らのやりとりをただの一ファンとして間近で見られた事、そしてなにより大切な友人達が美しい青春を謳歌している事が俺は何よりも嬉しかった。
「ふふっ」
突然、俺の隣を歩く心寿ちゃんが笑う。
どうしたのかと俺が視線を横に向けると彼女は何故か俺の方を見て笑みを浮かべていた。
「どうかした、心寿ちゃん?」
「いえ。守優さんが凄く優しい顔で五条さんやまりんさんの事を見ていたので……守優さんは本当にお二人の事が大好きなんですね」
そう言って笑みを深める心寿ちゃん。
彼女の言葉に俺は少し照れ臭く感じつつも、その言葉を否定する気にはなれなかった。
「そうだね。新菜は大切な幼馴染で親友だし、海夢ちゃんも大事な友達だ。俺はあの二人が大好きだし、二人には幸せになって欲しいと思う」
私達の前を歩く五条さん達を見つめる守優さんの瞳はどこまでも優しくて、輝いていた。
きっと彼にとって五条さんやまりんさんは、私にとってのお姉ちゃんと同じような存在なのかもしれない。
私もお姉ちゃんの事が大好きだし、お姉ちゃんが幸せになってくれたら自分の事のように嬉しい。
そう、守優さんが五条さん達に向ける感情はそういうもの。恋愛的なものとは違う。
(だけど――)
「……いいなぁ」
思わず口をついて言葉が零れる。
大好きな人にそこまで想われている二人が、私にはとても羨ましかった。
別に妬む気持ちはない。私にとっても五条さんやまりんさんは大切なお友達だし、三人が仲良くしているのを今日一日のうちで何度も見てきたし、それが微笑ましいと素直に思えた。
しかし羨む気持ちがるのも事実なわけで。なんだか私は守優さんへの恋心を自覚してから少し我儘になった気がする。
「心寿ちゃん」
「! はい」
そんな自分に内心で呆れていると守優さんに呼び掛けられる。
私が意識をそちらに向けた。
「……あの、何をしてるんですか?」
何故か守優さんは私に背を向けてしゃがみ込んでいた。
「いやぁ、心寿ちゃんが新菜達を見て『いいなぁ』って言ってたから、心寿ちゃんもおんぶしてほしいのかなって思って」
背を向けたまま振り向いて守優さんが笑う。
まさか先程の呟きが聞かれていたとは思わなかった私は顔が熱くなるのを感じながら、勘違いさせてしまった事を慌てて否定する。
「ち、違うんです……! そうじゃなくて――!」
「いいからいいから。確かに俺は心寿ちゃんよりちょっと背が低いけど、これでも男なんだよ? 安心して!」
普段はあまり見せない押しの強さで「ほらほら」と手招きする守優さん。
その笑顔と有無を言わせぬ雰囲気に私は数秒躊躇ったが、ついに押し切られ私は彼の背中にその身を預けた。
「よい、しょ……っと」
「わ……っ」
私を背負った守優さんが立ち上がる。
立ち上がる際に少し揺れたものの、そこからの足取りは意外にも安定していた。
「あの、重くないですか?」
私は同い年の子達と比べて太っているからきっと重いはず。
自分で考えておきながら更に恥ずかしくなってしまった私は思わず彼の肩に顔を埋めた。
「全然大丈夫だよ。それより、どう? おんぶされた感想は……って言っても、俺は新菜みたいに身長高くないし、あんまり目線も変わらないだろうけど」
「えっと……」
正直背負ってもらう事を羨ましがっていたわけではないので、返答に困った私は言葉を濁す事しか出来ない。
だけど守優さんは私に質問しておきながら「まあいっか」と私の回答を待たずに会話を切り上げてしまった。
そのまま無言の時間がしばらく流れる。
私達の少し前では五条さんとまりんさんが楽しそうに会話に花を咲かせているのが見えて、少しだけ気まずい。
何か会話をと思うけど、何を話せばいいのか分からなくて私が口を開いたり閉じたりを繰り返していると、守優さんが小さく私にだけ聞こえるように言った。
「心寿ちゃんも同じだよ」
「……え?」
その言葉の意味を遅れて理解した私は、それが私の聞き間違いでないのか疑った。
だって、守優さんの言葉は私が欲しいものだったから。それをこんなにもあっさりと与えてもらえるなんて都合が良すぎる。
だから私は聞き返そうとして――やめた。
(守優さんの耳、赤くなってる……)
彼の耳がさっきの言葉が現実だった事を私に教えてくれた。
彼の中では私も大切な存在の一人なのだと。
それがとても嬉しくて、思わず胸の鼓動が早くなる。
「あー! 心寿ちゃんもおんぶしてもらってる!」
「「‼」」
まりんさんの言葉に私と守優さんが揃って肩を跳ね上げた。
慌てて視線を向ければ、まりんさんが五条さんに背負われたままこちらを指差して笑っている。
「……行こうか」
「はいっ」
さっきまでしていた会話を、あえて私達はそこで切る事を選んだ。
まりんさん達に追いつく為に歩調が速くなった守優さんの背中から落ちないように身を預ける。
(私も、同じです……)
私も、貴方の事が大切です。
言葉にして伝える事は出来なかったけれど。
きっとまだお互いにその先は言えないけれど。
今はこれでいいのだと、私は思う。
慌てる事はない。もうすぐ夏は終わるけど、私の恋はまだ終わらないのだから。
「お姉ちゃん、ただいま」
「夜分遅くにすみません。心寿さんをお連れしました」
21時を過ぎた頃、やっと妹が帰ってきた。
定期的に簡単なやり取りはしていたけれど、心寿が家族以外とこんな時間まで外出をするのは初めての事。姉としては心配しない道理はない。
そもそも、普通ならこんな時間までの外出を母が許可する事自体ありえなかった。
それが許されたのは今回の外出で心寿と行動を共にしていたのが月見里守優だからだろう。
先日心寿と月見里守優がデートをした日に妹を我が家まで送り届けた際に彼は母と面会を果たしたらしい(ちなみに私はその日はバイトだった)。
どうやら思いの
「お帰りなさい。花火は楽しめたかしら?」
「うん、凄く奇麗だったよ」
下駄を脱ぎながら心寿が笑顔で答える。
その表情から何事もなく花火大会を満喫できた事が窺えた。
私は妹が楽しそうに話しているのを優しい眼差しで見つめている月見里守優へと視線を向ける。
「ありがとう、月見里守優。心寿を家まで送り届けてくれて」
「いえ、こんな時間ですし、駅からここまでの道中で何かあったら大変ですから」
笑顔のままそう言う月見里守優に、私は彼に妹を任せてよかった事を再確認する。
どこの馬の骨とも分からない男子に大切な妹を預けるなんて出来るわけがないが、彼の
私や母の信頼に応えた彼が家まで送り届けてくれた妹へと、私は再び視線を移す。
「心寿、その髪はセットしてもらったの?」
「うん、まりんさんが紹介してくれたお店で着付けとセットしてもらったの。どうかな?」
楽しそうにその場でくるりと回ってみせる心寿に自然と笑みが零れる。
心寿が可愛い事なんて百も承知だが、その髪も浴衣もこの子の可愛さをしっかりと引き立てている。どうやら喜多川海夢は良い店を知っているらしい。
「ええ、素敵よ。とても似合ってるわ」
「! うんっ」
私に褒められるのがそんなに嬉しいのか、目を輝かせて心寿は嬉しそうに頷く。
その反応がまた愛らしく、そしてちょっぴり子供っぽくて私は再び小さく笑いを零した。
そして視線は自然と、月見里守優へと移る。
「月見里守優、貴方も中々似合ってるじゃない。貴方も心寿達と同じ店で着付けをしてもらったの?」
「ありがとうございます。俺は母にしてもらいました。『せっかくだからおめかししていきなさい』と言われまして……変じゃないですかね?」
照れ臭そうに笑いながら、月見里守優もゆっくりとその場で一回りして全身を私に見せる。
先日買ったのであろう心寿とのお揃いの眼鏡も、後ろで一つの纏められた髪も中々悪くない。
元来の顔立ちの良さや線の細さも相まって、どこか女性のようにも――
「……ん?」
彼の浴衣姿を見て、私は一つの違和感を覚えた。
私の反応が予想外だったのか、月見里守優と心寿が揃って私の様子を窺ってくる。
「……お姉ちゃん?」
「あの、ジュジュさん、何か……?」
「月見里守優、貴方着付けは母親にしてもらったって言ってたわよね?」
「はい、それがどうかしましたか……?」
確認の為の質問に月見里守優は要領を得ない様子ながら頷いて答える。
その反応を見るに彼はなにも知らないのだろう。そんな彼に真実を教えてよいものかと思わず躊躇う。
しかし、このまま黙っていても良い事はないと考え、私は彼に真実を伝えた。
「貴方のその帯……女性用の結び方になってるわよ」
「…………え?」
私の言葉に月見里守優が笑顔のまま固まり、そして少しずつ顔が赤く染まっていく。
今の今まで何も知らないまま女性用の着方で浴衣を身に纏っていたのだ。恥ずかしくなるのも無理はないだろう。
彼に僅かなりの同情を覚えつつ、今度は妹の様子がおかしい事に気付く。
「~~~~っ」
心寿が両手で口元を抑え、目を輝かせながら月見里守優を見つめている。
まるで何かに感動しているかのように小さく震えながら見つめ続ける、そんな彼女を私は見た事がない。
恋は盲目ということなのだろうか。それにしては何だか違和感を感じるけれど……
(…………本当にこの子に任せて大丈夫なのかしら)
彼に全く非はないと分かっているが、妹が何か新しいものに目覚めてしまいそうな気がして、私は一抹の不安を覚えた。
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原作に登場しないキャラクター(主人公の身内や乾家両親、アオイさん等)の登場・オリジナル設定について
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内容的に違和感がなければ登場してほしい
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登場するのはいいが必要最低限にしてほしい
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執筆者の自由にしたらいい
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原作準拠であまり出さないでほしい