キリの良いところまで持っていきたかったので今回はちょっと長めです。
8月31日。夏休みの最終日である。
夏祭りの後も俺や新菜、海夢ちゃんはバイトに遊び、新菜に限っては面相描きの練習など思い思いに休日を謳歌していたが、海夢ちゃんの提案により俺達は彼女の家に集まっていた。
「部屋暗くするんですか⁉ 明るい方がよく見えませんか?」
「電気消した方が雰囲気出てよさげじゃない?」
海で遊び(海夢ちゃん限定)、花火大会に行き、夏を謳歌した海夢ちゃんが「これがまだじゃん!」と提案してきたのが――
「ホラー映画観るんだし!」
肝試し、という名のホラー映画鑑賞である。
「喜多川さん、怖い映画好きなんですか?」
「好きってかこの映画の3が秋にやるんだけどー、3まで続くほど人気なら「そんなに⁉」って気になるじゃん?」
「確かにこのシリーズ、結構有名だよね」
『怨電』シリーズはこちらの世界におけるジャパニーズホラーの代名詞の一つだ。
元はホラー小説だが、それが映画化した事で大ブレイクした事で海夢ちゃんの言う通り3作目が上映されるまでの人気を得ている。
「月見里君もこの映画知ってるの?」
「知ってるだけだけどね。観た事はないよ」
「そっかー。てか、こうやって家でまったり映画観るのもよくない?」
「わかる。映画館は映画館で迫力あっていいけど、こんな風にリラックスして観るのもありだよね」
「それそれ!」
俺と海夢ちゃんで笑いながら、ポテトチップスの袋を開いたり、紙コップにコーラを注いだりして映画鑑賞の準備を進める。
二人で笑い合う中、その間に挟まれる形で座る新菜は緊張で体を強張らせ、顔はどこか青褪めていた。
「俺、普段ホラーって観ないんですけど……どれくらい怖いんでしょう……」
「『怨電』シリーズは結構怖いらしいぞ~?」
「そ、そうなの……? 大丈夫かな……」
俺が軽くからかうと新菜が胸を抑えながら息を吐く。
そんな新菜の様子を見て、海夢ちゃんは笑顔で笑い飛ばした。
「あはははっ、映画だしゆーてもそんなにでしょ~⁉ 大丈夫大丈夫~!」
人はそれをフラグという。
『あれ……? 留守電入ってる……』
「…………」
大笑いから約10分、海夢ちゃんの顔は死んでいた。
「…………」
ちなみに俺の顔もたぶん死んでいる。
『キャアアアアアァァッ』
「「‼」」
思わず体がビクリと跳ねる。
反対側に座る海夢ちゃんもビックリしていたのが視界の端に映った。
(てか、予想してたより滅茶苦茶怖いんだけどこれ……‼)
正直に言うと俺はあまりホラーが得意ではない。
前世も含めてホラー映画を見た回数など片手で足りる程度だし、それも誰かに誘われたからであって自分から進んで見た事など一度もないくらいだ。
『着せ恋』ファンとして推し達と一緒に観られるならと思って参加したが、やはり怖いものは怖い。
そんな俺は怨霊に襲われた女性が悲鳴を上げながら暗闇に引きずり込まれるシーンに恐怖を覚えながら、微動だにしない親友に向けてチラリと視線を移した。
(滅茶苦茶落ち着いてる……‼)
新菜はただ黙々と映画を眺めていた。
表情がないが、その瞳には真剣そのもの。おそらく原作同様メイクや衣装に意識が向いているのだろうが、やはり彼はホラーに対してかなり耐性があるようだ(ホラー内でも『棺』のように駄目なジャンルはあるのだろうが)。
親友が想像以上にホラーに強い事を確認しつつ、俺は再び映像へと向き直り映画鑑賞を再開する事にした。
少し気を落ち着かせようと紙コップに手を取り、コーラを一口。
『イヤアァ……‼」
「ブフ……ッ‼」
不意打ち気味にやってきたホラーシーンにビックリしてちょっと噎せた。ちくしょう。
『♪~~~~』
映像と共にスタッフクレジットが流れる。
やっと映画が終わった事を理解し、私はこっそり息を吐いた。
「最後圧巻でしたねー。全然予想つきませんでした! 面白かったです!」
電気を消して暗い空間の中、テレビの明かりに反射するようにごじょー君が目を輝かせる。
一方、ごじょー君を挟んだ反対側に座る月見里君はレンズの奥でじとりとした目を彼に向けていた。
「本当に面白いって思ってたか? お前眉一つ動かしてなかったじゃん」
「お、思ってたよ……! 鑑賞に集中してただけで……!」
確かに私や月見里君は映画の進展にリアクションを取っていたが、ごじょー君は微動だにせずにいたような気がする。
どうやら映画に没入していただけでつまらなかったわけではなさそうだ。
それに関しては一安心だが、鑑賞前は不安そうにしていたごじょー君が平気そうにしているのに対して、最初に余裕ぶって大笑いしていた自分が映画にビビっていたというのは少し情けない感じがする。
「んー……まあまあ? たいして怖くなかったなー……」
スタッフクレジットにすら直視できず、視線を逸らして無意味に虚勢を張るのは我ながらダサい気がする。
「マジで⁉ 喜多川さん凄いね、俺めっちゃビビってたよ~」
「ま、まあね……」
私の強がりに気付いていないのか、月見里君は苦笑しながらそう言ってコーラを呷る。
月見里君の言葉に私はよく分からない強がりを重ねながら、彼に続いて自分のコップを手に取った。
上映中に一切手を付けずにいたコーラはすっかり炭酸が抜けてしまっており、それがなんだか自身の気力を物語っているように感じる。
「もう一度見たい箇所があるんですが、巻き戻して見てもいいですか?」
「なんで⁉」
私達のやり取りを他所に目を輝かせたままリモコンを手にするごじょー君に思わず叫ぶ。
「衣装の作り込みと特殊メイクが参考になりそうで……‼」
「新菜、それホラー映画としての楽しみ方からズレてるからな?」
リモコンを操作して映画を巻き戻すごじょー君の隣で月見里君がツッコミを入れる。
だがその様子は映画観賞中とは打って変わり、先程は私と同じようにビックリしていたシーンを見ても全く堪えた様子がない。
「や、月見里君は平気なわけ……?」
「俺? うん、もう一回見ちゃったシーンだし、展開が分かってるからそこまでかなー」
「ふ、ふ~ん? そうなんだ……いやっ、あたしも平気だけどね……!」
「「?」」
自分だけが同じシーンで何度も怖がっているのがなんだか恥ずかしくて虚勢を張ってしまう。
それに対してごじょー君も月見里君も小さく首を傾げながら、映画を見直し始めた。
「この布を古く見せるのどうやったんでしょう……! この目はコンタクトですかね⁉」
「……っ、CGじゃない……?」
「最近は技術が凄いよなぁ、マジで雰囲気出てる」
テレビ画面にアップで映るお化けと視線が合ってしまうような気がして、思わず目を細めた。
あたしが恐怖を押し殺してなんとか一緒に映像を見返す横でごじょー君はキラキラと瞳を輝かせているし、月見里君は落ち着いて現代の技術に感心しながらポテチを食べる。
そのままごじょー君は気になるシーンを見返しては「参考になるな~」とお化けの作り込みに感心するように呟き、そして別のシーンを見返すのを繰り返していた。
お化けの衣装やメイクに興味を示していたから当然かもしれないが、そのどれもが鑑賞中にビビってしまったシーンな事もあり、それを見せつけられる事でメンタルが容赦なく削られる。
ごじょー君が楽しそうにしているのは嬉しいが、早く終わって欲しい事を心の内で祈っているとごじょー君は何かを見つけのか「あっ」と声を漏らす。
「2もありますよ! 続けてみましょう!」
「‼」
楽しそうに再生ボタンを押す彼の言葉に思わず固まる。
(1と2の一気見とか流石にヤバいって……! でもごじょー君めっちゃ楽しそうだし……‼)
恐怖の時間が延長される事に内心絶望しつつ、しかし好きぴの輝く笑顔を見るとそれを邪魔するのは憚られそれを止める事が出来ずにいた。
どうしたらいいのか分からず、あたしは初見でのビビり仲間である月見里君へと視線を向ける。
「それはさぁ……違うじゃん……‼」
月見里君は泣きそうなしわくちゃ顔で絞り出すように呟いていた。
あたしにはハッキリと聞こえたその言葉は、悲しい事にあたし達の間に座るごじょー君には届く事なく暗闇へと消える。
数分後、男女二名の小さい悲鳴がまた上がった。
『――――って事があってさぁ』
「ふふっ、五条さんらしいですね」
夏休み最終日の夜。
明日から始まる学校の準備も終え、後は寝るだけとなったところで私は守優さんと電話をしていた。
彼はどうやら昼間にまりんさんや五条さんと一緒に映画鑑賞をしていたらしく、そこで五条さんが内容よりも衣装やメイクに関心を寄せていた話を聞いて思わず笑ってしまう。
『ホントに。いろんな事に関心を持つのはいいけど、結局それが最後には全部人形や衣装制作に行きついちゃうのは流石に笑っちゃうよ』
「うふふ。そういえば、今日観たのって『怨電』の1と2なんですよね?」
呆れるように、そして楽しそうに五条さんについて語る守優さんの声はどこまでも優しい。
言葉ではそう言いながらもそれが親友の魅力なのだと教えているような声色に私は笑みを零しつつ、私は彼らが今日観た映画へと話題を変える。
『そうだよ。今度3が上映されるからって事でね』
「確かもうすぐでしたよね。私、あのシリーズが大好きなんです!」
ゾンビやモンスターが登場しスプラッタな描写が多い海外ホラーものも好きだが、それとは全く雰囲気の異なる恐怖を演出するジャパニーズホラーも大好きな私はそういう作品もよく手にする。
その中でも今回話題に挙がっている『怨電』シリーズはお気に入りの一つだ。今度上映する3も絶対に観に行こうと心に決めている。
『心寿ちゃんはホラー好きなんだね。そういえば、3の上映日っていつなんだろう?』
「確か来月の下旬だったような……あ、21日に上映開始ですね」
スマホをスピーカーモードにして画面を操作し、公式サイトを確認する。
雰囲気たっぷりのサイトで上映日の告知がされているのを見て気持ちが昂るのを感じていると、電話の向こうで守優さんが何でもないようなトーンで言った。
『へ~、俺の誕生日と一緒なんだ~』
……?
今、守優さんはなんて言ったんだろう?
誕生日? 誰の? 守優さん、の……?
「ええっ⁉」
『うわビックリした』
思わず大きな声が出てしまい、通話の向こう側では守優さんが驚いている。
しかし、今の私にはそれよりも大事な事があった。
「し、守優さんの誕生日って9月21日なんですか……⁉」
『そうだよ。言ってなかったっけ?』
「聞いてないです……‼」
大好きな人の誕生日すら知らなかった事に対する恥ずかしさ、そしてそれを今知れた事の嬉しさに顔が熱くなる。
そっか、守優さんの誕生日って来月なんだ……
「じゃあ、私の誕生日と近いんですね」
『ちょっと待って心寿ちゃんの誕生日とか初耳なんだけど⁉』
今度は守優さんが驚愕の声を上げる。
「わ、私言ってませんでしたか……? 私の誕生日、9月29日なんですけど……」
『聞いてないよ…! うわ、今聞けて良かった。なんにもお祝い出来なくなるところだった……!』
守優さんが狼狽え、そして安堵しているのが分かった。
その様子だけで彼が私の誕生日を本気で祝おうとしてくれているのが分かり、悪い事だと思いつつも嬉しいという気持ちが抑えられず、頬が緩んでしまう。
同時に、私もまた彼の誕生日を祝いたいという思いで胸がいっぱいになった。
『心寿ちゃん!』
「は、はいっ」
思いを馳せていると通話口に守優さんが大きな声で呼びかけてくる。
『心寿ちゃんの誕生日、確か土曜日だよね? その日、良かったらデートに行かない? 心寿ちゃんの誕生日、お祝いさせてください!』
彼からのデートのお誘い。それも、私の誕生日を祝う為のデート。
大好きな人からのそんな誘いに対して私が返せる言葉は一つしかなかった。
「……はい! お願いします!」
嬉しさが隠せず、言葉が弾む。
だけど、大事な事を忘れてはいけない。私はそのまま続けた。
「私も、守優さんの誕生日のお祝いがしたいです。だから、デートの日は私からも何かさせてください」
『……うん!』
守優さんが嬉しそうな声で私のお願いを受けてくれる。
こうして私達は次回のデートの約束を取り付けた。
「……ふふっ」
『……あはは』
数秒の間を置いてお互いに冷静になった事で、それまでのやり取りと怒涛の展開でデートの約束が成された事に思わず二人で笑う。
先程までの慌ただしい会話も、こうして穏やかに笑い合うのも、私にとってはかけがえのないものに感じられた。
しかし、残念ながら時間は有限。そろそろ就寝の時間だ。
『いい時間になったし、今日はこの辺にしようか』
「はい……」
守優さんの方から会話の切り上げが提案される。
そのタイミングの良さもまるで以心伝心しているような気がして、私は少し嬉しくなった。
『心寿ちゃん』
「はい」
『……デート、楽しもうね』
「はい」
何かを言おうとして、だけどそれを飲み込んで別の言葉に置き換えられたような守優さんの言葉に、私はあえて触れずに短く返す。
「守優さん」
『なに?』
「……おやすみなさい」
『……うん。おやすみ』
私も伝えたい言葉を飲み込んで、眠る前の挨拶をする。
守優さんもきっとそれに気付いて、だけど挨拶だけを返す。
そうして通話を切り、部屋の灯りを消せば部屋が暗闇い包まれる。
「……ふふっ」
夏休み明けの学校は少し憂鬱だけれど、今の私は明日が待ち遠しくて仕方がない。
明日だけじゃない。明後日が、一週間後が、二週間後が……私の誕生日が待ち遠しい。
(おやすみなさい、守優さん)
今年の誕生日は私の人生で一番素敵な日になるだろう。そんな確信を抱きながら私は胸の内でもう一度想い人に声を掛け、ゆっくりと眠りに落ちた。
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原作に登場しないキャラクター(主人公の身内や乾家両親、アオイさん等)の登場・オリジナル設定について
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内容的に違和感がなければ登場してほしい
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登場するのはいいが必要最低限にしてほしい
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執筆者の自由にしたらいい
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原作準拠であまり出さないでほしい