その転生者は見届ける   作:街中@鈍感力

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第64話『その女装レイヤーは講義をする』

イベントに来たのはただの気まぐれだった。

丁度休みだったし、特に用事もなかったのでコスイベに参加していろんなレイヤーさんの写真を撮影させてもらって栄養補給をする(・・・・・・・)

そんなつもりで参加したイベントは私に多大な栄養を供給してくれていた。

 

「ありがとうございました~」

 

「こちらこそ、ありがとうございました!」

 

「あ、ありがとうございましたっ」

 

『ダブルクラッチ』の主要キャラのコスプレをして参加していた二人組の写真を撮影させてもらい、仕上がりを互いに確認してからお礼を言ってその場を離れる。

 

(さっきの二人……エッチだったな~♡)

 

一人はコスプレやイベントの参加に慣れている様子だったが、もう一人は今回が初参加という事でどこか緊張した様子だった。

二人のコスプレが原作でも先輩後輩としての絡みが多いキャラクターだったという事もあり、そのやり取りの尊さが実に素晴らしかった。ご馳走様です。

 

(みやちゃん達も来られたらよかったのに、残念だなぁ)

 

今回のイベント参加はただの思い付きだったので友人達への呼び掛けも直近になってしまった。

社会人である我々は土日が確実に休日であるという保証はないし、それぞれの都合もある。

こればかりは仕方ない、せめて今度会う時に今日の楽しさを共有できるよう沢山写真を撮って帰ろうと決意を新たに会場を進んで行く。

 

(あれ、あの子……)

 

そこで私は一人の少女に目が留まった。

数ヶ月前に参加したイベントで出会った、“ヌル女2”の黒江雫ちゃんのコスプレをしていた――

 

「まりんちゃん?」

 

「ん? ……あ~、涼香さんっ!」

 

私の声に気付いたのか、イベント参加者が自由に掲示できるコスプレ写真のボードを眺めていた少女がこちらへと視線を向ける。

そして私が誰か理解した途端に笑顔の花を咲かせ、こちらへと駆け寄ってきた。

 

「また会えて嬉しい~!」

 

「あたしもです! 前撮ってもらった写真のデータ、ありがとうございました! 最の高でした!」

 

「本当⁉ よかった~」

 

互いに手を取り合い再会を喜び合う。

まりんちゃんは私の手を握って嬉しそうにぶんぶんと腕を振り喜びを露わにする。

その気持ちのいい溌溂さと無邪気さは日々社会の荒波に揉まれる私にパワーをくれている気がした。

 

「まりんちゃんは待ち合わせ?」

 

「さっきお友達になったレイヤーさんの衣装直すの待ってるんです」

 

「そうなんだ、大変だね……」

 

そうして再会の喜びを分かち合ったところで、まりんちゃんが一人でいる理由を尋ねると悲しいアクシデントがあった事を知らされた。

イベント参加中に衣装が破れたり、小物が取れたりというハプニングは少なくない。

 

「すぐに直せるって言ってたんで大丈夫です!」

 

「そっか……ねえまりんちゃん、全身見せてもらっていいかな?」

 

「勿論です!」

 

心配する私にまりんちゃんは笑顔で返す。

その言葉に厚い信頼を寄せているのが伝わってきたので、私は彼女の言葉を信じて心配を一旦脇に置き、コスプレをじっくりと堪能させてもらう事にした。

 

「まりんちゃん、今日も本当に可愛い~♡ 寿命が延びる~♡」

 

「エヘヘッ、ありがとうございま~す」

 

「参加費払うだけでこんなに可愛いコスが見れるなんて実質無料~♡」

 

満面の笑みを浮かべながらその場でくるりと一回転して後姿まで披露してくれるまりんちゃん。

バラ柄の黒い着物はシックさと艶やかさを感じさせ、制服に合わせられた純白のエプロンは背後に大きなリボンとなって結ばれて可愛さを強調している。そして袴にヒールの高いブーツも実にお洒落だ。

 

「雫ちゃんの文化祭の衣装、凄く可愛いね~♡」

 

「なんでこれが雫たんの文化祭の恥辱喫茶の衣装って分かったんですか?」

 

「実はまりんちゃんきっかけで私も“ヌル女”やったんだ」

 

「えぇ~っ‼ めっちゃ嬉しいやつなんですけどっ‼」

 

大躾祭(たいいくさい)も感動だった~」

 

まりんちゃんの雫ちゃんコスをきっかけでやった“ヌル女”は確かにエッチな要素盛りだくさんだったけど感動できるシーンもあって、アニメ化も納得の神ゲーだった。

そういえば、まりんちゃんを推し始めたあきちゃんも“ヌル女”をやり始めたんだっけ。

あきちゃんにまりんちゃんの写真送ってあげたら喜ぶかな。後で撮影させてもらえないか聞いてみよう。

 

「それにしても、ゲームした後だとまりんちゃんのコスの再現度の高さが改めて分かって――ハッ!」

 

初めて出会った時の衣装や先日写真で見せてもらったブラックロベリアのコスプレもそうだが、頭から足先まで細部まで拘りぬかれたそのコスプレ衣装はもはや芸術品の域だ。

衣装のクオリティと再現度の高さを再確認していると、私の脳裏に一つの懸念がよぎる。

 

(そういえば雫ちゃんって文化祭の時ずっとパンツ履いてなくて太股にメニュー書いてたっけ……!)

 

前回のコスイベでも見えないところまで再現していたくらいだ。

まさかパンツまで再現しているのでは、と私は心配と恥ずかしさを覚えながら念の為に確認する。

 

「まっ、まりんちゃん……もしかして、袴の下って……」

 

「コスイベなんで短パン履いてます! メニューはちゃんと書いてますよ!」

 

私の質問でまりんちゃんが笑顔で答える。

よかった、ちゃんとイベント参加者として対策を――

 

「見ますか?」

 

笑顔のままスカートの裾を掴んで持ち上げようとする海夢ちゃんに周囲の参加者がギョッとした様子で視線を向ける。

下に短パンを履いているのは聞いたけど、流石にそれは……!

 

「見せなくてよろしい」

 

「あでッ」

 

突然、まりんちゃんの背後から彼女の頭にチョップが振り下ろされた。

その衝撃にまりんちゃんは裾を掴んでいた手を放して頭を抑える。

 

「公衆の面前で何やってるんだよ」

 

「や、月見里君……大丈夫だって、ちゃんと短パン履いてるし……」

 

「短パン履いてても人前でスカート捲るとかありえないから。後でお説教な?

 

「ヒェッ……」

 

背後から現れた人物にまりんちゃんが言い訳するが、正論で反撃されこの後にお説教が待っている事が確定された。

それにまりんちゃんが悲鳴の声を漏らすが、私はそんな二人のやり取りをただ黙って見守る事しか出来ない。

何故なら、私はその人物の登場に衝撃を受けていたから。

 

「驚かせてしまってすみませんでした。それから、ツツキッターではご挨拶させてもらいましたが、改めまして……秋月みさとです、よろしくお願いします」

 

初めて会った時は瓶底眼鏡で隠れていたその魅力は、オシャレな眼鏡に変わった事で何倍にも増幅されて放たれていた。

丁寧にお辞儀をしてから微笑む彼のその大人びた対応と先程までのまりんちゃんとの子供らしい気安いやり取り。どうしよう、この子のギャップがエッチすぎて風邪ひきそう。

とりあえず、何か言葉を返さないと……!

 

「あの……」

 

「?」

 

私の言葉を待つみさと君が可愛らしく小首を傾げる。

そういえば、みさと君ってこの前まりんちゃんがブラックロベリアのコスプレしてた時に朔夜君コスしてたっけ……*1

 

 

朔夜君コス、凄くエッチでした

 

「「涼香さん?」」

 

 

しまった、つい本音が。

 

 

 

 

―――――☆―――――

 

 

 

 

あまね君のスカートの補修はつつがなく行われた。

……まぁ、新菜があまね君のポーチの中に液体のりが入っているのにビックリして悶々とはしていたけど。

ともかく無事にスカートが直ったので外に待機していた海夢ちゃんを呼びに言ったんだけど、まさかタイミングよく涼香さんとエンカウントしてしまった。

またしても涼香さんの本性を垣間見てしまったが、その後は何事もなく海夢ちゃんの撮影をしたり雑談をしてお別れした。

 

「僕、イベントに参加するのは今日が初めてで準備不足でした……本当にありがとうございました」

 

涼香さんと別れた後、交流スペースで合流したところであまね君が改まって礼を言う。

 

「いえ、あれくらいお安い御用です」

 

「てか、うちら年下なんで敬語じゃなくていーですよ!」

 

新菜が笑顔でお礼を受け取り、まりんちゃんが後に続く。

あまね君はそんな二人の様子を窺った後、隣に座る俺へと視線を向けてきたので、俺も同じ考えだと分かるよう頷いて返す。

 

「じゃあ……ありがとう」

 

俺の反応で安心したのか、あまね君が柔らかく微笑む。

その笑顔に海夢ちゃんが「はぅ……」と小さく声を漏らしながらときめいていた。

そんな海夢ちゃんの隣で、新菜が控えめに手を挙げる。

 

「あの、姫野さん……」

 

「ん?」

 

「姫野さん、女装されてるじゃないですか?」

 

「……っ」

 

新菜の問いに、あまね君の身体が強張るのが分かった。

なんとか笑顔を浮かべているが、その表情も硬くぎこちない。

過去のトラウマが反射的に身構えさせているのだろう。

だが俺は原作知識を、なにより五条新菜という人間の善性を知っている。

 

「……うん。そうだけど……何か……」

 

「気を付けている部分とかあるんですか?」

 

「……え?」

 

目を輝かせる新菜の質問にあまね君の身体から緊張が抜ける。

 

「俺、男装メイクは経験あるんですが女装はまだなので興味があって……! 女装メイクって特別な手順とかあるんですか⁉ 是非お話を聞かせてください!」

 

「あたしも知りたい知りたい!」

 

その言葉や態度には純粋な好奇心しか感じられない。

あまね君が過去に向けられたであろう嫌悪や奇異の感情がない事を彼も理解したのか、新菜とそれに続く海夢ちゃんの様子にほっと小さく息を吐いた。

 

「僕でよければ……」

 

「「ありがとうございます!」」

 

「二人とも息ピッタリじゃん。あ、俺も知りたいので教えてもらいたいです!」

 

仲良く同時に礼を言う推しカプの反応に尊さを覚えながら、俺も隣で挙手して教授を願う。

あまね君は笑顔で頷いた後、「気を付けてる事かぁ……うーん……」と数秒考えた後に一つ目のテクニックを教えてくれた。

 

「目元かな。例えば、こういうアイライナーを使って涙袋を描いて目が大きく見えるようにメイクしてるよ」

 

そう言ってあまね君は自身の荷物からポーチを取り出すと、一本のアイライナーを見せてくれた。

 

「分かる~! 目元超盛れますよね!」

 

「全然違うよね」

 

女の子らしく化粧の知識がある海夢ちゃんが強く共感し、その反応にあまね君が楽しそうに笑う。

一見すると可愛らしい女子同士の会話。その一人が男だなんて誰が信じられるだろうか。

 

「涙袋って、目の下の膨らみですよね」

 

「うん。僕はうっすらとしかないから、薄く影を描いてるんだよ。潤んだ瞳に見えるし、可愛さも倍増するかなって」

 

「へぇ~、あまねさんのってメイクで描いてたんですね。全然気付きませんでした」

 

隣に座っているので新菜達よりも近い距離で見る事が出来るので、そのご尊顔を間近で観察させてもらう。

うーん、可愛い。可愛いという事しか分からない。

 

 

「ありがとう……そうだ、みさと君もしてみる? 僕が描いてあげようか?」

 

なんですって?

 

 

思わず新菜の口癖(?)がうつってしまった。

まじまじとあまね君の顔を見つめていると、彼からまさかの提案をされてしまい、原作にはなかった流れに俺は思わず面食らってしまう。

 

「あ、もし嫌なら無理しなくても――」

 

「いえ、よろしくお願いします」

 

予想外の展開に戸惑いはしたが、それも一瞬。俺は一も二もなく頷いた。

だって推しの一人にメイクしてもらえるとかご褒美でしかなくない?

なにより、あまね君が楽しいと感じているものを少しでも共有してみたい。

 

「……うん。じゃあ、じっとしててね」

 

自分から提案したにも関わらず、あまね君は俺の反応が意外だったようで少し驚いた様子だった。

しかし、すぐに嬉しそうに微笑むと俺の顔にメイクを施していく。

 

(何事も経験だし、俺の顔とあまね君の腕なら間違いなく成功するでしょ!)

 

むしろこれを機にメイクをちょっと覚えるのもありかもしれない。

そんな事を考えながら、俺はあまね君の顔を見つめる。

彼の表情は真剣で、そして楽しそうに輝いていた。

 

 

 

 

.

*1
守優の許可を得た海夢が一部の写真を涼香に共有していた。

原作に登場しないキャラクター(主人公の身内や乾家両親、アオイさん等)の登場・オリジナル設定について

  • 内容的に違和感がなければ登場してほしい
  • 登場するのはいいが必要最低限にしてほしい
  • 執筆者の自由にしたらいい
  • 原作準拠であまり出さないでほしい
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