俺の顔を使って行われた、あまね君による女装メイクの講義。
最初は涙袋の描き方だけだったのだが、どうやらスイッチが入ったようでアイシャドウやアイランの描き方、チークやリップの選び方や塗り方を彼なりの経験を持って教えてくれた。
「なるほど、参考になります……!」
「わぁ~……」
実践形式で行われる講義に新菜は真剣な表情で聞き入り、隣に座る海夢ちゃんは目をキラキラと輝かせて俺の事を見つめている。
「僕が気を付けてるのはこの位かな。みさと君、お疲れ様」
俺の唇にリップを塗り終えたところで講義は終了。
あまね君が笑顔で俺に労いの言葉をかけてくれたので、俺も小さく頭を下げて礼を返す。
「ありがとうございました。鏡見てもいいですか?」
「勿論。はい、どうぞ」
あまね君が差し出してくれた折り畳み式の鏡を開いて自分の顔を見る。
「これが……私……⁉」
「少女漫画とかでよくあるやつだ」
俺のベタな台詞にあまね君がツッコむ。
確かに台詞は狙ったが、しかしここまで変わるというのは正直驚きだった。
「みさと君は肌が綺麗だしイケメンだからこっちもテンション上がっちゃった。ごめんね?」
「いえいえ、むしろありがとうございます。凄く貴重な経験が出来ました」
興が乗りすぎてしまった事に苦笑しながら詫びるあまね君に俺は気にする必要はない事を伝える。
てか、公式美青年なあまね君にイケメンって言ってもらえると嬉しいー! 承認欲求が満たされるー!
「あまねさん涙袋描くのめっちゃ上手ですね! あたしも普段のメイクでやってるんですけど、毎回めっちゃ失敗するんですよね~!」
「僕も最初は失敗してたな~。こればっかりは数をこなすしかないよね」
「やっぱり練習は大事ですよね!」
自分の不器用さを笑いながら語る海夢ちゃんにあまね君が自分でメイクをする難しさに共感する。
そんな二人の会話を聞いていた新菜は面相描きに通じるものを感じたのか、うんうんと頷きながら練習の大切さを再確認していた。
「そういえば姫野さんはピンク系で化粧を統一してますよね。あえてですか?」
「うん。昴ちゃんのメンカラがピンクだからアイドルっぽくなるようにしたくて」
「なるほどー」
新菜の質問にあまね君は公式サイトにある昴の紹介映像を見せながら答える。
キャラクターのイメージに合う色を選ぶ大切さは新菜も雫たんの衣装作りで学んでいるので素直に納得する様子を見せた。
「あまねさん、シャドーもピンクですもんね。おにかわ~♡」
「あははっ、ありがとう。これは薬局でも買えるやつだよ」
「あたしイロチで持ってるやつだ!」
新菜の隣でまじまじとあまね君と俺の顔を見つめてメイクを観察する海夢ちゃんにあまね君がポーチからアイシャドウを取り出す。
それが色違いとはいえ同じメーカーのものだと分かって喜ぶ海夢ちゃんを微笑んで眺めつつ、ポーチから新たに化粧品を取り出した。
「あと大事なのが、これかな。オレンジのコンシーラー!」
「クマ隠し用ですか? 確かオレンジだと青いクマを隠しやすいんでしたっけ?」
「そういえば前に買った本に書いてあったような……」
以前ブラックリリィの衣装の生地を買いに行った際についでに購入したコスプレメイク用の本に書いてあったのを思い出す。
というか、あの本は俺が買ったやつで新菜が目を通したのなんて数える程度なのによく覚えているなぁ。流石新菜だ。
「うん。けど僕の場合は――ヒゲの剃り跡隠し‼」
「「「!」」」
あまね君の言葉に俺達三人が揃ってはっとした顔になる。
「そーだ……! あまねさん女装だった……! 可愛すぎて忘れてたから一瞬パニくった……!」
「ははははっ! 男っ、男っ!」
その可愛さから彼が男性であるという事を忘れていた海夢ちゃんが慌てるのを見てあまね君が豪快に笑う。その笑い声は愛嬌がありつつも確かに男性らしさがある。
俺はあまね君が女装である事を忘れていたわけではないが、彼が成人していてヒゲが生えるという事が完全に頭から抜け落ちていた。
「みさと君には必要なかったし、僕もそこまでヒゲが濃いわけじゃないけど絶対目立たせたくなくて……眉の剃り跡も消せるし便利だよ」
ちなみにオレンジのコンシーラーはヒゲや眉の剃り跡隠し以外にも新菜が言っていた青クマ、更にはシミやニキビ跡を隠すのにも使えるぞ!
それにしても濃くないヒゲの剃り跡まで徹底的に対策するそのリスペクトの姿勢は本当に頭が下がる。
「そうなんですね……! 俺も買おう……! 喜多川さん、眉を全部剃る時あるので……」
「まりんちゃん全剃りするんだ。豪快だな~」
あまね君の言葉には眉毛を全剃りする海夢ちゃんだけでなく、それを当然のように受け入れている新菜に対しても驚嘆しているようにも思えた。
そうしてオレンジのコンシーラーが女装メイクに重要だと分かったところで、新菜がおそるおそる手を挙げた。
「ところで、さっき姫野さんがメイクを直されていた時や守優にメイクをしてる時にポーチに液体のりのような物が見えたような気がして、ずっと気になっていたんですが……」
「ああ。あれは“のりのような”っていうか――のりだよ」
(のりだった……!)
あまね君が笑顔でポーチから液体のりを取り出す。
およそ化粧ポーチから出てくるものではないそれを見せつけられた新菜が無言で衝撃を耐えていた。ウケる。
「どういう場面で必要になるんですか? それも俺のメイクの時には使ってませんでしたよね?」
「これを使うのはウィッグを使う時だからね。ウィッグの横髪とか前髪を顔に貼るんだよ」
「「『貼る』⁉」」
俺の質問というパスを受けたあまね君の答えにわかまりの二人が仲良く声を上げる。
二人の息ピッタリな反応にあまね君が頷くと、のりのキャップを外し――
「うん。こうやって顔に」
「「直塗り⁉」」
柔肌に直接のりを塗りつけていく。
想像の斜め上を行く豪快さにまたしても新菜と海夢ちゃん同じタイミングで驚いていた。
「で、こうペタ~って!」
「あははは! まさかの‼」
笑顔でウィッグの横髪を頬に貼り付けるあまね君に海夢ちゃんが堪らず爆笑する。
対する新菜は僅かに顔を青褪めさせ、本来の用途とは違う使い方をするあまね君を気遣う。
「肌荒れしませんか⁉」
「僕は平気だけど、専用の買った方がいいよ。ウィッグセットって楽で便利なんだ。セットはたまにボンドも使うよ」
「ヘアスプレーとかじゃないんですね」
「アニメのキャラクターの髪型を再現するってなるとスプレーだけじゃもたない時があるんだよね。僕もこの方法を知った時は驚いたよ」
確かにあまね君の言う通り、アニメによっては奇抜な髪型をしているキャラクターもいるし、それを現実で再現するとなればガチガチに固めないと崩れるものもあるだろう。
しかしそのために液体のりやボンドまで使うという発想には驚かされる。レイヤーの創意工夫には脱帽だ。
「やっぱり女の子とは骨格が違うからなるべく髪で輪郭を隠すようにしてるんだよ。他にはメイクとは違うけど、写真を撮る時に手で隠したりとかもするかな。僕の写真、そんなのばっかりだよ」
「えっ! 見たーいっ‼ 見せてもらえますか⁉」
「うん、勿論。ちょっと待ってね――」
「あの……俺、たぶんあまねさんのアカウント知ってます」
「そうなの⁉」
海夢ちゃんにせがまれて自身の写真を見せようとするあまね君に対して、俺はあえて被せるように告白する。
丁度良いと思って俺が彼のコス用アカウントを知っている事を告げると、あまね君が驚きのあまり大きな声を上げた。
見れば対面に座る新菜と海夢ちゃんもビックリして目を見開いている。
まさかここまで驚かれるとは思わなかったが、俺は自分のアカウントからフォロー一覧を開いて彼のアカウントを開いた。
「これですよね?」
「本当だ……みさと君の名前、どこかで聞いた事があると思ったらフォロワーさんだったんだ。ビックリした~」
「すみません、伝えるのが遅くなってしまって……」
「ううん、謝る事なんかないよ。むしろ嬉しいな。後でフォロー返しておくね」
「ありがとうございます」
教えるのが遅くなった事を謝罪したらあまね君と相互フォローになれた。やったぜ。
というかこうやって仲良くさせてもらえているとはいえ、その場でフォローを返すのを即決しちゃうのを見るとあまね君も行動力あるよね。
「は⁉ てか待って……何これ~~♡♡♡♡ 可愛いがすぎる~‼♡♡」
そんなやり取りを他所に海夢ちゃんがあまね君のコスアカを巡り、アップされた写真達の可愛さに黄色い声を上げた。
だらしなく顔を緩ませる海夢ちゃんの隣に座る新菜も目を輝かせている。
しかし二人の反応は仕方ないといえるだろう。それくらいあまね君のコス写真は可愛さに溢れていた。
「こうやって見るとポーズが不自然かなぁ……逆に女の子っぽくないような……」
「全然そんな事ないですよ。それに、男性と女性で骨格が違うのに知識と工夫でカバーしてるの凄いと思います」
「そうですよ! それにあたしも同じポーズでプリ撮ってるんで!」
「あはは、ありがとう。まりんちゃんギャルなんだ。健康的だね~」
彼に伝えた言葉は間違いなく俺の本心だ。
あまね君の容姿は非常に恵まれており、恐らく彼が普段意識している事をしなくても可愛い女装レイヤーとして十分人気を集めるだけのポテンシャルはあると思う。
にも拘わらずメイクの仕方やポーズの取り方など細かいところまで気を配ってコスプレや撮影に臨む姿勢は本当に素晴らしいと思う。
そんな俺の内心を知る由もない海夢ちゃんが俺の言葉に同調しつつ、乃羽ちゃんとのツーショット写真をあまね君に見せる。
俺と海夢ちゃんの言葉にあまね君は嬉しそうに笑いながらJK達の写真を眺めた。
「あまねさん、私もフォローしてもいいですか⁉」
「うん! 僕も――」
「ん……んん⁉」
「ん? ごじょー君?」
「新菜、どうかした?」
あまね君と海夢ちゃんが相互フォローになっている横で、教えてもらったあまね君のアカウントの写真を見ているであろう新菜が唸るように声を漏らす。
彼の表情には困惑の色がありありと表れており、その顔にあまね君も少し不安気だ。
「もしかして、どこかおかしかった……?」
「違います‼ 違うんです‼」
自分の反応が相手に不安感を与えてしまった事に気付いた新菜が慌てて自分にその意図がない事を示しつつ、「これ……」と一枚の写真を表示する。
新菜が俺達に見せてきたのはあまね君の女装写真のうちの一つだったが、一点だけ他とは明確に違っていた。
「胸……どうやったんですか……?」
そのバストは豊満であった。
「凄っ‼ めっちゃ巨乳‼」
「喜多川さん、あんまりそういうの大きい声で言わない方がいいよ」
「これレタッチってやつですか? こんなに自然に……」
俺が海夢ちゃんを窘めるのを尻目に新菜がその画像について考察する。
「おっぱいは装備出来るから加工じゃないよ」
「装備⁉」
「ふふっ、よかったら今からどう?」
そんな彼にあまね君のパワーワードが襲い掛かる。
予想外な上に想像もつかない言葉に困惑する新菜の反応を楽しむように、あまね君はテーブルに肘をついて微笑んだ。
「見に行く? ――おっぱい」
彼のその微笑みは愛らしさの中にどこか小悪魔的な色気を感じさせる。
あー、ダメダメ。エッチすぎます。これは涼香さんが心配するのも納得ですわ。
「おっ、おおおお……」
その微笑か、それとも発言の内容かは分からないが、新菜が顔を真っ赤にして言葉に詰まる。
流石ピュア菜、ヒロインと称されるのも納得な初心さ。
「おっぱい見に行きます!」
「喜多川さん、あんまりそういうの大きい声で言わない方がいいよ」
それに比べて海夢ちゃんの勢いの良さよ。
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原作に登場しないキャラクター(主人公の身内や乾家両親、アオイさん等)の登場・オリジナル設定について
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内容的に違和感がなければ登場してほしい
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登場するのはいいが必要最低限にしてほしい
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執筆者の自由にしたらいい
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原作準拠であまり出さないでほしい