本日は乾心寿ちゃんの誕生日です! 皆さん、盛大に祝いましょう!
『えぇ⁉ 守優さんが風邪を⁉』
通話口の向こうで乾さんが驚愕の声を上げる。
その声量に思わず手からスマホが滑り落ちそうになるのを堪え、ここが自分以外誰もいない階段の踊り場でよかったと安堵しつつ、俺は言葉を返した。
「はい、そうなんです。乾さんにはお伝えしておこうと思って……」
『そうですか……』
呟きとも取れそうな程小さな声色からは守優を心配する気持ちが痛いほど伝わってくる。
その反応に教えない方が良かったのではないかという考えが一瞬頭をよぎるが、自分が蚊帳の外にいて後から真相を知るよりはずっとマシなはずだと思い直した。
そして、俺は乾さんに一つの提案を持ち掛ける。
「あの、乾さん。よかったら今日の放課後、一緒に守優のお見舞いに行きませんか?」
『い、いいんですか? ご迷惑じゃ……』
俺の提案に対して乾さんはどこか躊躇うように言葉を濁す。
確かに相手の事を考えて見舞いを控えるというのも一つの気遣いだと思うが、今回に関しては問題ないだろう。
守優は自分を見舞いに来てくれた人を迷惑に思うようなやつではないし、なにより相手は乾さんだ。
仲の良い彼女が来てくれる事で喜びこそすれ、嫌がる事は決してないという確信がある。
「そんな事ありません。守優も喜ぶと思います」
『……分かりました。守優さんのお見舞い、一緒に行かせてくださいっ』
俺の言葉を受けた乾さんは、数秒沈黙した後に提案を受け入れてくれた。
彼女の声色に何かを決心したような力みを感じつつ、俺はそれに触れずに彼女と放課後の予定について話を詰める。
「はい! では、集合場所は――」
五条さんから突然ライムが届いたのは、お昼休みの時だった。
伝えたい事があるので通話出来ないか、という旨のメッセージに了承の返事をしてすぐに掛かってきた通話の内容はまさに青天の霹靂。
守優さんが風邪をひいたという話を受け、そのまま流れで五条さんと一緒にお見舞いに行く事となった。
放課後に五条さんと待ち合わせをして、二人で岩槻へ。駅に到着すればそこからはもう通い慣れた道である。
「守優の家は俺の家のすぐ近くですから」
そう説明してくれた五条さんの言葉通り、彼の家を通り過ぎて1分と経たないうちに目的地へと到着した。
『月見里』
玄関に掛けられた表札に、思わず目が留まる。
そこに刻まれた名字を見つめているうちに、改めて実感する。
――本当に、守優さんの家に来たんだ。
守優さんが生活する場に足を踏み入れようとしているという事実に、胸の奥が少しだけ落ち着かなくなる。
自分の鼓動が、ほんの少しだけ早くなっているのを感じた。
……守優さんも、私の家に来た時はこんな気持ちだったのだろうか。
ピンポーン
五条さんがインターホンを押す音で我に返り、こっそりと息を整える。
『はい――あら、新菜君。ちょっと待っててね』
カメラの向こうから聞こえたのは女性の声だった。おそらく守優さんの家族だろう。
その声はやってきた相手が五条さんだと分かるとすぐに通話を切り、その数秒後には玄関の扉が開いた。
「いらっしゃい、新菜君」
現れた女性は黒髪を後ろで纏め上げ、眼鏡を掛けた奇麗な人だった。
細かい年齢までは分からないが、落ち着き大人びた雰囲気から成人しているのは間違いない。
そして女性の顔にはどこか守優さんの面影がある。おそらく守優さんのお姉さんなのだろう。
「こんにちは、綾さん。連絡した通り、守優のお見舞いに来たよ」
「来てくれてありがとう。ところで、その子が……?」
守優さんの身内だからか、私達には見せた事がないような砕けた口調で話す五条さんの様子に内心で意外に思っていると、綾さんと呼ばれた女性が私に視線を向ける。
その視線に思わず体が強張ってしまうのをよそに、五条さんは小さく頷いた後に紹介をしてくれた。
「うん、そうだよ――乾さん、こちら、守優のお母さんの月見里綾さんです」
「……へ?」
お母、さん? お姉さんじゃなくて……?
「? 乾さん?」
「す、すみません……っ、若くて美人な方だったので、てっきりお姉さんかと……!」
五条さんの言葉に我に返って私は慌てて頭を下げる。
自分が勝手に勘違いをしていただけだが、その恥ずかしさのあまりに顔から火が出そうだ。
そんな私の様子を見て、綾さんが数秒固まった後に笑い声をあげる。
「……ふふっ、あははっ! ありがとう、とっても嬉しいわ。さ、顔を上げて?」
綾さんの言葉に私はおそるおそる顔を上げる。
勘違いをしてしまったにも関わらず、彼女の顔はその声色と同じように綻んでいた。
「改めまして、守優の母の月見里綾です。あなたのお名前を聞かせてくれる?」
「は、はいっ。乾心寿です、よろしくお願いします!」
ここにきてまだ名乗りも出来ていなかった事にようやく気付いて私は慌てて挨拶をしながら再び頭を下げる。
失礼な事を繰り返してしまっている私に対して綾さんは「よろしくね、心寿ちゃん」と朗らかな声で頭を撫でてくれた。
優しい手つきにどこか緊張がほぐれていくのを感じながら、私はもう一度頭を上げた。
「さあ、玄関で立ち話もなんだし上がって?」
「お邪魔します」
「お、お邪魔します……っ」
綾さんに促され、五条さんと共に中へとお邪魔する。
五条さんのお家が昔ながらの和風な造りなのに比べて、守優さんのお家は洋風で現代的な雰囲気だった。
廊下の壁や扉の造りもどこか明るく、五条さんの家とはまた違った落ち着きがある。
とはいえ、初めてお邪魔した家を物珍しげに見回すのは失礼だ。
私は視線だけを軽く巡らせるに留め、五条さんの後についていく。
そうしてリビングに案内されるが、今のところ守優さんの姿が見えない。
「あの、守優さんは……?」
「あの子、まだ寝てるのよ。昼前くらいまでは起きてたんだけどね」
「そういえば、お見舞いに行くってライムしたのに既読ついてなかったな」
私の質問に綾さんが答え、その横で五条さんが自分のスマホを眺めながら呟く。
言われてみれば、私が送ったメッセージにも既読はまだついていない。
揃ってスマホを眺める私達を見て綾さんは「たぶんそろそろ起きてくると思うんだけど――」と話す途中で、上の階で小さく物音がしたのが聞こえた。
「噂をすれば、ね」
綾さんが階段へと視線を向ける。
パタ、パタ、とゆっくり階段を下りてくる音が気配と共に近付いてくるのが分かった。
綾さんだけでなく、私と五条さんの注目を浴びる階段から、彼はゆっくりと降りてくる。
「おはよう、守優。といっても、もう夕方だけど」
「…………ん」
現れた守優さんは、これまで見てきた守優さんとはまるで雰囲気が違っていた。
額に冷却シートを貼り、マスクを装着したその姿はまさに病人といった様子。普段なら必ず掛けている眼鏡すら今は身に着けていない。
眠そうに目を閉じては、またゆっくりと開く。その仕草一つ取っても、まだ夢の中から完全には戻ってきていないように見えた。
いつもなら穏やかな笑顔を浮かべながら、周囲の様子をよく見ている人なのに。
今の守優さんからは、そうした普段の面影がほとんど感じられない。
そんな彼が向かう先はキッチン。普段なら眼鏡なしではまともに歩くことも難しいはずなのに、流石に勝手知ったる自宅だけあって、壁や家具の位置を把握しているのか迷うことなく進んでいく。
……それでも、時折目を細めているあたり、やはり見えているわけではないらしい。
「守優、アンタ熱は?」
「…………まだ、測ってない」
「そう。後でちゃんと測っておきなさいよ。ちょっと早いけど、何か食べる? お昼食べてないからお腹空いてるでしょ?」
「…………ん、食べる」
綾さんに返事をする守優さんの声は少し掠れていて、喉に痛みがあるであろう事が窺える。
そんな守優さんは私や五条さんがいる事に気付いていないのか、綾さんと会話しながら冷蔵庫を漁ると、コップにお茶を注ぎ飲み始める。そして、そのままゆっくりとこちらを振り向いた。
「………………?」
守優さんの動きが止まった。
「…………新菜?」
「こんばんは、守優。お見舞いに来たよ」
「…………心寿、ちゃん?」
「は、はい。私も、お見舞いに来ました……」
私と五条さんの存在を認識した守優さんはそのまま無言でお茶を飲み干すと、綾さんを睨み付けながらかすれた声を荒げた。
「なんで二人が来てる事教えてくれなかったの……⁉」
「だってアンタ寝てたじゃない」
「分かってて黙ってたでしょ……‼」
「そんな意地悪しないわよ~」
「絶対嘘だ…‼」
私達を置き去りして繰り広げられる親子喧嘩(?)に、私も五条さんもただ黙って見守る事しか出来ない。だけど、私が想像しているよりずっと仲が良い親子なのだという事は理解出来た。
病気で弱っているはずの守優さんが、綾さんを相手にするといつもの調子を少しだけ取り戻しているようにも見える。
それからも守優さんはいろいろと抗議をするが、綾さんはのらりくらりとぼけるばかり。口元に笑みを浮かべ、守優さんの事をからかっているのは明らかだった。
「それよりアンタはまだ治りきってないんだから、無理しないで部屋で休んでなさい」
「いったい誰のせいだと……はぁ、もういい」
綾さんに会話を打ち切られた守優さんはこれ以上は無駄だと判断したのか、これ見よがしに大きく溜息を吐く。
さっきまで寝て休んでいたはずなのに、既に疲労の色が窺える。
「二人ともごめんね、わざわざ見舞いに来てくれたのにこんなに騒いじゃって」
守優さんが申し訳なさそうに苦笑する。
それに対して五条さんと私は揃って首を横に振り、その謝罪が無用である事を伝えた。
「ううん、大丈夫だよ。元気そうで良かった」
「私も、守優さんが無事だと分かって良かったです」
「……ありがとう」
私達の言葉を受けた守優さんはへにゃりと笑った。
いつものような穏やかな笑顔とは違う。
力の抜けた、どこか頼りない笑顔。
それなのに、そんな表情を向けられると胸の奥が妙にくすぐったくなる。
(どうしよう、不謹慎だけどちょっと可愛い)
思わずそんな事を考えてしまったのがなんだか申し訳なくて、頭を振って雑念を払う。
ともあれ、守優さんが元気そうなのも確認できた。そろそろお暇しなければ。
そう思って五条さんの方を向けば、彼も同じような考えだったようで互いに目配せをした後小さく頷く。
「それじゃ、そろそろ――」
「せっかくだし、俺の部屋にあがってよ」
「お、お邪魔します……!」
「乾さん⁉」
ごめんなさい、五条さん。
だけど守優さんのお部屋、見てみたいんです……!
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主人公のイメージCVについて
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