魔法少女ジャックタルト   作:富野倒去

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行き当たりばったりで書いていきます


プロローグ
【1-1】プロローグ:初期衝動


 月下、風切音が走る。

 音と共に黒い巨体が細切れになってコンクリートに雨の様に降り注いだ。人通りのない広い橋の上での出来事だった。

 また風切音。そして切り刻まれる黒い怪物。繰り返す死を告げる音。その度怪物たちは数を減らし、やがて橋を埋めるほどにいたそれらは全てが切り分けられて物言わぬ肉片になって地面に広がっていた。

 

 開いた絵本の一幕の様に世界は静止していた。少女はただそこに立ち、音が鳴るたび化け物たちは全身裁断される。少女と化け物たちの絵姿に添える様に出来事が文字で綴られる、まるでそんな光景だった。

 それが魔法少女と人喰いの化け物との戦いの光景だった。

 

 無音となった橋の上、ひとりになった魔法少女は感情の読めない眼でバラバラの黒い肉片たちを眺める。肩口で切り揃えられた蒼い髪と白と薄紫を基調としたシスター服のような可愛らしい服装が特徴的な十四、五歳の少女だった。その手に握られた一条の長い純白のリボンがたなびいている。

 

「うわぁ、殺戮現場……!魔法少女の戦い方とちゃうやろ」

 

 怪物の死体と薄紫のシスターだけだったその場所に新たな登場人物が現れる。

 歳の頃はシスターと同じか少し下。灰色のワンピースの上から豪奢な黒と金糸の着物を羽織った奇妙な出で立ちの少女だった。まるで夜空から浮かび上がる様にふわりと宙に現れカランと音を立てて地面を踏んだ。

 二人の少女はどちらも奇抜でどこにいても浮きそうな姿格好をしていた。そんなものが二人並べば不協和音でも奏でそうなものだが、不思議と馴染んで見えるのはどちらもが奇抜ではあれ、その意匠に少女趣味じみた可愛らしさが込められているからか。

 化け物の死肉に囲まれたこの場ではその可愛らしさもまた異様には違いないけれど。

 見渡せば異界の黒い肉片たちは月光に照らされながら形を失い、溶け、段々と消えていく。この世界にあったことが嘘の様にいつしか橋の上に広がっていた惨状は幻の如く消えていった。

 

「何の用かしら?モノプティング」

「なんのって……普通に応援に来たんやけど」

「それならもう終わったわ。無駄足だったわね」

「過去最多の黒兎大量出現って聞いてたんやけどなぁ……流石は当代最強魔法少女。おっかないなぁ」

「……」

 

 おどけた様に笑う着物を羽織った少女─── モノプティングと呼ばれた魔法少女の言葉にシスターの魔法少女は顔を曇らせる。

 

「どないしたん?」

「数ばかりで大した敵ではなかったから。そんな大袈裟に言われても困るわ。それに、私の求める相手でもなかった」

 

 その言葉にへらへらと笑っていたモノプティングの笑顔が僅かに揺れる。

 

「知っているでしょ?私には……倒さなきゃいけない奴がいる。でも今回も違った……」

「……そこまで急がなあかんの?」

「時間はあまり残されていないもの」

「……それなら時間を延ばす方を努力してみても───」

「いいえ、無意味よ」

「…………」

 

 少女の有無を言わせぬ言葉に、何より全身から吹き出す鬼気迫る殺意にモノプティングは何も言い返せず口を閉じるしかなかった。下手なことを言えば彼女の殺気がこちらに向く様に思えたから。"図書館"でも歴戦の魔法少女のモノプティングであっても、当代最強と呼ばれる殺戮魔法少女の殺気をぶつけられるのはごめん被りたかった。

 

 顔を背けたモノプティングから離れ。化け物の痕跡が全て溶けて消えた橋の上。シスターは幼さの残る顔で空の斑らの月を見上げて囁く。

 

「カッコウは復讐を果たしてはじめて許されるんだもの」

 

 その声は誰に届く事もなく、幻の如く月光に溶けて消えた。

 

 

###

 

 

 朝のニュースです。

 昨晩、北海道に出現した黒兎は現場に急行したセイラピューレによって無事討伐されました。魔法少女互助組織"図書館"からの情報によると一箇所に出現した黒兎の体数としては過去最多とのことで、未曾有の被害も危惧されていましたが、セイラピューレが出現から一時間以内に全て討伐し、最小限の被害に抑えられたとのことです。

 

 続いてはS国の終戦記念ドームを訪問した総理について───

 

 

###

 

 

 世界共生宣言。

 それが、およそ十年前に宣言され世界平和を成し遂げた人類史の転換点であった。以来十余年。様々なすれ違いや小さな諍いはあれど、戦争と呼ばれる人間同士の殺し合いはこの地球上で一度も起きていない。それは、まさに人類が文明を得て歴史を刻み始めてから初めての快挙であった。

 人々は国家人種貧富の区別なく平和を享受し、そして人喰いの侵略者との争いこそが人類の新たな戦いとなった。

 

 

###

 

 

 炎が燃え盛っている。視界一面が真っ赤に染まっている。灼熱に炙られた肌は火傷が広がり痛みを訴える。だが、倒れた体を起こして自身を赤く照らす業火から逃れることもできない。

 左足の感覚がなかった。

 地面に投げ出された腕に必死に力を込めるが糸が切れたかの様に体は少しも持ち上がらない。

 死が間近に迫っていた。

 仕事の出張で北の地方都市を訪れていた木賊八鍔(とぐさやつば)は自分が何に巻き込まれたのかすら碌に理解できないまま死にかけていた。

 悲鳴、怒声。耳に残っているのはそんな人の声だけだった。街中を歩いていた八鍔の耳に怖気を走らせる甲高い悲鳴が聞こえたのがおそらく数分前。突然の大音量に年甲斐もなく跳ね上がり、慌てて声の方へと顔を向ければ炎の濁流が迫ってくるところだった。

 自分はあの真っ赤な濁流から咄嗟に逃れたのだろうか?

 わからない。

 ただ、意識が戻った頃にはこうして炎に囲まれて倒れていた。頬が擦れ、指が掻くのは少し前まで踏みしめていた赤煉瓦の歩行路だ。いい大人が街中の地面に倒れ込んでるなんてみっともないにも程があるのだが、今はそんな自分を恥じている余裕もない。

 起き上がることができないのだと諦め、その代わりにと首と視線だけを気力を振り絞って動かして息も絶え絶えに辺りを見回してみる。

 

 そこは地獄だった。

 

 倒れ伏しているのは自分だけではない。

 学校帰りだったのだろう三人の学生は一人が右腕を炎に覆われて、一人が下半身を炎に覆われて、一人が頭を炎に覆われていた。紅焔に巻かれ表情も見えない彼は今も苦しみのたうち回っている。頭を焼かれながら彼はまだ生きていた。他の二人と共に夜の嵐の前の様な呻き声を上げ続けていた。

 赤ん坊を連れて散歩でもしていたのだろうか。ゆったりとしたワンピースの女性はベビーカーにすがりつくようにして体を丸めていた。その両腕は炎に飲まれ赤子を抱くことは二度とできないだろう。叫ぶ様な嘆き声は獣の鳴き声にも似ている。視線を彼女の上へ向ければベビーカーからはまるで焚き火の様に炎が吹き出している。中身はよく燃えていることだろう。

 自分と同じ様な黒のスーツのサラリーマンは四肢の全てが燃えていた。まるで意気揚々と燃え上がる炎こそが本体で、その先に繋がるガタイのいい男の体が付属物に思える。手足全てが赤く燃えていることが理解できないのだろうか。彼は口を半開きに惚けた顔をしていた。

 そのサラリーマンの体が大きな手にヒョイと摘み上げられた。指の一本一本が人の体よりも太く長い、黒い手だ。それがナッツでもつまむ様に人差し指と親指でスーツの体を摘み上げた。

 八鍔はそれをサラリーマンとそっくりの、口を半開きにした間抜けな顔で見上げた。

 体を摘まれ持ち上げられたサラリーマンは最後まで自分がどうなっているのか理解できない様子でその手の先、切り分けたスイカの様な半月型の口の中へと放り込まれた。

 

『美味し』

 

 ごきり、ばきり。ぐちゃり。骨が砕かれ肉が裂ける音がする。僅かに端から垂れた赤い液体を黒い親指で拭いとるとその口は人の言葉を吐き出した。

 

『美味し、美味し。やはり人間は炙りに限る』

 

 そう言って実に幸せそうに大きな口を釣り上げるのだ。

 人を摘み上げた手と同じ真っ黒な顔。その半分は人を丸呑みにして余りある大きな口。その上にはギラギラと黄色に輝く二つの眼。その目は欲望の篝火を周囲の炎に負けないくらいに燃え上がらせていた。

 

 人喰いの怪物。

 平和を得た世界の侵略者。

 人類の天敵。

 戦うべき災厄。

 

 黒兎(くろうさぎ)

 

 八鍔はようやく自分が遭遇した事態を理解した。世界共生宣言からさして間をおかず、平和になった世界に現れ人を喰らい国一つを地図から消し去った化け物たち。人が一丸となって立ち向かう世界の敵。一般人が出会えば抵抗などすることもできず生きたまま喰われる邪な災害。

 

 どうして。

 どうしてだろう。

 

 今日この時、こうして業火に囲まれて喰われる人を目にするまで。八鍔はその恐ろしい存在を知っていたのに、自分が襲われることなんてあり得ないと思っていた。その姿を見ることもないと思っていた。それどころか、アレがどこに現れて誰を食べて、どんな被害をもたらしたのかすら曖昧なまま日々を過ごしていたのだ。

 漠然と。安穏と。どこか遠くで恐ろしいことは起きているのだろうけれど。自分の過ごすこの日常は崩れ去ることなんてないのだと。

 

 なんで。

 

 黒い指が今度はベビーカーにすがりつく母親に伸びる。

 

『美味し』

 

 黒い指が悶え苦しむ高校生へ伸びる。

 

『美味し、美味し』

 

 炎の中の人が一人、また一人消えていく。果たしてそれは救いと言えるだろうか。眼前に映る光景は前も後もただ悲惨なだけであった。

 八鍔は自分もそうして食べられるのだろうかと呆然と思う。足は動かない。腕に力は入らない。ただ人が摘み上げられ真っ赤な口腔に放り込まれていく様を見つめることしかできない。

 それが焼け残った八鍔の全てだった。

 

 ついに真っ黒な指がこちらへ迫る。抵抗する気力なんてない。そんなものはとっくに周囲の炎に焼かれ燃え尽きてしまっていた。ただ抜け殻となったその空の眼が訪れる己が運命を受け入れようとしていた。

 そのはずだった。

 指先が、ずいと八鍔の体を通り越してその背後へ伸びた。その瞬間、八鍔はほんの僅かな時間かもしれないが生き延びた。

 ひどく、救われた気がした。

 

 たすかった、なんて。

 

 けれど、自然と浮かんだ情けない笑みが次の瞬間には凍りついた。

 

「───あ」

『焼けた少女の肉は絶品なり』

 

 再び八鍔の体の上を通った指先には小さな少女の体が摘まれていた。十歳かそこらだろうか。顔の半分を炎に焼かれ、呆然と感情の抜け落ちた目で世界を見下ろしていた。髪は左右耳の後ろあたりで二つ結びに。背中には赤いランドセル。品のいい二重のふわりとしたスカートから細い脚が振り子みたいに垂れ下がっている。ぶらりぶらりと人形の様に意思のない手足が揺れる。

 

「ぁ……」

『芳醇な魂の薫りよ。今宵は実に良い巡り合わせだ』

「ぁ、ああぁあ……」

 

 それが八鍔には受け入れられなくて。

 何故か、声が漏れた。

 人が焼けるのを何度も見た。摘み上げられるのもその体が大きな口に飲み込まれていくのも。男も女も。老いも若いのも。この僅かな間に嫌というほどに見た。目の前で、何度も。今更、少女一人が同じ目に遭うのを見たところで感じる心にも違いなんてない。

 だけど、なんで。

 

「ぁああ、ああぁぁあぁああああっ」

 

 答えの代わりに獣の様な叫びが溢れた。

 焦げついた喉が嫌な痛みを走らせながら咆哮を吐き出す。

 

 たぶん、心が軽くなったから。

 そうしたら、体が軽くなったから。

 

 指先が自分を越えて別の誰かを摘んだ時、八鍔は確かに助かったと思ったのだ。自分だけが生き残ったのだと下卑た喜びにその身を震わせた。炎と恐怖に押し潰されていた心がほんの僅かな瞬間無様に解放された。

───目の前で焼ける少女の姿を代償に。

 

「ふざ、けるなぁ……っ、ふざけるなあ!!」

 

 それは目の前の怪物か。己へ向けた言葉か。燃える少女への言葉か。目の前の光景全てへの言葉か。そのどれであってもあまりに理不尽で、あんまりに今更だった。周囲の人々はとっくに化け物の腹の中で、残された少女は生きる気力を無くし、己は満身創痍で死を待つだけの体だった。

 抗うにも憤るにもあまりにも遅すぎる。

 それでも、声を出さずにはいられなかったのだ。爆発する感情に従わずにはいられなかったのだ。それが無意味な行動だとしても、尽き果てたと思っていた心に激情が迸る。

 真っ白だった頭に過ぎる何かがあった。

 

「あぁ、ぁあああああアアあア!」

 

 感覚のなくなっている左足で地面を踏みつける。力なんて欠片もこもらないと思っていた両腕で体を持ち上げる。

 今も全身を炙る猛火の中、八鍔は明滅する視界を振り切り立ち上がった。体のそこかしこは黒く焦げ、感覚のなかった左足はよく見れば赤々と炎に包まれていた。右肩の破れたスーツはぐちゃぐちゃで中のシャツはどこから流れているのか血に染まっていた。

 

『んお?』

 

 珍しいものを見る様にポカンと見下ろす黒兎。その巨体に対して八鍔はあまりにもちっぽけだった。立ち上がったところで、叫んで見せたところで何が起こるでもない。周囲の炎に巻かれた時点で八鍔の死は確定していた。だからこれは生への執着でも理不尽を蹴り倒す蛮勇でもない。抗い挑む戦いですらない。

 死に際の男の身勝手な癇癪だった。

 

「ふざけるなぁ!!」

 

 立ち上がって、もう一歩だって動けないまま叫ぶ八鍔を黒い指に摘まれた半顔の少女がまじまじと見つめている。ガラス玉の様な瞳が炎の色を反射して赤く揺らめいていた。

 

『焼かれ踊る人間は久しぶりか。今宵の巡り合わせは実に良い』

「知るか!知るかぁ!ああぁぁあぁああああ!!死ね!死ね死ね死ね死ね!!」

 

 互いに会話など求めていない。好き勝手に放つ言葉は何一つ噛み合わずわんわんと炎の中に響くだけ。

 狂人のように喚く八鍔に対し黒兎は嬉しそうに笑い、少女を摘むのとは反対の手を八鍔に伸ばした。

 

「がっ、ぁっ」

 

 八鍔はその指に無造作に体を挟まれる。抵抗などできるはずもない。立ち上がった時点で限界を超えていた。一歩、歩く事もできなかった。黒い指先が骨を軋ませる。たまらず血を吐く八鍔にそれを振り解く力などあるはずもなかった。

 それでも、生気を取り戻した瞳は怒りのままに自らを掴み上げた黒い化け物を睨んでいた。

 

『どうした?このままでは喰われてしまうぞ?もっと抗って見せよ。さあ、さあさあさあさあさあさあ!』

「───、ぁ───かっ、ぁ……ぁっ!!」

 

 嬉しそうに化け物は笑い八鍔を揺らす。だが摘み上げる指は彼の肋骨と肺を押し潰し、呼吸すら満足にさせはしなかった。怪物の戯れのような手の動きは八鍔にとっては絶叫マシーンより遥かに過酷だ。そんな状態の八鍔には声を上げるどころか意識を保つのが精一杯で。いや、それすらもおぼつかず、意識は何度も断線し視界が火影の様に揺らめき続ける。ぐるぐると回る世界。混濁した頭の中で憎らしい化け物の声だけが何度も反響する。

 

「───っ、───っ」

『……なんだ、終わりか?』

 

 反応のなくなった八鍔につまらなそうに黒兎が呟く。毒気のない、無邪気な感情のままにしゅんと落ち込んだ声音だった。

 

 終わりも何も始まってなどいない。

 どれだけ怒ろうと立ち上がって叫ぶ以上の事をできるはずもなかった。後は左右の手に摘まれた八鍔と少女が飲み込まれ、咀嚼されてそれで終わりだ。

 

 そんな末路を忌々しく思いながら痛みと酸欠に喘ぐ八鍔の意識はプツリと断線した。

 

 

###

 

 

───だから、はじまりを

 

 前後左右真っ白な空間。遠近の欠落した世界にボロボロの姿で八鍔は立っていた。記憶にあるのは化け物に摘み上げられ喰い殺される直前までの光景。それなら、ここはあの世だろうか。

 

『いいや、少し違う。君はまだ喰われてはいない。このままぼうっと時を過ごせばいずれは喰われて死んでしまうだろうけどね』

 

 話しかけてくるこの声はなんだろうか。声だけで判断するのはよくないけれど、人を食った様な、ひどく勘に触る声で、どうにも不快だった。

 

『そこは我慢して欲しい。君の精神に直接意識を接続して声を送ってるんだ。多少のむず痒さは致し方ない』

 

 思考を拾い声は言葉を繋げる。それがまた気分が悪い。それでも、嫌だ嫌だと駄々を捏ねても話は進まない。ここがどこで自分がどういう状態かも曖昧だ。声をかけるということは対話したいということなのだろう。ならば話をするべきだ。直近で対話など無関係に理不尽な声を浴びせあったばかりの気もするが。

 八鍔は声を上げようとしてうまく喋れないことに気づいた。視線を下に下げれば自分の胸がビニール人形のおもちゃの様にべこりと潰れていた。これでは声なんて碌に出せないだろう。

 試してみるとヒューヒューと音を鳴らすのに失敗したリコーダーみたいな風音が喉から漏れた。

 

『ここは魂が観測する世界。冬蒼の境叉。今の君の姿は君が思い描く自分の姿だ。五体満足の自分を明確にイメージできれば話す事もできるだろうけれど、直前の印象が強すぎて簡単にはいかないだろうね。まあ、頭に思い浮かべてさえくれれば勝手にこっちで読み取るから無理に姿を変える必要はないさ。……それで、今は黒兎にボロボロにされた君がアイツに喰われるその最中の一瞬の時を引き延ばした時間だ。走馬灯の代わりとでも思って欲しい』

 

 走馬灯にしてはあまりに殺風景だ。真っ白な空間に死にかけの己のみ。声の主の姿もない。振り返る光景が白一色なんて八鍔の人生が何一つない空っぽだったみたいではないか。

 

『ここで君が見る光景は君の心を映す光景だからね……何一つない白い空間なら、思う通り空っぽなんじゃないのかな?』

 

 空っぽとのたまう声はとても楽しげだった。

 反論するのも億劫だった。八鍔の人生は別に人に誇れる様なものでもない。

 空っぽと言われるならそういう事にしておこう。

 

『そうそう、細かなことは気にしないに限る。あ、こちらは基本思考の表層をさらうだけだから隠し事するのも意地を張るのも問題ないから。気楽にして欲しい』

 

 声はどうでもいい事ばかり楽しそうに話す。姿もないのににやけ面が見えるようで好感度は下落の一途だ。

 それより早く本題に進んだらどうだろうか。言った通りなら時間は今も進んでいるのだろうから。

 

『そうだね。今は引き伸ばされた一瞬だ。話は端的にするのがいい。手早く行こうか』

 

 声は一呼吸分だけ間を開けて、それから言葉を続けた。

 

『魔法少女になって欲しいんだ』

 

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