在奈一人称修正
お父さんの好きなポスターがビリビリに破けていた。
昔の、ジャズバンドのポスターなんだって。陰影がバチッとしてて、詳しいことは知らないけれど嫌いじゃなかった。後、こういうかっこいいものが好きなお父さんがたぶん私は好きだった。違いがわかるおとな、みたいな。本人には言わないし、時々ポスターの前に立ってニヤニヤ眺めてるのはどうかと思うけど。かっこいいものが好きなお父さんはかっこいいと思っていた。
そのポスターが、貼ってあった壁ごとぐしゃぐしゃになっていた。
家の中はぐちゃぐちゃで。ソファーがひっくり返ったり、植木鉢の木が折れたり、床が割れてたり大変なことになっていたけれど。一番心臓がぎゅっとなったのは無惨なポスターを見た瞬間だった。
「
聞いたことのない切羽詰まったお母さんの声。手を引かれて狭い物置に使ってる部屋に連れて行かれる。お母さんは乱暴な手つきで物置にある段ボールや帽子立てをどけていた。いつも物は丁寧に扱いなさいって耳に痛いくらい私に言ってるのに。
「小夜、ここ!この中に入って!」
指さされたのは床にある四角いふた?
お母さんが取っ手に指をかけて持ち上げるとその先に空洞が広がっていた。地下室というやつだ。こんなもの、うちにあったんだ。びっくりなんてしている場合じゃないのに、私はそれを見て少しだけ固まってしまった。
それが、よくなかった。
『いた、いたいたいたいたいたいたいたいた』
あまり言葉には聞こえない蝉の鳴き声みたいな声。お母さんの表情が凍りつく。向こうの壁ががらがら崩れてそこから蜘蛛みたいな形の黒い何かが姿を現した。頭、っぽい部分に二本の角がある。どうしてかそれが目についた。
私はその化け物を前にして、今度は本当に動けなくなってしまった。
驚きではなくて、恐怖で。
だって。だってあれは、食べたのだ。ばりばりって。ぐちゃぐちゃって。私たちの目の前で、お父さんを喰い散らかした。飛び散った血が今も私の服にはこびりついている。お父さん、最後の声を聞くこともできなかった。あっという間にあれのお腹の中。私、それを見てどう思ったんだろう。よく、おもいだせない。
お母さんが私を突き飛ばすようにして部屋の奥に押し込んだ。地下室には、ここからだともう間に合わなさそうだから。私の視界から化け物が一時的に消える。代わりにお母さんの背中が広がる。私を守ってくれる。とっても心強い。私のお母さんの背中。
すぐに吹き飛ばされちゃったけれど。
黒いそれが適当に振るった腕───腕のような何かで、まるで丸めたティッシュみたいにぽーんって。重さなんて感じないように吹き飛んで、壁にベシャリと張り付いた。
視界が開けた。化け物は目の前だった。
『ぜん、ぜんぜんぜんぜんぜんぜんさい』
ぐったりしたお母さんをそれは二本の腕で持ち上げた。
『おんなのこのからだはめめめめめいんでぃっしゅ。だからぁこれはぜんさい』
何も。声一つあげられず呆然と見上げる私に目を向けたのがわかった。とっても嬉しそう。顔なんて、表情なんてよくわからないのに。こちらを見つめるツルリとした黄色い目がとても楽しそうにしていることがわかった。
怖くって、恐くって。気づけばスカートがびちゃびちゃに濡れていたけれどそんなのどうでもいいみたい。お母さんを持ち上げて。私に見せつけるようにして。
あの時のお母さんの顔、覚えてるよ。
私を気づかう顔じゃなかった。お父さんを食べた化け物に怒ってるわけでもなかった。ただ、恐怖で真っ青だった。そうだよね。食べられちゃうんだもん。あたりまえだよね。けど、私はその瞬間までお母さんが私の事を守ってくれるんだと思っていた。家はめちゃくちゃで、お父さん食べられちゃったのに。私はなんでかずっとそう思っていたんだ。
お母さんがいるから大丈夫って。守ってくれるって。
そうじゃないって、あの時初めて気づいた。
「やめてぇぇぇえええ!!」
声がやっと出た。悲鳴だったけれど。
恐くって。腰も抜けちゃって動けなかったけれど。助けなきゃってやっと思えた。
私がお母さんを助けなきゃって。守ってもらうんじゃなくて、私が守らなきゃって。
思ったのに、動けない。悲鳴しか出せない。
嫌だ。動いて。動け。動け動け動け動け!動け!!助けるんだ!私が!助けなきゃ……!
『おぉ輝ける魂の曙光よ。我が目を潤ませる先駆けの瞬きよ』
場違いな仰々しい声が聞こえたのは焦りで私の頭がパンクする直前だったと思う。
全部が止まった世界でその変な声が聞こえた。お爺さんみたいな、聞いているとお腹がズンとなる重々しい声だった。化け物は今もお母さんを掲げている。お母さんも恐怖で顔を引きつらせている。けれどそこから動かない。部屋中を埃が舞っていたのに、それも宙でぴたりと静止していた。
意味がわからなかった。
『我は汝を相応しき器と定めた。求めるならば力を授けよう』
意味がわからなかった。
全く、何をいっているのか。意味がわからない。
『汝らが黒兎と呼ぶ同胞を退ける力。汝らが魔法と呼び恐れ崇める超常の力』
わからないけれど、力をくれるというのならちょうだい。
『ならば我と契りを交わすか?』
知らない。知らない知らない知らない知らない。そんなのどうでもいい。私はお母さんを助けなきゃいけないんだ。私が守るんだ。その為の力が欲しい。だから、力をよこせ。あの黒い化け物をやっつけさせろ。
早く!!!契りでも約束でも取引でもなんでもいいから!
『了承と受け取った』
それで───、その言葉の直後に、私の内から力が溢れ出すのを感じた。魔力。どうしてかそういうものだと
世界が動き出す。掲げられたお母さんがお父さんみたいに口元へ運ばれていく。時間がない。私は即座に戦う為の言葉を唱えていた。
「───
真っ黒な紐のような物が全身を包み込む。私を魔法少女へと作り替える。変身は一瞬だった。お母さんを持ち上げるあれが先程の私のように驚きで固まるのがわかった。
へたり込んだ姿勢の体が一気に動く。目の前の化け物へ一直線に。体勢を整えることなんて考えてなかった。そんなことは私には不要だ。一秒でも早くお母さんからあれを引きはがしたかった。魔法の使い方、自分に何ができるのかは知っている。外側から自分の体を操る。空中でも私の体は自在に動かせる。無茶苦茶な姿勢のまま必要な向きだけ動かして、化け物に飛びかかる。やつはまだ動けない。掲げたお母さんをどうしようか迷っているようだった。だから勢いのままにその腕を引きちぎってやった。
『いたっいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい!』
腕が千切れてそいつは苦しんでいた。いい気味だった。そのままトドメを刺そうとした。
それが、よくなかった。
化け物はがむしゃらに抵抗してきた。私は初めての戦いで、想像していたよりも自分がずっとそれが下手なのだということを思い知った。お母さんを背中に、私は必死で戦った。最初は不意を打てたから上手くいったのだと遅れて悟った。攻撃して、やり返されて、やり返して。何度も何度もそんな不格好な争いを繰り返して。全身傷だらけでようやくそいつをやっつけた時には、私の後ろで倒れていたお母さんは冷たくなっていた。
「え…………?」
当然だよね。化け物にすごい力で壁に叩きつけられて。普通の人間はそれだけで死んでもおかしくないんだ。化け物につかまっていた時にはもう虫の息だったんだ。馬鹿な私はそんなことにも気づいていなかったけれど。
お母さんを守るなんて、とっくに手遅れだった。
動かない。恐怖の表情のまま固まってしまったお母さんを抱きしめていたら、いつの間にか魔法少女を名乗る人たちがやってきて私の手を引いた。私は彼女たちに連れられて"図書館"に入る事になった。とてもスムーズに。あっという間に。
お母さんに連れていかれた地下室にはちゃんと入れなかったのにね。
馬鹿みたい。
親戚の家に迷惑をかける気にもなれなくて、そもそも私の家族を知る誰とも顔をあわせたくなくて。家族を失った私は魔法少女寮というものに入ることにした。そこには変な魔法少女たちがいたけれど、必要以上にこちらに干渉してくることはなかったので楽だった。
何より戦いの術を学ぶことができた。あいつらと戦う機会が用意された。それは私が一番に望んでいるものだった。
私は私が嫌い。のろまな魔法少女が嫌い。愚図なヤツが大嫌い。
それ以上に、全ての発端になった黒い化け物たちが、黒兎が大大大嫌い。
───違うか。これは嫌いじゃなくって、憎いっていうんだ。
私は黒兎が憎い。
一生あいつらを許さない。全部全部殺してやる。
絶対に殺してやる。
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灰色の荒野。油膜の張った様な空。
気がつけばそんな光景も八鍔は見慣れ始めていた。全ては慣れだ。多分、奇跡だって魔法だって繰り返し続ければ慣れるのだ。幸いなことに八鍔にとっての奇跡はまだ一度きりでそちらには慣れることはなさそうだが。魔法に関してはこの半月で随分慣れたと思う。
「───
この荒野の中を疾走することも。
細く伸びる殺意の魔力を感じながら、そこから逃れる様に緩いカーブを描きながら全力で脚を動かす。白いドレスの裾が大きくたなびくがそれを気にする余裕はない。
そんな八鍔───ジャックタルトを追いすがるのは宙を奔る黒とマゼンタの二本のロープだった。まるでレーザーのようにブレることなく高速移動する二色のロープを操るのは、明るい赤色混じりのツインテール。ザイルチェリーである。彼女の意思に従い速度を落とすことなくロープはジャックタルトを追走するためのルートをなぞる。
ゴスロリ姿の魔法少女は、逃げ続けるジャックタルトを睨むように僅かに目を細めた。途端、追いすがるロープの速度が倍加する。逃走者との距離は瞬く間に狭まり、ジャックタルトの脚力では逃げ切ることは最早不可能。
だが、大きく開いた剥き出しのその背にロープの先端が触れる寸前、白いドレスはスカートを広げながらコマの様に高速回転した。
「
ひねりを加え地面を蹴りつける。直進していた勢いを強引に円の動きへ変換したのだ。
同時に、一瞬だけジャックタルトの杖の先に顕現する炎の刃。杖の先のランタン。六面のひとつだけが開き炎が吹き出す。回転する白いドレスの上、赤いラインがわずかに明滅し光の線を描く。
ジャックタルトの魔法によって呼び出された炎の刃は回転運動に従い迫るロープを薙ぎ払った。一息で掻き消えてしまう紅の炎はまるで
「……っ」
しかし、彼の表情は晴れない。薪を焚べられていない炎では今の一瞬の解放が限界。既に勢いは衰え連発もできない。その上、今の一撃だけで体が軋んでいる。無理やり弾くような衝撃にまでは達していないが、噛み合った歯車を斜めに擦り合わせるような感覚はひどく気持ち悪い───それでさえ、体は徐々に慣れ始めているが。
これ以上の継戦には炎に何かを焚べる必要がある。
だが、何でもかんでも焚べるわけにもいかない。少なくとも"距離"は現状では二十センチ程度が限界であるとこれまでの検証でわかっていた。それ以上は勢いを増す炎に八鍔の精神が耐えられずブラックアウトする。そしてその程度の薪では先ほどと同程度の一撃が限界だ。
初めての戦闘の際、あそこまで自在に炎に焚べられたのは何故だったのか。
その理由は結局わかっていない。トーチにも聞いてみたが『たぶん気合なのー』と答えられた。そこそこ可能性がありそうなのが質が悪い。とはいえ、あれ以来幾度気合を入れて試してみたところで初戦の様にはできなかった。
「……やっぱりさっきのロープを焚べるのが正解だったか?」
『そうかもしれないけど、あのロープ魔力の塊だったの。うまく焚べる範囲の指定ができなきゃまとめて突っ込んで結局ヤツバがぶっ倒れてたと思うのー』
「だよなぁ」
トーチと今の動きの分析をしながら、八鍔の足は既に相対しているザイルチェリーの元へと向かっていた。魔法でショートカットできない以上、足で接近するしかない。それができるよう距離を取り過ぎない逃走ルートを選んでいたのだから。
「……」
駆け寄るジャックタルトにザイルチェリーは動揺することなく左手を向ける。先程までのロープはあの一撃で焼き切った。だが、あれで打ち止めということはないだろう。迎撃に再び二本のロープが射出される。今度は互いに向かい合う疾走。ぶつかり合うのは遥かに早い。
そのタイミングを見計らって───
「ここぉ!!」
それまで気配のまったくなかったメイド服の魔法少女がザイルチェリーのすぐ横から飛び出して奔るロープに手を伸ばした。
「
白かったホワイトブリムが黒とマゼンタに染まる。そのまま素手でロープを握り強引にその軌道を逸らした。ザイルチェリーのロープは彼女の魔力で編まれた特別製だ。普通であれば触れた瞬間にその対象を
「……っ、その程度で!」
だが、ザイルチェリーとてそれを予測していなかったわけではない。干渉されたロープを即座に解除。形を失い消えるロープを尻目に新たな黒いロープを一本放つ。既に八鍔はかなりの距離を詰めている。だが、それでもザイルチェリーの方が早い。
カウンター気味に放たれたロープは先程よりも鋭く八鍔の額に迫る。
「
ロープが頭部を撃ち抜く瞬間、そこにいたはずの八鍔の姿がずれていた。二十センチ。ほんの僅かな距離が八鍔の炎に焚べられその勢いを増していた。
「ギ……ぃッ!!」
体を巡りうねる熱。迸る炎。意識の首が絞められる感覚。
気を抜けば倒れてしまいそうな体を叩き起こすように地面を思い切り蹴りつける。
「
再びランタンの内の炎が解放される。
簡易式。あらゆる工程を簡略化し、ほんの一瞬でも炎の刃を顕現させるために編み出した
「うぇ!?あ、しまっ」
横合いから裏返った岩盤に吹き飛ばされたホットミルクに衝突されてもみくちゃになった。
倒れた八鍔の視界に、ザイルチェリーの足下から伸び、岩盤を縛り上げるマゼンダ色のロープが映った。
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それから数回の模擬戦を終え、八鍔たちはハミングの仮想空間から"図書館"本館ロビーへ戻ってきていた。差し込む日差しは既に鋭い西日となっており、まもなく夜が訪れるだろうことを館の中にいる少女たちにも知らせていた。
「ごめんね……わたしが足を引っ張ることが多くて」
「いや、どちらかといえばミルクの魔法をわかった上で上手く対策をとったザイルチェリーの作戦勝ちだろう。俺も……まだ自分の魔法の上手い使い方というのを習得できてないと思う」
「そんなことないよ。タルトちゃん、どんどん強くなってる。すごいよ!」
「負け続けで褒められても恥ずかしいけれど……ありがとう」
二人の模擬戦相手であったゴスロリ忍者───ザイルチェリーは上に報告に行くと席を外していた。それもあってか、ホットミルクは自分の不甲斐なさに落ち込みつつも先程よりは澱みなく話せている様に思えた。
「そうだ。ねぇ、タルトちゃん」
「どうした、改まって……」
「その、ね、お母さんに魔法少女のことは、クラブ活動って説明してるんだけど……それで最近クラブに後輩ができたっていう風にタルトちゃんの事を話したんだ……その、仲良くなった子がいるんだよって」
ホットミルクの話は少々要領を得ないが、それでも必死に話していることはわかった。だから八鍔も真剣に彼女の話を聞く。
「そしたら、ならウチに遊びにきてもらったらって……お母さんがそんなこと言うの、久しぶりだったから。なんだか嬉しくって。だから、よければ今度家に遊びに───」
ホットミルクの言葉を遮ったのは、耳障りな甲高いガラスの割れる音だった。暴力が叩きつけられる音は本能的に人を怯えさせる。
音の方向を向けば窓ガラスを殴りつけたザイルチェリーの姿があった。
「ホントに──────あんたは、何?遊びで魔法少女やってるの?」
「え、あ……」
一周突き抜けた、静かなザイルチェリーの怒気にホットミルクの声がこわばる。元来人見知りな性格の彼女が怒り心頭な相手に満足に言葉を返せるはずもなかった。
「待て、ザイ───」
慌てて八鍔が間に入ろうとしたが、それも遅すぎた。
八鍔が一歩踏み出す前に彼女の内に燻っていた怒りは爆発した。
「ふざけるんじゃない!!こっちは化物と殺し合いをしてるんだ!あんたみたいな遊び気分のヤツがチラチラ視界を横切るだけで虫唾が走るんだよ!!大してやる気がないなら顔見せるな!!!勝手に一人で遊んでればいいだろっ!!脳天気な顔見てるだけで苛ついてるのがわからないの!?」
「や、ち、ちがっ……」
「大体さっきの模擬戦もそうだ……自分からは攻撃できない出来損ないの魔法少女。あんたが一人で足を引っ張ってっ、能力の無駄遣いばっかり……何様のつもりだ!!邪魔なんだよ!目障りなんだよ!ムカつくんだ!あぁ、っ…………もう…………」
感情を堪えきれないように呻きながら両手で乱暴に頭をかきむしるザイルチェリーを八鍔は押し留める。
「言い過ぎだ。落ち着け」
「……っ、あんただって死んだ扱いだ。私の言ってることくらいわかるでしょ」
「言いたいことはわかる。が、ホットミルクは真剣だ。一緒に黒兎とも戦っているからわかる。君の憤りをぶつける相手じゃない」
「こいつが?そんなわけないじゃん……!」
引きつった笑みを浮かべ八鍔の手をはたき落としたザイルチェリーは、憎しみの籠もった眼でホットミルクを一瞥すると足早にその場を立ち去っていった。八鍔は一瞬追いかけるかどうかを悩み、しかしその場にとどまることを選んだ。
その場で立ち尽くしたまま俯くホットミルクをそのままにもしておけなかったから。
「ごめ、ごめん……ごめん、なさい……ごめんなさい」
小さすぎる声で繰り返す言葉がザイルチェリーに届くことはなかっただろう。顔は真っ青で、僅かに目は潤んでいたが泣く様子はなかった。ただ、エプロンドレスの縁をぎゅっとつかみ謝罪の言葉を小さく繰り返し続けていた。
「……そんなに、謝らなくていいから」
八鍔の言葉に一瞬ハッとした表情を浮かべ、それから歪んだ笑顔で首を横に振る。
「う、ううん。わかってる……わかってる、の。わたしは恵まれてる。とっても幸運なの……知ってる。だから、だ、大丈夫…………わたしが悪かった、の。ごめ、ごめんね……タルトちゃんも、いや、だったよね……」
顔色は戻らず八鍔にまで謝りだすホットミルクに、ザイルチェリーの病んだ仕草とは違うどこか投げやりな動作で頭をかいた八鍔はその場で変身を解除した。
「え……?」
戸惑うホットミルクに答えることなく、ポケットからスマホを取り出ししばらく操作する。それが終わると今度は、何度も手を上げたり下げたり、握ったり開いたり。迷うような仕草を繰り返した後に、自分の服を握りしめていたホットミルクの手を躊躇いがちに握った。
「……さっき、家に誘ってくれただろ?だから、まあ、うん、急だけどさ。……今日泊まりにいってもいいか?」
「…………………………う、うん」
白い頬を赤らめて躊躇いがちにそう口にする赤い少女の姿があまりにも愛らしくて、それまでのやり取りも彼女の言葉の意味も吹き飛んだまま真っ白な頭で在奈は頷いていた。