魔法少女ジャックタルト   作:富野倒去

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【3-4】時計の針は重ならない

 恥じらう少女の姿に殆ど無意識の内に頷いていたホットミルク───在奈(ありな)だったが、自分の一存だけで後輩の宿泊を決めることができないくらいはわかる。八鍔(やつば)にも言われたので、ひとまず自宅へ連絡を入れることにした。

 八鍔と同じ様に変身を解き、携帯を取り出す。

 魔法少女の姿だと変身前に身につけていた物は取り出せないのだ。衣服や鞄、その中の荷物。それらが変身中どこへ消えているのかはよくわかっていない。だから、変身を解かねば取り出しようもない。

 魔法少女不便あるあるだった。

 

『話はわかりましたけど、流石に向こうのお父様かお母様の方の了承も無しにお泊まりは……』

「え、いやえっと……だい、大丈夫だよ!そのちゃんとお話はして……あー、ある……あるよね?ある、よ……ヤツバちゃん……」

 

 今朝話した子を家に泊めたい。そう母親に説明した在奈への回答が、保護者の了承の有無の確認だった。当然といえば当然であるが、在奈の頭にはちっとも無かった観点に慌てて破れかぶれなことを口走ってしまう。

 八鍔は外見だけなら在奈の年下、精々小学三年生か四年生の外見だが中身の実年齢は大人である。保護者の了承が必要とは思えないが、それで母は納得しないだろう。八鍔は今は魔法少女寮で暮らしていると聞いているが、そちらで許可をもらう必要があるのだろうか。

 慌てて、てきとうな事を口走りながらこちらを窺う在奈に八鍔は苦笑する。

 

「大丈夫だ、許可は取ってる。ああ、在奈の親御さんへの連絡が必要なら……その辺りはこの後に確認しておこう。問題はないと思う」

 

 先程までの恥じらいは既に呑み込んだのか、八鍔の言葉の調子は落ち着いていた。在奈はこんなことで慌てる自分が恥ずかしくなった。

 こうして親に電話をかけているが、在奈はまだ先程の話をどこかぼんやりとした夢の様にも思っているのに。頭の片隅には、このまま八鍔を家に招いてもよいのだろうかという考えもある。ザイルチェリーの責め立てるような鋭い声も耳の奥で響き続けている。

 

 自分がとても情けないやつだという自覚はある。多くの魔法少女にとって気に入らない存在だと言われれば、そうだろうと納得もする。八鍔が当たり前に接してくれていたから、つい忘れそうになってしまったけれど。

 そんな()()()()()()の一端に、八鍔を招いて本当にいいのだろうか。こうして電話をかけた後になって躊躇が生まれる。けれど、そんな在奈に八鍔は背中を押すように頷いてくれるのだ。こちらの考えが全てわかってるわけではないだろう。在奈の事情だって殆ど説明はしてない。それでも、その姿に勇気をもらえた気になってしまうのはどうしてだろう。心地よくて、それが申し訳ない。

 

「ちゃんと許可はもらってるって───うん、うん。それも大丈夫だから、えっと、詳しいことは後でっ、とにかくこれから家に帰るね!うん、それじゃあ」

 

 やや強引ではあれど、ひとまずは了承を得て通話を終える。一方の八鍔もスマホで誰かにメッセージを送っているようだった。

 

「寮母さんの方にお願いしておいた。もし保護者を、という話になったら彼女に対応をしてもらえそうだ」

「そっか。それなら……安心、だね」

 

 安堵混じりの息を吐いた八鍔の頭上からオレンジの小鳥が飛び出した。

 

『お泊まりなのー』

『おとまりー』

 

 応じたのは在奈の肩を踏み台に飛び上がったシロだった。

 

『『いえー』』

 

 空中でハイタッチを交わすふたりのナビゲーターははしゃぐ子供そのものだった。

 

「在奈の家族もいるんだからあまり騒がしくするなよ」

『わかってるのー』

『あのね、ありなのへやなら、うるさくてもだいじょうぶ』

「限度はあるからね……」

 

 言いながら在奈はシロへ手を伸ばす。彼女の意を察した仔猫は自らを光へと変換し色とりどりの小さな宝石を散りばめたコンパクトへと姿を変える。同時に在奈の頭にホワイトプリムが現れた。

 簡易変身。限定的に魔法少女の力を扱える、これも一種の創作魔法である。燃費はよくない上に力も制限されるが、変身を挟まない分気軽に使うことができる。人によってはずっと変身していればいいとばかりに身につけない技能でもあった。

 

「リープで跳ぶけど、ヤツバちゃんは……」

「まだ"栞"が見えてないと無理だ」

「そっか、それじゃあわたしが連れてくね、はい」

「……ああ」

 

 差し出した在奈の手を少しだけ躊躇った後に八鍔が取る。本人は気づいていないかもしれないが、自ら手を差し出すことは躊躇わないのに誰かの手を取るときは少しだけ恥ずかしそうにするのだ。少し前のお泊まり宣言は見たことがないほど真っ赤な表情で驚いてしまったが、八鍔という少女は元々が恥ずかしがり屋な性格だった。在奈はそういうところに親近感を抱きながら、密かにかわいらしくも感じている。

 

───あんたは、何?遊びで魔法少女やってるの?

 

「……」

「……在奈?」

 

 ザイルチェリーに言われた言葉がまた蘇る。

 そうだろう。彼女からしてみたらそうとしか思えないだろう。八鍔にだって子供が真剣みもなく浮かれていると思われているかもしれない。実際に自分の中にそういう感情が全くないと否定もできない。

 自分がその程度の魔法少女だってわかってる。

 

「大丈夫か?」

「……ごめん、なんかボーッとしちゃって。いくよ───私たちはまたページをめくる 何度でも(リープ)

 

 コンパクトの中には"栞"を構成する魔法の一部の情報が収められている。鍵と鍵穴の様な関係性と例えられるが在奈のイメージとしては磁石だ。ただしS極とN極それぞれに細かな種類があって正確に対応する極同士でしか引きあわない、そんなイメージである。

 力ある言葉を口にすると共に、在奈がいつも利用している"栞"と引き合うようにコンパクトの極を調整する。自分と八鍔の存在が一直線に引っ張られ空間を飛び越える。

 

「流石だな」

 

 白っぽい壁の一室へと変わった周囲を見回して八鍔が感嘆の声を上げてくれる。この程度でそんな反応をしてくれるのが申し訳なくて、けれど少し誇らしくて。

 

「へへ、これくらいヤツバちゃんもすぐできるようになるよ」

 

 つい、笑みを浮かべてしまう。

 

「案内するね、行こう」

「あ、ああ……」

 

 その笑みを止めないように八鍔の手を握ったまま歩き出す。きっと手を振り払う訳にもいかず、けれど繋いだままも恥ずかしくて、どうしようかと戸惑っているのだろう。そんな風に手を握る先の相手の内心に思いを馳せながら、在奈は八鍔と二人薄暗くなった帰り道を歩き始めた。

 

 

###

 

 

木賊八鍔(とぐさやつば)と言います。急で申し訳ありませんがお世話になります」

「こんばんは、在奈の母です。自分の家だと思ってゆっくりしていってください」

「お前よかよっぽどしっかりしてそうだな」

「お兄ちゃんは黙ってて!」

 

 在奈の家は家の周りの柵を黄色っぽい蔦が彩る二階建ての白い家だった。全体的に小綺麗な一軒家の並ぶ住宅街の中で、爽やかな緑の屋根が目印の上品な家という印象を八鍔は覚えた。

 帰り道の最中は曇った顔を浮かべる事も多かった在奈であったが、家に着くと打って変わって八鍔も見たことがないような明るい表情を浮かべていた。泊まりにまで来たのはお節介が過ぎただろうかとも思うが来てしまったものはしかたない。

 天使のいつもと違う姿は眼福ではあった。恐らくは家族の前でしかしない顔なのだろう。殺伐とした魔法少女界隈の癒しである。

 

「在奈ってばずっとはしゃいで。こんな子ですがこれからも仲良くしてもらえると嬉しいです」

「べ、別にそこまではしゃいでは……ない、よ?」

 

 夕食の席で彼女の母親からそんな風に言われたので、無意味ではなかったと思いたい。

 

「アイス、食うか?」

「ありがとうございます」

「それわたしのヤツ───!いやヤツバちゃんに上げるのはいいんだけど……お兄ちゃんが渡すのは違うじゃん!」

「別にいいだろ。ほれ、お前の分」

「……ん」

 

 大学生になるという彼女の兄も口調はぶっきらぼうであったが、八鍔に対しては終始親切だった。なんとなく妹より小さな女の子との距離を測りかねている様にも感じてシンパシーを感じられた。

 彼は在奈をからかう事に余念のない様子だった。けれど、それはどちらかというと彼女への親愛の情ありきの行動で、在奈も根っこではそういう兄の感情を理解している様に感じられた。

 

 温かい家庭だった。ともすれば八鍔こそ戸惑ってしまうくらいに。彼女の母も兄も、そして在奈も急にやってきたはずの八鍔を当たり前に受け入れる余裕がある様に感じられた。

 

 

「いいお湯だったねー」

「……そうですね」

 

 在奈の自室。物は少なめだが、かわいらしいシールや小物が少女の部屋らしさを思わせる。大きめの窓がひとつ。窓の向こうには隣の家が見える。窓の横にかけられた赤いランドセルがこの部屋の主が小学生であると主張していた。

 上気した頬で満足げな在奈に八鍔は死んだ目で返事をする。八鍔の頬ものぼせて仄かに赤らんでいる。着ているのは数年前に在奈が着ていたというピンクのキャラものパジャマだ。在奈のものは紺色に白の柄が入ったもので、本当はそちらがよかった。今の八鍔には大きすぎた。

 家に帰ってからテンションが高いままの在奈に押し切られて一緒に湯船に浸かった後である。「ヤツバちゃんちっちゃいしへーきへーき」とは在奈の言。

 平気ではないが。

 ちなみに八鍔の髪を乾かすのも在奈がやっていた。ドライヤーで温風をかけるのが楽しそうだったので止めるのも気が咎めた。

 

 魔法少女寮───女子寮で暮らして既に二週間近くになる。体はどこからどう見ても幼い少女だし、十代の少女たちとコミュニケーションを取ったり、生活の中であまり異性には見せられないだろう姿───星屑文庫の奇人はよく肩にバスタオル掛けただけの状態で牛乳瓶を一気飲みしている───を目にすることにも正直慣れた。

 それでも、小学生の女子と一緒に風呂に入るのは犯罪だと思う。なんというかそういう時にこそ、自分の中身が二十九の男であると意識させられるのだ。罪の意識だ。禁則事項だ。懲役刑だ。

 これが、少女の体にされるという事なのか……。

 おそらく強制性転換をさせられて八鍔が一番ダメージを受けた時間だった。

 

 そんな心持ちで虚空を眺めていると、在奈が申し訳なさそうに八鍔の顔を窺う。どうも一通り満喫してようやく冷静になったらしい。満喫できたのならよかったのかなと思ってしまう。

 

「えっと……無理矢理にごめんね。嫌だった……かな?」

「嫌というか……どちらかというと君が嫌だと思うべきだと思うのだが」

「え、全然」

 

 何でそんなことを聞くのかという顔をされてしまう。

 在奈には八鍔の元の年齢も性別も誰より最初に教えてあるはずなのに。

 

「いや、それならいいけれど」

 

 八鍔の為に部屋の中に敷かれた来客用の布団の上に座り込む。恐竜柄の青い布団だった。布団の位置はベッドの真横なので丁度ベッドの側面を背もたれにできる。八鍔がそうして座れば、在奈も倣うように真横に座り込んだ。

 

「……」

 

 何か話すべきだろうか。

 何を話すべきだろうか。

 ザイルチェリーの言葉に今にも泣きそうな顔で俯く彼女を放っておけなかった。八鍔はこれまでの人生であまり人と深いコミュニケーションを取ってこなかった。そのままこんな歳にまでなってしまった。正直、勝っているものなど年齢だけで、在奈を含め魔法少女たちに何かを諭せるとも思えない。

 それでも、誰かが側にいた方がよいと思ったのだ。

 こうして自宅まで来てみれば彼女の家族が在奈を温かく迎えていたのだから、自分の行為は行き過ぎたものだったのかもしれないけれど。

 

「ありがとう、ヤツバちゃん。わたしのこと気づかってくれたんだよね」

「ああ、まあ……結局、上手い慰めの言葉なんて思いつかなかったけれどな」

「そんなこと、ないよ。こうやって一緒にいてくれるだけで……十分。それに、ウチにも来てくれた……お母さんもお兄ちゃんもすごく喜んでくれてた。わたしこそ、ありがとう」

 

 ちらりと目だけを動かして隣の在奈を窺えば、どこか憂いを帯びた声で足下を見つめながら淡く笑っていた。先程までの元気の良さはすっかり鳴りを潜めている様だった。

 

「……そうか」

「うん、そう」

 

 言葉に詰まる。言えることならたぶんある。

 楽しみを持つことが決して真剣さを否定するわけではない、とか。ザイルチェリーが言うことはあくまで物事の一側面でしかない、とか。実際に黒兎と戦い人を助けているホットミルクが否定されるものではない、とか。

 思い浮かぶ言葉はいくつもあった。ただ、隣で膝を抱えて静かに笑う在奈の姿を見ると、どれも喉の奥で引っかかり口にすることができなくなってしまった。

 八鍔は自分のことがとても情けなかった。いい歳をした大人が。中身まで子供になってしまったのだろうか。

 

「チェリーの言ったことは間違ってないよ。覚悟も、思いもわたしには足りてない。黒兎をどうにかしたいとは思っていて、戦いにだって出るくせに、自分から攻撃することも攻撃されることも怖がって……避けようとする。自分からは攻撃できない出来損ないの魔法少女」

「……」

 

 ホットミルクの魔法が攻撃に向かないという話は聞いていた。彼女の魔法は自身の魔力を他の魔力と同化させる事で魔法に干渉したり、すり抜けたり、気配を悟らせないようにできる。けれどそれは同化した相手からホットミルクに対しても同じ事で。

 だから、共闘する際はホットミルク(在奈)がサポートでジャックタルト(八鍔)がアタッカーで。そう決めて、そう立ち回るようにしていた。得手不得手の問題。そういう認識だった。けれど、在奈の今の口ぶりは魔法が向いていないというよりは、どちらかというと気持ちや心の問題として攻撃を苦手としている様に聞こえた。

 しばらく、部屋の中に沈黙が満ちる。

 在奈は言葉を探すように目線を彷徨わせ、八鍔は何か口にしたくなる感情を押し止めて在奈の言葉を待った。動くことも話すこともせずにいると、触れ合いそうな肩の距離の先に互いの体温を感じて。けれどその体温に互いに何を思ったかは共有できないままで。

 

「わたし、覚えてないんだ」

 

 在奈がポツリと漏らした言葉が、ようやく止まっていた部屋の時間を動かした。

 

「魔法少女になった時の事……ちゃんと覚えてないんだ、わたし」

 

 それはどこか泣き出しそうな顔で。

 けれど、やはり彼女が泣くことはなかった。

 

「わたし……なんで魔法少女をやってるんだろうね」

 

 それでも八鍔にはその声が泣いているように聞こえた。

 




ちなみにナビゲーターたちは紆余曲折の上、屋根の上でお月見してます
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