魔法少女ジャックタルト   作:富野倒去

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【3-5】時計の針は重ならない

『お嬢ちゃんたち、こっちにおいでよ』

 

 それは庶賀在奈(しょがありな)がまだ小学五年生の頃。

 在奈は不審者に出会った。友達と学校から帰る途中のことだった。

 T字路の左手、在奈たちの下校路とは反対側の道に立つ真っ黒な人影の形をしていた。顔に安物のヒーローのお面をつけていて、全身黒いせいでまるでお面が宙に浮いているかのようだった。機械で合成した様な人間味の薄い声が浮かんだお面から発せられるのは、ただただ不気味だった。

 

「うわ、アリナ!ヤベーぜ、不審者だ!」

 

 隣の友達───同級生の幼馴染が、口が達者になりだした子供らしい生意気さと無鉄砲さで真っ黒なそいつを指さし声を上げた。在奈はこういう時口を利いてはいけないと言われていたので慌てて彼の袖を引いた。

 

「き、キー君ダメ、だよ!……早く行こう」

「ブザーあるし平気だろ」

 

 ランドセルにつけている防犯ブザーを握り、彼は得意げな笑みを浮かべる。けれど、それで身を守れるのは常識のある不審者だけだ。話も常識も通じない相手からは助けは呼べても即座に安全を保証する道具にはならない。

 真っ黒なお面男からはその常識に属さない何かを感じた。からかって、ブザーを鳴らして。それでどうにかなる様なものには思えなかった。理由はわからない。けれど心をざわつかせる不気味さが、早く逃げろと在奈に警鐘を鳴らしていた。関わるべきでないと本能が訴えていた。

 だから、自分でも驚くほどに在奈の声は切羽詰まったものになった。

 

「キー君!!」

 

 家ではともかく、外でそんな声を出す事は滅多にないと知ってる幼馴染はギョッとして在奈を見る。皺が寄るほど握りしめられた自分の袖口に視線を落とす。

 

「わかったよ……」

 

 どこか憮然とした様子で幼馴染は頷いた。

 そんな他人が見れば危機感があるのかないのかわからない子供たちのやりとりを、お面男はボーッと眺めていた。近づいてくる様子はない。ただ、在奈たちが逃げ出そうとした時に微動だにしないまま再び声を発した。

 

『僕ちゃんもお嬢ちゃんも、こっちにおいで。楽しいよ』

 

 今度こそ、在奈たちがそれに答えることはなかった。

 けれど、そんなことに意味はなかった。たとえ最初に声をかけられたタイミングで逃げ出したとして、あるいはブザーを鳴らしていたとして、やはり意味はなかったのだろう。

 それはそういう存在だった。

 理不尽な存在だった。

 抗う方法はひとつで、その時の在奈たちにその術はなかった。だから、きっと後悔も無意味なのだ。声をかけられた時点で、それに目をつけられた時点で、在奈たちのその先は決まってしまっていたのだから。

 

 もう一度、不気味な声が聞こえた。

 

 

『こっちにおいで』

 

 

 意識が戻った時には辺りはひどく薄暗かった。冷たく硬い床。埃っぽい空気。小さな豆電球の様な灯りが天井からぶら下がっていた。

 

「どこ……ここ……?」

 

 体がぶるりと震えた。直前の記憶がない。覚えていることを掘り起こす。学校からの下校中、怪しい人物に声をかけられた。その後───記憶はぷっつりと途切れていた。

 在奈は不安にさいなまれながら辺りを見回した。古びた建物の中の様だ。壁にはひびが走り、床には瓦礫が転がっている。窓はない。なんとなく、Vチューバーのゲーム配信で見たホラーゲームの舞台を思い出した。パイプを片手にこんな澱んだ雰囲気の建物を探索するのだ。恐る恐る歩いているとまるで悪夢みたいな気持ち悪い化け物が突然───

 

「ひっ!?」

 

 すぐ足元で動く影が見えて、在奈は悲鳴を上げて後ずさった。

 

「んん……なんだよ……」

「キー……君?」

 

 目を凝らせばそれはよく知る姿で、在奈の肩は安堵に深く沈み込んだ。

 すぐ側で在奈と同じ様に意識を失っていた幼馴染が目を覚ましていた。

 

「は、何これ……。アリナ、ここどこ?」

「わたしも知らないよ……」

「んー……なんかゾンビ出てきそう」

「へ、変な事言わないでよ……っ」

 

 起き上がる幼馴染は異常な状況にも関わらず随分と呑気で。けれど、それがらしくて在奈の口元には少しだけ笑みが浮かんだ。緊張感は無いけれど、変わらない彼の態度が今は心強かった。

 

「……変な人に声をかけられて……それから、覚えてる?」

「うーん……わっかんねー。こっち来いって言われた記憶はあるけど」

 

 どうやら、彼も在奈と状態は変わらないらしい。

 

「……誘拐、とか、なのかな?」

「わかんないけど……じっとしててもしょうがないしさ、外に出られないか調べてみようぜ」

「そ、そんなことして……恐い人に怒られないかな」

「んー、見張りとかもいないし、まあ大丈夫だって」

 

 不安がる在奈の手を取って幼馴染は歩き出した。

 下手に動いて身を危険に晒すのではという恐怖もあったけれど、同時にこのままじっとしていてあの不気味なお面男が姿を見せるのも恐ろしかった。どちらも恐い在奈は幼馴染の選択に従ってここから出る方法を探す事にした。

 

「うわ、音ヤバ」

 

 目についた鉄の扉を幼馴染みが押し開くと、扉は錆びて軋む音を大きく鳴らした。ふたりがいたのは小さな部屋だった。扉の先は元いた部屋と同じ様に不気味で薄暗い廊下。ギイギイと扉の開く音が人気の無い廊下の左右に反響して在奈の心臓を縮こまらせた。

 

「誰もいない……とりあえずこっち行ってみよう」

 

 幼馴染はさして悩むことなく向かって右手に進路を選んだ。

 

「な、なんで……?」

 

 手を引かれながらも在奈は尋ねる。緊張しているからだろうか。走ったわけでもないのに息が苦しい。

 

「別に、なんとなく。どっち行っても同じだろ?」

 

 そうだろうか。そうなのかもしれない。

 左右廊下の先はどちらも薄暗くて何があるかはわからなかった。人の気配もなければ音もしない。選ぶための判断材料がないのだから、後はくじ引きみたいなものだ。在奈の手を引く彼がそこまで難しく考えているかはわからないけれど。

 

 しばらくは代わり映えのない風景が続いた。

 相変わらず光源は頭上から下がる小さな灯りだ。それが等間隔に並んでいる。窓はない。もしかしたら地下なのかもしれないと在奈はぼんやりと思った。

 どれだけ歩いたか。時間の感覚は曖昧だったが、急に周囲の空間が広がる。広間の様な場所だろうか。何があるわけでもなくがらんとしていたが、天井が一階分くらい高かった。在奈たちが歩いてきた廊下以外にも四方それぞれ廊下に繋がっているらしい。

 

「マジでゲームみたいだな……」

「あ、わたしも。それ思った」

 

 彼の呟きに在奈も頷いた。

 そう、なんというか、現実感がない。廃居の様などこかということはわかっても、元が何の建物なのかはよくわからないままなのだ。不気味で、おどろおどろしくて。でもそれ以上の情報がない。目覚めた部屋も、廊下も、この広間も。

 

「次はどうすっか……」

 

 そんな幼馴染みの呟きを聞きながら、ふたり広間の中央まで進み出た時。

 

 ピチャリ。

 

 そんな水音が耳を打った。それまでずっと自分たちの立てる物音以外は無音だったこの場所で、初めての音。在奈も幼馴染みも弾かれる様に音の方を向いた。それは在奈たちがやってきたのとは別の廊下の先だった。

 

 ピチャリ。クチャリ。ポタリ。

 

 音は少しずつ近づいてくる。繋いだ手のひらにじわり汗が滲む。在奈は一刻も早くこの場を離れたくて幼馴染みの手を引こうとして。その前に、暗がりの中からお面が姿を現した。

 

 クチャリ。クチャリ。

 

 その音はお面の───真っ黒な人影の口の音だった。黒い影の中で開いたり閉じたりする口の色はこの暗がりでも何故か鮮やかに真っ赤だった。

 でも、おかしい。人の口は顔の下側についているのだ。顔を覆うお面をしていれば口は見えないはずだ。なのに、とても大きな口が目に入る。首の下。右肩から左肩。本来鎖骨が通る辺り。そこがぱっくりと裂けて大きな大きな口になっていた。白く煙る息と共に長い舌が覗く。その中へ、手にしていた誰かの腕───腕の先はなかった───を放り込む。口が閉じて、クチャリクチャリと音を立てて肉を咀嚼した。

 

「──────ッ」

 

 声は、どちらかが上げたかもしれない。わからない。今も耳に残るあの咀嚼音に塗りつぶされてそれ以外の音が記憶にない。ただ、手を握りあったままふたりでその場を逃げ出したのは確かだ。示し合わせることなくお互いにもう一秒でもあれの側にいてはならないと理解していたから。変わらない薄暗い廊下を二人で必死に走った。

 走って、走って、走って、走って。

 

 そこから記憶が段々と断片的になっていく。

 

 確か、あの黒い人影以外の人とも出会ったはず。みんな気づけばここに連れてこられたと、そう言っていたと思う。歳も性別もまちまち。ただ、比較的近い年齢が多かったかも。

 背の高い男の人と。同い年くらいの男の子と。白い髪の女の子と。ふくよかなおばさん。だったはず。

 

「大丈夫だ、一緒にここから逃げよう」

「うえぇ、うぇぇぇええええええ、うぇぇえぇえん」

「あんたたちの事なんてどうでもいい。勝手に死ね」

「嫌だ!嫌だ嫌だ!私はまだ死ぬわけにはいかないんだ!!」

 

 声がいくつか交錯する。

 たぶん、あれからまた長い時間あの建物の中を彷徨っていたはずで。

 彼とふたり、あの恐ろしい人影から何度も逃げ続けていたと思う。狭い部屋、広い部屋。低い天井。高い天井。色々あった。けれど。

 どんどん記憶が欠けていって。

 

 縦に真っ直ぐな黒い瞳孔がこちらを捉えた。ニャーと鳴き声が響く。

 

 それから。

 それから?

 

 気づいたら山の中をぼんやりと歩いていた。周囲は真っ暗で、空には月が浮かんでいた。背後では何か大きな建物がゴウゴウと燃えていた。まるで下校の時の再現。記憶は断絶して、いつどうやって山道へやってきたのか少しも覚えていない。

 ただ、頭の中をグルグルと巡るのは逃げた記憶ばかりで。だから、ようやく助かったのだと思った。けれど、手に握っていたのは銀色のステッキで。いつの間にか在奈の手を握る手はどこかへいってしまっていた。

 出会った人の誰ひとり周りにはいなくて。彼もいなくて。在奈はひとりだった。

 どうしてそうなのかは覚えていない。

 

 

 ただ、その時には既にわたしは白いエプロンドレスを身に纏っていた。

 どうしてか、わたしは魔法少女になっていた。

 

 

###

 

 

「という、様な……はは……最後、わからないばっかりで滅茶苦茶だよね」

 

 随分と長い時間在奈の話を聞いていた。

 つい最近、八鍔(やつば)も同じ様に自分の身に起きたことを人に語って聞かせた覚えがあるので、在奈が外から見える以上に話し疲れているだろう事を察した。

 

「いや、話してくれてありがとう」

「ううん、本当はもっと早くに話すべきだったんだ。ヤツバちゃんはもっとずっと前にわたしに自分の事を話してくれていたのに」

「俺は俺だ。単に俺自身が在奈に話を聞いて欲しいと思って自分から話したんだ。こっちの勝手だった。気にすることじゃない」

「じゃあ……わたしもわたし、なのかな。お話したいと思ってたから……聞いてくれてありがとう」

「ああ」

 

 先程よりは和らいだ顔でこちらを向く在奈に、八鍔はほっと息を吐いた。在奈の様子に少しだけ迷ってから、気になっていた疑問を口にする。

 

「なあ、そのいなくなった幼馴染みは……」

「キー君はね、たぶん死んじゃったんだ。覚えてないなんて最低だけど」

 

 在奈の顔に聞いたことを僅かに後悔しながらも八鍔は話を続けた。

 

「記憶の断片の中で出会っただろう他の人たちも……か」

 

 在奈の話を反芻する。廃居の様な建物の中。集められた人間とそれを襲う黒兎。在奈たちが口にしていた様にそれはまるでゲームのようだ。ひねりもなく、ありきたりで、手垢のついたようなものだが。それは映画や物語の中に見る様な、趣味の悪いデスゲームだ。

 

「なんというか、言い方は悪いかもしれないが……そんな人間みたいなことをする黒兎もいるんだな」

 

 八鍔の中の黒兎とは、ある日突然町中に現れて人を喰らい暴れる前後の脈絡もない獣のような存在だった。少なくともこれまでに八鍔が出会った黒兎はどれもそうだった。人を攫って閉じ込める選択肢を持っているなんて想像もしなかった。

 それはまるで人間の悪意だ。

 

「わたしもまだ、詳しいことは知らないんだけどね。人に近い形を取る黒兎程人間に近い価値観や手段で人を襲う……らしい、よ。……わたしが攫われたのはね、"ハーメルン"って名前がつけられた黒兎だったんだって。前にも二回くらい同じ様な事をして、人を襲ったことがあるって」

名前持ち(ネームド)。大物じゃないか」

「黒兎はみんな怖いから……あんまり、そういう区別もピンとこないん……だけれどね」

「そいつは在奈が……?」

「どうなんだろう。"図書館"では私が倒しただろうって言われたんだけど……覚えてない。そもそも、わたしがひとりで黒兎と戦えたとも……思えないし。なのに、すごい新人だとか、最初変に期待されちゃって……ちょっと困ったけど」

「ああ、俺も覚えがあるな……」

「ヤツバちゃんは、ちゃんと期待に応えられてるもん。わたしとは違うよ」

「いや、俺がなんとかなっているのはずっと君に助けてもらってるからだ。そもそも、あの時みたいな力を期待されてもどうすればいいかわからない。……それでセイラピューレにはバラバラにされるし」

 

 未だに苦い思い出を振り返り顔を顰めた八鍔に在奈が体を寄せた。自分より大きな体が寄りかかる感覚に僅かに身じろぎする。決して重いわけではないけれど。受け止めていられる様に少し姿勢を整えたかった。

 

「あれはセイラピューレが悪いんだよ。あの人、すぐ無茶苦茶するんだもん」

「まあ、おかげで魔法に対しては何があっても受け入れられるようになったからな。荒治療みたいなものにはなった……かもしれない」

「やめてね。ヤツバちゃんがあんなことになるの、もう絶対二度と見たくない」

「望んで同じ事はやらないよ」

「ダメだよ?」

「……なんでか信用されてないよな」

 

 苦笑いする八鍔に寄りかかったまま在奈は黙ってしまった。また、言葉を探しているような気配を感じた。先程よりもずっとはっきりと彼女の体温を感じる。それをどう受け止めればいいのか八鍔は迷う。別に、感覚は感覚だ。そう感じると、それだけの話なのだけれど。

 それだけでない事もわかってはいるから迷う。

 

「……」

「……何も覚えてないんだけれど。黒兎を正面にすると、今でも足が竦みそうに、なる。わたしが何をしても、傷なんてつけれないんだろうって……そんな気持ちに、なってね。上手く魔法が、使えなくなる。その結果が自分からは攻撃できない、周りのサポートが精々の役立たずの魔法少女。そりゃ、期待外れだよ、ね」

「それでも君は戦うことを選んでいる」

「だって、わたしは魔法少女だよ?」

「だから戦わなきゃいけないわけじゃない。魔法少女であることが戦う理由にはならない」

「なら、わたしは戦わない方がいい?」

「……それは俺が決めることじゃない、はずだ。俺がどちらを口にしてもノイズにしかならないだろう」

「うん、でも聞きたいな」

「……」

「わたしは自分がなんで魔法少女になったのかわからない。覚えてない。だから、戦う理由なんて大したものはきっと無いんだ。みんなが必死だって事は知ってる。黒兎を許せないって思って、それで戦う魔法少女を知ってる。けど、わたしには……」

「迷っているのなら、戦いに出るべきじゃないと俺は言う」

「うん」

「でも、君が戦う事を迷っていないことを俺は知ってる」

 

 それくらいは、八鍔も知っているのだ。共に黒兎と戦った経験がある。その姿を見ている。だから彼女があの人喰いの化け物の前に身を晒すことを少しも躊躇ってはいないことを知っている。自分のできる最善を取ろうとすることを知っている。それはきっと───

 

「うん」

「……だから、それを踏まえて俺から言えるのは……在奈が一緒だと心強い」

「へへ、うひひっ、ひっひひ!」

「あ、おい……っ!」

 

 寄りかかってきていた在奈が、体の向きを変え上から覆い被さるように八鍔に抱きついてきた。クツクツと笑いながら、小さな体を抱える様にぎゅっと抱きしめる。八鍔はどこまで抵抗していいか迷い、結局されるがままになってしまう。

 

「ヤツバちゃんはすごいなぁ」

「……そうか?」

「だって、こんなにちっちゃな女の子なのに。自分の戦う理由をしっかりわかってて。自分の魔法をどうすれば上手く使えるか練習に余念が無いし。怖い魔法少女の先輩相手にも一歩も引かないし。わたしのことなんか庇ってくれて……わたしが言って欲しい言葉を言ってくれて」

「何度も言ってるが俺は中身は二十九のおっさんだからな。毎秒で忘れてそうだが」

「忘れてないよ。でもね……わたしにとっては、ヤツバちゃんはわたしよりちっちゃな女の子なの。それは変わらないの」

「と言われてもな……」

「ひひひ……だから、お姉さんのこともっともーっと頼っていいんだよ」

「ちょ、在奈……!」

 

 八鍔を抱きかかえたまま、在奈はごろりと布団に転がった。抱き枕を抱えて横になる様な状態で相変わらず楽しそうに笑う。胸に抱きかかえた八鍔が何やら慌てているのがかわいらしくて在奈はなんだか楽しくなる。

 

 また、怒られてしまうなと思う。

 ザイルチェリーがこんなことをしてるのを見たらきっと今日の比でないほどに怒るのだろうなとも。彼女の言葉に自分は傷つくし、申し訳なくなる。彼女に比べて覚悟の足りてない己に失望すると思う。今だってそう思う。

 

 それでも、せめて八鍔とこうして共にいる間は笑っていたいと、そう思った。

 

 

###

 

 

 わたしは恵まれている。

 とてもとても恵まれている。

 

 だから、泣いてちゃいけない。俯いてちゃいけない。

 わたしは、わたしにできることをしなければいけない。

 大丈夫。たとえ空っぽでもわたしは魔法少女だから。

 どれだけ未熟でも決して無力ではないのだから。

 

 あの美しいものに、手が届かないのだとしても。

 あの背中に少しでも手を添えられるのなら。

 

 わたしは。

 

 

###

 

 

 (はる)は小学六年生だ。来年には中学生だが、親に私立に通うように言われていて受験のために最近は毎日塾に通っている。晴自身はあまり自分の進路というものに実感がなくてなんとなく言われたから勉強をしている。勉強自体は好きだから塾通いは苦にならない。勉強した分、テストで点が取れるのが楽しいのだ。ただ、わざわざ遠くの中学へ通うのは面倒だなと少し思っている。少しだから、行けといわれるなら別に行くのだけれど。

 最近は日が長くなって来た。それでも塾の帰り道には空はすっかり暗くなっている。自転車を駐輪場に取りに行くのだけれど、暗いと自分の自転車がどれか探すのが大変だ。

 スマホのライトをつけて自転車の列の中から自分の物を探す。

 そんな時、晴に声をかかる声があった。

 初めは自分と同じで自転車を探している誰かかと思ったが、顔を上げるとそいつはひどく怪しい姿をしていた。

 

『お嬢ちゃん、こっちにおいでよ』

 

 全身真っ黒に安物の玩具の仮面。声も作り物のような音だ。

 晴は以前にもストーカーに追いかけられた経験があった。だから防犯ブザーの紐を即座に引くことに躊躇いはなかった。

 けれど。

 

『こっちにおいでよ』

 

 次の瞬間には駐輪場から人影は消え、鳴るはずのブザーの音が響くこともなかった。

 朔満晴(さくまはる)の捜索願が出たのはその翌日の事だった。

 




黒兎の名前に他意はありません
本当です

屋根の上の出来事
「あ、また流れ星なのー」
「おねがい、おねがい、おねがいー……できた!」
「何をお願いしたの?」
「おねがいをおねがいしたの」
「シロは相変わらずイカしてるのー」
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