魔法少女ジャックタルト   作:富野倒去

17 / 24
誤字報告、評価、感想、お気に入り登録
どれもありがとうございます。


【3-7】時計の針は重ならない

 強く吹く冷たい風が頬を撫でる。

 跳んだ先の"栞"は立体駐車場の屋上の片隅に浮かんでいた。青空の下、こんな開けた場所にあるのに何故か人目につかないらしい。普通に考えれば奇妙な物体として話題にでもなりそうなものだ。けれど、今はそれを気にしている場合でもない。八鍔(やつば)は戦う為にここまで跳んできたのだから。

 

『あっちなの!』

 

 事前に受け取っていた情報を思い返すよりトーチが方向を指し示すのが先だった。

 

『あっちにいるのー』

「わかるのか?」

『そんな感じなの。黒兎、いるのー』

 

 今はステッキの姿であってもトーチが指し示す方向が八鍔にはわかる。根本的に、やはりトーチとは内側のどこかで繋がっているのだ。だから向こうの考える事が言葉や形を介さずに伝わるし、こちらから向こうも同様なのだろう。

 何かの競技場か。視線を向けた先には町並みの一角を半円形のドームが占めている。

 落下防止の錆の目立つフェンスへと飛び乗り、そして蹴り飛ばして示された先へ空を駆ける。目指す場所まで八鍔を遮るものはない。途中マンションの隣を横切りながら目的の場所まで一直線。ベランダで洗濯物を取り寄せる女性と僅かに目が合い、表情の変化を見る間も無く通り過ぎていった。

 魔法少女の脚力はただ一度の跳躍で小さな体を一キロ以上先へと運んだ。

 

 

「あいつか……!」

 

 立体駐車場からの跳躍から数歩。

 そこは建ち並ぶ雑居ビルの隙間にできた狭く薄暗い空間だった。見上げればビルとビルの間に鮮やかな青空が見えるのが余計にその場の閉塞感を印象づける。気分はまさに天から地に落ちていくかの様で。

 すえたゴミの臭いと耳障りな室外機の音で満ちたそこに、白い糸が張り巡らされていた。そんな糸の中、幾人かの男たちが見せびらかすように逆さに吊されている。誰もが顔を引きつらせ、あるいは歪めて泣いていた。それが黒兎の食欲をよく煽るのだと知るのはこの状況を作り出した当人のみだ。

 

『バギュ、バギュ……バ?』

 

 吊された男の片足を楽しそうに貪っていた八本の腕を持つ黒兎の頭が、小さな魔法少女の落雷の様な鋭い靴底によって蹴り飛ばされた。

 

『ギギャッ……!?』

 

 ゴム毬の様に狭い裏路地の壁や地面をバウンドして転がる人喰いに白と赤の少女───ジャックタルト(八鍔)が追随する。

 

仮窓(ジャッ)───」

『ビャーーーー!』

 

 腰を捻りステッキを振りかぶった八鍔に、黒兎から放たれる無数の白い糸が襲いかかる。関節人形の様な球体で繋がれた腕の内の四本をそれぞれをビルの壁面に突き立て、体を固定した黒兎が八鍔に三つ叉に分かれた尻尾のような部位を向けていた。

 

「チッ……!」

 

 舌打ちと共に八鍔は唱えかけていた魔法を中断。高く飛び上がるようにして降りかかる糸を回避した。散る糸の隙間を縫うようにして着地した八鍔を、壁の間に体を固定したままの黒兎が見下ろしている。

 

『魔法、少女……魔法少女?何故、早イ……早イ早イ早過スギル』

 

 それは腕の生えた蛇のような姿をした黒兎だった。あるいは形状からしてみればムカデの様、と言ってもいいかもしれない。ただ頭部は流線型で、そのせいか爬虫類に近い印象を受ける。後頭部へ伸びる棘の様な部位に混じって、黒兎共通の二本の黒い耳のようなものが生えていた。三つ叉の尾は腕とも胴とも質感が異なり、何か太い機械類のコードの様にも見える。黒兎に共通して言えることだが奇妙で歪な、様々な物をごちゃ混ぜにした外観をしていた。

 

『さっき蹴らずに焼き斬ってればかたがついたのー』

「捕まっていた人を巻き込んだ」

 

 トーチと小声で会話しながら対峙する黒兎の様子を窺う。

 吊された男たちは八鍔の背後。黒兎との分断はできたが相手の動き次第ではまだ安心することはできない。狭い路地裏には無数の糸が張り巡らされており、下手な動き方をすればすぐにそれらに絡め取られてしまうだろう。現状は相手のテリトリーに飛び込んだ形であまり賢い選択ではなかったかもしれない。

 それでも、人が喰われていく状況を黙って見ていることができなかった。

 

()ネ、魔法少女。私ノ食事(たのしみ)ノ邪魔ヲスルナ』

「それを言われて帰る魔法少女はいないだろ」

 

 八鍔の炎であれば周囲の糸をまとめて焼ききることもできるはずだ。だが、今の八鍔では焼ききった直後の次の決め手がなくなる。再度炎を解放するには薪を焚べる必要がある。距離を焚べて不意を打てればそれが一番だが、長距離のアンロードは初めての変身以降成功した試しがない。かといって黒兎が生み出し張り巡らされている魔力を感じる糸もまた、どこまで焚べられるかがわからない。下手に許容量以上を呑み込めば意識を失いそこでおしまいだ。

 他に焚べるとしたら───

 

『ソウカ……アア、ナラ。ココデ魔法少女ノ味ヲ知ルノモ一興カ』

『上なの-!』

 

 トーチの声が聞こえる前に八鍔は前方に向けて走り出していた。

 八鍔のいなくなった空間に糸の雨が降る。それは黒兎の背に隠れるようにして生えていた、三つ叉の尾とは別の二本目の尾から上空に放たれたものだった。

 既に張られた糸を避けながらの移動はどうしても曲がりくねったものになる。それを見越して黒兎は再び三つ叉の尾から糸を放って八鍔を迎撃する。限定されたルート。避けようのないタイミングで粘着質な糸が赤髪の少女の身に迫る。

 

仮窓解放(ジャック)ッ!」

 

 今度こそステッキの先、ランタンに灯る炎が解放される。一瞬。されど激しい炎が一息の内に降りかかる糸、張り巡らされた糸、八鍔の周囲の全てを焼き払った。

 

『火ッ、火カ!火ハ糸ヲ焼ク!火ヲ使ウ魔法少女カ!』

 

 八鍔は己の内、猛る炎の勢いが弱まるのを感じる。だが、そのまま駆ける。足を止めずに黒兎との距離を詰める。黒兎は警戒するように八本の腕を互い違いに動かしながら壁の間を跳躍する。八鍔と距離をとろうとする。

 そして、その先で腕の一本が壁に取り付けて室外機に伸びる。

 八鍔がステッキを投げ飛ばした先の室外機に。

 

『扱いが雑なのー』

 

 杖の先。触れるそれを意識する。

 

杖をひと振り(アンロード)

 

 取り付けられていた壁の一部ごと室外機が炎へと吞まれる。手放した杖の先にあるものを焚べる。できるという自信はあったが、やったのはこれが初めてだった。室外機。概念でなく、魔力も籠もらない物質はそれらに比べれば受ける負荷が緩やかだ。正確には、多少焚べる量を間違えても燃え盛る勢いが大きく変わることがない。燃焼効率とでもいうものか。量が必要な分ある程度雑に呑み込んでもなんとかなるのだ。それでも、室外機などある程度ひとまとまり形で捉えられる基準がないと今は量の調整が上手くいかないのだが。

 実体のない距離については感覚的に焚べる量を調整できるのに形ある物質については視覚的な基準が必要になるというのもおかしな話だ。

 

 八鍔の頬を冷や汗が伝う。いつも通り、薪を焚べられた炎は猛り狂い、苦痛を伴う熱が体を駆け巡る。

 

『オォ!?』

 

 空振った腕に黒兎の体が傾く。が、それも一瞬。残りの腕を無事な壁に突くことですぐに姿勢は保たれた。

 だが、その一瞬で八鍔は黒兎に追いすがった。

 

仮窓解放(ジャック)ッ!!」

 

 落ちるステッキを空中で掴み、奥歯を噛みしめるようにして再度の魔法を行使する。狙いは命。胴の中心。だが、既に姿勢を立て直した黒兎は咄嗟に体を反らすことで三本の腕を犠牲に致命傷を免れた。

 

『ギィイ……ッ!』

「チィ……ッ」

 

 解放される炎は一瞬。三本の腕を斬り落とした時点で既に炎は掻き消えていた。狙いを外した八鍔の顔が歪む。視界の端が赤いのは一度の薪の追加(アンロード)と二度の炎の解放(ジャック)の影響だ。

 後、やれて二回程度。そう内心で強がって見せるが次の薪で意識を保てるかも不安になる。

 それでも今ここで畳みかけるしかない。既に八鍔の手札は見せてしまっている。間を置けば不利になるのはこちらだ。

 ステッキを握る手に力を込める。距離を詰める。

 

「───結べば留まれ(バインド)

 

 直後、黒兎の残った手足と尾が無数のロープに縛りつけられた。

 黒とマゼンダ。二色のロープ。先程まで張り巡らされていた黒兎の糸の代わりとでもいうように、この狭い空間を幾重にも奔り腕を失い手負いの黒兎を絡め取る。

 

「人の縄張りに踏み込んできただけじゃなくて忌々しい形……あぁ、一々こっちの神経を逆撫でするわね」

 

 憎らしげな声の主は、二色のリボンが螺旋に巻き付いた銀色の細い杖を軽く振るった。

 

杖をひと振り(ツイスト)

 

 力ある言葉。

 それに応えるようにロープで縛りつけられていた黒兎の体の各所が捻り切られた。

 

『ギアアアアァァァァァァア!!』

 

 上がったのは絶命の声だった。残りの腕だけではなく胴体や頭すら幾つかに千切られ、黒兎は物言わぬ肉片となって汚れた地面に転がった。

 

「……ザイルチェリー?」

 

 黒兎の肉片を挟んで向こう側。八鍔が視線を向けた先に立っていたのは顔の半分を黒い布で隠した和風ゴスロリの服装の魔法少女だった。機嫌悪そうに黒兎の死骸を一瞥した彼女は、それを踏み越えて足早に八鍔の元へと近づいてきた。

 

「あの間抜けは……あんた一人?」

「あぁ……」

「チッ、馬鹿なの?新人が一人で死にたいわけ?」

「他の魔法少女も向かうとは、聞いていた。人が襲われていたから待たずに戦いを始めたが……君だったのか」

「私は違うわよ。学校が近かっただけ。黒兎の気配にザインが気づいたから要請はなかったけど来たの」

「そういう事もあるのか……。すまない、助かった」

「…………」

 

 頭を下げると、ザイルチェリーの目つきが一段と鋭くなった。舌打ちが再び聞こえる。空いてる手でこめかみに爪を立てていた。傍目からみて痛そうなのでできれば止めて欲しい。

 

「あいつと二人がかりで私程度にも勝ち越せてないのわかってる?身の程を弁えなさい」

「……ああ」

「味方がくるのがわかってたなら先に合流。ってかなんで新人一人でこんなところに寄越してるのかっていうか……あぁ……一人で突っ込んで死んだら意味ない事くらい、わかってるでしょ?」

 

 イライラしたようにつま先で地面を蹴るザイルチェリーに八鍔はもう一度頭を下げた。

 

「そうだな。心配をかけてすまない」

「はぁ!?」

 

 一際大きな声を上げてから、ザイルチェリーは深々と溜息を吐いた。

 

「いいや……とにかく討伐は完了したし被害者を保護して"本館"にも連絡、あとは───」

「あれ?もう終わってる?」

 

 事後処理の段取りを話し始めたところで、新たな声がその場に響いた。

 ビルの間、上空から軽やかに下りてきたのは短めの白い髪に濃紺のレザージャケットを纏った少女だった。レザージャケットには金属光沢を放つ板金が取り付けられており、どこか西洋鎧の様な印象も受ける。右腕に大ぶりの鋼の籠手の様な物を取り付けてそこだけ一回りか二回り太くなっているのが目を引いた。

 魔力を感じるでもなく魔法少女である。

 

「ああ、俺と彼女で討伐済みだ」

 

 ようやくやってきた魔法少女に八鍔は頷く。

 その横でザイルチェリーが怪訝そうに身じろぎするのを感じ、ふとそちらへ視線を向ける。

 

「そうか、なら小遣い稼ぎだけして帰るか」

 

───殺気。

 

 それはセイラピューレ以来の体に突き刺さるような鋭く恐ろしい死の予感だった。

 

「っ!?」

 

 目前に白髪の魔法少女。

 咄嗟に下がろうとして、クールダウンしかけていた体が動き方を忘れた様に強張った。足が思う様に動かない。先程までの戦闘でガタついている体が戦闘の緩急に追いつけずにいた。その場で棒立ちとなっていた八鍔に、魔法少女の籠手に覆われた右腕が突きつけられる。

 

「この馬鹿……っ!!」

「馬鹿はあんただよ」

 

 鋭い罵倒と共に八鍔の体にロープが巻き付き、強制的に後方へ引き摺られた。バランスが取れず尻餅をつくような体勢になったが、代わりに白い魔法少女との間に距離ができる。死の気配が遠ざかる。

 だが、籠手に覆われた右腕はそれがわかっていた様になめらかに狙いを変え、前腕部に仕込まれていた杭を打ち出した。

 

「かふっ……!」

「先に狙うのは面倒そうな方だろ」

 

 黒い和風ドレスを貫いて、その切っ先が血に濡れいていた。

 

「なん…………」

 

 八鍔を縛っていたロープが解ける。

 腹部を貫かれたザイルチェリーの体が崩れ落ちる。

 その様子を八鍔は呆然と眺めることしかできなかった。

 

「魔法少女が二人。遺体まで持ち帰れば、しばらくは金に困らない」

 

 薄暗い地の底で、白い魔法少女は酷薄な笑みを浮かべていた。

 




『化け物と戦ってるときに内輪で争い出すのは良くないと思うの』
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。