魔法少女ジャックタルト   作:富野倒去

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【3-9】時計の針は重ならない

「あれって……!」

 

 在奈(ありな)───ホットミルクがそれを見たのは"書庫番"からの要請を受けて黒兎の出現場所に向かう途中だった。普段は純白の頭のヘッドドレスが今は黒に金糸、それに小さな華柄まで散っていた。行動を共にしているもう一人の魔法少女に魔力を同化させその魔法の一端を模倣する。おかげでかなりの速度で目的地へ向かうことができていた。

 自身を先導してビルの合間を飛び跳ねる先輩魔法少女、その向こうで真っ赤な炎の柱が立ち上っていた。

 どこか苦しみのたうつような業火を在奈はよく知っている。何度となく仮想空間(ハミング)の中で見てきたから一目で気づく。あれはジャックタルト(八鍔)の炎であると。けれど、同時に天を焦がそうとする様に燃えさかり続ける炎に目を疑った。彼女が炎を維持できるのはほんの瞬きの間だけのはずなのだ。それは彼女の魔法の練習に幾度もつきあってきた在奈だから断言できる。どうしても、それが限界だったはずなのだ。

 なのに───

 

「行って……!先に行ってください!!」

 

 飛び出したのは自分でも驚くほどに切羽詰まった悲鳴のような声。

 先導していた先輩魔法少女もわずかに目を見開いて驚いたようだ。

 

「あれが何かわかるんか?」

「タルトちゃんです!でも、おかしいんです!だから、先に……っ!」

 

 彼女は自分にあわせて移動してくれているが本来ならもっと早く向かうことができる。それが、今は必要なはず。あの炎の柱の下で何が起きているかはわからない。けれどあの子が無茶をしていることだけは確かなのだ。だから、必死で声を上げる。

 

「早く……!」

「ん、わかった。ほな、先行くで───江月 照らせば 還た空なり(バウンス)

 

 パン、と何かを弾く音が聞こえると共に黒い着物を翻していた魔法少女の姿が宙に消えていく。彼女という魔法少女を遥か()()()()()()へ弾き飛ばした。

 魔力を同質化させたところでホットミルクにはとても真似できない超絶技巧。"栞"の補助があるリープとは違う。単独での空間跳躍だ。そう、彼女の後輩は当たり前の様にやってみせるが、本来ならばあれはなったばかりの魔法少女が使いこなしていい魔法ではないのだ。

 当人は事あるごとに上手く使えてないと零すけれど。

 

 その後輩(八鍔)の身に何かが起きている。

 在奈も先程より地面を蹴る足に力を入れて炎の立ち上る先へ急いだ。

 

 

###

 

 

「……っ、チェリー!タルトちゃん!!」

 

 在奈が辿り着いた先で見たのは血で真っ赤に染まったザイルチェリーとジャックタルトの姿だった。ザイルチェリーは口の端に泡を吹いて顔が青を通り越して真っ白になっている。ジャックタルトに至っては片腕が黒く炭化して僅かに手の原型を留めているような状態だ。

 嫌な予感が的中したことに在奈の顔からサッと血が引く。

 過去の光景がいくつかフラッシュバックする。最後に過ぎったのは一番新しい記憶。灰色の荒野で原形も留めないくらいにぐちゃぐちゃになった赤い少女の姿。光を失った紅い瞳と目が合った。あれは仮想での出来事だったが今は現実だ。言葉にならない悲鳴が噴き出しそうになって舌を嚙んでそれを堪える。零れる血を前にして嘆くことに意味がないと在奈は知っている。わからない。けれど、知っている。

 視界の端では先行していた先輩───モノプティングが、現代の服と西洋の騎士をごちゃ混ぜにしたような出で立ちの魔法少女を上空高くへ蹴り上げるところだった。

 

「ミルク、二人を連れて”本館”まで跳びぃ!特にチェリーの方がヤバめや」

「は、はい……!」

 

 相手が構えた防御を抜いて強烈な蹴りを食らわせたモノプティングが鋭い声で在奈に指示を出す。在奈もすぐにそれに頷いて倒れて動かない二人の魔法少女へと駆け寄った。

 

「なんや、いっつも誰かを抱きかかえとるなぁ。妙な縁があって良いんか悪いんか」

 

 ジャックタルトに視線を向けモノプティングが何かを呟いていたがそれを聞き取る事はできなかった。過去最速で魔法を構築し、慣れ親しんだ"栞"と自分、そして力のない手をとった二人を引きあわせる。平行して通信魔法で”本館”へ救急要請。重体の魔法少女二人を連れ帰ることを口早に伝える。

 

私たちはまたページをめくる 何度でも(リープ)!」

 

 力ある言葉をトリガーに。三人で閑散としたシャッター街から石造りの地下室へ。

 その直前、モノプティングが軽薄な声音が聞こえた。

 

「ま、なんとかなるやろ。こっちはウチに任せとき」

 

 ともすれば、切羽詰まっている在奈の神経を逆撫でしそうなその声は、けれど

とても温かく、心強く聞こえた。

 

 

###

 

 

 "図書館"の"本館"へふたりを連れ帰ってからの真弓(まゆみ)たち医療スタッフの行動は迅速だった。

 ザイルチェリーとジャックタルトは即座に緊急治療室へ運び込まれる。

 

「超特急できたよー」

「学校だったのにごめんなさい、妃万里(ひまり)

「そういう事は全部終わった後後(あとあと)

 

 程なくして現れた、ジャンパーに体をすっぽり覆った魔法少女シーエクレアも足早に治療室の中へ入っていった。

 その間も、在奈はふたりが連れて行かれた治療室の扉の前に立ち続けた。どこかへ行くという考えは欠片も浮かばなかった。ただふたりの無事を聞かされることを待ち望んでいた。

 

 大丈夫。大丈夫に決まっている。モノプティングだって「なんとかなるやろ」と言っていた。だから大丈夫。ここで待っていれば真弓とシーエクレアがいつもの様に笑顔でもう大丈夫と言ってくれるはず。だから。大丈夫。大丈夫。

 だから。

 

 

「……ザイルチェリーは助からない」

 

 だから、シーエクレアの普段の軽快さをなくしたような言葉を在奈は初め理解できなかった。

 

「え……?」

「お腹の傷、あれ単に傷をつけてるんじゃなくて毒を打ち込んでる。蜂とか注射器とか……わからないけど、そういうタイプの魔法なのかな」

「あ…………え?」

「毒の魔力───あー呪いとでも言った方があってるかも。とにかく、その毒みたいな魔力が全身をぐちゃぐちゃにかき乱してて手がつけられない」

「……」

 

 言葉を失う在奈に真弓もいつもより険しい顔で状況を告げる。

 

「傷は塞いで輸血もしたわ。魔法少女の状態を維持できている今なら身体上の怪我でこのまま死ぬことはない、はず。けれど……」

「あ、や、タルトちゃんは……!」

「そちらは大丈夫よ。腕の火傷……というか炭化も普通ならどうしようもないのだけれど、流石は魔法少女というべきか、八鍔が特別頑丈というべきか……とにかく命に別状はないわ」

「そう、ですか……」

 

 縋るように聞いた八鍔の状態にかすかな安堵を覚える。だが、それで今の在奈の動揺を和らげることなど少しもできなかった。

 ザイルチェリーは助からない。

 八鍔の状態を聞いたことで、ようやく在奈の頭はその言葉の意味を理解し始める。

 

「せめて、もう少し呪いの魔力が小さければ手の施しようもあるんだけれどね。私が視覚で魔力を捉える分、ああもぐちゃぐちゃに塗りつぶされると取っかかりがつかめない」

「そんな……」

「他にできることがないか、これから使えそうな魔法少女の魔法も当たってみる。けど、たぶん間に合わない。ザイルチェリーの方がそこまで保たないと思う」

 

 在奈の脳裏に過ぎったのは昨日の自分をなじるザイルチェリーの声。だけではなく、もっとずっと以前に、在奈がまだ魔法少女になったばかりの頃にかけられた言葉だった。

 

 

───…………何?

───……あぁ、フォンデュ姉から言われてなきゃ……面倒なんて見るつもりないのにっ

───なんであそこで黙ってるわけ?

───敬語とか……やめて。魔法少女同士そういう気の使い方、邪魔なだけだから

───私はこんなことしてる場合じゃ……

───……はぁ、どうせ今日もやるんでしょ?ほら、手を出して

───あんた、センスあるのね。私は……最低限よ。こういう魔法全然上達しない

 

 

 いつの間にか魔法少女になって。彷徨うように家に帰り着いて。しばらくして"図書館"に保護されて。そこで彼女に出会った。

 まだ右も左もわからなかった在奈にザイルチェリー───小夜(さよ)は文句を言いながらも魔法少女のやり方をひとつひとつ教えてくれた。面倒そうに、うっとうしそうにしていた。実際、彼女にとって在奈はたぶん押し付けられた余分でしかなかった。彼女はただ黒兎と戦う事を望んでいたから。けれど、それでも何度も在奈を教え助けてくれたのだ。

 だから、在奈も同じ様にしたいと思った。いつか自分にも後輩ができたのなら彼女のような存在でありたいと。

 

 

───初めて?そう……まぁ、いい。私がアイツらを殺すところ眺めてなさい

───ミルク!!

───は…………本気で、言ってるの?

───あんたは……っ、何、私を馬鹿にしてるの?

───あぁ……あぁ、もうどうでもいい!くだらない話なんて聞きたくない!!

───二度と、私に話しかけるな!!

 

 

 けれど、初めて彼女と向かった黒兎との戦闘で上手くできなくて。彼女を失望させて。怒らせて。拒絶されて。それからは本当に一切在奈と口をきかなくなった。"本館"で何度も話しかけても、謝ろうとしても、こちらを向くことすらしてくれなかった。

 在奈も、結局彼女に話しかけるのを諦めて、それから半年以上が過ぎていた。

 

 昨日は本当に久しぶりに小夜から在奈に話しかけてくれたのだ。それは、あの時から変わらぬ失望で、嫌悪だったかもしれないけれど。

 本当に、久しぶりだったのに。

 結局自分はあの時と変わらず禄に彼女の言葉に答えを返すことができなくて。

 そのまま。

 

 

 ザイルチェリーは助からない。

 

 

「…………っ!」

「わ、な……ホットミルク!?」

 

 ようやくその言葉を正しく認識し、咄嗟に在奈はシーエクレアに掴みかかっていた。

 衝動的な動作だ。つい力がこもりすぎて、掴みかかられたシーエクレアが驚きの表情と共によろめいた。けれど、それを謝る前に言葉が口を突いた。

 

「魔法……!わ、私っの……!!」

「え……あ」

 

 使えそうな魔法少女の魔法をあたると言っていた。けれどそれでは間に合わないだろうと。ここに、既にひとり魔法少女がいる。中途半端でザイルチェリーが大嫌いな魔法少女だけれど、直ぐに彼女の元に駆けつけられる魔法少女が。

 魔力を混ぜ合わせる事に長けた魔法少女が。

 

「私も、魔法少女……だから!」

「ホットミルクの魔法……?うぇ、けど、キミの同一化は基本自分自身を……」

「できるかはわかんない、けど……やれるかもしれない!チェリーをこのまま死なせるなんて、できない!!」

 

 会話が破綻している。感情だけが先急ぐように口を突くばかりだ。自分でも抑えたいのに感情がコントロールしきれない。こんな事をして真弓やシーエクレアの貴重な時間を無為にしているのではないかと不安が過ぎる。けれど、同時にここで黙れば絶対に後悔すると在奈の心の奥底が訴えていた。

 シーエクレアも真弓も戸惑いは大きく、けれど直ぐにその表情を真剣なものに変えた。

 

「落ち着いて。何か考えが、あるんだよね?それを説明、できる?」

 

 シーエクレアに肩を掴み返され、言い聞かせるように区切り区切り言葉をかけられる。真剣に自分の話を聞こうとしている彼女の表情に空回りかけていた在奈の頭が少しだけ冷静になる。息を吸って、吐く。自分の頭の中に浮かぶ考えをひとつひとつ言葉に切り分けていく。

 

「やったことはない、けど。私の魔法で私とチェリーお互いの中身の全部の魔力を混ぜ合わせてチェリーの中の毒を私にも共有する」

 

 話しながらこれでどうにかできるのか不安になる。衝動的な思いつきで、実現できるかも、実現したとして彼女を生かすことに繋がるかもわからない。それでも、今はただ話し続ける事しかできなかった

 

「毒の量が多すぎるって言ってたよね。それなら、毒が半分になれば……どう?」

 

 視線の先、シーエクレアの瞳が思索に沈むのがわかった。目線は逸らさず、表情も変えず、けれど彼女の頭の中では何かが起きている。星の散る瞳は見た目に反してとても鋭利で冷たい知性の光を湛えている。

 彼女がそうするということは、考える余地があるということで。

 

「うん、可能性は……ある、かなぁ。けれどこれ、失敗したらありちゃんもたぶん死ぬよ?」

「ちょっと、妃万里……!」

 

 真弓が咎める声を上げるが、シーエクレアはその声に何も返さない。ただ、在奈の目を見つめ返し続ける。

 覚悟ができるのかと問うシーエクレアに、在奈は躊躇うことなく答えを返す。

 

「私は魔法少女だよ?」

 

 それでいいと言ってもらえたから。

 

「そっか……うん、そうだね。おっけー!」

 

 答えはそれで十分だった。

 




冒頭没にしたシーンなどあってもったいなく感じたのでチラ裏で供養場を設けてみました。
没なので面白味はあまりないと思いますがもしよければ。
こちらの更新は完全不定期になります。
https://syosetu.org/novel/390330/
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