魔法少女ジャックタルト   作:富野倒去

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ちょっと遅れ気味なのでまとめる予定だったもの分割します
場面転換コロコロしてますが次々回あたりには落ち着く見込みです

表現調整


【3-10】時計の針は重ならない

「かは……っ!」

 

 完璧にあわせたはずの籠手のガードを抜いて小さな下駄が下腹に食い込む。爆発する痛み。耐えきれずに体が浮き上がる。魔法少女だ。その身体能力は人の身を大きく凌駕している。人ひとり宙に浮かせるくらいわけはないだろう。

 

 それでも、この威力はおかしい。

 

 下から突き上げるように放たれた蹴りの一撃で彼女の身体は上空高くに打ち上げられていた。少し前までいた薄暗い路地裏を作る雑居ビルの屋上すら既にはるか眼下だ。

 

 唸る風音を聞きながら、レザージャケットと籠手を纏う白髪の魔法少女はこれまでを思い返していた。

 

 とある件について黒兎から情報を引き出すのが目的だった。大物でないことはわかっていた。万に一つもない。ただ、想定以上に"図書館"から送られてきた魔法少女の到着が早かった。彼女らは大抵数人で固まって行動する。その分動き出しが少々遅いはずだった。だが、現場に着いてみれば黒兎は既にバラバラで話を聞けるような状態ではなくなっていた。目的は失敗だ。

 けれど、見れば討伐にやってきていた魔法少女たちは新人と新人に多少毛が生えた程度がふたり。目的を果たせなかった補填として、そいつらの死体を伝手のある国にでも売り飛ばせれば収支はプラスになりそうだった。資金もそろそろ心もとなかったし。

 どうせ"図書館"の魔法少女の大半は実際の対人戦は不慣れだ。

 万に一つもないはずだった。

 

「ぐぅっ!」

 

 最早辺りを見回しても青空ばかり。手足を動かし空中で何とか体勢を整えようとする。その眼前に。

 

「おおきに、待たせて悪いなぁ」

 

 まるで何もない場所から浮かび上がる様に黒い着物の魔法少女が現れる。

 

「転移系が二人目……!?今日はどうなってるっ」

 

 "図書館"の魔法少女たちは頻繁にリープを使うので勘違いされがちだが、空間転移の魔法は希少かつ高度な技術だ。そもそも、魔法少女の魔法は戦うために与えられるため、魔法自体が転移に特化することがほぼありえない。そうなると本来は別の性質を持つ魔法を応用して転移を実現させる必要があるが、そんな器用な魔法少女は十人に一人もいない。その十人に一人が長い時間をかけて自分の魔法への理解を深め、研究し、訓練を行い到達するのが空間転移。

 時間も手間もかかる上、リープがある以上長距離の移動は間に合っている。難易度以上に習得する意義も薄い魔法、それが空間転移だった。

 

 それでも、独自の空間転移は使いこなせれば決して無為な魔法ではない。

 目の前にいる魔法少女の様に戦闘に組み込むことができれば、相手を封殺することも不可能ではないのだから。

 

「とりあえず死なない程度に殴っとくか───流沫 穹石に沸る(ストライク)

 

 小さな拳が、空中で碌に抵抗できない白髪の魔法少女に突き刺さる。

 

「ぐぁっ!!」

「そこそこ頑丈そうやなぁ、加減難しいわ」

 

 殴る。

 殴る。殴る。殴る。殴る。

 殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る。

 

 前後左右上下、ありとあらゆる方向から黒と灰色、金色の魔法少女の拳が浴びせられる。着物に描かれた菊の花が舞い散る様に空を踊る。一撃一撃が最初の蹴りと同じように空の彼方まで吹き飛ばすような威力なのに、次の瞬間には殴り飛ばされた先に振りかぶられた拳が待っている。

 それが終わりなく繰り返される。

 明らかに転移による先回りだった。

 視界が、世界が、全てが拳打で埋め尽くされる。

 

 まずい。

 

 そう考えられたのすら散々に殴り飛ばされた後だった。思考すら拳打に叩き埋められて。

 全身激痛を感じながら、この場を切り抜ける手段を模索する。

 敵の戦法は強力な打撃とそれを逃げ場なく浴びせる為の転移。四方八方から飛んでくる拳は通常の方法で防ぐ術はない。だから───

 

禍 纏い穢せ(ポルート)っ!」

 

 普段は装備の一部にしか纏わないそれを全身に広げる。通常の何倍も濃度を上げて。

 白髪の魔法少女の身体を包むように毒々しい赤紫の魔力が可視化する。

 

「ぐ……うぅ……」

 

 表皮が焼けるような痛みを発する。それは自らの身体を傷つける諸刃の剣だ。だが、彼女の纏う”呪い”に触れた他者が受けるダメージはその比ではない。彼女の呪いは触れれば染める。その身の魔力を侵し汚染する、魔法少女や黒兎への特効毒。汚染が広まれば広まるほど魔力は濁り固まり、その停滞が魔力を持つものに死をもたらす。

 このまま殴り続けてくれるなら御の字。

 

「あ、こりゃあかんっぽい」

 

 そうでなくとも、攻撃の手が止まれば十分。

 それまで途切れることのなかった拳打が止まる。絶え間ない衝撃で浮き上がっていた体がようやく重力を受け入れ落下し始める。魔法少女でも下手な落ち方をすれば大怪我を免れない高所であるが、その程度ならどうとでもなる。

 落下していくまま、上空で拳を止める魔法少女へ右腕の籠手を向ける。牽制程度だが呪いを打ち出して時間を稼ぐ。その間に着地、逃走に入る。

 

「しゃーないか。どうせ落ちるならさっさと落ちい」

 

 時間を稼ぐ───はずだった。

 

「───っ」

 

 上空。向こうも落下を始めながら、こちらへ拳を開き五本の指先を向けていた。五つの頂点に金色の光が宿る。全身に強い予兆魔力が叩きつけられる。危険なものだと直感が告げる。

 放とうとした魔法をキャンセル。体を丸め、纏う呪いの魔力へ全力を注ぐ。増加した呪いに体が悲鳴を上げる。

 

飛珠 軽霞を散す(スナップ)

 

 それが、命を繋いだ。

 金色の光は光弾となって五指から放たれた。それは放った五指の動きに連動するように軌道を描き、寄り集まり、体を丸めた魔法少女に触れた。

 

「────────────」

 

 瞬間、纏った魔力ごと彼女は地面へと弾き飛ばされる。音を置き去りに世界が加速する。

 まるで流れ星になったかの様に昼の空を瞬きの間に流れ落ちた。人気の無い河川敷に轟音を立てて魔法少女が墜落する。冗談のように陥没した地面の中心で魔法少女は呻いていた。

 

「────────────────ぁ、ぐぁ…」

 

 全身に纏った魔力に辛うじて救われた。下手な受け方をしていれば四肢が吹き飛んでいたかもしれない。

 明らかに先ほどまでの魔法少女たちとは力量が違う。こちらが一を行ううちに十も二十も叩きつけられる。結果、手も足も出ずに全身がボロボロになる。今のチームのボスとやりあった時以来の体験だった。

 いつの間にか口の中に溜まっていた血を地面に吐き捨てる。

 

「あんた、野良魔法少女やろ。それも犯罪にどっぷり浸かってるタイプの」

 

 未だ膝が遊び地面に蹲っているところに、こちらを一方的に嬲った魔法少女がゆっくりと歩み寄ってくる。カランカランと足音が鳴る。わざわざ、時間をかけて。こちらが抵抗するのは無意味だと知らしめるように。

 

「そこそこ年季も入ってそうやし、知らん名前でもない気がするんやけど……んー、お名前教えてーな」

 

 カラン。

 直ぐ側で下駄の音が鳴る。顔を上げればこちらを見下ろす魔法少女の姿があった。羽織る着物のせいかその影はやたらと大きく見えて。その姿が癪に障る。

 

「その野良とかいう呼び方……自分たちは飼い犬だって言いたいの?」

 

 だからそんな減らず口が口を突く。

 

「せやね。組織に入ってそこで役割を持つ以上、飼い犬言われても仕方ないわ。ウチはどっちかいうとネコちゃんの方が好きやから飼い猫言われたいけどな」

「高い餌を食ってそうだ」

「ははっ」

 

 話しながらも、こちらを観察しているのがわかる。動きを、魔力を、装いを。ジッと観察している。

 

「”血まみれ"……」

「……」

 

 告げられた名に反応は返さなかったはずだ。しかし、既に確信があるのか彼女の口は淀みなく言葉を続けた。

 

「殺し屋"血まみれ"スパイクリコリス。聞いた覚えあるで。そのぶっといので人のことグサグサ突き刺して回っとるヤバい魔法少女やな」

 

 話す内容は物騒なのに、その声音は明るく軽薄だ。楽しそうに振るう人差し指に一瞬金色の光が瞬き、消える。

 白髪の魔法少女───スパイクリコリスは憎々し気な表情を浮かべながら立ち上がった。散々に殴られたダメージで今も体がふらつく。だが、見下ろされているのは気に入らなかった。目の前の魔法少女もそれを咎める様子はない。それを傲慢と見るか、余裕と受け取るか。

 視線はスパイクリコリスの方が少し高かった。

 

「そういうあんたは……ああ……そうか、"殴り屋"か……今の"図書館"の二枚看板の片割れ」

「そのかわいくない呼び方やめてほしいわ。モノプティングやから、モノちゃんって呼んでーな」

「……喧嘩を売る相手を間違えたのは、こちらだったか」

「最近は日本からおらんくなった聞いてたけど、いつ戻ってきたん?あ、日本食恋しくなった?わかるわー、ウチも一週間も海外いるとこっちのご飯食べたくなってくるんよね」

「……」

 

 今一つ会話の噛み合わないモノプティングに気持ち悪さを感じる。同時に何かの意図を。このまま抵抗を続けても殴り潰されるだけだ。スパイクリコリスは懐から青いビー玉の様な魔法道具をゆっくり取り出しながら、賭ける気持ちでそれを口にした。

 

「久々に、この国に用事ができたんだ。もう一度"ハーメルン"が始まろうとしている……」

「……へぇ」

 

 モノプティングは動かない。視線がこちらの言葉を促す様に突き刺さる。選択は間違っていなかったらしい。

 

「既に兆候は出ているはず。少しはまともに調べてみるんだな」

「アドバイスありがとな。…………でも、うちの子には手を出したらあかんで。黒兎と戦う戦力、減らされちゃかなわんねん」

 

 その言葉を了承と受け取る。

 

「……数は足りてるだろう。もっと効率的に、運用すればいい」

 

 言いながら、青い魔法道具を指で砕く。同時に力ある言葉を唱える。

 ここまで見せれば十分だろう。

 最後に披露した魔法にモノプティングが目を見張り、ようやく一杯食わせてやった気分になる。代わりにチームからは後で散々に文句を言われるだろうが。

 

私たちは港を望む(リープ)

 

 周囲の世界が遠ざかっていく。あの恐ろしい魔法少女からようやく解放される。

 

 万に一つもないはずだった。何が起きたとて対処は可能なつもりだった。実際に、途中まではいくらか驚くことはあれど常に状況のコントロールはできていた。それをどこかで間違えたのだとしたら。もし、判断を間違えた瞬間を明確にひとつ上げるのだとしたら。

 あの空を焦がし立ち上った炎の柱。

 あれを見た瞬間に、足を止めたこと。あの炎が自分への攻撃だと勘違いして咄嗟に回避行動をとろうとしたこと。そこから全ての選択が後手に回っていった。あの時躊躇わずに進んでいれば、あの魔法少女たちの息の根を止めることができていたはずだし、モノプティングの襲撃にももっと冷静に対処できたはずだ。少なくとも、ここまでボロボロにされた上に自分の方が情報を引き出されることもなかった。

 

 あの炎に。何もかも焼き尽くすようなあの赤にわずかでも怯えたことが。

 ガラにもなく頬に冷や汗が伝っているのに気づく。随分と懐かしい気分がよみがえってイライラとした。

 

 

 目の前で消えたスパイクリコリスが口にした言葉に、モノプティングはしばらく沈黙を保っていた。大きく風が吹き、羽織った着物がたなびく頃、ようやく彼女は顔をしかめて溜息を吐いた。

 

「あーあーにげられもーた。にしても"ハーメルン"……いやな名前が出るや。終わった話───と思ってたんやけどなぁ、はぁ」

 

 カラン。

 一度だけ下駄の音を鳴らし、次の瞬間にはモノプティングもその場から姿を消していた。

 

 後には地面の大きくくぼんだ魔法少女同士の戦いの痕跡だけが残されていた。

 

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