魔法少女ジャックタルト   作:富野倒去

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【3-11】時計の針は重ならない

 病人や怪我人の眠る部屋というのは独特な空気がある。匂いや、気配。温度や触感。表現や感覚は人や場所によって種々様々だけれど、共通するのは吸い込んだ途端に心の弱い部分が揺り動かされることだろう。不安だとか、恐怖だとか、嫌悪だとか、罪悪感だとか。人はそれが他者のものであれ痛みや病い、喪失に無関心でいることは難しい。いや、むしろ人のものだからこそつぶさに感じて意識する。

 ベッドの上。呼吸器をつけられ腹部には大きな包帯を巻かれたザイルチェリーが真っ白な顔で横たわっていた。生きているか死んでいるかもわからなくなりそうな彼女の姿に、在奈(ありな)は言葉を失いそうになる。

 けれど、ここで立ち尽くすことは許されない。誰でもなく、在奈自身に。

 

「いいー、まずは少し。さーちゃんの魔力をホットミルクの中に移す。その状態で、私が毒がどういうものかを見極める。その上で対処のしようがあればキミが言った通りに更にお互いの魔力を混ぜ合わせ、毒を希釈してもらう」

「わかった」

 

 周囲に魔力を流して何か魔法で場を整えているらしいシーエクレア。彼女に言われたことを頭の中で復唱しながら在奈は頷いた。

 毒の魔力がどのようなものであるかをシーエクレアが観察できるように少量取り込む。それはいつもホットミルク(在奈)がやっていることだ。他者の魔力を掬い上げ、自分の内に混ぜ合わせる。そうすることで、ホットミルクは自分の魔力を他者のそれに同化させ魔法への干渉やすり抜け、あるいは気配遮断を引き起こしているのだ。

 やることはいつもと変わらない。それがザイルチェリーを侵す危険な魔力であろうと。

 

「止めないでね、真弓(まゆみ)ちゃん」

「……私にあなたたちを止める資格も手段もないわ。ただ、もうダメと思ったら手を引かせて。無理無茶の結果全てを失うなんてとこを……私に見せないで」

「難しいことを言うにゃー。でも、そういう言い方をされたらがんばろうって思っちゃうや」

「…………ごめんなさい」

「いいよー!私はそういう真弓ちゃんが大好きだから。……って言っても、今回私はサポートで危ない橋を渡るのはホットミルクなんだけどねー」

 

 隣でシーエクレアと真弓が何かを話している。

 だが、ザイルチェリーを観察し、集中していた在奈にはほとんど意味をなさない音の羅列として右から左に流れていた。脳のどこかには保存されているので、いつかどこかで思い出すことはあるかもしれない。

 シーエクレアの様に人の体内を流れる魔力を視覚で捉えることのできない在奈には、ザイルチェリーの身体をぐちゃぐちゃに塗りつぶすという毒の魔力は見えない。それでも、漠然と彼女の内におかしな魔力が広がっていることは感じとれた。

 

「うん、オッケー準備完了!さぁホットミルク、いつでもいいよ」

「うん……!」

 

 改めて、より精密に魔法を行使する為にまずは己の魔法の杖(マジックシェル)を呼び起こす。

 

魔法の杖はここに(リライズ)

 

 白い光が収束し、体の前で重ね合わせた手の中に在奈の身長ほどの細長い杖が現れる。光を透かす無色透明。上部には楕円に潰れ、星と猫のシルエットが刻印されている。それは人間大まで長く大きくしたマドラーのような形状の杖だった。

 手にした杖を正眼に、在奈は続けざまに魔法を唱える。

 

私はあなた あなたは私(ブレンド)

 

 静かに眠るザイルチェリーから魔力をひと匙掬いあげるようなイメージ。出来るだけおかしな魔力、シーエクレアの言う毒の魔力を掬う様に意識する。

 杖を伝い、それは在奈の中に零れ落ちた。

 

「ぃ───ぎっ!?」

「在奈……!」

 

 ホワイトブリムが赤紫に染まる。と同時に在奈の全身に引き攣る様な痛みが走った。視界が白くスパークし、在奈は咄嗟にベッドの端に手をついた。喉奥が酸っぱい。首筋あたりにドッと汗が浮かぶのを感じる。えずく様に口が開きそうになるのを奥歯を噛みしめ、舌を絞り必死に耐える。ひどく不格好な息が歯の隙間からシーシーと漏れた。

 

「在奈、声が聞こえる?意識をしっかり持って!……在奈!」

「ぅ……っ…………はぁ……ぁ……っ、ぁ、はぁ」

 

 駆け寄った真弓が、在奈の肩を抱いて呼びかけてくれる。ただ、その声すらも全身を苛む痛みのせいでわずらわしく感じてしまう。上げそうになる手を、シーツを握りしめて堪える。

 音にならない声を漏らし、痛みをゆっくりと飲み込む。

 

「魔力が固まって留まっている……流れが、押しとどめられる……?ホットミルク、ごめんもう少し……小さく流れる(ディテクト)

「はぁ……ぁ…………っ……ぅあ…………」

 

 反対の耳元でシーエクレアの声が聞こえた。わずかに視線を動かせば星の浮かぶ瞳に光を纏いながらじっとこちらの様子を観察する水色髪の魔法少女の姿があった。

 チリ、チリと微かに耳元を揺らす音は彼女の魔力の揺らぎだろうか。痛みで思考がまとまらない頭の中でそんなことを思う。チリリ、チリ、なんだか少しずつ何かを削っていくような音だ。チリリ、チリ、チリリ。削れるイメージ。その音に集中すると少しだけ気が紛れた。

 しばらくそんな音を聞いていると、突然耳元で声が上がる。

 

「そうだ、魔力の流れ……!」

 

 顔を上げたシーエクレアがザイルチェリーの方へ視線を向けて声を上げる。

 

「こんな簡単な事に……いやでも、全身でこんな状態に?」

 

 口早に話す言葉には確信と疑念が同量渦巻いていた。

 

小さく流れる(ディテクト)……小さく流れる(ディテクト)……重小さく流れる(ディテクト)っ、小さく流れる(ディテクト)っ」

 

 瞳の周囲に幾度も雷光を走らせながら小声で魔法を繰り返す。その度にシーエクレアの表情が険しくなっていく。

 

「シー、エクレア……?」

「出血毒だ」

「……?」

「直接見えないのは変わらない……けど、多分間違いない。彼女の内側の魔力が流れていない。正確には違うんだろうけれど、性質としては魔力の出血毒とでも言うのが一番近い。侵した魔力を硬化させ循環を鈍化、停滞させる。うん、確かに毒だ。そうだ、自分でそう言っていたのに……」

 

 シーエクレアの言葉は所々しかわからない。そもそも声がよく聞き取れていないのだ。それでも、なんとなく彼女の言っていることは理解できた。

 

「起きていることはわかった。けど、これを私の魔法で解毒できる……?魔力の流れ自体が止まっている。だから、私の魔法の干渉がうまくいかないんだ。流れない、私の魔力の解釈から逸脱してしまう。魔力を叩き込んで無理やりに流動……も厳しい。それに、外から無理に動かしたとして余計状態を悪化させる可能性も───」

 

 固まっている。流れない。

 だからこんなに痛いのだ。

 ぼんやりとした頭でそこまで考えると、在奈は自分の内で痛みを生み続けている魔力をなんとなく感じ取ることができた。どこへも流れず栓の様に滞っている魔力。だから、それをもう一度かき混ぜる。

 

「───私はあなた あなたは私(ブレンド)

 

 杖を額に当てて唱えた魔法は固まっていた魔法を自らの魔力に溶かして混ぜる。

 それまで全身を苛んでいた痛みがスッと引き、在奈はようやくはっきりとした頭で立ち上がることができた。

 顔を近づけていたザイルチェリーから、消毒液の匂いをツンと感じ取る。少し頭が冴えた様な気がした。

 

「在奈、もう大丈夫なの?」

「うん、平気……だよ。ありがとう、真弓さん」

「……ホットミルク、今のは?」

 

 そんな在奈をポカンとした目でシーエクレアが見つめていた。そんな目で見られた経験なんてほとんどない在奈はどこか居心地が悪くなって身をすくめる。

 

「えっと、魔力の同化……。いつもは、自分を他の魔力に同化させてるけど、今のは毒っぽいのを、()()()()()()に同化させたの」

「キミそんなことできたの?」

「できたけど……自分の中の魔力だけだから、あんまり使い道がなくて」

 

 強いて言うなら魔力の補充は使えるのだが、ホットミルクの魔法はほとんど自身の魔力を消費することがない。だから、ずっと使い道のないままのものだった。在奈が自分の魔法に使い道が見いだせたのは他者の魔力への同化を応用したものだけだった。

 

「……いける!!」

「ひぇ……!?」

 

 部屋の前で在奈がシーエクレアにした様に、今度はシーエクレアが在奈に掴みかかっていた。正確には肩に手を乗せられただけなのだけれど、在奈の気持ちとしては自分のしたことをやり返された気分だった。自業自得、これは自業自得なのだと心の中で繰り返す。

 

「本当に、目の前にいたんだ!私の目は節穴だったよ!この毒への特効魔法!!」

「は、はい……え、あ、うん……うん?」

 

 がくがくと体を揺さぶられる。シーエクレアが喜んでいるので頷いてみたがまだちょっと状況を咀嚼しきれていない。

 

「あなたは自分の魔法で、取り込んだ毒の魔力を無効化した。それはわかるわよね」

 

 混乱気味の在奈に真弓が目線を合わせてゆっくりとした口調で語りかけてくれる。

 

「だから同じ様に、ザイルチェリーを蝕む毒にも同じ魔法を使えるなら、彼女を救うことができるかもしれない」

「……!」

 

 そうだ。

 まったくもってその通りだ。どうやらまだ先ほどの痛みの後遺症で頭が回っていなかったらしい。

 在奈は真弓に告げられた言葉に目を見開いた。自分がやるのだと、そう決意していた。それは変わらない。それでも、明確に希望が見えれば心は上向きになる。先ほどよりもずっと気力が溢れてくる。

 

「はい!わたし、やります!」

「ととと、ストップストップ!元気が出たのはおっけーだけど、慌てずにね」

 

 勢いのついたホットミルクをシーエクレアのだぼだぼの袖が押し留める。

 

「最初に興奮した私が言うのもだけど、ひとつずつやっていこう。これならホットミルクが言った二人の魔力をかき混ぜることまでする必要はないんだ。出来る限りザイルチェリーから毒の魔力をくみ上げて、それをホットミルクが自分の魔力に同化させて無毒化する。それを繰り返して彼女の毒を取り除くことはできるはず。でもそれだって、今までやってこなかった魔法の使い方を繰り返すことになる。可能な段階は踏んでいくよ」

 

 在奈と同じくらい。いや、むしろ少し背が低いシーエクレアだが、こういう話口を聞いていると年上なのだなと実感する。こんな時でも冷静で、すべきことを見失わない。

 

「まずはもう一度さっきと同じ工程。ホットミルクのブレンドで同じだけの魔力を取り込んでそれを無毒化する。これがどれくらいスムーズにできるか、どこまでスムーズにできるかを試す。理想は取り込みから無毒化までをラグなくできることね」

 

 在奈は彼女の話を聞きながら頭の中で実際にどの程度スムーズに無毒化までの流れを行えるか考える。先ほどは向こうの魔力に同化するつもりで魔法を使っていた。初めから逆を想定しているなら、おそらくは───ほぼタイムラグなしでいける。

 

『ありなーてつだう?』

 

 表には声を出さず、在奈の脳内でシロがそう声をかけてくれる。なので頷いて先ほどの魔法の使用時の状態を参考に無毒化の工程を行うパターンを頭の中でいくつかシミュレートする。

 本来はハミングと併用して行うものだが、在奈にはまだそこまではできない。ごく限定的な荒い再現。実際にほぼ同じ状態で魔法を使っていなければそれもできない。

 シーエクレアに言ったお互いの中身の全部の魔力を混ぜ合わせるなんてことは、だから全く再現できず、やれるかなんて確信できず、なかば願望混じりに口にした言葉だった。どうにか、自分にできることはないかとただただ必死なままに口にした方法だった。

 

 けれど、この無毒化の使い方ならば。自分がどこまでやれるか正確に見定めることができる。

 

「それが確認出来たら段々と取り込む量を増やしていく。……やりながら調整するけど、時間は限られてるし倍々で取り込む魔力を増やしていくくらいはしないとダメかな」

「四……ううん、五倍までなら大丈夫。今からでも、確実にできる」

「うぇ……?」

「うまく毒だけを取り込めるかはやってみないとわからないけれど……掬い出せれば問題ない。それ以上になると、その量の魔力を取り込んだ経験がないから正確なことが言えない、かも」

「お、おう……?……って、あっ!それってもしかして今頭の中でシミュレーション───実際演算して再現した?」

「うん」

 

 シーエクレアの言い当てた言葉に在奈は素直にうなずいた。

 彼女は本当に頭がいい。色々なことを考えていて、在奈の様子から何をしたかもすぐに察してしまうのだ。

 

「ホットミルクって大体魔法少女歴半年くらいだったよね。まじかー……そんなハイスペック私今初めて知ったんだけど……え〜"図書館"の個人主義の悪いとこ出てるよこれ~」

妃万里(ひまり)、今はそういう事を言ってる場合じゃないでしょう」

 

 肩の力が抜けかけたシーエクレアを真弓が叱咤する。

 

「そう、だね。うん、今は一秒だって惜しいんだ。ホットミルクが五倍まで再現できたならそこから始めよう」

「はい……!」

 

 

###

 

 

「……っ、は、ぁ……っ、はぁ、はぁ……」

 

 取り込む、同化。取り込む、同化。取り込む、同化。

 それを繰り返す。五倍、十倍、二十倍。受け入れる量が増えていくと、無毒化までに時間がかかる様になった。その間、全身を泣きたくなる様な痛みが走る。それでも在奈は繰り返しやってくる痛みを奥歯を噛みしめ耐えて魔法を行使した。一度魔法を使う度、次に魔法を行使することが恐ろしくなる。段々と長引いていく痛みに心が怖気づく。

 取り込む魔力量が増えると、在奈の体を苛むのは痛みだけではなくなっていた。熱が。体を掻きむしるような熱が、魔力を取り込むたびに在奈の意識を蝕んでいた。それは痛みとは別に、回数を重ねる毎にじわじわと意識を削り取っていく。

 それでも、ここで手を止めるわけにはいかなかった。

 

私はあなた あなたは私(ブレンド)───っ、かっ、ぁ……ぁ…………っつ、はぁ……はぁ」

導き流れる(アレスト)

 

 取り込みすぎた過剰な魔力がシーエクレアの言葉と共に体の外へ引き摺り出されていく。耐えきれないと思っていた熱が徐々に引いていく。それでも思考を茹らせるような熱は完全には消えてはくれない。段々と蓄積して、徐々に追い詰められている様な感覚もある。きっとシーエクレアがいなければ在奈はもっとずっと前にこの熱に耐えきれず意識を失って倒れていただろう。

 じっとりと浮かんだ脂汗で額に前髪が張り付いて不快だ。顔の横、頬筋の内側がどうしてかひんやり感じるのが怖い。

 息を吐き出すと共に真弓が用意してくれた椅子に崩れるように座り込んだ。

 

「最初に取り込んでいた魔力の大体三百倍……一時的だったとしても、この辺がホットミルクの魔力の許容量の限界だね」

 

 俯いて息を吐く在奈を注視しながらシーエクレアが冷静な声で告げる。その間も彼女の魔法は途切れず、在奈の体から魔力を周囲に拡散していく。

 

「これ以上はまともに取り込めないか、扱いきれずに暴走させる。今の量で繰り返すのが最善……かな」

 

 大きく余った袖をひと振りすると、まだわずかに流れていた空気中の魔力が周囲に散っていく。

 

「…………」

 

 まだその言葉に返事を返すほどの元気はない、息を殊更に深く吸い、言葉が話せるように体を整えるつもりで細く吐き出す。

 

「あと、何回くらい?」

「……三回。もしそれで多少なり毒が残ったとしても、少量なら私でも対処しきれる」

「うん、わかった」

 

 返す言葉に力を込める。三回。問題ない。耐えられる。

 耐えられると自分に言い聞かせる。

 両手で握る自身の魔法の杖に意識を向けながら再び立ち上がる。あれから少しも変わることなく横たわるザイルチェリーを見下ろす。わずかに頬に色が戻っただろうか。

 今の在奈では自分の願望が錯覚を生んでいるのか判断できない。あるいは、実は既に息絶えているのだはないだろうかと真逆の不安が時折首をもたげる。痛みと熱と高揚と不安と。グラグラと揺れる心が時折制御を外れそうに思えて恐ろしい。

 それでも、あと三回。

 

 自分にそう言い聞かせて在奈はすぐに訪れるだろう全身の痛みに構えながら力ある言葉を唱えた。

 

「───っ、私はあなた あなたは私(ブレンド)

 

 

###

 

 

 取り込んで、同化。吐き出して。取り込んで、同化。吐き出して。

 たぶん、これで三回目。

 

「……なんとなく……コツが……わかって、きた」

 

 くるしいなって思う。

 でも、しあわせだなって思う。

 なんでだろう。

 

 魔力のくみ取りは途中からシーエクレアが魔法で補助をしてくれていてお陰で今まで自身で試すだけではわからなかった魔力の扱いが理解でき始めていた。毒の魔力。呪いの魔力。ザイルチェリーの中にある異物。始めた頃よりもよりずっと鮮明に感じとれる。

 自分が何を汲み上げればいいのかがよくわかる。

 

 つながり、巡り、混ざり、溶ける。

 わたしは世界に広がっていく。

 

 それまでシーエクレアが在奈から抜き出し周囲に散らした魔力の存在も感じとれた。この部屋の壁や天井を守るようにぐるぐると巡っている。多分、なにかの魔法。その糧にしていると理解する。無駄がなくて流石だと感心した。

 一度は在奈の魔力に同化させ、その後シーエクレアが扱うことで今は彼女の色に魔蝕は染まりつつある魔力。在奈自身、無意識に己をその魔力に同化しつつあり、それが彼女自身の知覚を部屋全体へと広げ、薄っすらとした万能感に酔わせていた。

────────────。

 

 たぶん、シーエクレアがなにか言った。

 じゅんびが終わったのだと思う。

 

 わたしは じゅもんを となえて─── ぶれんど

 まりょくを─── どくを ぜんぶ すくいあげて

 すこしおおい けど さいごだし いいかな とかして とけて ひろがって

 

 

###

 

 

「はっ……」

 

 魔法を使い切り、そのまま意識を失ったホットミルクを腕に抱えてシーエクレアは乾いた笑い声を上げた。

 眼下、静かに眠るザイルチェリーは当初ここに運び込まれた時よりもずっと顔色が明るくなっていた。果たして意識を失ったホットミルクはそれに気づいていただろうか。その体を蝕んでいた禍々しい色の魔力は今は一欠片も見えない。全てホットミルクが持っていった。僅かな残滓もなく。

 最後の瞬間、自らの目に映った光景を思い出す。

 今は穏やかな顔で眠る白い魔法少女に末恐ろしさを感じる。戦いに秀でた魔法少女。精神性が突き抜けた魔法少女。妃万里はこれまで様々な魔法少女を見てきたが、彼女に感じるものは初めての経験だった。それは妃万里が、シーエクレアが戦わない魔法少女だからなのかもしれないけれど。

 

「まぁ、でも───」

 

 同時に、医務室の前で追い詰められたような必死な表情で自分に掴みかかってきた姿を思い出す。ザイルチェリーの姿に顔を白くしながらも口の端を引き結び魔法を使う姿を思い出す。自分の魔法で彼女が救えると知り目を輝かせる姿を思い出す。痛みに喘ぎながら、休むように言うこちらの声も突っぱねて何度も毒を掬い上げる鬼気迫る姿を思い出す。

 

「うん、キミがいてくれたおかげだ。キミがいなければさーちゃんを助けられなかった。ホントーにお疲れ様」

 

 丁寧な手つきで彼女をザイルチェリーの隣のベッドに寝かしつける。

 その額を優しく撫でると、意識もないままその顔が嬉しそうにほころぶのだった。

 

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