魔法少女ジャックタルト   作:富野倒去

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※表現や文体を一部調整


【1-3】プロローグ:初期衝動

 視線が低い。重心が高い。

 一から十まで。

 肉体の全てを作り替えられた八鍔(やつば)が二本の足で地面に立った最初の感想がそれだった。違和感は他にもいくらでもあるはずだが、その程度しか考える事はできなかった。

 その程度が限界だった。

 白一色の世界でさしたる説明もないままに契約を交わした彼が最初に行なったのは本能に埋め込まれた自らの"魔法”の行使。

 

魔法の杖はここに(リライズ)

 

 最優先であった名前も知らない少女の確保を終えた八鍔は再びそれ(魔法)を繰り返す。

 桜色の唇が、男のものとは全く異なる少し硬質な甲高い声で力ある言葉を紡ぐ。

 小さな左手を正面に。開いた手のひらの先に光の粒が収束し魔法のステッキを形作る。それは、今の八鍔の腕程度の長さのステッキだった。持ち手は白。その先端には六面ガラス貼りのランタンが取り付けられている。その中で赤い炎がゆらゆらと灯る。

 

『魔法少女は誰しもが固有の魔法のステッキ(マジック・シェル)を持ってるのー。それこそが魔法少女の固有魔法。ステッキを核として魔法少女は自分の魔法を行使できるのー』

 

 突如響いた気の抜ける声に八鍔はギョッとする。それは八鍔の握る杖から発せられていた。

 

「……今は黙ってろ」

『説明するのが役目なの』

「後で聞く」

 

 杖に宿るナビゲーター。あるいはマスコット。妖精。魔法少女を補助するもの。曖昧で一方的な"契約”を取り持つ存在。与えられる知識の人格。そういうものがあることを八鍔は理解()っていた。埋め込まれたものの中にその知識はあった。だから本能的にそういうものと受け入れている。

 それでも唐突に話しかけられれば驚きもする。

 

『美食家気取りの気狂い供の戯れがぁぁあああああ!!』

 

 眼前にスイカを切り分けた様な巨大な口が迫っている最中なら尚更に。

 

 冗談みたいに鋭い上下の歯が、八鍔の立っていた空間を地面の煉瓦ごと噛み砕いた。

 両腕を失った黒兎だ。欲望に燃えていた黄色い眼が今は怒りに滾っていた。金属を継ぎ接ぎしたような異形の体、つるりとした黒色の頭部。魔法少女の体になったことで八鍔の目はその姿を克明に映すようになっていた。

 投げ打つ様な巨体の突進は周囲に瓦礫と炎を撒き散らす。

 だが、閉じられた口の中にも飛び散る残骸の中にも八鍔の姿はない。

 

杖をひと振り(アンロード)

 

 片腕に同じ顔の少女を抱き、もう片方の腕にステッキを握った魔法少女の姿は上空にあった。ステッキの先端、"距離"をくべられたランタンは輝きを増していた。

 熱が、八鍔の体の内を熱が駆け巡る。耳鳴りと頭痛。たった一度の魔法の行使で体は悲鳴を上げる。

 八鍔に与えられた魔法はとても強力で、同時にひどく危うい。無制限に使えばこの体はあっという間に限界をむかえ、また動けなくなってしまうのだろう。今の魔法行使で八鍔はそれを確信した。

 

『上かぁ!!!』

 

 黒兎は八鍔の予想よりもはるかに早くこちらを捕捉する。あるいは、魔法少女を探知する様な力があるのかもしれない。

 宙の八鍔たちに向けてその大きな口を再び開く。だが、今度は飛びかかってこない。代わりに、針金の様な質感の腹が橙に輝き、開いた口の内に赤い業火が渦巻く。

 自分たちを焼き、昼下がりの町を地獄に変えた炎。何十人という人間を焼き焦がし人喰いの化け物の食事へ変えたもの。それがたった二人小さな少女に向けて放たれようとしていた。

 

『アレはまずいのー。頑丈な魔法少女の体でもレジストしきれないのー』

「……っ」

 

 黙っていろと指示した声がステッキから溢れる。だが、それを咎める余裕は八鍔にはない。そんなことを考えることもできない。

 

 魔法少女の体は人を外れている。

 

 重力を振り切り自在に動く体。全身を巡る超常の魔力。それらがあわさり陶然とした万能感をもたらす。

 それでも。

 この体になり人外の身体能力と物理法則を無視する様な魔法の力を得た後でも、八鍔の体調は絶不調だった。視界は揺らぎ明滅し、全身が痛みに引き攣っている。むしろ痛みに関していえば元の体であった時よりも鋭く激しく感じられた。

 何より魔法を使うたびに体の内から湧き上がり溢れ出しそうな熱。それは今も八鍔の内でうねり暴れ彼の意識の首を絞めていた。これが魔法少女の体のあたりまえなのか、体を作り替えられた余波なのか、もっと別の何かなのかまではわからない。けれど、己がそう遠くない内に意識を失ってしまうだろうことは想像に難くなかった。

 そして、右手に抱える少女もまたこのまま戦闘を続ければ耐えられまい。生きていることは確かだ。けれど、それがいつまで保たれるのか八鍔には全くわからない。すぐにも死んでしまうのか、まだ猶予はあるのか。どちらにせよ、本来なら早急な治療が必要なはずだ。いつまでもこうして抱えてはいられない。

 彼女の生死が、今八鍔の腕の中にあった。

 腕の中の重みが増した気がした。

 八鍔の知らない重みだった。知ることはないと思っていた重みだ。名前も知らない。声も聞いたこともない。本来ならきっと一生関わることのなかった子ども。その重みによって、喪失へと傾きかけた意識の天秤がかろうじて吊り合っていた。

 

 だから、一撃。

 ここで決着。

 

『──────ッ!!』

 

 天に向けて開かれた顎から灼熱の赤が放たれる。望むものを望む様に焼く炎がただひとつ、自身の敵を燃やし尽くすためにそれ以外の全てを無視して迸る。

 

「───鏡鍔展開(ジャック)

 

 だが、八鍔も既に力ある言葉を口にしていた。

 

炉核反転(ジャック)

 心錠開封(ジャック)

 灯刃形成(ジャック)!!!」

 

 炎が放たれる前に四度。杖を掲げて甲高く叫ぶ。

 バキン、バキンと。

 唱える度に八鍔の内で割れるような、弾けるような音がする。四度、八鍔の体底から魔力が汲み上がる。隙間なく噛み合っていたパーツを無理矢理歪めて動かす様な不格好な衝撃が体を走り抜ける。

 言葉と魔力に呼応するように、ドレスを走る紅いラインが輝きながらドレスの外へと広がっていく。まるで羽を広げるように。

 空へ伸びる赤の線はその先を炎のように揺らめかせていた。

 

 刹那永遠の苦痛を想起する。燃える細胞潰れる臓腑を追憶する。生命に根ざした原始的な恐怖と後悔が押し寄せる。

 だが、片腕には耐えきれないほどの重みがあった。それに比べれば。

 

 杖の先、ランタンの六面全てが開いた。

 "鉄屑”と”距離”をくべられた灯火がのたうつ様にうねりながら現世へ解き放たれ、やがて深紅の刀身を形作る。杖の倍以上の長さを持つ、炎で構成された片刃の刀身。白いドレスにはあまりに不釣り合いな。けれど、赤髪の魔法少女には相応しい。持ち主の少女の体を越える巨大な刀が顕現する。

 

 八鍔はそれを、空を駆け上り迫り来る業火へと片腕で振り下ろした。

 

「ああああアあァぁアあああアああああ!!!」

 

 それは、灼熱の地獄の中で立ち上がる彼の声と変わらない叫びだった。

 制御できない激情。止めどない衝動。今は意味も理屈も存在する。それでも叫ぶ声に最後に残されるのは、満身創痍の魔法少女のただの身勝手な癇癪だった。

 

 けれど、魔法少女には力があった。

 

 焼けつき赤く染まる視界の向こう。今にも己と己の腕の中の少女を呑み込もうと迫る業火に全身全霊を叩きつける。喉が引きつり骨が筋が悲鳴を上げる。体中から血が噴き出しそうだ。苦しくて、辛くて───それでも魔法少女は刃を振るっていた。

 己に迫る炎に刃を振るっていた。

 

「ぁぁぁぁァァああアあああああアアああAあアaああ!!」

『グ……な、ぁあっ!!』

 

 声を枯らす叫びに足る、理不尽に抗う力があった。

 

 少女と男の違いはただそれだけだった。

 ただそれだけの、あんまりな違いだった。

 

『おの、れぇ!!この私が───私が、私があぁ──────ッこんなものに──────ッ!!』

「ああああぁあアあAぁァあaァああ゛あ゛ぁ゛ァ!!!」

 

 ぶつかり合う紅蓮と紅蓮はほんの僅かな間の拮抗を終えた。

 天へと駆けた業火は、振り下ろされた灯刃に屈する。一息。唐竹割りに叩き斬られる。

 天から地へ振り抜かれた陽炎に揺らぐ刃の軌跡の中、黒い異形の怪物の姿もあった。

 二つに裂けた業火は解けるように宙に消え、やがて炎の刃の切っ先もまた役目を終えて元の居場所に───六面ガラス張りのランタンの内へと帰っていった。

 

 それが決着だった。

 

『…………』

 

 欲望に、怒りに。輝いていた黄色の眼から光が失われていく。二つに分かれた腕のない体は左右にゆっくりと倒れ、やがて大きな振動を一帯に響かせた。

 建物が倒壊した様なその音に驚く人間はもうどこにもいない。衝撃に震え揺れるのは、未だ燃えさかる炎ばかりだった。

 

 人類の天敵が打ち倒された、勝利の光景だった。

 

 

###

 

 

 灼熱の地獄の中に魔法少女が降り立った。糸の切れた人形のように、地面を踏みしめた途端その体がガクリと崩れる。

 

『気を失っちゃだめなのー!ここで倒れたら今勝った意味がなくなっちゃうのー』

 

 手からこぼれ落ちそうになっている魔法のステッキから気の抜けた、けれど慌てた声が必死に八鍔に呼びかける。

 

「あぁ、わかって……る……」

『がんばるのー』

 

 倒れ伏す直前で八鍔は踏みとどまった。情けなくも自分以外の声に元気づけられる。先程は「黙っていろ」等と少し強く言いすぎただろうかと僅かに後悔が過ぎる程度に。

 バランスを崩さぬよう足の位置を調整してから、片腕で抱えていた少女を両腕に抱き直す。激闘を経た後でも変わらぬ、初めて見た時と同じ表情。伽藍堂の黒い瞳がぼんやりと空を映していた。ただ、顔の半分を覆う炎は段々と弱まっている様に見えた。

 彼女がこれからどうなるのかはわからない。心を取り戻すことができるのか。傷は癒えるのか。そもそも生き延びられるのか。それでも、今はまだ生きてることに救われた気がした。

 

 喰われても仕方ないなんて思っていたはずなのに。

 

 一歩、足を踏み出す。

 周囲の炎は明らかに火勢を弱めていた。元凶が消えた影響か。あるいは、この中に今も生きて苦しむ誰かがいるのかもしれない。だが、そこへ差し出せる手を八鍔は持ってはいなかった。魔法少女になってなお、彼は無力で。

 それでも、腕の中にある重みだけはと。また一歩を踏み出す。

 歩くごとに視界は真っ赤に染まり。地面は大波の様に揺れていた。ただ、先ほどまでずっと体の内で八鍔を苛んでいた荒れ狂う様な熱はすっかりおさまっている様に感じた。こんなにも炎に囲まれているはずなのに。今は涼しいくらいだ。

 

「俺は、どうなってる……?」

 

 不格好に歩きながら、ポツリと溢れた言葉は何を指したものか。魔法少女となった自身の体か。熱が引いたその理由か。魔法の使用で体のあちこちから訴える痛みのアラートか。その全てか。言葉を口にした当人にももうよくわからなかった。

 

『魔力の過剰励起と過剰放出で全身ズタボロなのー。けど大丈夫。このくらい、ヤツバなら死ぬことはないのー。大丈夫なのー。大丈夫なのー』

 

 相変わらず気が抜ける声だが、それでも人の気配が消え去った灼熱の地獄で答えがあるのはありがたかった。

 

『大丈夫なのー』

 

 元気づけるように声が繰り返す。

 ステッキはもう消えてしまったはずだけれど、声はどこから聞こえているのだろうか。

 

「……」

『そっちは病院はないのー』

「あぁ………」

『そっちはダメなのー!のーー!』

「…………あぁ」

 

 ただ、八鍔はもう自分が何をしているかもよくわからなくて。世界は真っ赤で何も見えなくて。

 だから、目の前に半分になった黒兎の顔が現れた時、その存在自体よりも顔がよく見えたことに驚いた。

 つるりと黒い二つに割れた半球。あるいはそれは、切り分けられたチョコパイの様でもあった。

 光の消えかけた黄色い一つの目がじっと八鍔を見下ろしていた。

 

『喰、う……kuU………クu…………せめ、て……おま……』

 

 ゾロリと並ぶ冗談みたいに鋭い牙を見せつけるように、半分になった口が不自然に傾いて八鍔の方へと倒れてきた。大の大人も容易く一口で飲み込んだのだ。半分になっても十歳程度の少女の体を飲み込むなんてわけもないだろう。

 

 声を上げる気力も果てていた。それでも、抗えない眼前のそれに怯えることも恐れることも、ましてや受け入れられずに呆然と見つめ返すことも八鍔には許せなかった。だから、ただあの時と同じ怒りに満ちた瞳で迫る終わりを睨みつけた。それしかできない。そんな力しかない。魔法少女になろうと結局のところ八鍔という人間は変わらないらしい。

 

 どちらにせよ、もはや意識は───

 

『a──────っ』

 

───。

 

「間に合った……っ!なんて、ちっとも言えへんけど……。まさか生存者まで…………ごくろ…………な……。…………初めての変身……これを……?あんた……ちょ…………ま…………っ…………!」

 

 最後に聞き覚えのない少女の声を耳にして。八鍔の意識はプツリと断線した。

 




プロローグは一旦ここまで……たぶん
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