魔法少女ジャックタルト   作:富野倒去

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モノプティングちゃんのセリフはフィーリングなので架空のなんちゃって弁くらいのつもりで見ていただければと思います。


【2-1】日向は影の向こう側

「この報告は確かなのね?」

 

 大きく息を吐くように彼女は念押しの確認を行なった。

 壁は一面本棚で覆われ、部屋の中央には大きな黒檀のデスクが置かれている。山のように積み重なった書類と大きなディスプレイに繋がれたノートパソコン。染みついたコーヒーの香り。背後の窓からは柔らかな午後の陽光が差し込んでいた。

 書斎。そう呼ぶのが相応しいだろう部屋だ。

 けれど、そんなある種の調和が保たれた空間で、部屋の主であるはずの己だけが嫌になる程浮いていた。

 デスクに肘を突き、拝むように合わせた両の手を口に当てるのは花も恥じらう思春期の女子高生。高校の制服と、後ろで編み込み纏めた艶やかな黒髪がよく似合っている。

 

 たぶん一生馴染むことはできないのだろうなと。そんなことを考えながら部屋の主、栄垣千子(さかがきせんこ)───魔法少女チャコールフォンデュは念を込めた視線を正面へ送る。

 

「せやで。まあ、ウチかて実物を見るのは初めてだったし、伝え聞いてた外見からたぶんそうって判断しただけやけどな。黒兎はほら、みんな死んだらあっという間に溶けて消えてまうからなぁ」

 

 どこか投げやりな口調でへらへらと答えるのは灰色のワンピースの上から黒い打ち掛けを羽織る魔法少女モノプティングだった。千子とは違い、彼女は魔法少女の姿だ。

 どちらかと言えばモノプティングが正しい。この場の正装は魔法少女に変身した状態だ。けれど、今年で十八になる千子はいい加減あのフリフリひらひらした魔法少女装束を日常的に着て過ごすのは恥ずかしかった。

 いや、そんな魔法少女の姿で長年過ごしてきたのだから、本音を言えばフリフリもひらひらも慣れきってしまってはいるのだけれど。せめて恥ずかしいと感じる程度の常識的な感性を自分は持つべきなのだと考えているのだ。

 自分の魔法少女の姿も眼前のモノプティングの様なデザインであれば多少様になっただろうに。

 

「フォンデュ姉はホント、いっつも難しい顔してしょうもないこと考えてそうやなぁ」

「別にそんなことないから。言いがかりは止めてちょうだい。……それから、一応今は上役として話しているんですからね。もう少し、それらしく話してちょうだい」

「そないなこと言われても、ウチらにとってはフォンデュ姉はフォンデュ姉やよ」

「はぁ~」

 

 にこやかに、一切の邪気なくそう言われてしまえば千子も返す言葉をなくしてしまう。

 先代から"図書館"の"館長"を引き継いで一年と少し。魔法少女を取りまとめる立場になって、雑務と悩みは倍増したのに周囲からの扱いはさして変わりがない。

 別に周囲に傅いて欲しいわけではないのだけれど。フォンデュ姉と慕ってくれる魔法少女たちがかわいくないわけもないのだけれど。

 もう少し格好をつけてもいいのではないだろうか。

 

「はぁ~」

「溜息ばっかり吐いてたらすぐに老けてまうで?」

「……脱線はそこまで。改めて確認します。昨日のM市に出現した黒兎は"ジャンク"。そして、その黒兎災害現場で新たに契約した魔法少女がそれを撃破した。報告書に書いたあなたの判断理由を聞かせてください」

 

 それは黒兎、そして魔法少女にまつわる上でどうしても必要になる確認工程だった。

 モノプティングもそれがわかっているから、それ以上雑談を続ける事なく千子の問いに答える。

 

「一番の理由は外見と現場や。"ジャンク"は有名やからな。直接は見たことなくてもあのけったいな頭と体、それに明らかに()()()()()()()火災現場を見た瞬間にピーンときたわ。……だから、あの子も含めて生存者がいたのはホント驚いたで」

「そうでしょうね。その黒兎が本当に"ジャンク"だとすれば生存者は五年ぶり。しかも、見逃されたわけでもなく討伐した……と」

「どうも魔力暴走で全身ボロボロみたいやったけどな。今もまだ寝てるらしいし。それにしたってヤバいで。それこそ、セイラピューレ以来の大金星や」

「国喰らいの一体が討伐……真実なら少し騒がしくなりそうだけれど。現場に他の魔法少女は?」

「いなかったと思うで。現場についてすぐ魔力探知もしたけど、引っかかるのはおらんかった。というか、十年ろくな交戦記録すら残さなかった黒兎やで。たぶんウチかてあの子が戦って時間を稼ぐようなことしてなければ間に合わなかったちゃうんかな」

 

 現れた先のものは一般人だろうが魔法少女だろうが全てを焼いて喰らう。そして喰らえば燃える炎を残してすぐに姿を消す。それが"ジャンク”の行動パターンだった。存在も能力も知れていたのにその姿を見た者が極端に少ないのは大食らいと早食いが原因だ。

 だから、モノプティングの言う通り、今回の様なイレギュラーがなければ彼女が現場に到着した頃には彼の黒兎は姿を消してしまっていたかもしれない。

 あるいは───彼女が間に合ったとして、そのまま彼女も帰らぬ存在となっていた可能性もある。国喰らいの全てが強大というわけではないけれど、十年被害を出し続けている"ジャンク”は誰が戦ったとしても勝てると言い切れる存在ではない。それこそ、たとえ当代最強であっても。

 

「そう……なら、あまり警戒を表には出さない方がよさそうね。情報を出すタイミングはこちらで機を見て判断するわ」

「"ジャンク"で確定でええん?」

「えぇ、あなたが判断しあなたの判断を私も妥当と認めました。後は……念のためくだんの新人の子が目覚めたら聞き取りをして最終判断にするつもり。けれど、十中八九確定と考えていいわ」

「了解や。なら、ウチはお口チャックやな」

 

 ケラケラとした声を上げて、わざとらしく自分の口の端に当てた人差し指を右から左にツゥッと動かす。できる限り空気が重くならないように自ら道化を買って出ようとする彼女の在り方を千子は好ましく思うし、同時に心配にもなる。

 

「守秘はお願いするけれど……あまり周りに気を使いすぎないでね。あなたは本当に気が利くけれど、あなたばかりが負担を負う必要はないのだから」

「フォンデュ姉に言われたないで。ウチのは好きでやってるんやからあんまり気にせんといて」

「そう言うのならいいけれど……あ、でも、最近は後輩が増えてきたからって調子にのって格好つけようとするのは程ほどにね。この前の戦闘講習の時の───」

「あーはいはい、わかったから」

 

 つい小言のような事を言ってしまう千子に、聞きたくないと耳を塞いで部屋から逃げ出そうとするモノプティング。

 その背中に残る用事を思い出して千子は慌てて声をかけた。

 

「あ、ちょっと待って!最後に。"ジャンク"を倒しただろう魔法少女について。あなたの印象を聞いておきたいのだけれど」

「あー……言うて禄に話もできずに倒れてまったからウチも大した事はわからないけど。そうやなぁ……ガチガチの気の強そうな目をしてたで。姉妹を守ってたみたいやったからそういう”威嚇”込みだったのかもしれへんけど。後は~……魔法がどんなのかは見れへんかったし……あ、お姫様みたいな服やったから内面は割と女の子趣味してるかもな。白くてフワフワでめっちゃかわいらしかったわ」

「参考にさせてもらうわ。ありがとう」

「ま、フォンデュ姉ならどんな子相手でも大丈夫やろ。ほな」

 

 ヒラヒラと手を振って今度こそモノプティングは部屋を出て行った。

 

「姉妹……ね」

 

 ひとりになった千子は先程よりも深く息を吐いて手元の資料に目を落とした。

 そこには救助された生存者、若草愛維(わかぐさあい)の身元調査と彼女に瓜二つの魔法少女の身元調査の二枚の資料が並べられている。家族構成から通っている小学校、交友関係まで纏められた若草愛維の資料によれば彼女に姉妹は存在しない。

 そして、並ぶ魔法少女の資料はただ≪身元不明≫の赤文字がでかでかと記されていた。

 

 

###

 

 

 ずっと昔の夢を見た気がする。幼い、子どもの頃の夢だ。さして楽しいものではない。むしろ、心の根がギュッとなるような嫌な感情が目覚めた後も燻っていた。

 スマホを見れば時刻は六時半。アラームが鳴るよりも早く目覚めたのは昨日の寝付きがやけに良かったせいか。二度寝と早起きで僅かに迷うが、今の心持ちで目を閉じるとまた嫌な夢を見そうな気がして起き上がることを選択した。

 顔を洗いゴミを纏める。朝食は普段から取らない。時間に余裕があったので部屋の掃除を少しする。散らかっていた画用紙をまとめ、汚れた机の上を丁寧に拭く。そうこうしていれば出勤の時間が近くなるのでスーツに着替えて家を出た。いつもより心持ち早い。家を出た時点で思考は既に仕事へと向かっている。

 今日は取引先との顔をあわせたミーティングがある。作成した資料に不備がないか、もう少し膨らませられる部分はないか、オフィスに出たら確認しよう。

 駅へ向かう途中、自転車がドミノ倒しに倒れているのを目にした。忙しなく人が行き来するその端でぐしゃりと潰れた自転車の列。見ていて気分も良くなかったので立て直すことにした。これも今日が早起きだったからだ。普段であればそんなことをしている時間はないと自分も周囲のように足早にこの場を後にしたことだろう。今日は時間と心にゆとりがあった。早起きは三文の徳とはよくいったものだなんてつまらない事を思う。

 改札前、定期を取り出そうとポケットに手を入れて───、奇妙な感触に困惑する。

 定期がない。手に触れた感触は棒状のものだった。それも太さから考えてスーツのポケットになんて決して入らないだろう大きさだ。奇妙な体験に首をかしげながら試しにポケットの中のものを取り出してみる。ずるり、と明らかに収まるはずのない質量がポケットから引っ張り出される。

 それは、白いステッキだった。

 先端部分についているものはランタンとでも呼べばいいだろうか。多角形の角柱のような形状で、中には小さな火が灯っていた。

 

「なんだこれ?」

 

 口にした声がやけに甲高かった。

 気づくと視線がやけに低い。見慣れたはずの駅の何もかもが大きくて、異国の神殿にでもなったかのような威圧感を覚える。ステッキを握る手も小さくて細い。つるりとした肌はどこか作り物めいた感じだ。

 

『起きるの-』

 

 手にしていたステッキが声を出す。聞いてるだけで気が抜ける声だ。

 明らかな異常事態なのに驚かない自分がいた。

 

『起きるの-』

「……いや、起きてるよ」

『起きるの-』

「だから起きてるって……」

 

 なんだか、頬の辺りがチクチクする。ステッキは何度も同じことを繰り返す。

 

『起ーきーるーの-』

「だから───っ」

 

 

###

 

 

「起きてるって言ってるだろ!!」

「ひゃあ!?」

 

 白いシーツの上、勢いよく起き上がった八鍔(やつば)の第一声がそれだった。

 

『起きたのー』

「……あれ?」

 

 見回すと、そこは白っぽい病室のような場所だった。部屋と同様白いシーツのベッドの上で八鍔は寝ていたらしい。頭の奥で寝すぎた際に起きるような痛みが走る。

 

「ここ、は……」

 

 記憶を探る様に額に手を当てる。

 その手が夢の中と同じように小さくきれいな形をしていて、そこで自分の身に起きたことを一息に思い出した。

 燃え盛る炎。灼熱の中で苦しみのたうち回る人々。黒い怪物。大きな口。ひとり、またひとり摘まみ上げられてその中へ消えていく。迫る指先。摘まみ上げられた少女。それから───

 

「俺は……!いや、あの子はどうなった!?ここは……!?」

 

 まとまり切らない疑問が溢れるように口をつく。思考をまとめようと視線をさ迷わせ、小さな指先に絡まる髪がまるで炎の様に赤くて目を見張る。

 

───魔法少女になって欲しいんだ

 

 人を食ったような声がよみがえる。疑問や驚きが渋滞を起こし八鍔はぴたりと固まった。

 そんな八鍔の目の前にぴょんと飛び乗る様にして奇妙な物体が姿を見せる。

 

『たぶんいい感じになってるから大丈夫なのー』

 

 それはオレンジ色をしたダイフクのような何かだった。よくよく見てみれば左右には羽のような部位がついているようで時折パタパタと羽ばたいている。正面には黒い三角形の嘴らしきものがついており、その少し上にはくるりとしたふたつの瞳があった。

 

『まずは深呼吸なのー。のー』

 

 鳥、なのだろうか。ただ、それにしてはどうにもゆるっとした、締まらないシルエットをしているように思えた。もちもちしてふわふわして、多分野生では生きていけない。世には似たような丸っこい小鳥は数多くいるが目の前のそれはなんだか加えてぐにゃっとしている。形も動きも違うのにナマケモノをイメージする。捕食者に襲われればなすすべもなく狩られて絶滅してしまいそうだ。

 いや、しかしナマケモノは野生で生きている。なら、目の前のこれも実は野生で生きていけるのだろうか。動物の生態は不思議な事ばかりだ。

 あまりにも益体もない考えが脳裏をよぎる。

 

『の~……のー。の~~~、のー。』

 

 多分、息を吸って吐け、と言いたいのだろう。

 体を左右に揺らしながら声を上げている。眺めているだけで深呼吸などせずとも脱力してしまいそうだ。力の抜ける声に、目の前のそれが何であるかようやく気がついた。

 

「お前……あれか!」

『あれはあんまりなのー』

 

 呼びかけようとして、名前がわからずボケたことを言ってしまった。さすがにまだ物忘れが激しい年齢とは言いたくない。そもそも今の身体はおそらく自分の本来の年齢よりずっと若いものであろうし。けれど、呼び方がわからないのだから仕方ない。

 ナビゲーター。あるいはマスコット。妖精。"契約”を取り持つ存在。

 八鍔は頭の中で自身に埋め込まれた知識を思い返す。知識というには、ひどくふわふわした理解だった。自ら学んで覚えたものではないからだろうか。どうにも自分が何を知り何を理解しているのかが覚束ない。

 

『名前をつけてほしいのー』

 

 オレンジの餅みたいな鳥が宙に羽ばたきながらそう訴える。

 

「名前って……俺がつけていいのか?」

『他につける人はいないのー。なまえー』

 

 なまえなまえーと餅鳥が連呼する。

 そんなことをしている場合なのか、という考えもあったが状況を知るには目の前の存在の話を聞くのが早そうだ。それなら、これからの会話のためにも、目の前のこれに名前をつけるにこしたことはないだろう。八鍔としても名前がないのは不便だった。

 

「……トーチ」

『ほぼノータイムで名前を決められるとそれはそれで複雑なのー』

「気に入らないか?」

『そういうわけでもないのー。トーチは今日からトーチなの』

 

 ワンクッション文句を挟んだ割には気に入ったらしい。

 今度はトーチトーチと繰り返してパタパタと部屋を飛び回る。話を続けたいのだが、こうも喜ばれていると水を差しにくい。自分でつけた名前だから尚更だ。どうしたものかと溜息を吐いていると、部屋の隅からそろそろと顔を覗かせる人の姿に気づいた。

 

「あ、あの~……」

 

 年のころは十二、三といったところか。やや茶色味がかった髪を左右でお団子にまとめている。白いエプロンドレスをまとい、頭の上ではレースの華やかなヘッドドレスが揺れていた。シンプルながらも要所要所にかわらいらしく見える意匠が施されている。見習いメイド少女といった姿格好の彼女はおどおどとした様子で八鍔の様子をうかがっていた。

 八鍔が視線を向けたことに気づくと少女は引きつったような笑みを浮かべて頭を下げる。

 

「えぇっと、お、おは……おはよう、ございます」

 

 恐る恐るといった様子で、何度もどもりながら挨拶をする彼女の姿には勇ましさも華やかさもない。ごくごく普通の、引っ込み思案で臆病そうな少女の人見知りの反応だった。

 

 それが、八鍔が初めて見た魔法少女の姿だった。

 

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