魔法少女ジャックタルト   作:富野倒去

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表現や文体微調整


【2-2】日向は影の向こう側

「……おはようございます」

「はっ、はい!」

 

 挨拶されたので八鍔(やつば)も挨拶を返した。響くのは涼やかでツンとした、かわいらしい声。先ほどまでの餅鳥───トーチとの会話もそうだったが、何度聞いても慣れない幼げな少女の声である。

 自分から挨拶をしたはずのメイド少女は、何故か返された挨拶に緊張した様に飛び上がる。体を守る様に腕を交錯させるのだが、二の腕半ばまでの短い袖から伸びる白い腕は細く頼りがいがなさそうだ。

 

 メイド服。奇妙な風体の少女。

 姿格好がそうだからというわけではないけれど、八鍔は見た瞬間に彼女が魔法少女であることを察した。見て感じる。直感的な感覚だ。

 

「その、魔法少女の方ですよね。すいませんが、ここはどこでしょうか?それから、私と一緒にいた女の子がいるのですが彼女がどこにいるかご存知ないでしょうか?」

 

 ベッドで半身起こした体勢で、下手なバツ印のポーズを取る魔法少女に問いかける。

 ここに話ができる魔法少女がいたのなら、今もパタパタと飛び回る餅鳥に急いで名前をつける必要もなかったなと少しだけ思う。

 

『なにかひどいことを考えてる気がするのー』

 

 喜びを表現するのに満足したか、あるいは八鍔の無粋な考えに萎えたのか、トーチは彼の頭上を最後に一周するとその頭頂部に降り立った。大きさ的にも色合い的にも、鏡餅の上のミカンの様である。

 魔法由来の存在だからだろうか。頭上に乗られたというのに全く重さを感じない。

 トーチの様子がおかしかったのだろうか。声をかけたメイド魔法少女は元から丸い目を更にまん丸に見開いてジッと八鍔を見つめるばかりになっている。

 

「大丈夫で───」

「あっ!」

「?」

 

 沈黙のままに見つめ合うのも気まずかった八鍔が再び声をかけようとすると、ようやく彼女は自分が言葉をしゃべれる存在だと思いだしたのか、小さな口を開いて弾かれるように声を発した。

 八鍔のものとはまた異なる、どこか柔らかで聞き心地のよい声だ。

 

「ごめ、ごめんなさい。急に大人みたいな話し方をするから、驚いちゃって……」

「あぁ……」

 

 言われて八鍔は得心した。

 自分がどのような姿をしているのかきちんと確認はしていないが、おそらく自分は十代前半くらいの少女の姿になっているのだろう。そんな少女が突然社会人が他人に対するような口調で話しかければ異様に映るに違いない。今くらいの年齢であれば普段の口調と敬語を使い分けるくらいしていそうだが───、それでも話し方というのは年齢が出る。

 

「えぇっとね、魔法少女同士……、そんなに畏まらなくて、いいんだよ。その、自分の呼び方も言い換える必要はないし……普通にお話してほしい、な」

「わかり……わかった」

 

 変に萎縮させてもよくないと、八鍔は頷いて口調を砕けたものにする。

 おどおどした様子は変わらないが、それでも魔法少女は今度は優しげな笑みを浮かべる。少しだけ腹が据わったような印象だった。

 彼女は一度深く息を吸って、小さな歩幅で八鍔が横になるベッドの側まで歩み寄る。

 

「先に……自己紹介するね。わたしはホットミルク。魔法少女のホットミルク、です。その、あなたの先輩魔法少女……になる、かも?」

 

 最後はやや自信なさげになりながらも、胸に手を当て真摯に名乗る。

 

「俺は木賊八鍔(とぐさやつば)といいます」

 

 なので八鍔もぺこりと頭を下げながら名前を名乗る。一瞬手が名刺を探しそうになった。

 名乗った八鍔にメイド服の魔法少女───ホットミルクは一瞬だけまた驚く様な反応を見せた。

 

「あっ……ヤツバちゃん、か……よろしくね」

「……よろしく」

 

 ちゃん付けで名前を呼ばれたのはひどく久しぶりの経験だった。遙か昔、それこそ今の体と同じくらいの年齢の頃に、名前だけ見て性別を間違えた学校の教師に朝の全校集会の最中に「ヤツバちゃん」と名前を呼ばれた記憶が蘇る。

 今となっては苦笑交じりの記憶を思い返す八鍔に、白いカフスが巻かれた右手を持ち上げたホットミルクがまじめな顔を向けた。

 

「うん、それで、ね。最初に説明しなかった私が悪かったんだけど……魔法少女は変身中は魔法少女としての名前を名乗るのが、えっと……決まりなの。だから、ヤツバちゃんも今は魔法少女の名前を名乗るのがいい、かな」

「そういうものなのか」

 

 ホットミルクの言葉に八鍔は頷く。頷いてから、首を傾げる。

 

「変身中……変身、している?」

「へ?」

 

 感覚として、今の八鍔は魔法少女には変身していない。

 身体能力はおそらく外見相応で、巡る魔力もとても小さい。

 念のための確認で視線を落とせば今の服装は白いワンピースのようなパジャマで、これは魔法少女の服装ではない。かわいらしいリボンの飾りとレースが目に入りなんともいえない気持ちになったが、それはそれとして普通の服だ。八鍔の人生において初めて身につけるタイプの服だった。

 ともあれ、八鍔の認識上では今の八鍔は魔法少女に変身していない。ただ、その感覚が正しいのか少し自信がなかった。

 

 魔法少女になった際、八鍔にはそれにまつわる様々な知識が流れ込んできた。魔力の操作や魔法の使い方、今は頭上でぐでっとしているナビゲーターのトーチの存在。他色々。あの戦いの中で八鍔はそれを自覚した。

 まるで生まれたときから知っていたかの様な、ある種の常識のような感覚でそれらの知識を受け入れていた。ただ、その”ある種の常識”というのがくせもので、自分が何をどこまでどう理解しているのか、というのがはっきりと自覚するまでひどく曖昧なのだ。それどころか知っていると認識している事柄に対しても、突き詰めて考えてみると薄ぼんやりとしたイメージしか持っていないと気づく場合もあった。

 言ってしまえば、八鍔は自分の中に判断基準はあってもそれが本当に正しいのか、理解できているのか、そして実際に魔法少女の常識なのか自信が持てなかった。

 

「たぶん、今は魔法少女に変身してない……と思うけれど」

 

 だから答える声もどこか言葉尻の濁したものになってしまう。

 

『変身はとっくに解けてるのー。今のヤツバはザコなのー』

「え、あっ、本当!?あれ……確かに……魔力は…………あ!わ、わっ、そっか、だからパートナーの子も……ということは……う、うぁ、うぅぅ……やだ、わたしっ」

 

 ホットミルクは八鍔とトーチの言葉にコロコロと表情を変え、最後には顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 

「その……ごめんなさい……」

「いや、そんなに気にしなくても」

「わたしも、今日からせ、先輩だぁって調子に乗って……本当、ごめんなさい」

 

 最後の謝罪がガチトーンでコメントに困る。

 

 ベッドの端に突っ伏すようにしてへこむホットミルクに、八鍔はどう声をかけたらいいか悩んだ。八鍔は成人してこのかた、この年代の少女と話す機会なんて殆どなかったのだ。

 

『人間関係が希薄なの』

「そういう問題じゃない。そもそも俺の場合話しかけてたら大体事案なんだよ」

 

 内心を読んで突っ込んでくるトーチ。どうも頭上のこの餅鳥は、ある程度こちらの頭の中がのぞけるらしい。あの白い空間で話しかけてきた姿のない声に比べるとそこまで嫌悪感がないのが逆に忌々しい。

 

「その、俺は魔法少女になったばかりで魔法少女のことはよくわかってないし、実際ホットミルク……さんは先輩だし、えっと、こうして話してくれているだけでも心強いので」

『失敗は誰にでもあるのー』

「う、うぅ~ちっちゃいのに、わたしよりしっかりしてるよぉ~…………頼りない先輩でごめんね~」

「あぁ、いや……俺は実際には……」

「うぅっと、そのね、魔法少女同士は……大抵は呼び捨てだから。わたしにも”さん”はつけなくて平気、だよ」

「わかった。ありがとう、ホットミルク」

 

 状況がわからないままでどこまで身の上を話していいのだろうか。自分の実年齢や性別についての話はどうすべきか。そんな風に僅かに逡巡している間に、立ち直ったのか顔を上げたホットミルクが早速先輩としてのレクチャーをしてくれた。彼女の頬はまだ頬は赤い。

 

「けれど、そっか。その髪は元々染めてたのかな。すごくきれいな赤だからてっきり魔法少女の変身が解けないままになってたのかと勘違いしちゃった」

「そうか……この髪……」

 

 言われて、自分の髪を一房手に取る。恐らく腰の近くまでありそうな長さのそれは、炎の様に赤い。当然だが以前の八鍔はこんな髪色をしていなかったし、世間一般でもあまり見ない色だろう。

 果たして今の自分の姿は周囲にどう見えるのか。

 そもそも、自分はどうなってしまったのか。

 

「……」

「えっと、大丈夫……?」

 

 自分の髪をじっと見る八鍔の雰囲気に心配そうな表情でホットミルクが顔を覗き込む。

 優しいのだろう。相変わらずおどおどとした様子は変わらないが、それでも八鍔のことを真摯に慮ってくれていることは伝わった。

 八鍔は改めて頭の中を整理する。今確認すべきこと。聞くべき話。焦りで空回りしていた頭の中が少しずつ冷える。

 状況はわからないが、少なくともあの灼熱の地獄の中程切羽詰まってはいないはずだ。だから、一つずつ。一つずつ確認をとっていこうと。

 

「悪いのだけれど、話をする前に一度鏡を見てもいいだろうか。自分がどんな姿をしているのか、まずは確認したい」

「へ?あ、うん。わかった。隣の部屋におっきいのがあるから持ってくるね」

 

 頭上にクエスチョンマークを浮かべながらもパタパタと部屋を出て行くホットミルクの後ろ姿を見送り、八鍔はベッドから床に下りた。今のうちに体を動かしてみようと思ったのだ。ぺたりと床を踏んだ足はちょっと怖くなるほどに小さい。

 体は軽い。ただ、それは魔法少女の時のような超常の感覚ではなくて。単純に大人と子どもの違いなのだろう。かつてはどうだったかと思い返そうとするが、今との差異はよくわからなかった。ただ、思い返せば木に登り遊具に登り塀に登り、よくあんな動きをしていたなと思うことばかりだったので、やはり子ども全般の感覚のような気はする。

 腕を回す。その場で軽く跳ねてみる。実にスムーズに動く。快適だ。根本的には、大人になって覚えるようになった肩こりや体のこわばりから解放されたのが大きいのではなかろうか。屈伸したり、その場で回ったりもしてみる。

 すると、パタパタと頭の上で羽ばたきの音がした。

 八鍔はトーチが頭に乗っていたことを今になって思いだした。驚かせてしまっただろうか。そう思ったのだが───

 

『もっと、もっとなのー』

 

 聞こえる声は楽しげだった。遊園地のアトラクションにでも乗っている感覚なのだろうか。とりあえず、頭に乗せているからといってこの餅鳥に気を使う必要はなさそうだった。

 

「おまたせ~」

 

 そんなことをしている内に、自分の背丈よりも大きい鏡を片手に持ってホットミルクが戻ってきた。

 

 

###

 

 

「これは……」

 

 鏡に映った自分の姿に八鍔は絶句する。

 なんとなく想像はついていたのだけれど。現実離れした美少女がそこにいた。

 背丈は隣に並ぶ小中学生くらいのホットミルクよりもなお小さい。年の頃は十歳か、もしかするともう少し幼いのかもしれない。子どもらしい体躯はなめらかで白い肌で覆われて染みひとつ無いように見える。目鼻立ちはぱっちりとしていて利発そうな印象だ。そして何より、それらを彩るように長く伸びた赤い髪と赤い瞳。腰の上辺りまで伸びている赤髪は光の当たり所によってその色味を僅かに変えている。瞳もまたその中に炎を灯しているかの様に当たる光の角度によって揺らめいて見えた。こんなにも派手な色合いであれば見た瞬間に違和感を覚えるはずなのにそれが少しも無い。なるべくして赤い。生まれながらの赤。そんな印象が、この体を現実離れした存在にしていた。

 

 ぺたぺたと自分の頬に触れる。鏡の中の少女も頬に触れる。

 赤い髪を梳いてみれば、鏡の中の少女もその髪に指を通す。

 口の端を引っ張って思い切り歯を覗かせてみるがそんな姿すら絵になっていた。

 

「これはひどい」

「え?」

 

 確かに美しい。人によってはこの体になったことに感動し打ち震え泣き出すのではなかろうか。実際、八鍔もそんなつもりはなかったのに得もしれぬ満足感が体の内から沸き上がってくるのを感じる。そんなものを覚える自分が恐ろしい。あるいは感じさせるこの体が。

 これは確かに魔法少女だろう。

 現実離れしたファンタジーだ。

 

 だが、だからこそ。

 

「こんなのもう魔法少女くらいしかできないだろ」

『ヤツバは魔法少女なのー』

「……そうだったな」

 

 きっと、普通の人間としてなんて生きていけないだろう。この幼さでこの存在感。町中を歩くだけでどれだけ人目を引くか。きっとどんな国、どんな町であろうとこの姿は異物になる。人の世の中に埋もれて生きることなんて、できそうにない。

 なんとなく、魔法少女以外の生き方を許さないと言われているような気がしてうんざりする。別に、だから嫌になった訳ではないのだけれど。今後は二度と魔法少女にならないなんてそんなことも考えてはいなかったけれど。

 誰かにそう強制されているという感覚は好ましくない。無駄に逆らいたくなる。

 思わず、重い溜息が漏れる。

 そんな姿も神秘的に見えるのだから、もう、なんか、アレだ。あぁ。

 

「えぇっと……ヤツバちゃん?」

 

 へたり込みそうになる八鍔の体をホットミルクが慌てて支える。背中を優しくとんとんと叩いているのは落ち着かせようとしているのだろうか。わけもわからないだろうに、それでも慰めてくれている。

 

「……」

 

 あまり不義理を働くべきではないのだろう。そんな感情が自然と沸き上がる。

 未だ聞きたいことも知りたいことも何一つわからない。それでも、きちんと話をしてこちらのことを知ってもらった上で対話をすべきだ。

 一度目をつぶり、それから八鍔は改めてホットミルクへ声をかける。

 

「ホットミルク、先にこちらの事情を君に話しておきたい。いいだろうか」

「え、事情……?わ、わたしが聞いても、いいのヤツ……なのかな?」

「まずは君に聞いて欲しい。その上で今の状況と、これからのことを聞きたい」

「えっと……そっか…………う、うん。わかったよ」

 

 八鍔の気持ちを汲んでくれたのかホットミルクは少しだけ悩んだ後にこくりと頷いた。

 

「それならベッドに座って───」

 

 そうして事情の説明をしようとしていたところで、三人だけだった白い部屋の扉が突如開いた。

 

「ミルク、フォンデュ姉さんがまだ目を覚まさない様なら一度休みなさいって……」

 

 入ってきたのは蒼い髪と薄紫のシスター服を纏った新たな魔法少女だった。その肩には黒いカラスが留まっている。感情の読めないぼうっとした深い藍色の瞳が、ホットミルクに支えられた八鍔の姿を映してピタリと止まる。まるで上空から獲物を目にした猛禽の様に。

 

「あ、セイラピューレ……!?えっと……」

 

 驚き言葉に詰まるホットミルクの言葉に八鍔は僅かに目を見開く。それは八鍔ですら知っている有名な魔法少女の名前だった。度々ニュースで報道される黒兎の討伐情報でその名が口にされる。日常の中では漠然とそういう魔法少女がいる程度の認識だったその名が眼前の蒼髪の少女と結びつく。

 その魔法少女が無言のままに、八鍔の眼前まで近づいてきた。

 今となってはこの中で一番背の低い八鍔は彼女を見上げる形になる。

 

「あの……?」

 

 気まずそうに声を上げるのは傍らのホットミルクだ。

 セイラピューレはその声に応えず、八鍔を見つめたまま口を開いた。

 

「目覚めてよかった。少し、あなたの力を見せてもらえるかしら?これから私と手合わせしましょう」

 

 表情を変えぬままそう告げて、八鍔の手を取った。

 

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