「
突如現れ
力ある言葉。魔法少女の魔法。
あまりに唐突で、かつあまりに自然で。八鍔もホットミルクも何の反応もできず。
そして世界は反転した。
「は───?」
セイラピューレに手を取られたまま、気づけば八鍔は荒涼とした灰色の荒野の中にいた。つい一瞬前までいたはずの白い部屋も、そこにあったベッドも鏡も、傍にいたホットミルクもどこにも見当たらない。
八鍔の手を取ったセイラピューレだけが共にいた。
部屋に入ってきた時から変わらず、その瞳から感情を読み取ることはできない。何を考えてるのか、何を思っているのか。ひとつとしてわかりはしない。ただ、曖昧な瞳の奥に微かにギラギラとした光が垣間見えた様な気がした。
「ここなら存分に力を振るえるわ」
「いや……」
眼前の魔法少女が何を話しているのか、八鍔はひとつも理解できなかった。
魔法が使われたのはわかった。けれど何故使われたのか、ここはどこか、彼女が何を言っているのか。説明は何ひとつ無い。
なのに眼前の蒼髪の少女はそれが当然という顔をして一歩下がると八鍔に促す。
「さあ、変身して」
「……」
彼女は度々ニュースでも名前があげられる様な魔法少女だ。多くの黒兎を倒し多くの人々を救ってきたのだろう。八鍔も守られてきた一般市民として、礼くらい言うべきなのかもしれない。
だが、今は無理だ。
困惑は大きい。そして、それ以上に一方的な理不尽を感じる。だから戸惑い以上に噴き出す感情があった。自然、八鍔は両手を体の前に組んで自身と向き合う紫色のシスター服の魔法少女を睨みつけていた。返す答えは決まっている。
「変身しない」
「……どうして?」
ぼんやりとした表情のまま、セイラピューレはひどく幼い仕草でことりと首を傾げた。
一応言葉は通じるらしい。通じているせいで余計に頭が痛くなる。八鍔を焼いた黒兎も、魔法少女の契約を持ちかけた姿なき声も一方的で理不尽だった。ただ、眼前の魔法少女はそれらに輪をかけて唐突で意味不明だ。
何で人類の天敵よりも魔法少女に困惑させられてるのだろう。
「理由がない。……そもそもここはどこだ?」
『魔力で編んだ精神世界……?へーんな感じ……現実を再現する仮想空間っぽいのー』
問いに答えたのはセイラピューレではなく、頭上に乗ったままのトーチだった。自分と一緒にここへ連れてこられたのだろうか。
『トーチとヤツバは一心同体。ヤツバがここにいるならトーチもここにいるのー』
そういうものらしい。
「ハミングは魂の影を蒼冬に映して魔法少女の能力を再現する創作魔法。昔シャッフルマカロンが編み出した。魔法少女なら誰でも覚えられる。場所を選ばずにいつでもどこでも戦闘訓練ができる。とても便利。あなたも覚えるべき」
続けてセイラピューレがトーチの言葉を補足するが、八鍔には何を言っているか半分くらいしかわからない。知らない言葉で知らない言葉を説明されても説明にはならない。そういうこちらの戸惑いを眼前の少女は今ひとつ理解していないようだった。
『スー、初対面で挨拶をしないのは失礼だ。だから、先方もおこっている』
「なるほど」
そんな魔法少女を咎める四人目の声が。
低い男性を思わせるそれは、彼女の襟首からニュルリと顔を出した白い蛇から発せられていた。
シュルルと口の間から舌を出すその蛇と目が合う。
『
ぺこりと頭を下げられた。
「私は魔法少女セイラピューレ」
倣うようにゲーテを肩に乗せた少女も名乗ってお辞儀する。
『トーチはトーチなのー』
頭の上の餅鳥が嬉しそうに名乗り返した。
たぶん初めての自己紹介だからだろう。頭上で八鍔には見えないが誇らしげに胸を張っているのがなんとなくわかった。
「いい名前ね」
『ふへへ~』
「……」
「それじゃあ変身して」
「なんでだよ!」
もう一度こてんと首を傾げられる。
八鍔の頭痛が増す。
「ゲーテ、自己紹介したのに怒ってるわ」
「元来、怒りっぽい性格なのかもしれない」
「なるほど」
話しづらい。
邪気や悪意は感じない。それで余計にやりにくい。友好的な異星人と話している気分になる。言動に脈絡がないので意図が察しづらい。表情が変わらないので感情が読みにくい。多分文化が違うせいで意思疎通がすれ違う。誰か翻訳係を呼んできてくれ。
そう思うのと同時。
「───それじゃあ、もっと怒ってもらいましょう」
全身を滅多切りにされる様な殺気に喉が干上がった。
「
「
生存本能が思考する前に言葉を紡がせていた。本能に埋め込まれた魔法少女というあり方は死を目前に澱みなく変身を行使する。
燃え盛る炎が小さな少女の全身を包む。その炎が
白い蛇が光に還り一条の長いリボンへ変ずる。一瞬前まで赤髪の少女が立っていた地面と僅かに取り残された炎の尾が格子状に刻まれる。
「───ッ!!」
大きく飛び退った少女───八鍔を包み込んでいた真っ赤な炎が宙に解けた。現れるのは汚れを知らぬ純白のドレス。灯りを灯す白い杖。肘上から手の先までを覆う長手袋には花のレースがあしらわれている。炎を束ねたような赤い髪が翻る。
まるでお伽話の妖精の様な。
幻想的なその姿は、二度目となる八鍔の魔法少女への変身だった。
だが、優雅にすら見える変身を終えた魔法少女は顔を蒼白にし、寸断された目の前の空間を凝視していた。
「ハァ……ァ、ハァ……ハァ……」
形の良い顎を汗が伝う。
それは叩きつけられた死の触感だった。あの炎の地獄で感じた段々と迫るものとはまた違う。一瞬の間に圧縮し突き刺さる死の恐怖。
飛び退かねば、変身しなければ。まだあの場所に立っていたなら。
細切れにされて死んでいた。
本能が察知した己の死を後から理性が翻訳する。
「なんの……つもりで……っ」
脈拍する血の音を聞きながら、先ほどよりも険しい表情で距離の空いた紫の魔法少女を睨みつける。
だが、そんな八鍔の憤りも彼女の顔を歪めることはない。変わらず茫洋とした表情でシスター服の魔法少女は口を開く。
「……斬撃を少し燃やした?性質自体が魔法的な炎。それも変身の余波で発生したということは固有の魔法というわけではなく───」
「何で魔法少女に殺されかけなきゃいけないんだ!!」
「……?私はあなたの力を見たい。最初に言ったわ」
確かに、ここへ来る前。手を握られた時にそんなことを言われた。手合わせしようと、そう言っていた。それは覚えている。
「それで殺しに来るのはおかしいだろ!」
「魔法少女は死線の中で目覚める。死を目前にして、それでもという意思、想いが契約の資格。魔法少女の力を見るなら死を突きつけるのが一番早い」
「……まさか魔法少女になったら漏れなく強制発生するイベントとかじゃないだろうな」
こう、貴様が魔法少女にふさわしいか試してやろう的な。
ここで死ぬならそれが幸福。所詮それまでの存在よ的な。
どこの戦闘民族だ。
「人によると思うけれど……私はあなたの力が見たい。国喰らいの一匹を下した力。どれ程強ければあの化け物に届くのかしら。今の私に果たしてそれは為せるのかしら。何がその力を生み出したのかしら。私にもその力は再現できるのかしら」
「頼むからもうちょっとコミュニケーションをとってくれ」
「それなら戦いを続けましょう。それが早い。大丈夫、殺されたって文句は言わないわ」
「俺はずっと文句を言ってるんだよ」
戦闘民族が過ぎる。
それはやはり殺気と呼ぶべきものなのか。
再び肌に感じた嫌な感覚に従って八鍔は再び飛び退る。タイミングを合わせるように飛び退いた地面が微塵に爆ぜた。今度は一度で終わらない。二度、三度、四度。続けるように地面が爆ぜる。その度、八鍔は地面を蹴って迫る死を回避した。
『殺らなきゃ殺られるやつなのー』
手にした杖から気の抜ける声が響く。
変身前は鳥の姿をしていたトーチは今は杖の形になっている。声はのんびりしているが言ってる内容が物騒だ。だが、否定することもできない。
「魔法少女に関係する奴らはどいつもこいつもまともに会話する気がないのか!」
その一。こちらを食おうとしてきた黒兎。
論外。
その二。八鍔を魔法少女にした姿なき声。
比較的会話はできていた。ただし、契約は一方的。あと生理的に無理。グレー。
その三。目が合うなり殺し合いを挑んでくる魔法少女セイラピューレ。
論外。
生理的に一番受け付けなかった姿なき声が、一番真っ当に会話をしていた事実に辟易した。アレのお陰で今こうして生きているのは確かなのだが、だからといって感謝もしにくいのだ。なんというか存在とか契約的に。
やはり魔法少女界隈は会話が成り立たない。
否。もう一人いた。
その四。魔法少女ホットミルク。
会話はきちんと成立するし、こちらを気にかけてくれている。優しい。
『天使なの』
珍しくトーチときれいに意見が一致する。
果たして彼女が外れ値なのか、単にアレな相手ばかりを引いているのか。
八鍔は後者を願った。そもそも"その一"と"その二は"人間ではない。ノーカンだ。魔法少女だけで考えればフィフティ・フィフティ。眼の前のバーサークシスターが特別おかしいだけかもしれない。そうであってくれ。
それはそれとして、生きて再会できたらホットミルクには優しくしようと八鍔は誓った。
そんなことを考えている間も、逃げる八鍔を追うように灰色の荒野は爆ぜ続けている。
「逃げてばかりではいけません。さあ、反撃しなさい」
『スーよ、この程度の攻撃では変身はしてもやりかえす程の脅威ではない、そう先方は言っているのではないか』
「なるほど」
「違う!」
そういう対話は自分の杖とではなく向き合っている魔法少女当人として欲しい。
自己完結して結論だけこちらに押し付けてくるのは最悪だ。
「では、ダメ押しを」
『マジで話をきかねーの』
あまりのディスコミュニケーションにトーチの口が悪くなる。
なんという悪影響。責任を取ってほしい。
───殺気。
何度も八鍔が肌で感じたそれは、殺意という指向性を持った魔力なのではないか。繰り返し浴び続けた八鍔は自身が感じ続けた死の気配の正体をそう理解する。魔力を感じるってなんだろうと思う己もいるが、同時にそれが正しいと訴える魔法少女の本能もあった。
どちらにせよ浴び続けていれば死は免れない。
その殺気が。
全方位。
それまでは八鍔の立つ位置をピンポイントに突き刺していた殺気が、今は広い範囲全体を覆うように叩きつけられていた。今までのように脚力に任せて飛び跳ねるだけでは逃げ切れない。
「くそっ」
八鍔の口も悪くなる。杖を握る手に力がこもる。
最早こちらも魔法を使うしかない。かつて黒兎の突進を躱したように距離を焚べ一瞬の長距離移動をするしか。
杖の先。
杖の先。灯る炎を意識する。
「
存在していた"距離”をひと呑みに。焚べられた炎が猛り熱が八鍔の全身を駆けのたうち回る。食らって盛る灼熱の業火。体が内側から焼けつく感触。首を絞められる意識。
黒兎との決死の戦いが脳裏で思い出される。
そして───
「あ───」
燃え上がる熱に耐えきれず。あっけなく八鍔の意識は闇に飲まれた。
焚べられた距離は望んだ半分にも満たない。制御を失った体はゴミのように宙に放り出される。そこは殺界の内。既に死の刃は振り下ろされている。
「あ」
美しい少女だったモノが不可視の刃に寸断される。柔らかそうな腕が細い腰が白い喉が小さな頭が。所詮は肉袋に過ぎなかったのだと証明するように、一切合切血を撒き散らしながら赤やピンクの黄色や白混じりの肉片へと加工される。
かつて少女の瞳であった赤い水晶体が半分になってペチャリと地面を汚す。転がり落ちた腸の破片がてらてらとわずかな光を反射して輝いている。
そうして───避けきれなかった殺気の中で八鍔の体は粉微塵に斬り刻まれた。
ぐちゃぐちゃの魔法少女だった肉片とどこか気まずそうな蒼髪の魔法少女だけが灰色の荒野に残されていた。