魔法少女ジャックタルト   作:富野倒去

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【2-5】日向は影の向こう側

「体の方は大丈夫かしら?」

 

 夕日で赤く染まる部屋に、見覚えのあるカラスを肩に乗せた濃緑のブレザー姿の少女が足を踏み入れる。八鍔(やつば)に戦闘を強要したセイラピューレをひと睨みで黙らせ引きずっていった女子高生だ。その姿を見た八鍔の脳裏には、お嬢様学校の学級委員という単語が過ぎる。纏う雰囲気は学級委員というには風格があり過ぎたが。

 彼女の斜め後ろには大柄な壮年の男が続く。ぴっちりと黒いスーツを着こなしているが、それだけでは筋骨隆々の肉体を隠しきれないとばかりのがっしりとした体つきであった。彼以外に少女しかいない空間では、黒々とした影と相まって人ではなくまるで迷い込んだ熊の様だ。

 

「フォンデュ姉……」

 

 あれからずっとベッドの側で八鍔に世話を焼いてくれていたホットミルクが、ブレザー姿の少女をそう呼んだ。その呼び方を聞くまでもなく、八鍔は彼女が魔法少女であることを察していた。

 

 魔法少女は違う。

 それは、しばらく前に診察は終わったと部屋を去った女医、左羽真弓(さばまゆみ)と見比べて気づいたことだ。

 目の前のフォンデュ姉と呼ばれた少女は、おそらく魔法少女の状態にはなっていない。それでも、体内を巡る魔力を薄らと感じとれるのだ。それは真弓から、そして彼女の後ろに控える大男からは一切感じ取れないものだった。

 それはきっと魔法少女とそうでないものの明確な差異。

 

 呼びかけられた少女はホットミルクのことを軽く一瞥する。

 

「ホットミルク、もう遅い時間だけれど帰らなくて大丈夫?」

「えっと……」

 

 ホットミルクはちらりと確認するように八鍔を見る。その視線に八鍔は無言で頷き返した。彼女たちが来る前に八鍔とホットミルクで話をしていたのだ。"図書館”の代表とはそれなりに込み入った話をすることになるだろう。そこにまで彼女が立ち会う必要はないと。

 そう話した通りで問題ないという仕草だった。

 

「うん、それじゃあヤツバちゃん、またね」

「ああ、また」

 

 八鍔へ小さく手を振るり、それを見守っていた二人にぺこりと頭を下げてから、ホットミルクは部屋を出ていった。控えめな、ぱたんと扉の閉まる音が赤い部屋に響く。

 これで、この部屋には八鍔と目の前の二人だけだ。夕日の赤が一段深くなった様に感じられた。

 廊下を去って行くホットミルクの足音にしばらく耳を傾けた後、そろそろ本題を始めようと残った少女が口を開いた。

 

「まずは自己紹介を。私の名前は栄垣千子(さかがきせんこ)。そして───」

 

 千子(せんこ)の言葉の途中で肩のカラスがその身を粒子の荒い黒いモヤに変え渦巻く。自然に、流れるように。挨拶でもするかのように彼女はその言葉を唱える。

 

魔法少女はここに(ライズ)

 

 言葉と共にカラスだったものは瞬時に膨張、千子(せんこ)の体を包み込み、彼女の姿をそれまでとまったく別のものに変えた。

 数える程度の間をおいて黒煙が晴れる。そこには濃い灰色に黄の差し色のゴシックのドレスに身を包んだ銀髪の魔法少女の姿があった。大きく横に広がりながら膝上丈のフリルがふんだんなスカート。反対にぴったりとボディラインの大きく出る上半身は、その上を宝石をはめ込んだ飾りボタンや緻密な銀のリボンで飾り立てている。左右高い位置で結ばれた銀髪は幻獣の尻尾の様で。その下、蜂蜜色の瞳の輝く相貌が艶やかに笑みの形を作った。

 黒いリボンが結ばれた白く細い指をたおやかに豊かな胸元に当て、声だけは一つも変わらず魔法少女は自己紹介を続けた。

 

「魔法少女としての名はチャコールフォンデュ。"図書館”では"館長”なんて呼ばれる役割を請け負っています。どうか以後お見知りおきを」

 

 その仕草は絵になり過ぎていてゾっとする。

 魔法少女の変身を初めて間近で見せられた八鍔はついその光景に見入ってしまう。ひどく幻想的で、それでいて確かな実体を持つ。ただそれだけで人の心を捉えるような光景だった。あるいは自分も、変身する際は周囲にこの様に見えるものなのだろうか。

 

「あっと……木賊八鍔(とぐさやつば)、です」

 

 ついまじまじと見つめてしまったことが恥ずかしくて。慌ててベッドから飛び降り八鍔は自己紹介を返した。まだ微妙に体への違和感が残っているのか。途中シーツに足が絡まって飛び降りるのに手間取ってしまい、それがまた恥ずかしかった。

 そんな八鍔の様子を眺めていた千子(せんこ)───今はチャコールフォンデュがくすりと笑う。

 

「ふふっ、ごめんなさい。少し前まで超然とした雰囲気だったから……なんだかかわいらしい様子が意外で」

「まぁ……」

 

 かわいらしいと言われてなんと答えるのが正解か、八鍔は知らなかった。どうとでも取れる曖昧な音で言葉を濁してみる。まぁってなんだよと自分で脳内でツッコミをいれた。

 

『トーチはトーチなのー』

 

 それまでどこへ行っていたのか。八鍔の頭上に飛び上がったオレンジ色の餅みたいに丸い小鳥が元気よく名乗りを上げた。

 いや、どこにいたか自体はなんとなく察してはいる。ずっと自分の内側でぐったりしているトーチの存在は感じていたから。彼ら魔法少女の相方は常に形を持っているわけではなく、普段は魔法少女の中で眠っている。それは魔法少女になった時から八鍔の中にある知識だった。

 セイラピューレのバラバラ事件か、その前の魔法の行使でだいぶ参っていたらしいのだが。自己紹介の機会は逃したくないらしい。名乗った後は元気を使い果たしたのか八鍔の頭の上にぽてりと落ちた。

 

「あら、元気よくありがとう。こんなに元気な妖精()も珍しいわね」

 

 そう言いながらチャコールフォンデュが左手を八鍔の目線の少し上まで掲げる。そこに八鍔のものより短い黒と金のステッキが現れた。先端には角ばった大きなハート形の宝石らしきものが据えられている。

 そのステッキから乾ききったようなカサカサの声が漏れた。

 

ステッキ状態(マジック・シェル)で失礼。私はオージャーだ』

 

 オージャー。それがあのカラスの名前らしい。

 

『よろしくなのー』

 

 トーチはそれだけ言うと力尽きたようにまた八鍔の中へと戻っていった。どうにもまだ眠いらしい。内に潜るトーチの気配から、相当な気力を振り絞って姿を現したことを察した。名乗りにかけるその執念は一体何なのだろう。

 微妙な表情を浮かべていた八鍔に、少女の後ろで控えていた大男が一歩近づく。

 

「私は"図書館”を外部から補佐するNPO法人に所属している佐羽永久春(さばとわはる)といいます」

 

 名乗りと共にカッチリとした動作で大きな手の先に長方形の紙片を摘まんで差し出す。

 

「あ、これはご丁寧にどうも……頂戴いたします」

 

 八鍔は頭を下げ、両手で差し出された名刺を受け取った。交換できるような名刺はあの炎の中で焼けてしまった。

 彼は体を掲げ屈めてなるべく低い位置に手を置いてくれているが、それでも今の八鍔の体にとってはいささか高い。卒業証書でも受け取るような姿勢になってしまった。少女の体では慣れた言葉も姿勢も、どこかごっこ遊びの様であった。

 

「なるほど……」

 

 手にした名刺には『NPO法人 綴人(つづりびと)の会 佐羽永久春』と記されていた。気になることは幾つもある。とはいえ、ひとつひとつだ。

 

「失礼ですが、この綴人の会というのは?」

「先程も少し触れた通り、"図書館”を───ひいては魔法少女たちを大人がサポートするための組織です。魔法少女の存在はただ正しく認知するだけでも様々な条件がつきまといます。そういうことが可能な環境や人員を集めていった結果こういう形に落ち着いた……そんな組織だと思っていただければ。"図書館”とはもう随分と長い付き合いです。すぐにとは言いませんが信頼し、頼ってもらえれば我々にそれに勝る喜びはありません」

「ふふふっ、永久春さんってば。魔法少女を相手にそんなに畏まった口調……なんだか新鮮だわ」

「そうは言うがね、千子クン……」

 

 クスクスと黒と黄の魔法少女に笑われて、困った様に眉を寄せていると厳ついはずのその顔に急に愛嬌が生まれる。二人のやり取りは親しげだった。

 先程から笑顔の絶えない少女。初めて顔を見たときは生真面目で勝ち気な印象を覚えたチャコールフォンデュだが、思っていた性格とは少し違うのかもしれない。八鍔がそんな風に考えているとひとしきり笑って満足したのか、チャコールフォンデュは表情を整え、八鍔の方を向いた。

 

「さて、ひとまず互いの紹介も終わったわ。この後は、最初に魔法少女にまつわる基礎知識を説明してあなたの身に起きたことを理解してもらうのが通常───新しい魔法少女が来た際の流れではあるのだけれど……」

 

 こちらを見定めようとするチャコールフォンデュの視線に八鍔は理解する。彼女達が自分がどのような存在かをある程度察していることを。この赤い髪のせいなのか、真弓たちが行なった診察の結果か、あるいは別の魔法的な何かか。

 理由はわからないが八鍔が見た目通りの存在でないとわかっている。

 別に驚くことでも焦ることでもない。八鍔も隠しておくつもりはなかった。

 

「あなたは少し例外。私たちも何がどうなっているのかを理解しきれていないの。だから、まずはあなたの身に起きたことについて話を聞いてもいいかしら?」

 

 そう問いかけるチャコールフォンデュの表情に、先程までのくすくすと笑っていた少女の面影はない。それは多くの魔法少女の上に立つ"図書館”の責任者としての真剣なまなざしだった。

 

「わかった」

 

 八鍔としてもそれは望むところだった。

 

 

###

 

 

 二十九歳、男。サラリーマンの八鍔は、出張先で突然世界が炎で埋め尽くされるのに居合わせた。現れた黒兎が焼かれた人間を喰らっていた。八鍔も喰い殺されそうになった時、何故か一面真っ白の世界に意識が飛ばされ、そこで魔法少女の契約を結ばされた。そして気づけば今の体になっていた八鍔は魔法少女として得た知識と魔法で黒兎と戦い、なんとかこれに勝利した。

 まとめてしまえばその程度か。物語のあらすじとしては少し短いかもしれない。けれど、細部を思い出したり、時折チャコールフォンデュから上がる質問に答えたりしていると、想像以上に長い時間をかけて話すことになっていた。

 窓の外に見える空は既に半ば以上が夜色に染まっている。

 

「───俺が話せるのはそのくらいだ。後は目を覚ましたらこの部屋でホットミルクとあったりセイラピューレと戦わされたり……そちらも把握していると思う」

「えぇ、長い時間ありがとう。色々と新しい情報が得られたわ」

「……こちら、良ければ。温かいものですが」

 

 喉の疲れを慮ったのか、チャコールフォンデュの横で話を聞いていた永久春が厚手の紙コップを差し出してきた。いつの間に用意したのか。コップからは爽やかな柚子の香りと温かな湯気が立ち上っていた。

 

「ありがとうございます」

 

 八鍔はありがたく受け取り、少しだけ口に含む。

 わずかに甘味の効いた柚子茶。口にも喉にも優しい味がした。

 

「……話を聞いている限り、あなたに契約を持ちかけた白兎(しろうさぎ)は"魔法使い”ね」

「白兎に……魔法使い?」

「白兎は私たちを魔法少女にする存在の総称ね。黒兎の(つい)で白兎」

 

 チャコールフォンデュが最初に話題にしたのは八鍔に話しかけた姿なき声の存在についてだった。黒兎の対、その言葉に対して八鍔はガラにもなく失笑しそうになった。

 

「対ね……」

「"魔法使い”相手なら気持ちはわかるけれど。まあ、人間の側としてみれば、ね」

「それもそうか。けれど、わざわざ揃えて”兎”と呼ぶという事はやはり……」

「そう、あれらは人類が黒兎と呼ぶものと同一の存在よ。人を喰らうか魔法少女を作り出すかという違いはあっても侵略者には違いない。魔法少女になり黒兎と対峙すればおのずと誰もが察することね」

 

 八鍔がこれまで魔力を感じ取ったのは魔法少女───、そして黒兎だけだ。両者の力の源泉が同じであればおのずと想像が及ぶ、と彼女は言っているのだろう。八鍔としては言葉を交わしもっと根本的な部分で二者の同一性を感じ取ったのだが。

 

「白兎はそこまで数が多くない。だから契約時の状況を聞けばおおよそ特定ができるの。"魔法使い”、"大公”、"老婆”、"猫目”、"美食家”、"足長おじさん”、"伝令”……。"魔法使い”は比較的たちの悪い白兎よ」

「比較的───」

 

 あれよりたちが悪いのがいるのか。八鍔はそれを聞くだけでげんなりする。

 

「魔法少女が出会う白兎なんて大抵ひとりだから伝聞からの比較だけれどね」

「二度と会いたいとは思えない」

「そこまで露骨に嫌うのも珍しいけれど……そんなに?」

「……まあ、なんというか……生理的に…………」

 

 チャコールフォンデュがやや怪訝な顔をするが八鍔はむしろその反応に驚いた。自分が特殊なのか、あるいは───。とはいえ、今ここでそれを追求する気にもなれなかった。出会って、契約してしまったがそれは終わったことだ。今となってはもう八鍔は魔法少女になってしまったのだから。

 

「それから、あなたが襲われた───そして倒した黒兎だけれど、これは"ジャンク"と呼ばれる個体でほぼ間違いないわ」

「黒兎にも名前があるのか……いや、それはそうか」

 

 続いて触れられたのは黒兎について。

 

「彼らが自身のことをなんと名乗っているかは知らないわ。黒兎も白兎も自己を指す固有名詞を口にした記録はない。名前という文化が存在するのかも不明。だから、これは人間側で勝手につけた名前よ。複数回の遭遇記録があり討伐が困難と判断された黒兎を識別するのに用いられるものね」

「それは、強力な黒兎だったということか……」

「えぇ、とても恐ろしい存在。最初の遭遇から十年以上活動を続けていた。魔法少女にとっては、大物の賞金首みたいな存在……とでも言えばいいかしら」

「十年?」

 

 チャコールフォンデュの口にした期間に八鍔は驚きを覚える。それは魔法少女や黒兎に関してはあまりに長い時間だ。

 何故なら黒兎とは、十数年前に世界共生宣言による戦争の根絶の直後、とある大国の国民を喰らいつくすという大事を起こして人々に知れ渡った存在なのだ。十年以上前の遭遇記録とは、つまり人類が黒兎という侵略者を知った直後のものという事だ。

 

「えぇ。あれらは国喰らい。かつて大国を地図上から消し去った黒兎の一体。私たちが必ず倒さなければならない人類の仇敵」

「……」

 

 思ったよりも大きなバックボーンに言うべき言葉を失った。

 それはよかった、とでも言えばいいのか。だが、あの地獄を経験した後にとてもでないがそんなことを言う気にはなれない。大国の消失は確かに八鍔にも当時の記憶があるが、大事件であれやはり対岸の火事ではあった。暮らしぶりに影響はあれどその事件自体を身近に感じることはなく、その仇をとったなどとは口が裂けても言えない。

 恐ろしい強敵を倒した自分は物凄く強い魔法少女、なんてことも言えない。あの時が様々な偶然が味方した、いつ死んでもおかしくない綱渡りの殺し合いであった自覚くらいはある。それに、セイラピューレとの戦闘では魔法を使うまでもなく意識を飛ばし細切れにされた。多分自覚できていない問題がある。その地雷をあの時は偶然踏まなかったか踏んでも気づかなかったか。

 

 話の規模が大きすぎる。

 実感もなければ、納得もない。しいてコメントをしようとするなら「そうか」みたいな毒にも薬にもならない肯定になりそうだが、それは飄々と大きな事実を受け流しているのではなく思考停止でひとまず言葉を発しているだけだ。オウムのおしゃべりと何も変わらない。

 そしてそんな一言を発する気にもなれない。間違いなく気まずい思いをする。

 八鍔は常識的な小市民人間だ。

 

「ピューレが急にあなたに突っかかってきたのもその辺りが原因で……本当にごめんなさい。今度あの子にも正式に謝罪させるから……」

「ああ、いや、正直今となっては別にそこまで」

 

 理不尽は感じたが別に実際には傷ひとつつかなかったし。どうせ過ぎた話だし。反省はしてほしいし、今後あまり関わり合いになりたくないという印象はそのままだけれど。既に怒られてはいるようだし、いってしまえば子供がやり過ぎな悪戯をしてしまったようなもので。どちらかといえばホットミルクがショックを受けていたので彼女に謝ってあげて欲しい。

 そんなことを言い募っていると、段々とチャコールフォンデュの視線が生ぬるいものになっていた。「そういうタイプかぁ」という呟きが聞こえた。どういうタイプなのか。

 

 

 魔法少女にした白兎。魔法少女として戦った黒兎。

 あの戦いに関して残る大きな話としては。

 

「後は、変わってしまった体について、かしら……」

「こういう事には前例があるのか?」

「多くはないけれど、決して初の事例ではないわね。ただ……あー……」

 

 そこで言葉を濁すチャコールフォンデュに、八鍔は首を傾げた。

 何か大きな不都合があるのだろうか。いや、不都合はいくらでもありそうではあるのだけれど。ひどく言いずらそうにしている様子に、余程のことがあるのかと身構える。

 そう思っていると、大きな体で器用に存在感を消していた永久春が声を上げた。

 

「千子クン、その辺りは私から話そう」

 

 彼は体をかがめ目線を八鍔に近づけた。

 

「あ……キミは意識のない数日間、身元不明の魔法少女として扱われていませんでした。少なくともキミが何者かを証明する手がかりはなかったし、キミがどのような存在か可能性はいくつもあれど断定はできなかった」

「はぁ」

「その間にも"ジャンク"……あの黒兎の引き起こした大火災の処理は進み、被害者の公表も行われました。黒兎が引き起こした事件は時間を置けば様々なことが曖昧になる。その為、これらの対応は迅速に行われます」

「なるほど」

「ただ、黒兎に喰われた人間は痕跡が残らないことが多い。なので、当時事件現場近辺にいて行方が知れなくなっている人物は黒兎に襲われたものとして処理されることが少なくありません。先日リストアップされた被害者名簿の中には、木賊八鍔(とぐさやつば)さんの名前もありました」

「……」

「今日、セイラピューレとの戦闘後にキミの名前が判明したので、その後自治体の方にも確認をとり、この部屋に来る前に連絡がありました。昨日、木賊八鍔(とぐさやつば)さんの死亡届が提出され受理されたとのことでした」

「…………なるほど」

 

 なるほど。

 なるほど?

 

 先ほどとは別の意味で言うべき言葉を失った。現実逃避気味の「なるほど」は自分で口にしてひどく虚しかった。目線をできる限り合わせてくれる永久春の非常に申し訳なさそうな表情に、なんだか八鍔の方が心苦しくなる。

 

「書類上は既に死んだこととなっており、その上今の身体では……おそらく取り下げることも難しい状態です」

 

 木賊八鍔、二十九にして社会的な死を経験する。

 社会的な死とは、こういうことを言うのだろうか。

 

「なるほど」

 

 結局、口にできたのは毒にも薬にもならない言葉だった。他に何か言い様もあるだろうと気まずくなる。思いつかないので同じ言葉を繰り返しているのだけれど。幼い体でも胃って痛くなるんだなとか。魔法少女でも腋の下に嫌な汗を感じるのは変わらないなあとか。どうでもいいことばかりが頭に浮かぶ。

 沈黙も気まずい。とりあえず、何か言っておこう。

 

「あー、なるほど」

 

 人生、そういうこともある。

 

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