綾小路は動けなかった。
「あーダメだな、頭が働かん飯食ってねよ」
メイド服を宙に浮かせたまま買い物袋の中身を次々と取り出す渡辺。
その取り出された商品も宙に浮かんでいる。
「ありゃ? なんか足りねーな、どっか忘れたか?」
袋すらも浮かして逆さまにして振るのを眺めるが何も落ちてこないことに首を傾げた。
「んー、綾小路なら知ってるか?」
端末を取り出して今日交換したばかりの番号に電話をかける。電子音が鳴り響くがもちろん誰も出ない。
「風呂でも入ってんのかな?」
端末を耳に当てながら、今日買ったものを整理していく。どこにしまっておこうかと振り向いた先に、
「………………」
ポケットから電子音が鳴り響き、呆然と立ち尽くす綾小路と目が合った。
それほど広くない部屋に二人分の電子音が鳴り響く。渡辺は自分の秘密がバレたことに、綾小路は学内でもトップを誇るその頭脳でも解明できない未知に出会ったために。
「い」
最初に動いたのは渡辺だった。
「いっつぁまじっくしょー」
たらら~んと口で言いながら誰が見ても分かる作り笑いに下手くそすぎる英語でごまかした。
あまりにくだらなさ過ぎて、ショートしていた綾小路の頭が動き出す。
「………………ひどい発音だな」
「うるせいやいっ!」
少し泣きながら言い返す渡辺を見て、ほっと息をついた。何をすればいいのか、まだ少し混乱している綾小路はこの部屋に来た当初の目的を思い出す。
「これ、オレの袋に入ってた」
「あ、あぁ、悪いな」
差し出された商品を受け取って無言になる二人。どうすればいいのか、その答えを探す時間をお互いに求めていた。
「座れよ、聞きたいことあるだろ」
「………………良いのか?」
「俺も話したいんだ、聞いてくれ」
綾小路さえ良かったら、そういった渡辺の目は叱られるのを恐れる子どものようだった。
「最初はいつだっけかな、だーいぶ昔だ。
「なんかできるなーってくらいで気にしてなかったんだが。
「小学生くらいかな、あ、俺って普通じゃないんだって気が付いた。
「なんて考えたと思う?
「おれすっげーでもてんさいだーとかじゃなくて、さ、嫌われたらどうしようなんだよね。
「みんなが走ってるなかで一人だけ空飛んでたらズルいじゃん?
「それを指摘されて遊ぶ友達がいなくなるのが怖くてさ。
「必死に隠して、裏では制御できるように特訓した。
「いろいろあったけどずっと隠してたよ。中学生の頃にはバレたらやばいことになるって思ったし。
「別にトラウマとかはねーんだ。
「学校の授業とかでも使ってないし、日常では便利な道具くらいで。
「まー高校入ってすぐバレるとは思ってなかったけど。
「そんなもん、あんまりおもしろい話じゃなくて悪いな」
オレ、綾小路は困惑していた。
親がはじめた天才を造る実験施設ホワイトルームの出身であるオレは、こことは違うもの、外の世界である普通というものに興味を持っていた。
そのために苦労もあったがどうにか寮のある学校、高度育成高等学校へ入学した。
何事もない波風立たない生活、大抵のことは何でもできるオレが事なかれ主義となったのは何かの皮肉だろうか。
いやおそらくこれは期待、そう期待していたのだ。
普通の同学年が過ごす青春、そしてもしかしたらオレすらも越えられない未知の天才がいるのかもしれないという淡い期待。
あの男が構想したくだらないものを壊してくれる、そんなやつがいないかと。
入学初日ではめぼしい奴はいなかった。だが、見つからなくてもいい。これからの学校生活で見つかればいい、それくらいの期待、数字にしていちぱーせんともなかったかもしれない。
本心を言えば見つからなくてもかまわなかった。
初日から友人ができて、一緒に遊ぶことができた。
ほかから見ればくだらないかもしれない些細な出来事だが、オレにとってはうれしいものだった。
だから油断していた。
普段のオレなら勝手にドアを開けるなんてしなかった。電話なりで連絡すればよかった。
その結果が、
呆気に取られて動けなくなるなんて親父が見たら驚くだろう。
天才なんてものじゃない、オレはあくまで人が決めた人の枠の中での天才。
後になってしったがそいつは一般家庭で勉強も運動もそれほど得意じゃない。それだけならこの学校にはもっと優秀な奴がいる。オレが探していた天才と呼べるような相手もいある。
でも呼べるだけだ。アイツの前だと天才なんてただの天才だ。
もしアイツを評するのなら、そうだな、
「とんでもなくバカで、すごい、オレの友達だ」
「よっ、おはよ」
「おはよう」
次の朝、Dクラスで綾小路と渡辺はある人物が来るのを待っていた。
その人物は二人の席の近くであり、昨日も会話した人物。
「お、来たぞ」
長い黒髪が似合い息をするかのように毒舌を吐く、人によっては女王様とも呼べるような相手、堀北だ。
二人に声をかけるどころか視線すら向けずに席に着く。
「おはよっ! 堀北」
「堀北、おはよう」
となりからの挨拶も無視してカバンから本を取り出して読み始めた。少し待ってみるも挨拶が返ってくることはない。
その横では悔しがる、渡辺とホントにやるのか、といった顔の綾小路。
渡辺がカバンから何かを取り出すと、スイッチを押した。
ぐぅ~。
誰かのおなかのなる音が響いた。
教室では大勢がしゃべっているので教室中に聞こえたりはしなかったが、近くにいたものには聞こえていた。
とはいえ別段おかしいことはない。食べ盛りの学生ならいつお腹を空かしていてもおかしくはないし、一人暮らしなら朝食を抜いてくることもあるだろう。
圧倒的燃費の悪さを誇る男子学生なら全然あり得るし、女子ならダイエットといった理由もある。
少々恥ずかしいだけだ。
「………………」
そう、クラスメイトからの挨拶も返さず、すました顔で本を読んでいたクールビューティーがお腹を鳴らしていたら、とても、とても恥ずかしいだろうが。
だが、冷たい態度をとられてもクラスメイトには変わりない。困っていたら声をかけることもある。
そんな心優しい渡辺はカバンからパンを取り出し、
「良かったら食べるか?」
と、ほんの少しだけ耳を赤くした堀北に渡した。
「で、申し開きはあるわけ?」
時間が飛んで食堂。ぞっとするほどの冷たい目で見られていつもの二人は小さくなっていた。
堀北が食べているのは食堂で一番高いスペシャル定食、手を付けていない二人はゼロポイントで注文できる山菜定食がおかれていた。
「いやちゃうんすよ」
「あなたしかいないでしょ」
「オレは止めたんだが」
「誰が口を開いて良いといったの?」
「「………………」」
「はやく説明しなさい、貴重な昼休みの時間を消費させないで頂戴」
横暴ここに極めり。
渡辺にパンを差し出された堀北は無反応だったのだが、なぜかタイミングよくもう一度お腹が鳴った。
耳がさらに赤くなったのを見ておもわず笑ってしまった渡辺は、堀北の目に映らぬほどの早い拳をくらい撃沈してしまった。
続いて睨まれた綾小路は即座に両手を挙げて降参。そして、倒れた渡辺の手から転がり落ちるボタンに気づいた堀北は試しに押してみる。
ぐぅ~という音が、堀北の椅子の下からなったのだ。
「あなた達本当に高校生なのかしら? 今時小学生でもしないわよ? そうね幼稚園にでも戻ってやり直してみたら?」
いたずらがバレた二人は授業中、全力で目を逸らした。そして昼休みになると全力で逃げようとしたのだが、
『あら、今日は二人がおごってくれると言っていたのにどこへ行こうというのかしら?』
綾小路も気づかぬ速度で回り込んだ額に青筋が浮かんでいる堀北は、うなだれる二人を引き連れて食堂へ。一番高いメニューを支払わせ、「あなたたちはこれが好きなんでしょ」と勝手に山菜定食を二人前注文。席に着くと、説明が先とお預けをくらったのだ。
「えー昨日それを見つけてですね、綾小路と考えまして」
「まて、考えたのも実行したのも渡辺だ」
「参加したのは綾小路君の意志でしょ」
何も言えなくなる綾小路の前にはセロハンテープの切れ端がくっついた小さな丸いおもちゃ。遠くから操作できるリモコンがついており、押すとお腹が鳴る音がするジョークグッズだ。
「あのー堀北にあいさつをして、返事があったら綾小路が、なかったらおれが押すという賭けをやってました」
「パンを出したのは渡辺のアドリブだ」
しょうもないことである。
しかも誰にもバレないようにするためにわざわざ朝早くから登校したのだ。
「死になさい」
何のひねりもない暴言。
しかし何も言い返せない。
結局、堀北が食べ終わるまで手を出すことは許されず、時間ギリギリにあわててご飯をかきこんで走って教室へ戻った。
実は、堀北に説明しなかったことがある。
朝早く登校したのはいいが、綾小路が気づいたように教室にはカメラがついてある。女子生徒の椅子に何かしかけたのがバレるとよろしくないと思い、雑談をしながら渡辺はものを動かす念動力、サイコキネシスで張り付けた。
もっともそのことは二人の秘密である。
「やっぱり怒られたな」
「でも楽しかったろ」
「いや怖いが勝ったが」
「次はこんなもんじゃねぇぞ?」
教室まで軽く走りながら話す二人。
勘弁してくれと思いながらも綾小路の頬は少し上がっていた。
途方もつかない金額を投資されて出来上がった人工的天才の最高傑作は、己の英知を活用し、全てを聞いた偶然生まれた天然の超能力者が発案した遊びを楽しんでいた。
そしてこれから何をするのかとも、期待せずにはいられなかった。
はーいこれにてシリアスはしゅうりょー
ずっとギャグのターンです、はい