架空戦記 旭日高く   作:アドリアドリア

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1942年6月5日0200(日本時間、ミッドウェイ時間では6/4 0500)、帝国海軍は太平洋の中間にあたるミッドウェイ諸島を攻略すべく大艦隊を進撃させていた。その前衛部隊である南雲忠一中将率いる第一航空艦隊の空母4隻は幾度かの飛行場爆撃をしつつ米軍からの五月雨式の攻撃を受けている最中であった。


分水編
第1話「ミッドウェイの灯籠(前編)」


どんやりとした大空を男は眺めていた。ここは大日本帝國海軍航空母艦〈加賀〉艦上。加賀は今、太平洋のまさに中央にあるミッドウェイ諸島近海に第一航空戦隊の僚艦である赤城および第二航空戦隊と群れを成していた。

 

(しかし、アメ公というのも大したことはないな)

 

男がそう思うのも無理はなかった。先ほどミッドウェイ島の基地から発進したのか、はたまた空母の艦載機かは心得ないが米軍のTBDデヴァステーター雷撃機がこの艦隊に攻撃を五月雨式に仕掛けてきたのだが、ものの見事にかすりすらしなかったばかりなのだ。或いは攻撃前に直隷の零戦に平らげられた。当然のことではあるが、被弾していないのだから艦には微塵も被害は出ていない。米軍の練度など所詮は赤子も同然、軍の上層部がどうかは知ったことではないが、少なくともこの男はそう考えていた。

男が悠長にしていた理由は他にもある。後続として戦艦を多数配備引き連れた後続艦隊(ミッドウェイ島の占領が主目的であることを考えれば、むしろこちらが前衛部隊であり後続の艦隊こそ本隊なのだが)が迫っているからだ。しかも今回は何やら新鋭艦もいるとの話だ。確か41サンチ砲を12門とかどうとか聞いている。とにかく、確かなのはこのミッドウェイ攻略作戦が成功に終わるということであった。そう当人のことでもないのに男はどこか誇らしげに今度は空を眺めた。空からは鳥だろうか、何か黒い群れがこちらに降下している、降下だと!

 

「敵機直上、急降下!!!」

 

男が嫌な予感を働かせ、見張員としての責を果たすべくそれを伝声管に向けて叫んだときには時すでに遅しというものであった。紺色の嫌らしい機体!それが米軍のSBDドーントレス急降下爆撃機なのは自明であった。30機の豪雨の様な敵は絶妙な連携で加賀に爆撃を敢行する。

 

「面舵、回避だ!」

 

〈加賀〉艦長であるとする岡田次作中佐が声を張り上げる。見事、加賀はそのでっぷりとした図体らしからぬ華麗な動きで最初の3発まで1000ポンド爆弾を回避する。あっという間に水柱が加賀の周辺を牢屋のように取り囲んだのは言うまでもない。

だが、戦いはしばしば数が物を言うもので遂に4発目が艦の右後ろを貫いた。その後、連続するように連続して爆弾が木甲板を痛々しく貫く。その上、艦橋の傍にガソリンを満載にした給油タンク車がいたのが運の尽きだったのだろう。あるいは格納庫に兵装類が転がっていたからかもしれない。そこに火が付けば、手の施しようはなくなる。

間もなく、引火したガソリンはその爆発で艦橋をほぼ根こそぎ吹き飛ばした。言うまでもなく艦橋要員はほとんどが戦死である。かつて、加賀は長い煙突船が体に沿うように設置されていたことから艦内温度が異様に高く「若鷲焼鳥製造機」などと揶揄されていたが、今はその揶揄さえも可愛く思えるほどである。激しい爆発によって空から、海面から中が目に見えてしまうほどまでに内側から弾けていた。

 

悲劇は間もなく二航戦の〈蒼龍〉にも襲いかかる。敵の爆撃隊は綺麗に各エレベーターを潰すかのように爆弾を投下する。上段か下段かはともかくとして、全てが格納庫で爆ぜる。蒼龍の方もまた、加賀とは少々異なる事情で魚雷が格納庫に散乱していた。引火したそれらは乗組員を吹き飛ばし、徐々に冷えて蝿が集るのみの肉片へと変えていった。

 

次は〈赤城〉の番であったが、米軍はある手違いをしていた。本来、赤城を爆撃するはずの小隊が加賀の爆撃に参加してしまっていたのである。加賀より身軽な赤城にとって小雨程度の爆撃の回避はそう難いことではなかった。彼女の凶弾となる筈の爆弾はただ赤城に水浴びをさせるに留まったのである。

更に運の悪いことに、赤城は正に上空警戒用の零戦を発艦させようとしている瞬間だった。急降下爆撃でお荷物を手放して身軽になったばかりのSBDを容赦なく追跡し始める。さながら猛禽のように執拗に追跡し確実に落としに掛かっていた。執念ともいえる猛追で米軍の攻撃隊は日本の空母2隻の撃破と引き換えにその6割を喪失したのだ。

 

およそ零戦が発艦し終える頃、赤城は残存する空母の指揮を執るべく通信を行おうとしたが、先の爆撃の唯一の傷跡に気づいた。

 

「回避はできましたが、水柱で通信アンテナがやられてしまったようですな。探照灯もです」

「これでは旗艦としては少々不便だな」

「近くの巡洋艦に移乗されるのは如何ですか」

 

第一航空艦隊参謀長である草鹿龍之介の提案に同艦隊司令官の南雲忠一は顔をしかめる。

 

「それではまるで逃げてきたようで体裁が悪い。その上、巡洋艦ではまともな航空指揮も出来ない。ここと大きな違いはないよ」

「何を仰るんです。あなたは空母4隻だけの指揮官じゃありません。この第一航空艦隊の司令官なのですよ」

「しかし」

 

その時である。

 

「長官」

 

先ほどまで黙っていた〈赤城〉艦長の青木泰二郎が二人の間に割って入った。

 

「どうぞ移ってください。赤城は私が守りますから」

 

青木艦長の言葉と眼差しを感じた南雲はようやく重い腰をあげ、最も近くを航行する駆逐艦〈風雲〉を経由して軽巡〈長良〉に司令部を移すことを決めた。南雲や草鹿が艦橋から降りて横付けされた〈風雲〉に乗り移ろうとしていたとき、遠くで何かが光るのを認めた。南雲は直ちにそれが何であるかが分かった。

 

「飛龍が発光信号を?」

 

そう、時を同じくして、これら3隻からやや前方の雲の下にその身を置いていた二航戦の片割れである〈飛龍〉では敵航空隊が襲いかかることのないであろう雲の下から空母2隻の炎上を目にしていた。

 

「妙ですね、撃破されていないはずの赤城から通信がありません」

「恐らくだが、至近弾でアンテナでもやられたのだろうな」  

 

〈飛龍〉通信士からの報を受けたのは二航戦の司令官、山口多聞である。彼は少し考える素振りを見せた後、

 

『我航空戦の指揮を執る』

 

と発光信号で打電させた。この艦隊は南雲忠一中将が率いる機動部隊。本来ならここは次席指揮官である阿部弘毅少将が指揮を執るのが原則だが、闘争に燃える男に待つ時間はない。山口にとって正に僥倖であった。

 

(ようやく臆病者揃いの司令部の隷下から外れられそうだな)

 

尤も、阿部の方も山口に指揮をやらせようとしていたという点では同じ考えだったようでほぼ同時刻に二航戦への攻撃命令を下している。そうしているうちに、程なくして〈飛龍〉の甲板上には深緑に輝く九九式艦上爆撃機をずらりと並べられた。左舷側にある特徴的な艦橋の下に山口、艦長の加来止男に対し艦爆隊隊員及びその護衛の零戦の搭乗員が並んでいた。山口と加来は小さめの可動式の黒板左右で挟む形で立っており、その黒板には3つの矢型とそれぞれ「ヨークタウン」「エンタープライズ」「ホーネット」と米海軍空母の艦名が書かれていた。まず、最初に口を割ったのは意外にも加来の方であった。

 

「捕虜となった敵パイロットへの尋問から、米機動部隊の各艦名が明らかになった」

 

だが、そこまで話すと何を思ったか続きを話すように山口に目配せする。もしかすると隊員らのどこか驚いた顔を見てきまり悪くなったのかもしれない。話が自身に託されたことを認識した山口は軽く頷くと、再び話を始めた。

 

「尤も、捕虜の話を鵜呑するのは危険にも思われたが、蒼龍の二式艦上偵察機による観測結果の入電から見ても間違いないだろう」

 

偵察機の報告によると、敵空母はニ隻と一隻に分かれて行動しているという。そこで、1隻で行動している方の空母、すなわち〈ヨークタウン〉の撃破が小林道雄大尉率いる第一次攻撃隊の任務であった。説明を受けた搭乗員は敬礼後急いで乗機に乗り込む。いよいよ艦首を風上である東に向けた飛龍より次々と艦載機が発艦、山口もそれを見守るのであった。

 

小林率いる第一次攻撃隊は艦載機であろう米軍の航空隊を高度800mの低空を這うように尾行する形で飛び続けた。飛行効率の点において通常の高度より劣るのは言うまでもないが初期のレーダーは界面での反射から低空の飛行物体を発見しにくいのだ。その時、小林機の偵察員が何かを見つける。

 

「あれは我が方の水偵ですね。どうしたんでしょう、、、あ、〈飛龍〉より入電です」

「なんだ」

「『敵空母ノ位置味方ノ70度90浬、攻撃隊ハ偵察機ノ誘導ニ従ヘ』だそうです」

「なるほど、あれがそれ、ということでいいんだな?」

「ええ、恐らく」

「アメ公さんの後をつければ見つけられそうな気もするが、返り討ちを食らって犬死にするのも癪だからな。ここはお言葉に甘えるとしよう」

 

そう言うと、小林は翼を揺らして味方機に合図し敵機動部隊を目指す。ただただ雛鳥のように偵察機に先導されていくと間もなく小林は目を光らせた。

 

「あれか!」

「そのようですね」

 

小林の目の遙か先には確かに黒い点がぽつぽつと浮いて見える。それは飛べば飛ぶほど大きくなる。間違いない、〈ヨークタウン〉だ。

 

『敵空母発見、急降下爆撃準備』

 

攻撃態勢に入るべく操縦桿を握り高度をぐんと上げる。間もなく上空から〈ヨークタウン〉の護衛であろうF4Fワイルドキャットが襲撃を掛ける。互いに向かってくるのだから相対速度を考えれば音速とまでは行かずとも恐ろしいものであったに違いない。だが、6機の護衛の零戦にとってみれば12機の野良猫をじゃらすこと如きはそう困難なことではなかった。九九艦爆は2機喪失したが、ワイルドキャットが零戦と格闘している隙にどうにか小林隊は更に上昇、

 

『ト、ト、ト』

 

全軍突撃である。機首を下に向け、全機で一斉に突撃する。これは珊瑚海海戦での反省であった。爆撃隊で単縦陣を形成し一点集中攻撃する従来の日本軍のやり方は確かに相手への損害を大きくできるが、相手は機銃の狙いさえ定めれば1点を撃ち続けるだけで濡れ手で粟を掴むように撃墜数を稼げてしまうのだ。対して米軍は面状に広がり広範囲に爆撃を仕掛けたのだ。これは一点への被害は多くないが面攻撃、殊に空母に対しては有効であるのだ。現に翔鶴がそれの被害で修理中なのだから。この手の攻撃の訓練は行えておらず、見様見真似のものだが小林隊は敢行すべく米空母に突撃する。

 

「回避運動!」

 

〈ヨークタウン〉バックマスター艦長は声を張り上げ、艦を右へ左へと必死に動かす。速力、左右への回避運動、機銃による対空防御。あらゆる最善の手を尽くしはしたもののどうにもなるものでもなかった。面上に展開しながら突入してくる爆撃隊に対し、それぞれを狙わざるを得ない機銃は却ってその威力を散乱させているに過ぎなかった。結局のところ対空砲火で落とされたのは3機ほど、13機による急降下爆撃の効果は絶大である。そのうち9発が見事命中する。

一発、艦橋の根本に命中、貫通。一発、煙路の中で爆発。缶室に絶大な損害を与えた。続けて甲板の至る所に命中。結果として貫通したのは7発であった。6つある缶室のうち4つが使用不能、速力は6ノットまでに低下した。更に運の悪いことに、前部エレベータから潜り込んだ1発は前部ガソリン庫・火薬庫にハマった。嵐のような音とともに艦首甲板が派手に吹き飛ぶ。艦橋含めて艦内の至る所で火災が発生。最早、旗艦としての役割を果たすことなど到底不可能であった。

 

「飛行効率を気にせずレーダーの回避のみを目的に低空から侵入するとは、ジャップにやられました」

「やられてしまっては止むを得ん。奴ら、思いのほかレーダーの特性を認識しているのか?」

「さあ、私には、、、それより、こんな状態ではとても指揮は執れませんな」

「ああ、残念だが、移乗する他にあるまい。〈アストリア〉を呼んでくれ」

 

第十七機動部隊の指揮官であるフレッチャー少将は司令部を重巡洋艦〈アストリア〉に移し、機動部隊の指揮は次席指揮官のスプルーアンス少将に任せることにしたのだ。奇しくも日米の両機動部隊指揮官は巡洋艦で指揮を執ることにしたのである。

 

結果として〈飛龍〉に帰還したのは零戦4機及び艦爆8機。急降下爆撃を加えるまでは順調だったのだが爆撃を終えた直後の無防備なところを対空砲火やF4Fにつまみ食いされてしまったのだ。幸い、小林隊長は生存しており帰投時に指揮に大きな乱れが出ることはなかった。とは言え、半数が帰ってこないことになるとは司令部も思ってはいなかったらしい。後に聞けば、彼らが上空まで戻ってきたのを確認した時はさすがの山口も顔がわずかに引きつっていたという。

 

だが、彼らの帰りを待っているほど余裕はない。〈飛龍〉では雷装への転換を終えた第二次攻撃隊を発艦させる準備はすでに整っていた。友永丈市大尉ら艦攻10機の搭乗員および6機の護衛の零戦のパイロットらは悲壮な思いにならざるを得ない。あんなにも堂々と飛び立っていった第一次攻撃隊が半分しか帰ってきていないからである。敵の抵抗が苛烈なのは目に見えて明らかであった。それは〈赤城〉においても同様だった。村田重治少佐を隊長とした雷撃を主体とする九七式艦上攻撃機12機、零戦8機の攻撃隊の面々も甲板からその恐怖ともいえる光景を眺めていた。

 

「これは…さすがに覚悟したほうがいいってものかな」

 

村田も周りに聞こえぬ程度に独り言を呟く。

村田隊の目標は残った2つの空母のうち〈エンタープライズ〉の方を撃破することであった。友永隊が〈ホーネット〉を撃破することで米軍の機動部隊を無力化する算段である。通信機器を全損している〈赤城〉が〈飛龍〉から発光信号でもたらされた指示に応える唯一の方法は艦載機の発艦それ自体を行うことのみである現状、青木は発艦を急いでいた。その彼の焦りと搭乗員の暗い空気で〈赤城〉の甲板はスコールでも降るのかと勘違いしてしまう程には空気が悪かった。だが、そう文句など言ってもいられない。それが軍隊というものである。

30ノットに加速した〈赤城〉から次々と艦攻が発艦する。ふと隣を見ると〈飛龍〉からも発艦しているのが確認できた。人のことを気にしている場合でないのは十分に分かっているつもりなのだが村田はつい向こうの機数を数え

 

(一体あの中の何機が還って来られるのだろうなあ)

 

等と思いながら自らの死地になるかもしれない大海原の中の一点を目掛けて飛んで行くのであった。




史実と違うところは以下の通りです。
・〈赤城〉が米軍の急降下爆撃を回避
・〈飛龍〉が〈蒼龍〉所属の二式艦上偵察機の打線を受信
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