ガ島に向かう予定で会った米軍の輸送船団は敗北の旨を聞いて途方に暮れていた。今更ヌーメアに帰投しように丸一日以上はかかる。そこで第16任務部隊から〈ペンサコーラ〉を引き抜き、軽微な損傷であった〈ヘレナ〉と共にルンガ飛行場の砲撃を試みることとした。
「撃て!」
果たして10/4の午前2時頃にルンガ飛行場への砲撃が行われたが、所詮は巡洋艦の艦砲。飛行場を沈黙させるには今ひとつであった。そればかりか、迎撃に〈鳥海〉〈衣笠〉〈五十鈴〉が向かい戦闘が勃発。〈ペンサコーラ〉が大破した。更に夜明けとともに〈隼鷹〉より発艦した九九式艦爆7機、九七式艦攻6機による襲撃を受け足の遅くなっていた〈ペンサコーラ〉は午前9時20分に沈没した。
だが、そんなことは些細なことにすぎなかった。完全に悲観して茫然自失となったゴームレーに代わって艦隊への指揮を出しているのは、あの大艦巨砲主義者のリーだ。この巡洋艦による砲撃は前座にすぎなかった。今度こそはと先の夜戦でなしえなかった戦艦による基地の破壊を目指していたのだ。
輸送部隊もかなりの被害を受けた。先の砲撃部隊と同様に再びガダルカナル方面へと折り返していた輸送艦〈ゼイリン〉、〈リブラ〉 、〈ベテルギウス〉であったががルンガ飛行場より発進した一式陸攻の波状攻撃を受けていた。一式陸攻自体はさほど頑強な航空機というわけでもないので上空援護があれば訳はないのだが、その上空援護自体が問題であった。
本船団の護衛は〈ロングアイランド〉が行っているわけだが、本艦は現状南太平洋で唯一無傷で浮いている米空母であった。これを失うわけにはいかないと判断したゴームレーは日本機の襲来を聞くや否や反転を命じてしまったのである。第一次ソロモン海戦でフレッチャーがやったことと同じであった。制空劣勢の中にフネを、ましてや足の遅く抵抗も些細なものしかできない輸送艦を置いておけばどうなるのか、想像には難くないだろう。一木陸攻10機のうち1機を落とすことに成功した代わりに〈ベテルギウス〉を除いた2隻が沈没した。残った〈ベテルギウス〉は一度退避した後に沈没した2隻の生存者を救出。
ここでゴームレーなら直ちに上陸作戦をあきらめただろうが本作戦を指揮しているのはリーである。リーは戦艦部隊による飛行場の破壊後に〈ベテルギウス〉をガダルカナルへ上陸させることを検討していたのである。
司令部でリーもその報告を受けていた。
「提督、〈ペンサコーラ〉が撃沈されました」
「ペンサコーラが、、、そうか」
参謀長からの報告にリーはさすがに顔をしかめた。
「やはり作戦は考え直した方がよいのでは」
「参謀長」
急にリーが低い声で問いかけるものだから、参謀長は針金でも入れられたかのように背筋を伸ばした。
「この結果を見てなお君はその感想なのかね」
「提督の意図がわかりませんが、、、」
「巡洋艦だから失敗したのだ。火力も耐久性も足りない艦艇でやればこうもなろう」
「だからもう一度戦艦で砲撃すると」
「左様」
「しかし、提督。"Lightning never strikes the same place twice"という言葉もあります。一度作戦を練り直した方がよいのでは」
「気持ちは分かる。だがね、例え結果が望めぬとも戦を挑まねばならない時があるのだよ、、、」
肩を落とすリーを見て参謀長は確信した。この戦いの代償は安いものではないだろうと。そして、それを痛いほど感じているのがのがリー少将自身であることも同時に理解したのである。
「わかりました、作戦を立案させていただきます」
「ありがとう」
だが、米軍の落胆ぶりとは裏腹に日本はこの事件に慌てていた。〈暁〉と〈夕立〉の犠牲をもって、米艦隊の飛行場砲撃は完全に封殺できたと思っていたからである。霞が関の軍令部では昨晩の夜戦についての旨、すなわち戦艦二隻を追い返したとする報告を受けたとする報告を軍令部総長の永野修身が受けていたばかりであった。
永野は、背もたれの深い椅子に深く腰を沈めて卓上の海図を睨みつけていた。白髪の目立つ頭髪に最近ますます深くなった皺が刻まれている。机上には、まだ温かい茶が置かれたまま湯気がゆっくりと立ち上っていた。
「総長!」
扉を叩く音と同時に、入室してきたのは先ほど米艦隊迎撃成功の旨を説明していたはずの作戦課長・富岡定俊少将であった。顔色は蒼白で、右手には電文を握りしめている。
「何事かね、そんなに慌てて」
「申し上げます。ただ今、ルンガ飛行場より緊急電。敵巡洋艦二隻による艦砲射撃を受け、飛行場施設に甚大な被害が出ました」
「、、、ちょっと待て。情報が錯綜しているんじゃないかな?」
だが、永野が柔らかに否定してもなお富岡が焦った表情を向け続けるものだからこれはただ事ではないと思い、いったん話を聞いてみることにした。
「敵は?」
「軽巡洋艦〈ヘレナ〉および重巡洋艦〈ペンサコーラ〉と判明しております。駆逐艦数隻を伴い、鉄底海峡を南下して接近、約四十発の主砲弾を投射した模様です。我が方守備隊も応射しましたが、敵は速やかに離脱…。幸い〈ペンサコーラ〉は撃沈に成功しましたが、被害は滑走路及び燃料タンクに集中しています。明朝の航空作戦に支障を来すのは必至かと……」
永野にはうっすらながら次の米軍の一手が見えた。
「折り返しだ」
「は?」
「折り返しだ、挺身迎撃艦隊にガ島へ折り返すように伝えるんだ!奴らはまた来る、この攻撃は前座にすぎないぞ!」
軍令部より緊急の命令を受けた連合艦隊司令部は直ちにショートランド泊地にガ島へ至急折り返すべしとする暗号を打電。先夜の乱戦で疲弊していたこともあって指揮官は阿部少将から近藤信竹中将に交代することとなった。艦隊は燃料補給を終え次第直ちに出発することとなった。
また、今回は迎撃艦隊を三手に分けることとした。一つは軽巡〈川内〉を旗艦として随伴に第十九駆逐隊を引き連れた掃討隊。〈高雄〉〈愛宕〉〈比叡〉〈霧島〉からなる、戦艦を打ち砕くための砲撃隊そして、〈長良〉を旗艦とした〈吹雪〉〈白雪〉〈初雪〉〈電〉〈五月雨〉〈朝雲〉からなる駆逐艦隊である。このうち、〈長良〉〈電〉〈五月雨〉以外は先の砲撃隊を護衛する陣形をとっていた。
出撃して程ないうちに不吉な情報が入る。トラックの第四通信隊から米潜水艦がこちらの艦隊を発見したとする平文を緊急電で発信していたというのだ。無論その情報はリーの耳にも入っていた。
「船足を上げたいところだが、昼のうちについてはジャップの飛行機に鳥葬されるのが目に見えている。悔しいが速力は現状を維持。夜になると同時に一気に急ぐぞ」
それから4時間余、2015にリー部隊はサボ島とガダルカナル島の間のサボ水道に入った。空には月も星もなくひたすらに曇っており、時として雨が降り出すなど見通しが非常に悪かった。
「静かすぎやしないかね」
「は、不気味なほどに」
狙われているのか。リーは次第に疑心暗鬼に苛まれた。実のところこの瞬間まではリー部隊は狙われていなかった。だが、たった今、特設水上機母艦〈山陽丸〉の零式水偵が米艦隊を発見した。この米艦隊が南下してガ島に接近する様子は直ちに近藤中将のもとに伝えられ、それを聞いた彼は船足を28ノットまで加速するよう指示をした。また、砲撃隊護衛の駆逐艦が掃討隊に合流し水雷戦の準備に移行した。また、日本艦隊の方面からは非常に海の様子の見通しがよかったために砲撃隊前方に水雷戦隊、更にその10000メートル前方に掃討隊を配置する形と十分な距離をとった艦隊配置となっていた。その時、掃討隊の一隻である〈浦波〉の不動だった見張員が動きを見せた。
「艦影!」
「大型2隻、報告通りの大型だ!」
艦内電話が矢継ぎ早に掛けめぐる。ジオラマの人形のように不動だった艦橋でも敵影を確認すると戦闘への備えが一気に行われる。それから間髪おかずに〈敷波〉〈川内〉〈綾波〉の順で敵艦隊の姿を捕えた。
「敵は巡洋艦、敵は巡洋艦だ!」
無論、この敵が巡洋艦であるとする報告は誤報である。米軍の戦艦の艦橋は日本のそれに比べて一回り低い。そのうえ、船体も戦艦にしては細長い。無論、水兵たるものそれくらいは知っている。これだけなら彼らは間違えることなく敵艦の正体を戦艦だと暴くことができたであろう。そこに極めつけと言わんばかりの目くらましとなったのが随伴艦の少なさである。これまでの海戦から見て、日米ともに戦艦が組み込まれた艦艇ならば複数の巡洋艦と多数の駆逐艦を連れているのは常識であった。それがどうだ。目の前にいる艦隊は駆逐艦四隻、戦艦を伴う艦隊にしては明らかに小規模なのだ。これまでの用兵のやり方からは考えられぬ方法、のちの時代という傍観者史観で考えれば米軍がガ島奪取に手段を選んでいられぬほど追い詰められていたという考え方もできなくはない。だが、当時の当事者が切迫した現場でそう考えることが果たして可能なものか。
ここで〈綾波〉からの第二報を受けた〈川内〉は〈綾波〉と同様の予定針路、すなわちサボ島西岸をぐるりと回りながら東へと向かうルートから〈浦波〉〈敷波〉2艦と同じサボ島東を直進して一気にガダルカナルに迫るルートを選んだのだ。
「艦長、〈川内〉が航路を離れていきますが、、、」
「巡洋艦を鎮めるための判断だろう。針路そのまま、よしんば思わぬ方向からの奇襲で挟み撃ちと行こうじゃあないか」
米艦隊による日本艦隊の発見はそこからそれなりに遅れた。2100、旗艦〈ワシントン〉のレーダーが正体不明の艦影をキャッチ。レーダーの様子を映し出すブラウン管には亡霊のような不気味な艦影が浮かび上がっていた。それは紛れもなく日本軍の艦隊であった。例の〈川内〉を中核とした掃討隊というわけである。その艦隊の様子を望遠鏡による目視でも観測した米艦隊、距離は17000m程度。戦艦の主砲にとってはわけもない距離だ。まず〈ワシントン〉が、続けて〈サウスダコタ〉が砲撃することとなった。それと息を合わせるように駆逐艦〈グウィン〉が照明弾を打ち上げる。
「艦長、あれは?」
駆逐艦〈ウォーク〉が掃討隊とは別方向を見る。そちらから明らかに接近するなぞの艦艇があった。そして彼らは間もなくその正体に気づいた。
「ジャップだ、ジャップの駆逐艦がもう一隻いるぞ!」
〈ウォーク〉から警告を受けたほかの駆逐艦も〈綾波〉に対して砲撃を開始する。その隙を突くように掃討隊の三隻は米艦隊への突撃を開始した。徐々に水雷戦のための間合いを詰める。艦隊を白い水柱が取り囲んだのはその時であった。
「敵は重巡か!?」
そうとあってはどうにもならない。この三隻はいずれも日本軍の秘密兵器である酸素魚雷を搭載していないのだ。これでは重装甲の重巡に抵抗する手段はないと判断したのだ。相手が重巡どころか新鋭戦艦だったのだからこの判断は正しい。重巡と真正面から殴り合っても勝てるわけがないと判断した掃討隊はひたすら回避行動を続けたのちに煙幕を焚きながら北方へ退避した。
この時、〈ワシントン〉には「日本軍の小型艦艇と交戦後に全艦撃沈」とある。記録の時系列を考えれば〈ワシントン〉の主張する撃沈艦とは掃討隊の三隻だが、これらの艦艇がこの時点で損傷、ましてや沈没したという記録はどこにもない。
一方の米艦隊のうち先行する駆逐艦4隻と交戦状態に入っていた〈綾波〉。〈川内〉の突然の反転で単艦行動をとらざるを得なくなった〈綾波〉は尚もひたすらに航行を続けていた。この時、掃討隊三隻はすでに交戦状態に入っており「敵発見」「我交戦中」の信号出していたが、サボ島の影を挟んで掃討隊と反対の位置にあった〈綾波〉はその旨の隊内電話を受信することができていなかった。まさか、同じタイミングで掃討隊が自分の接敵してい敵艦隊と交戦しているとは思いにもよらなかっただろう。
「こっちもそろそろ狙いを定めにかかるぞ、砲雷長。目標、左舷敵先頭艦」
「了解。目標、左舷敵先頭艦、即応弾準備!」
一分間に2000メートル、急速な速さで両者は接近する。そんな中、艦内では赤い戦闘灯の下で弾薬が次々と揚げられていた。伝令の大声、それに合わせて動く主砲。一度主砲の仰角を下げて弾薬を装填する。装填を終えると仰角を敵艦の方面に合わせ、後は砲術長の命令を待つのみである。
「用意!」
砲術長の言葉を砲塔長が反復する。各砲塔からの返事が返ってくると遂にその時は来た。
「撃て!」
小型と言われる駆逐艦も人に比べれば十分と言える程度には大きい。強烈な発射音、それはソロモンの鬼神の目覚めを示す咆哮には充分であった。