架空戦記 旭日高く   作:アドリアドリア

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MI作戦の中止を受け、日本が次に進出するのは南方のソロモン諸島であった。
対オーストラリア戦に必須のポートモレスビー攻略の支援はMI作戦の成否に関わらず実施されることが決定していた。だがその作戦遂行に不可欠な航空機の運用に必要な空母はミッドウェイの水底に眠るか、あるいは内地でその傷を癒すかのいずれかであった。
航空機運用のプラットフォームが足りないことを認識した大本営はソロモン諸島に新たな航空基地の建設を決定する。しかし、奇しくもその島は連合軍が対日反攻作戦の拠点として策定していた場所でもあった…


第3話「鉄底の前昼」

高く登った陽に大地は照らされていた。その下では石油特有の臭いを撒き散らしながら無限軌道が唸りをあげている。工兵が汗を拭いながらレバーをガチャガチャと操る。

 

時は遡って1941年12月、日本軍が太平洋戦争において負けという言葉と無縁であった頃、南鳥島の東南東約1400kmに位置するアメリカ領有の離島であるウェーキ島攻略作戦を発動した。駆逐艦2隻沈没などの損害こそあったものの泥沼化することなくその年のうちに占拠することに成功した。その際、日本軍は基地に残存した装備を鹵獲することに成功。その中の一つがブルドーザーである。当時の土木作業と言えばツルハシとモッコによる人力、「ブルドーザー」なる単語を知る者が臣民の如何程にいただろうか。その後に日本軍は飛行場を補修するため米軍捕虜に300人の労働提供を申し込んだが、米兵は「10人で十分だ」と言った。どういうことかと訝しんでいると、捕虜はブルドーザーを指差し使用を申し出た。承諾すると彼らはブルドーザー1両を操作して爆撃で抉れた大地をたちまち平らにしてしまったのである。この光景を多くの日本兵は魔法の実演でも見るように魅入っていた。

 

この場にいた訳では無いが、当時の第三艦隊参謀長である草鹿龍之介もその一人だ。

 

「国産のブルドーザーはパワーもなく、しかも無理をすると履帯が切れてしまうような代物であり詳しい事はわからないがとにかく比較にならない性能差があり、これでは戦争も難儀であろう」

 

という感想を抱いた彼は当機のリバースエンジニアリングを提言、承諾され小松製作所の協力もあって1942年4月には量産開始、各地の飛行場設営に次々と使われた。この1台もその内の1つとしてこのガダルカナル島で使用されていたところだ。

 

そもそも、なぜガダルカナルに飛行場を建てるか。それはMI作戦の失敗によって米豪分断を目的としたフィジー・サモア方面の攻略作戦−FS作戦−が遅延したことにある。本来、当作戦はミッドウェーで喪失した第一航空艦隊の戦力をもって行われる航空支援のもとで遂行される予定であったが、この通りその目論見は潰えた。しかし、この海戦と前後する形でこの島の現地調査がなされ航空基地の建設のは最適だとする結論が出されたのだ。空母3隻の戦力を一気に失った日本にとって航空戦力の配置先の確保は急速な課題であった。それならばとトントン拍子で話は進み、7月1日には建設が開始した。

およそ2週間で工事が完了し、予定では8/5には航空機の搬入を開始できる予定だとも聞いている。アメリカが戦争を有利に進めるために発展してきたであろう技術が我が日本の勝利に貢献していると思うと皮肉に思わずにはいられなかった。そんなことを思い薄らと笑いを浮かべながら休憩していたのだ。

 

「しっかし、ニューギニアの連中は大変だな」

「全くだ、同じ南方だってのに可哀想だぜ」

「アメ公の反攻は1943年の後半からだって話なんだろ?お気楽なものだ」

「馬鹿、その前にもっと前線の基地を建設されに飛ばされるに決まってんだろ?」

 

南国特有のさんさんと降り注ぐ陽光の下、マンゴーやバナナの様な南風果実を齧りながらそんな駄弁をしては重機を動かしてを繰り返しているうちにあっという間に工事は終わってしまった。無論、たまに小銃訓練なども挟まるが大したことではない。少なくともここから一ヶ月は戦うこともない、そう思えば気楽なものであった。

 

 

無論、1942年8月7日の朝も例に漏れずといった様子だった。隊長による小銃訓練の命令を受けた直後のこと。突如として雷鳴のような音が山に響くのだが無論空は晴天。となればあり得るものは何か、そう、敵襲であった。海から此方を戦艦〈ノースカロライナ〉の巨砲が睨んでいた、、、

 

米軍の反撃が始まったことを島の誰もが覚った。後に〈ウォッチタワー作戦〉で知られるこの反撃作戦はソロモン諸島の完全確保後、ニューギニアの奪還、そして最終的にはラバウルの攻略を目指す一大反攻作戦となるはずであった。この上陸作戦に参加している大型艦は上の戦艦に加え、空母〈エンタープライズ〉〈ホーネット〉〈サラトガ〉、何れも米海軍の誇る大型空母である。特に〈エンタープライズ〉と〈サラトガ〉は日本が真珠湾攻撃の際に取り逃した因縁の敵だ。これを指揮するのは彼のミッドウェイ海戦でアメリカを奇跡の勝利に導いたフレッチャー中将と皮肉なものであった。だが、フレッチャーは何処となく納得しない表情であった。

 

彼は元よりこの作戦に反対であった。上陸作戦を指揮するを指揮するリッチモンド・K・ターナー少将との作戦会議ではしばしば紛糾した。上陸前、〈サラトガ〉で行われた会議でもその様子はひどいものであった。

 

「敵機の性能から見て我々の上空にいるのは精々30分だろう。そこまで我々が長居することもない」

 

そう言って空母を早めに下げんとするフレッチャーに対しターナーは当然ではあるが指摘を入れざるを得ない。

 

「上陸には4日はかかる。敵が波状攻撃を仕掛けてきたらどうする」

「空母は爆弾が当たればただの鉄の箱になってしまう。空母は爆撃に弱いんだ」

「ならこんな作戦中止しろ、上陸指揮官として言わせてもらうがこっちは2万人の命を預かっているんだ!」

「私ではなくハワイのニミッツ大将かニュージーランドのゴームレー中将にでも言ってくれ」

 

はっきり言えば、フレッチャーの言っていることは支離滅裂で空母を撤退させる言い訳にしか聞こえない。それほどまでに彼は機動部隊による奇襲、それこそミッドウェイでの日本のやられ方を自分が再現することになるのではないかと不安だったのだ。

 

(クソ、それこそ機動部隊でも出てくればおしまいだぞ)

 

その懸念は焦りに駆られるフレッチャーであることを考慮すれば、極めて正しかった。南方方面の作戦展開に当たって「トラックではやや遠方に過ぎる」と判断した帝国海軍はラバウルを暫定的に更なる前線泊地として、南雲中将率いる第三艦隊を配備したばかりであったからだ。ミッドウェイの敗北の後も尚、帝国海軍は〈飛龍〉を含めて7隻の健在な空母を保有していた。特に新鋭の大型空母である〈翔鶴〉〈瑞鶴〉は戦力の中心として期待されており一先ずはこの2隻を沈没した〈加賀〉及び大規模修繕中の〈赤城〉と交代する形で第一航空戦隊に編入することとなった。

 

第二航空戦隊も同様に、〈龍驤〉〈瑞鳳〉〈隼鷹〉が編入され正規空母2隻相当の航空戦力維持に成功した。空母4隻を擁する異例の配置になっているのは軽空母の搭載機数が中途半端であったことから戦力不足が懸念された為だ。無論、艦の数が多ければ指揮系統も乱れが生じる可能性が高まるので〈隼鷹〉〈瑞鳳〉は第二航空戦隊の第二小隊として配備された。

艦隊が異例ならば人事も異例になるのは不自然な話ではない。尤も年功序列という観点で見れば従来の帝国海軍の掟に従っているとも思えるが、これまでの山口多聞を第二小隊司令へと降ろし二航戦の司令には元四航戦司令の角田覚治少将を置くこととなったのだ。通常、軋轢を生む恐れがあることから同階級で指揮系統の上下をつけることはあまり多くないだけに人事局でもやや議論となったが最終的に山口本人が了承したことからどうにか着地した。

司令を交代する際に山口は角田と軽く会話を交わしていた。

 

「こいつはとても良いフネです。例の新造空母群が完成すれば旗艦から降りることになるのでしょうが、それまで可愛がってやってください」

「無論です、ミッドウェイでのあなたの奮闘を無駄にせぬよう精一杯指揮を執れるよう努めましょう」

 

その返事を聞いて山口は安心したような顔をすると敬礼をした後に艦を降りた。

 

(こうも無理した艦隊編成をやろうとすれば多少の歪みが出るのも無理はないな)

 

山口はそんなことを思いながら港より〈飛龍〉を見上げる。航海中は中々感じられない威圧感に山口は軽く感嘆の声を漏らした。軍艦とはやはり頼もしいのだなあ、とぼやきながら上陸したのだ。

だが、時間とは川であり事象は枯れた木の葉である。木の葉が自らの力で戻ることは決して無く、ただその木の葉が遠くの色点ですらなくなるのを眺めていると時の川は考える以上に流れているのだ。今の己は第二航空戦隊第二小隊司令である、それに過ぎないのだ。〈飛龍〉とは何ら関係のない立場にあることを自覚した山口は自身の心を時の川から引き揚げ、艦隊司令部とはにわかに信じ難い掘っ立て小屋に幾分か毛の生えた程度の(とは言え、この熱帯というあまりにも異質な環境下では風穴の1つや2つはむしろ通った方が良いに違いない)建物での作戦会議に戻した。

 

山口が寡黙を貫く間にも会議は進んでいた。既に山田定義少将の第二十五航空戦隊は上陸船団に攻撃すべく飛び立っているが、ラバウルからルンガまでの距離とそれまでへの燃料消費を鑑みるに大きな活躍な期待できない、というのが凡その意見であった。

 

「私は我ら第八艦隊を敵上陸地点に突撃させ夜戦を持ってこれを撃滅するのが良いと考えます」

 

そう音も心もけたたましい意見を刃のように突きつけるのは神重徳、第八艦隊の首席参謀であった。その強盗の脅しに簡単に屈することがないのが艦隊司令官というもの、第八艦隊司令長官である三川軍一である。

 

「しかしね、神首席参謀。我々の艦隊は十分な訓練をしていないのだ。機動部隊には機動部隊をだ、第三艦隊を出撃させるのが適切だと私は思うがね。何も初の艦隊夜戦を行わずともまだ真珠湾以来の精鋭が残っていましょうに」

 

死地への盥を三川は南雲に押し付けようとするがその南雲もそれを簡単に受け取ろうとするはずもなかった。

 

「三川司令官、ミッドウェイの敗北の将として申し上げるが米軍の防空は尋常ではない。ミッドウェイにおける〈飛龍〉航空隊の生還率をご存じか?」

「ならば、空母はせいぜい若鷲の鳥籠だと仰るのか?」

「何を、彼らを愚弄するつもりか!」

 

山口は呆れてものも言えぬという様子でまず、自身の直属の上官となった角田の方に目をやる。角田も肩をすくめてお手上げだと言わんばかりの様子であった。次に彼は草鹿の方に目をやった。草鹿は明らかに不快そうな顔を浮かべる。だが、上官の尻は拭うのもまた司令長官の右腕である参謀の役目である。

 

「なら、ここは妥協してどっちも出撃する。それではいけないのでしょうか?」

 

二人の艦隊の頭脳が反応するより前に、反射的に反応したのはもう一人の艦隊の右腕ー神重徳ーであった。

 

「それです、それ!」

 

机を叩く音を皮切りに言葉の対空砲火を開始する。

 

「三川司令長官、夜明けの航空攻撃を恐れていると仰っておりましたな。どうにか敵機動部隊を第三艦隊に誘き出しておいてもらって、その夜に泊地に突入すれば良いではありませんか。いやあ、草鹿参謀長も良いことをおっしゃる」

 

彼の演説が終わったあと、僅かとは言えぬ時を凪が占めた。少ししてようやっと、我に返ったような顔をした三川が是認した。尤も、これは大本営には無論、連合艦隊司令部にも許可を得ていない艦隊に与えられた裁量権による独断である。

 

そうと決まれば呑気にしている理由などない、彼らはラバウルの掘っ立て小屋にある椅子の代わりに艦の窯を温め始めた。スクリューが海の墓へと彼らの背中を押したのである。

好都合なことに、アドミラルティ諸島方面への作戦に向かう予定であった第六戦隊の〈青葉〉〈古鷹〉〈衣笠〉〈加古〉がツラギからの直接電の受信によりこれまた独断でラバウルに南下し、第八艦隊との合流を果たそうとしていた。

元々の予定では三川は〈鳥海〉の随伴艦は重雷装巡洋艦の〈北上〉〈大井〉及びガ島への若干数の支援隊と装備を搭載した駆逐艦改装型揚陸艦の〈夕凪〉を除けば第三艦隊から巡洋艦を引き抜いてルンガに突入させるつもりであったが、南雲は空母周辺の警戒網が薄くなるのを非常に恐れており断固として反対していた。これらの艦の合流は南雲と三川の双方にとって非常に勇気づけられる行動であったのだ。

 

ようやく巡洋艦5隻による殴り込みが決まろうとしていた時、ラバウルに丁度停泊していた〈夕張〉〈天龍〉までもが自身らを殴り込み艦隊に参加させるよう要望してきた。

両艦は共に老朽艦であり、足を引っ張る可能性が大いにあるので司令部としてはあまり前向きではなかった。僚艦の所属する第十八戦隊司令官の松山光治少将や首席参謀の篠原多磨夫中佐による膝詰談判を神重徳・大前敏一両参謀でなだめたがどうしても承知しない。最後には武士の情けで三川が同行させることを決断した。夜戦では軽巡に前衛に置くことで露払いを任せるのが定石なのだが、邪魔にならぬよう後尾につけるという異例の判断を下したのだ。

 

艦隊編成も定まったので、改めて詳細を取り決めるべく作戦の打ち合わせが行われた。神重徳は第八艦隊に集合した戦力が寄せ集めであることを懸念して、なるたけ単純な戦法をとることを提案した。

 

一.第一目標は敵輸送船

二.複雑な運動は避け単縦陣による一航過の襲撃とする

三.第三艦隊が機動部隊の誘引に失敗した場合はミッドウェイの二の舞とならないよう速やかに避退する

四.ソロモン諸島の2列に連なる列島間の中央航路を通って進出する

 

この腹案を説明したのちに第八艦隊司令部は〈鳥海〉に乗艦、〈夕凪〉〈天龍〉〈夕張〉を率いて第三艦隊に続く形で出撃しその艦首をブーゲンビル方面へと向けたのである。

 

その動きを連合国も気づきつつあった。ガ島周辺を飛行していた偵察機が接近する第三艦隊を発見していたのだ。ただ、恐らく特徴的な1段高い甲板を持つ〈千歳〉型と間違えたのか翔鶴型を水上機母艦と勘違いしていたことが傍受した平文での電報から明らかになっている。

この際、偽装航路を取ったこともあって、水陸両用部隊指揮官のターナー少将はイザベル島への水上基地設営のための艦隊だろうと誤った判断を下した。もし、このまま何も無ければ今頃日本には星条旗が掲げられていたかもしれない。

 

しかし、歴史を作る判断を下した将官が一人いた。フレッチャーである。珊瑚海とミッドウェイ、二度の海戦で日本の若鷲に空母を喰われた彼は恐怖に駆られていた彼にとって日本機動部隊の先制発見と撃滅は必須であった。

 

「全機に告ぐ。敵機動部隊発見につき空母3隻はガ島より離脱し迎撃に向かう、それに伴い航空隊は直ちに母艦へ帰投せよ!」

 

さらに撤退する旨をゴームリーにも打電、その許可が下る前にガ島東方への航行を開始していた。無論、「敵機動部隊の発見」はこの時点では真っ赤な嘘で、上陸中の航空支援を強く要請するターナーへの言い訳に過ぎない。

これを考えると、後の世でフレッチャーが「索敵を重視し敵機動部隊を直ちに発見した名将」と高評価され、ターナーが「海兵隊の多数を死に追いやった愚将」と長らく評価されて来たのはあまりにも皮肉な結末であると言えよう。

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