架空戦記 旭日高く   作:アドリアドリア

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1942年8月7日、ソロモン諸島のガダルカナル島に米海兵隊を中心とする連合軍が上陸を仕掛けてきた。わずかに派遣されていた守備隊が辛うじて食い止めるもこのままでは折角建設したルンガ飛行場が占領されるのも時間の問題、そうなれば今後の作戦にも大きな支障が出る。
この報を受けたラバウルの第三艦隊及び第八艦隊はこれを複数の段階を踏んだ囮作戦で迎撃することを決定。三度目の機動部隊同士の衝突が今、起きようとしていた。


第4話「一進一退」

第八艦隊から分岐するという頃、南雲は三川からの入電に顔をしかめていた。

 

「長官、第八艦隊司令部より入電、『貴官ノ作戦ノ成功ヲ祈ル』」

「『貴官ノ作戦』だと?戯言を、、、」

 

南雲は徐々にその姿を小さくする第八艦隊の方を睨むような目つきで一瞥したあと、再び艦隊の進路の方へと首を直した。

 

「ま、三川も愚将ではない、あの様な貧弱な戦力しか有しない第八艦隊なら、我々のような大艦隊に頼るのは当然の話だ」

 

心配そうな表情を向ける草鹿に南雲は独り言のように諭した。そんな怯えっぷりを〈翔鶴〉から遥か前方の〈飛龍〉艦内で角田は感じずにはいられなかった。

 

「しかし、軽空母と本隊を切り分けるとは。南雲司令長官は何を、、」

「囮だよ」

 

参謀の疑問は疑問というよりは確認の意味を成していた。それに対し、角田は確信を持って答える。二航戦を前に突出させることの意味の説明を一切受けていないにも関わらず、彼はそう思わずにはいられなかった。

 

「我々が米軍の注意を引いている隙に、南雲さんの〈翔鶴〉と〈瑞鶴〉で仕留めようという算段だ。だから、我々は艦戦と艦爆しか積んでいない」

 

艦爆は艦攻に比べて命中率も高く機体も艦攻に比べれば軽快であることから機体が軽快であり対空砲火の回避に余裕があることから空母の格納庫を多く占有することとなった。とは言え艦攻が無力と判断されたわけではない。艦爆は空母の甲板を虫食い状態にして海に浮くガラクタにした上で艦攻でトドメを刺すという作戦、つまり引き続き艦攻は決定打なのだ。ともなれば、先んじて米機動部隊を叩く二航戦の空母群に艦爆が多数搭載されていることに疑問は抱かないだろう。

 

更に、二航戦にやたらと艦戦が多いのは空母を中核として戦艦を含めた水上艦隊は航空決戦の支援を目的とする様に編成された第三艦隊の新戰策にも関わっている。この前衛部隊は囮としてだけではなく、敵航空部隊の警戒を行う役「目」も兼ねていた。米軍の言葉を借りるならば、「ピケット艦」といったところだろう。それを考慮すれば、網目を抜けて本命の戦力が潰される前に敵航空隊を撃滅せんとして戦闘機を多数搭載するのもこれまた不思議な話ではない。

このように、本海戦の陣容はインド洋海戦からミッドウェイ海戦までの体たらくを振り返ると信じられないほどに戦訓を学習しそれを活かしていたのである。

 

「そうは仰っても…〈飛龍〉はともかくとして耐久性に欠ける軽空母を3隻も配置とは困ったものですね」

 

と参謀が言いかけた時、彼の愚痴を切り良く終わらせるかのように見張員が声を上げた。

 

「五時の方向より敵紹介機接近!距離…」

 

いよいよ哨戒機が機動部隊の上を遊弋し始めたのだ。これに対して航路を偽装するべく南雲は艦隊の反転を指示した。この指示を聞いた角田は予想通りだと言わんばかりに軽く鼻で笑ったとも噂されている。

 

「こうも萎縮されちゃ困るなあ、、、多聞さんのお二人に対する厳しい評価もあながち間違いとは言えんのかもしれないね」

 

米軍のガ島上陸の報告および第三、第八艦隊の独自行動開始の報を受けて内地からトラックに南下中の〈大和〉艦内で連合艦隊司令部はこの海戦の情勢を睨んでいたが、度重なる南雲の反転を聞き痺れを切らして

 

「敵機動部隊に関する情報を得ざらば、これに備えつつも適宜の兵力をもってガ島を攻撃せよ」

 

という指導電を南雲に下した。それを受け、南雲はやむを得ず二航戦を中核とした機動部隊支隊にガ島攻撃を命じた。

 

「なるほど、、、まずは多聞さんにも知らせろ」

 

まず、〈龍驤〉からガ島に向けて艦戦及び艦攻を6機ずつ発進させていた。納富健次郎大尉の指揮の下でガ島の上陸部隊に対して攻撃を敢行、そこには既に上空警戒に当たっていたF4F戦闘機が待ち構えており熾烈な空中戦が展開されることとなった。こちら側にも艦攻4機、零戦3機を喪失こそしたものの幸いにもたちまち全機を平らげることに成功した。その報を聞いた角田はたちまち第二次、第三次と空母を小分けにして発艦させた。無論、囮のそのまた囮である支隊の方に注目させるためである。

 

「しかし、練度不足だと言っていた割には山口司令のところもかなり上手くやられておりますね」

「ああ、あれか。きっと例の鬼みたいな訓練でしごかれたんだろう、『人殺し多聞丸』とはよく言ったもんだ。尤も、彼の訓練がなければ〈隼鷹〉の戦線投入は不可能だったろうがね」

「彼が鍛え上げたミッドウェイ以前からの搭乗員も多数残ってますからね。友永隊長も小林隊長も見事な活躍ぶりです」

 

満足げに頷く角田、だがその横で参謀は何処か納得できないような顔をしていた。

 

「しかし、これだけの練度なら、三川司令長官の仰っていたように第三艦隊だけで上陸戦力を叩くことも可能だったのでは?私には回りくどく見えますが、、、」

「私はこれでよいと思っている。恐らく機動部隊で無理強いにアメリカの防衛網を突破するとなればミッドウェイでの奴らの防空能力を見ればその損耗は少なくないだろう。正面衝突は避けながらも戦力を最大限に活かす」

「なるほど、、、」

「尤も、南雲さんや神さんがそこまで考えていたかは分からんがね」

 

その頃、〈サラトガ〉艦内ではフレッチャーが指を触角のように落ち着かなげに動かしていた。いい加減、苛立ちと焦りを隠し切るのも限界になってきたらしくその命令の語気も徐々に荒くなっているのは明らかであった。そんな時に一報が入ったものだから艦橋では様々な言いたげなことが混ざり合ってどよめいたのだ。

 

「フレッチャー提督、我軍の飛行艇が敵機動部隊を発見。軽空母4隻を中核としています」

「軽空母?敵は軽空母だけだと?」

 

フレッチャーは妙に思った。日本の機動部隊は確かに一度はミッドウェイで討ち取った、だがそれでおしまいだとするのは猛獣に麻酔銃を撃っただけでとどめを刺したと豪語するようなものである。そもそも、日本は建造途中のものを除いてもまだ2隻の大型空母が健在なはずである。

 

「はあ、確度はきわめて高いかと」

「敵は総出のはずだ。俄には考え難いが」

「しかし、複数機からその様な情報が入電しておりまして、、、」

 

参謀の是が非でも攻撃命令を出させんとする圧にフレッチャーは押されつつあったが、その時ふと思い立った。何も哨戒機の逐一の報告にこだわらずとも、航空隊に索敵させればよいのだ。フレッチャーは〈エンタープライズ〉から索敵機を23機発艦させ、続けて〈サラトガ〉からSBD艦爆30機、TBF雷撃機が8機発艦させ敵艦隊との接触を試みたのである。

 

それの前兆は日本側でも観測していた。B-17爆撃機が2機、前衛部隊に迫っていたのである。駆逐艦〈天津風〉の見張員が声を張り上げるのに呼応して〈天津風〉駆逐艦長である原為一中佐が旗旒信号と汽笛で敵飛行機発見の旨を知らせた。

 

「司令官、〈天津風〉から旗旒信号、『敵飛行機みゆ』です」

「うん、〈隼鷹〉と〈瑞鳳〉から直衛機をあげさせろ」

 

B−17はそれ自体は無論、陸上への爆撃を目的としているのだから水平爆撃を仕掛けてきたところで狙いは定まるはずもなく、艦隊に大きな損害が出る訳では無い。が、これは明らかに敵航空隊の襲撃の前兆に違いなかった。

 

「司令、角田司令官から」

「分かった。警戒隊の発艦を急がせよう」

 

入電の旨を聞いた山口は〈隼鷹〉と〈瑞鳳〉から急いで零戦を発艦させる。全機が発艦し終わったのと後方の〈翔鶴〉が電探で所属不明の航空隊(言うまでもなく、米機動部隊のものである)を観測したのはほぼ同時のことであった。空で星と日章が入り乱れ、1つずつその高度を命とともに落としていった。流石に空母3隻(この時、〈龍驤〉のみ攻撃隊を発艦させており甲板上を空けていた)から飛び立つ戦闘機を前に米軍は為す術もなく撤退していった。

 

「とはいえ、向こうさんも我々が中核戦力だと思っている以上はまた波状攻撃が来るだろうな」

「司令官、どうせこちらの位置は丸わかりとなってしまっております。こうなればやられる前に徹底的に叩くのは如何でしょう」

 

参謀の提案に角田は目を細めて口元を緩める。

 

「私も、そのつもりだよ」

 

艦内放送に小林と友永は耳を傾ける。

 

「おや、此度は留守番ですか」

 

淡々とした拍子で反応する友永であったが、小林はそれを不服だと捉えたらしい。

 

「なに、我々は空母の甲板を調理してくるだけですぜ。美味しく召し上がるのは友永大尉達の役割だ」

「そりゃ有難い、お言葉に甘えるとするよ」

「〈隼鷹〉から山口司令官…いや、今は司令か。とにかく、見ておられるからな。失敗するわけにはいかんよ」

 

そう言うと、甲板の方へと走っていくのであった。

小林率いる艦爆隊が甲板上に揃ったのを確認した角田は例のごとく作戦説明を開始した。

 

「今回の我々の作戦は陽動にあるとはいえ、発見された以上敵機が大規模攻撃を仕掛けてくる可能性はきわめて高い。その場合、耐久性に乏しい軽空母は喪失する可能性もある。その前に…」

 

作戦の旨を〈隼鷹〉艦内で山口も受け取った。

 

「ほう、索敵と同時の本格的な攻撃命令とは。何処かの臆病とは大違いだ」

 

〈翔鶴〉では草鹿より南雲が報告を受けていた。

 

「遂に二航戦が米機動部隊に発見されました、誘引までは成功です」

「そうか、案外あっさりと引っかかったものだな…我々も攻撃の必要があるな。偵察機からの入電はまだか」

 

 

作戦説明を受けた小林隊は発動機の温まった九九艦爆に乗り込む。そのまま最大戦速を出す〈飛龍〉から軽やかに飛び立った。コックピットで操縦桿を握る小林は少しばかり名残惜しそうな顔つきをしていた。というのも、この方面での作戦が落ち着き次第一度、内地に帰投しミッドウェイでも見た二式艦偵(正確にはそれの改良型)が新型の艦爆として搭載されるとする話を耳にしたのだ。このところの航空機の進化の早さを鑑みれば、足をたらんと可愛らしく垂らしている九九艦爆が置き換えられるのは何ら不自然な話ではないのだがこれまで数々の作戦を共にしてきた機体と別れが近いと思うとやはり感慨じみたものを沸かせずにはいられなかったのだ。ならば、せめて最後に近い戦いではさらなる戦果をこいつで挙げさせてやろう、そう小林は意気込んでいたのだ。

 

間もなく敵機動部隊の発見に成功する小林隊、上空警戒機の間をどうにか潜り抜け機首の先に敵空母を構えた。

 

「間違いない、2ヶ月前の奴らだな!」

 

投下レバーを強く握りしめ、やや鈍い金属音を立てるとともに一気に高度を立て直す。流石にこれだけ訓練していれば恐怖は微塵も湧いてこないのだがが、この加速度というのは何度やっても慣れないものだ。

 

「さすが隊長、命中です」

 

後部座席から観測員の声が聞こえる。最初の頃は感激していた彼も今や小林が命中させるのは当たり前だとばかりの平坦な語調になっていた。しかし、そうなったのは言うまでもなく小林の驚異的な命中精度故であり彼が小林を尊敬していた。

そんな風に被弾した〈エンタープライズ〉をフレッチャーは〈サラトガ〉から歯を軋ませながら睨んでいた。

 

「こちらの位置も丸わかり、これでお相子といったところか。上空警戒を手厚くしろ!ありったけの野猫を防空に当てるんだ!」

 

この判断がなければフレッチャーはここで空母3隻ともども海底で眠ることになっていただろう。小林隊の座標送信に追い打ちを掛けるように遂に〈筑摩〉の零式水偵が触接を図ってきたからだ。迎撃はしたものの、その通信位置から日本がこちらの位置を確実に掴んだのはほぼ間違いようがなかった。フレッチャーは二航戦を攻撃し終えて帰投した航空隊に直ちに補給を施し再出撃を命じた。

 

(申し訳ないながらこの際は隊員の疲労など気にしてはいられぬ、日本の空母の撃滅が何よりも優先されるのだ)

 

それからそう時間が経たないうちに再び〈天津風〉が敵航空機の大群を観測、信号を上げる。しかし、どうしたことかどの空母にも甲板上に零戦が数機しかないのだ。そう、現在出撃中の小林隊を収容するためにある程度の余白を取っていたことがここで裏目に出たのである。両手の指に収まるほどのわずかな数の零戦は果敢にも挑み、一定の数減らしには成功したが今度は艦隊上空への侵入を許してしまった。

 

「全艦、回避運動!」

「司令官、〈龍驤〉が狙われています!」

「何!」

 

航空母艦〈龍驤〉、様々な海軍軍縮条約の抜け穴を突かんと建造された小型空母。その抜け穴の代償に断面は逆三角形とわかりやすいトップヘビーな形となっていた。

 

「アレに浸水すれば一溜まりもないぞ!」

「駄目です、敵もカモに気付いています!」

 

敵機の攻撃は〈龍驤〉に集中していた。次から次へと魚雷や爆弾が飛び交う。それをどうにか避けている様であったが、人が動かしている以上、限界は来る。

バシャンと海の弾ける音と何かが貫通する鈍い音が同時に南洋に響く。水しぶきの先には変わらず〈龍驤〉の姿はあったが、何処か足取りが重たげであった。艦尾を見るとその船体が歪んでいるのは明らか、そこから海が内部に侵食しつつあった。

 

「敵機、撤退していきます」

 

見張員の声で一応は安堵するが、やはり〈龍驤〉が気が気でならないのも事実であった。いや、なかには最早あきらめてむしろ安心の境地に達している者もいた。なかで必死のダメージコントロールが行われるが外から見れば徐々に傾斜がつきつつあるのが望んでもいないのに嫌と言うほど良くわかる。

そして、通信が来た。内容は読まなくても分かる。一応、角田は耳を傾けた。それを聞いて彼が発した言葉はただ一つ、

 

「了解した」

 

のみであった。間もなく〈龍驤〉の甲板上に乗員が並び、旗が下ろされるのが見えた。護衛の駆逐艦は彼らの収容の為に向かっている。この調子では備え付けの内火艇を使う暇もないだろう。艦長でさえもそのまま海に飛び込んだ。それからそう長くないうちに〈龍驤〉はフジツボのくっついた赤い船底を露わにして、次第に海面からその姿を消すのであった。




これは敗北では無い。全ては薄暮、そして夜戦に懸かっている。
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