〈龍驤〉が撃沈される一時間ほど前に〈瑞鶴〉飛行隊長である関衛少佐を指揮官とした艦爆二十七機、零戦十機の攻撃隊を発艦させた。これは米機動部隊に触接したものの音信不通となった(戦後に明らかになった米軍に記録と照らし合わせると迎撃された可能性がきわめて高い)零式水偵の〈筑摩〉2号機が遺した打電から割り出された南南東、距離二六○浬(凡そ480km)を当てにしたものであった。
これといったトラブルもなしに発刊を終えてホッとしていた頃に突如として〈翔鶴〉の甲板に2つの影が映り込む。同艦はどうにか回避に成功したので二十メートルの至近弾で避けられたがあわやミッドウェイの二の舞となることであった。この時の一航戦の両空母では第二次攻撃隊の準備を開始していたために艦爆の抱える爆弾に引火すればまた一つ多くの空母を失うことになっていたに違いない。
「どうします、自分は艦隊を反転させたほうがよいかとも考えますが」
これまでの南雲のやり方に沿えば、草鹿の提案は筋の通った十分な提案に思われた。だが、そこでの南雲の返事は草鹿の予想を全く裏切るものであった。
「攻撃だ」
自身に疲弊がたまっていて空耳でもしたのかと、一応の為にもう一度聞き返してみる。だが、返答は同じであった。
「攻撃だ、敵を叩くんだよ」
草鹿の知らぬうちに南雲は闘将と化していたのだ。〈龍驤〉を海底に叩き落とすこととなった二航戦への攻撃の際に第二次攻撃隊の発艦を渋っていたフレッチャーに逡巡さが見られたことを考えると、かなりの積極性と言えよう。それから間もなく
『関小隊は直ちに出撃準備にかかれ』
と艦内放送を掛けた。南雲の勢いは〈龍驤〉喪失の旨を耳にしても
「そうか、、、だが、これで敵はミスを犯した。勝負はこちらのものだ」
と意気込むといった様子で、全く衰えることを知らなかったのである。
その頃、関少佐率いる攻撃隊は2時20分頃に二群からなる敵機動部隊を発見していた。
先の二航戦による奇襲で警戒心を高めていたフレッチャーはF4F32機に加えて、対潜哨戒用のSBDさえも邀撃任務に就かせていた。
ここで零戦が猛威を振るう。その間にあっという間に艦爆隊は敵機動部隊の上空へと到達した。片方は間違いなく〈サラトガ〉である。そして、それから少し離れたところにもう一つの空母があった。
「あれは…どっちだ?」
ミッドウェイ海戦における米軍の高いダメージコントロール能力は日本海軍、殊に航空隊の中では太陽が東から昇るのと同程度には常識と見なされていた。その為、見た目は無傷でも中身がお釈迦になっているハリボテ状態になっている可能性も否めない。艦型が全く異なる〈サラトガ〉はともかくとして、あれが無傷の〈ワスプ〉なのか、はたまた虫の息で既に戦力外の〈エンタープライズ〉なのかが問題であった。
「いや、あれは〈ワスプ〉だ。あれは〈ワスプ〉である!」
関は迷わず断定し、全軍突撃の令を掛けた。輪形陣を組む8隻の護衛艦から5inch高角砲、28mm機銃、20mm機銃の集中砲火を潜り抜けて次々と急降下爆撃を敢行する。結果としてこの判断は不正解ではであったが戦局に大きな影響を与えたとは言えないだろう。先のミッドウェイ海戦後に大破・曳航されていた〈ホーネット〉はその道中で帝国海軍の潜水艦伊168が沈めた。つまり、米軍の太平洋上における無傷の空母は〈ワスプ〉ただ1隻、連合国はこの海域での制空権を既に失ったも同然であったのだ。
尤も、この恐ろしいダメージコントロール能力で〈エンタープライズ〉はこの後に(発艦までは不可能であるが)どうにか着艦可能なまでには修理し、まだ無傷であった〈ワスプ〉と共に攻撃隊の収容に当たっていたのだ。たびたび見せる艦艇の耐久性は大戦末期に彼らが劣勢になってもなお日本海軍を苦しめることとなった。
だが、彼らは米軍であった。88浬(160km)まで攻撃隊が接近していた時点で彼らはレーダーで攻撃を察知していたのだ。そのため、既に〈サラトガ〉から攻撃隊を発艦させており誘爆によるミッドウェイの日本側の空母の沈没を再現することにはならなかった。
さて、機動部隊に攻撃を開始する直前に関は髙橋隊に対して敵機動部隊の位置を打電していた。だが、高橋隊はその通信を機材の不調でその通信を受け取れなかった。もし、ここでこの不幸がなければ米軍はこの時点での太平洋で使える空母が全て海底に眠るという事態にまで陥っていたであろう。
午後2時に発進した際の敵機動部隊の位置から、速力20ノットで130度方向(南東)に移動したと推測した高橋は午後4時の予想位置に向けて進撃していた。天気博も一つない快晴にも関わらず風は向かい風とあまり良い環境ではなかった。その上、関隊からの通信が来ないのだから正直な話、海の真ん中で迷子になっているのではないかと不安に見舞われていた。凡そ、3時半過ぎに予定地点に到達したがそこに空母の姿はない。
どうにもならん、と高橋が諦め反転帰投を命じた際に石丸豊大尉と石丸が中隊長を務める第三中隊はそれに従わず別の方向に変針した。後に聞くと、水平線上に黒点が呼び寄せるように見えたそうだ。これは熟練のパイロットだけが得る勘であり幻覚ではない。だが、そのような不正確な情報で隊丸ごと連れていけば隊全機が燃料不足で空に溺れかねない。そこで彼は中隊でまずは確認することにしたのである。
10分ほど飛んでも敵影が確認できず引き返そうと思った際に彼は再び黒い点を確認した。今度こそ迷わず、と三十分ほど飛ぶ。
「スコールか、、、」
「このなかに敵が潜んでいるのでは?」
「俺もそんな気がするんだ」
そう通信員と会話を交わして石丸はスコールへの突撃を決意する。もう満足に燃料がのこっておらず、最後の希望を託したという側面もある。だが、そこには何もない。そして、スコールを抜けるとそこにあったのはただ広いだけの太平洋であった。
「何も…ない」
「俺達、帰れないのか…」
隊員の中には思わず泣き出す者もいた。自身の勘違いで幾名もの部下を死際に立たせてしまった石丸自身もその一人であった。
この様な危機に的状況にあった石丸中隊であったが、〈瑞鶴〉では彼らが命がけで発進した信号をキャッチしていた。彼らの燃料が帰投までには到底持たないと判断した〈瑞鶴〉艦長の野元為輝大佐はなりふり構わずの最大戦速で彼らを収容しようとした。
「石丸大尉は決死の覚悟で突入した、これを救えないようでは艦長と言えん!」
34ノット、随伴艦でさえも余りにもの速度で振り落とされた〈瑞鶴〉の艦橋で野元はこう叫んでいた。
どうにか、〈瑞鶴〉は間に合った。6機が着艦、3機が海面の不時着して隊員を全員拾い上げることに成功、艦橋は安堵の笑みで溢れていた。帰還後、石丸は無謀なことをしたと叱られるのではないかと内心怯えていたが、髙橋からは
「その覚悟はミッドウェイでの友永大尉と同じ程に値する」
と激賞され、野元からも
「よく帰ってきた」
と労いの言葉を掛けられた。この件で航空隊は無論、乗員の誰もが野元を信頼し以後の作戦遂行がスムーズになったのは言うまでもない。
その奇跡の救出劇と、橙の空の下を村田を隊長とした攻撃隊が飛行していたのは同じ頃であった。発艦時に南雲から敵機動部隊の推測に基づく座標を聞いてはいたが、村田はそれを鵜呑みにはしていなかった。
「たぶん、夜にもなれば空母は基本的に使わない訳だから想定しているよりも奥にいる可能性が高い。すぐに待つかる訳じゃないということを分かっておいたほうが良いな」
とは言え、暗くなる一方の空で敵が全く見つからないと不安に駆られていく。流石に普段から飄々としている村田でも、こうとなっては焦らずにはいられなかった。
「我々が想定している以上の撤退の早さでもう追いつけない距離だったり…なんてことはないですよね」
「いや、そんなことはない筈だ」
そう村田は答えるものの徐々に不安に苛まれる。このまま自身も空と同じく海の黒さに飲まれてしまうのではないか、そう思わずにはいられなかったのだ。
だが、幾ら飛んでも変わるのは空の闇に飲まれる海の明るさばかりで全く敵空母がいそうな勘も働かない。流石の村田でも反転しようか悩んでいたその時、何かが視界に一瞬映る。例のベテランの飛行機乗りになら働く例の勘だ。ここまで来て諦めるのも流石に腹立たしいので村田はその方向を確認することにした。
「見つけた!」
闇夜に飲まれつつあったが、明らかに空に飲み込まれた海の暗い色とは異なる、黒鉄の点が彼らには確かに見えた。どうやらこちらに背を向けて撤退している最中であったようだ。あと一歩でも遅ければ彼らも石丸中隊の二の舞いに、いや、夜間であることを加味すればそれ以上に全機帰投後、村田は二航戦の航空参謀にして同期の奥宮正武に対して
「せっかく見つけた空母を逃すところだったね」
と自身ら雷撃隊を出し惜しんだことに対して皮肉めいたことを言ったという。それくらいに、奇跡的なタイミングで発見できたのだ。
米軍が急いで対空射撃を行なってくるが、夜ではどうしようもない。夜間であることに加えて海面に近い低空を飛んでいたのでレーダーでも探知できていなかったのだろう。その射撃はあまりにも疎らで戦術としての形を成していなかった。これはカモだ、そう確信した村田は機体の高度を雷撃するべく海面スレスレまで下げる。それに続いて次々と他の機体も高度を下げようとしたその時、空から太陽が落ちてきたような妙な光に包まれる。
「なんだ!?」
それは〈ワスプ〉の随伴艦が打ち上げた照明弾であった。より正確な対空射撃を行うための措置だろう。あまりにも至近距離で炸裂したので失明し、その機首を海面に向ける機体もいくつか見られる。だが、そのやり方は米軍にとって諸刃の剣であった。
「こっちにとっても見えやすくなった。好都合ってものだな!」
距離の良く離れた艦艇を照射するためならまだしも、至近距離の航空機が相手では自身の艦影も丸見えとなってしまう。数多在る艦艇の中に平べったい巨体を村田ははっきりと視認した。彼はそのまま機首をワスプの船体へと向ける。距離を徐々に縮め、
「投下!!」
九七艦攻の魚雷を抱える腕が開かれ、それからすぐにどぼんと鈍い音が海から発せられる。そのまま彼は機体を立て直そうとするが夜間であったために〈ワスプ〉のギリギリを飛ぶこととなってしまった。甲板には露天駐留中の艦載機がいくつもあり、あと少しでも機首上げが遅ければ激突していたところであろう。
村田に続けて2、3発ほど魚雷が〈ワスプ〉の船体に撃ち込まれる。精鋭である彼らはほぼ同じ位置への魚雷の発射に成功しており、これが〈ワスプ〉を沈める為の大打撃となった。更に、村田が危うくぶつかりかけた艦載機に引火したことによって事態はより一層深刻な状態となる。火災と浸水、もはや止める術はなかった。
この知らせは昼間に撃破された〈サラトガ〉に座乗中のフレッチャーにも直ちに伝わる。
「提督、〈ワスプ〉が!」
「どうした、潜水艦か」
「いいえ、航空攻撃です!」
フレッチャーは一度、手元の時計を確認する。それから艦橋から外の様子を確認する。いずれも正確に今がほぼ夜だということを語っていた。
「こんな時間に…正気か。それより〈ワスプ〉の状況は」
「ダメージコントロール中なるも浸水が早過ぎるとのこと、、、」
「持たんか、、、海兵隊の上陸作戦なんか呑気にやってないで最初から私の艦隊の全戦力を持って索敵に当たらせていればこんなことにはならなかったというのに、クソ!」
純粋な戦術的敗北、否、敵の誘引にまんまと引っかかるという己のミス(尤も、この時点で第三艦隊が囮であったと気付いている米軍の者は一人たりともいない)をこの期に及んでまで海兵隊に押し付けていたのだ。
その後、村田隊が離脱してから程ないうちに〈ワスプ〉は派手に横へと傾き出した。甲板上の航空機、或いはその残骸が重力に引かれて甲板を引っかきながらやがて海へと姿を消した。そして、遂に〈ワスプ〉自身にもその番が来た。
後に分かったのだが、この攻撃によって一部の外れた魚雷が駆逐艦〈オブライエン〉及び戦艦〈ノースカロライナ〉に直撃しており前者が沈没、後者も大破してドック入りすることとなっていたのだがこの事実を日本海軍が知ったのは戦後になってからのことであった。故に彼らはこの日を「海軍屈辱記念日」と呼ぶのである。
この大戦果をてんで知らない村田はとりあえず、〈ワスプ〉撃沈の旨を南雲に報告した。
「撃沈せしめた空母は〈ワスプ〉の可能性きわめて大なり、と。つまり我々はこの海域に留まる米空母の無力化に成功、この作戦の第一段階は戦略、戦術の両面において勝利と考えて差し支え無さそうだな。後は、三川に懸かっているな」
その頃、三川艦隊はブーゲンビル水道を横切りベララベラ、コロンバンガラ、、、とガダルカナルに近づきつつあった。度重なる哨戒機による触接に航路偽装で慎重な前進ではあったが、それのおかげもあって迎撃に向かってくる艦隊は全くなかった。夜戦が近づくにつれて純白の第二種軍装に身を包む第八艦隊司令部は戦闘要領を決定し、全艦に通達した。以下がその戦闘要領の概要(意訳)である。
一、突入はサボ島南側から。ガ島ルンガ沖の主敵を雷撃して左に転じ、ツラギ前方の敵を方雷撃したのち、サボ島北方を避退。
二、突入は一航過を基本なれど第三艦隊による米空母の撃破に成功したならば、時間の限り輸送船の撃滅に勤しめ
三、狭隘な水道における戦闘であり、烏合の衆ゆえ混乱の防止および個艦戦闘能力発揮の見地から、各艦の距離を1200mの単縦陣とする
四、射撃雷撃の見地および避退時高速使用による燃料消費量を考慮し、使用速力は26ノットとし、途中の変速は行わない
五、水偵をガダルカナルに三機、ツラギに一機進出させ吊光弾による背景照明を実施させる。水偵は水上より発進し、ショートランドに帰投
六、味方識別のため両舷しょう桁に直径一メートル(駆逐艦は0.6m)、長さ七メートル(駆逐艦は5m)の白色吹流しを掲ぐ
これに加え、魚雷を右舷から発射することが多いと予想されるため予備魚雷を全て右舷に移した。
日本時間午後四時二十七分、この時間がソロモンの日没の時間である。日没と共に可燃物となりうる様々な燃料などを投棄し戦への備えを進めた。日没後、三川は発光信号で全軍を次のように激励した。
『帝国海軍の伝統たる夜戦において必勝を期し突入せんとす、各員冷静沈着よくその全力を尽くすべし』