月の出ぬ闇夜に海のかき分ける音だけを浮かばせてひたすらに第八艦隊は進み続けていた。22時20分,〈鳥海〉の偵察機がサボ島南に軽巡3隻発見の旨を報告。後にこの偵察機はツラギ沖に輸送艦二十隻も発見していたことが明らかになっているが、母艦に通報したかどうかは定かではない。2隻の哨戒中の駆逐艦〈ブルー〉〈ラルフ・タルボット〉と遭遇するという事件もあったものの、島の乱反射で気づかれることなく済んだ。
そもそも、先見述べた通り連合軍は第八艦隊はイザベル島への水上機基地建設の任に就いているという見方で一貫しており、ガ島東側に展開していた第三艦隊による航空攻撃を恐れたターナーによる指揮もあって島西部の哨戒戦力は極めて手薄になっていたのだ。「米海軍のパットン」とすら言われるほどの彼がそう判断をしたために皆が納得してしまった、というのは大きいだろう。更に、その航空攻撃を恐れたターナーはバンデクリフト海兵少将および水上部隊の指揮官であるクラッチレー英海軍少将を自身の座乗艦である旗艦輸送船〈マコーレー〉に招集をかけたのだが、その際にクラッチレーの不手際で南方部隊の指揮権を米重巡〈シカゴ〉艦長のホワード・D・ボード大佐に預けるのみであり、次席指揮官の〈ビンセンス〉艦長であるフレデリック・L・リーフコール大佐に全警戒部隊の指揮権を譲ることはしなかったのだ。指揮系統の乱れも本海戦に大きな影響を与えたのは間違いない。
この様な数々の幸運に恵まれた三川艦隊はいよいよ南水道に突入する。天気は曇り、濛気あり、月は無し。視界は凡そ10km程度であった。2331、三川は全軍突撃を命令。その直後、見張員が
「左舷七度に巡洋艦!」
と声高に叫ぶ。
結局、これは昼の空襲で損傷した駆逐艦〈ジャービス〉であり、魚雷は1本も命中しなかったのだが、今度は右舷の見張員が大声で報告した。
「右舷9度に巡洋艦3隻、右に行動中」
〈鳥海〉は攻撃のために左に変針、それと同時に〈鳥海〉所属の水偵に吊光弾の投下を命じる。それから幾秒もすれば真黒な空のスクリーンにくっきりと連合軍の艦艇が映し出された。ショーの始まりに相応しい、劇的な演出であった。
さて、日本海軍の接近にいち早く気づいたのは南方部隊の駆逐艦〈パターソン〉であった。この海戦において連合国側としては数少ない油断とかけ離れた行動を続けた武勲艦と評されても異論がないほどに優秀な戦闘行動を続けた艦である。無線電話での警報送信と同時に「敵襲」を意味する発光信号を掲げる。それから間もなく照明弾を上げた本艦は反撃すべく主砲や機銃をひたすら放つ。この際、〈夕張〉に主砲が1発被弾するが大きな被害はなかった。更に〈青葉〉の左舷には機銃弾が命中し、一瞬火を吹くのだがこれと言ったこともなく消化に成功した。尤も、この〈青葉〉は日本海軍の中でも屈指の豪運艦の1つでありこれはその逸話の一つに過ぎないのだが、今はそれを羅列するべきばではないだろう。ともかくとして、この直後に〈パターソン〉は〈天龍〉による探照灯の照射を受けると同時に〈古鷹〉の主砲が艦橋付近に直撃。艦長が戦死する。重巡が相手では為すすべもなく、撃破された本艦は早々と戦線離脱することとなった。
「まったく、何だ?」
「ジャップはガダルカナルにゃ来ねえって話だったよな」
〈パターソン〉の警報で叩き起こされた〈キャンベラ〉の乗組員は寝起きゆえの混乱もあって右往左往しながらもどうにか配置についた。だが、それはまさに〈鳥海〉の魚雷が接触する寸前のことであった。〈鳥海〉水雷長の号令とともに鈍い水の音を立てた魚雷は〈キャンベラ〉の右舷を一直線に目指す。それに続くように〈青葉〉〈加古〉〈衣笠〉〈古鷹〉も砲雷撃を開始、計8本の魚雷命中に成功した。〈キャンベラ〉は激しい揺れに見舞われる。それと同時に主砲を炸裂、〈キャンベラ〉の甲板は次々と火で焼かれた。間を置くことなく艦橋にも着弾、艦長のF・E・ゲッティング大佐は瀕死となった。
〈シカゴ〉も同じく警報で行動を始めたが、やはり魚雷がすでに差し迫っていた。1本が左舷艦首に直撃、直径五メートルもの大穴を空けた。一方で〈バークレー〉は反撃すべく左舷を三川艦隊に向けて雷撃するが命中することはなかった。かといって日本軍の砲火にさらされることもなかった。三川艦隊は大して障壁にならない駆逐艦に興味などなかったのだ。こうして一方的に南方部隊を蹂躙した三川艦隊はその矛先を北方部隊へと向けた。
ここで〈ビンセンス〉〈クインシー〉〈アストリア〉とニューオルリーンズ級3隻による単縦陣からなる北方部隊は当直士官以外が就寝に就いていたこともあって完全に無警戒であった。砲火観測の報告を受けたリーフコールは起き上がり、双眼鏡でサボ島方面に炸裂する照明弾を確かに観測した。しかし、彼はそれをせいぜい少数の駆逐艦による挑発的な侵入に過ぎないと判断。ここで同士討ちになるのもそれはそれで危険なので15ノットで前進することを命じたのである。これを発見した〈鳥海〉は探照灯を直ちに照射する。しかしリーフコールは南方部隊が敵艦を照射しようとしているのだ、と判断。苛立った様子で
「照射やめよ、我味方なり」
と打電するよう命令する。その返事は、、、ありったけの徹甲弾であった。まず、〈アストリア〉の艦中央部に命中、ガソリンタンクが爆発、続いて砲塔や艦橋と次々に破壊され、完全に沈黙した。かつてはアメリカで客死した斎藤博駐米大使の遺体をわざわざ届けてくれた本艦、皮肉なことに当時の艦長はターナー提督。遂に、その友誼に報いることなく翌日に沈没することとなった。〈クインシー〉は搭載している水偵に直撃、それが丁度探照灯代りとなって集中砲火を浴びた。
「クソ、ジャップの艦隊か!取舵いっぱい、反撃しろ、反撃だ!」
よろめきながらも〈クインシー〉は反撃を敢行する。もうどうにもならぬ、と悟ったのか〈鳥海〉ただ1隻に突撃するように発砲を仕掛けてきた。1発目、3番主砲に命中。砲塔後壁を貫通し右舷で爆発。砲塔使用不能となる。2発目、艦橋後方作戦室に命中貫通。従軍記者の丹波文雄ほか十数名負傷。戦死は数名。海図は爆風で木っ端微塵となれど予備はあるため作戦続行に支障なし。3発目、後部マストに命中。当時の連合軍の弾薬は粗悪品であり、命中した主砲弾がいずれも不発に終わったことは幸運極まりないだろう。例えば、作戦室を貫通した弾が炸裂していれば三川司令長官含めた艦橋要員は、、、などと考えると恐ろしいこと極まりない。
しかし、そうは言っても不発弾は不発弾。日本軍に決定的なダメージを与えられないまま突出した〈クインシー〉は零時三十五分に左の転覆、そのまま沈没した。
〈ビンセンス〉も徹底して反撃の機会をうかがっては主砲を発射したが、リーフコールの指揮も虚しくせいぜい四回程度に留まった。日本海軍の挟撃による集中砲火で最早どうにかなるものでもなかったのだ。次々と艦中央部に弾がめり込む。魚雷も四本が命中し、最後の反撃を終えた〈ビンセンス〉も度重なる主砲の爆発で蜂の巣状態となり、その穴という穴から艦内を海水で満たした。当然、もう使い物にはならない。結局、本艦も零時五十分に〈クインシー〉から三浬離れたところに身を落とすこととなった。
その海戦の光は目と鼻の先にあるガダルカナルの泊地に停泊している〈マコーレー〉のターナーらもはっきりと見ていた。
「海戦が始まったようだな。前に出て指揮を執ったほうが良いのでは?」
「なに、2群の艦隊が警備しているのだ。そう大事には至るまい。しかも、ここで前に出てはさらなる混乱を引き起こしかねない」
ターナーの懸念に対し、クラッチレーは杞憂だとばかりに手を振りながら答える。ターナーは何処か引っかかるような表情をしながらも、情報が入っていない現状では動いたところで混乱を招くだけだ。
「、、、うむ。それもそうだな」
「それに、フレッチャーの機動部隊がやれらた以上は航空支援も望めない。明朝には撤退させたいが、逆に言えば明朝までは耐えたい。ここで揚陸作業を中止すれば兵が餓えることになるのは間違いないからな、中断は避けたい」
バンデクリフトもクラッチレーの意見に賛成であった。フレッチャーに怒りをぶつけたいのが本音だが、彼が機動部隊を食い止めたのも事実だ。日本艦隊は撃破後、反転したというしナグモの攻撃はないだろう。臆病なフレッチャーなりには最善を尽くしたのだ。彼のみみっちい勇気に敬意を評する為にも、揚陸作業は断固続行するつもりだったのである。
だが、それは叶わなかった。
「何事だ」
突如として落とされた照明弾に彼らが反応するのには時間がかかった。だが、問題はそれと同時に複数の輸送船が爆発を起こしていたことだ。
「我が輸送船団が雷撃を受けています!」
「そんな馬鹿な!」
どれほどジャップが強大な敵だとしても、奴らが瞬間移動など出来るはずがない。幾らステレオタイプ的偏見が残っていても、彼らがニンジャでないことも況や瞬間移動ができないことくらいはターナーもクラッチレーも、そして言うまでもなくバンデクリフトも良くわかっていた。
そう、彼らは先の南方部隊との交戦で炎上する敵艦を回避すべく島沿いの右に転舵した結果、本隊と逸れた〈北上〉〈大井〉、それに続く形で航行してきた〈天龍〉〈夕張〉であった。意図せずとも三川艦隊が二手に分かれたことによって連合軍に反撃の猶予を奪っていたのである。
「敵艦隊、目の前です!」
「落ち着け!こいつらは旧式の軽巡、所詮大した砲撃も雷撃も」
それがターナーらの最期の言葉だった。〈北上〉〈大井〉から放たれた圧倒的な魚雷の弾幕はあっという間に泊地に停泊しているアメリカの輸送船団とその物資を鉄屑やらその他漂流物に豹変させた。更に、その2艦に加えて〈天龍〉〈夕張〉による砲撃で物資も次々と炭の燃えカスへと姿を変えた。
唯一、この輸送船団に張り付く形で警備していた重巡〈オーストラリア〉はあっという間に右舷丸ごと破孔だらけとなり弾薬庫に誘爆、一瞬で轟沈した。
「これは、、、凄いな」
〈天龍〉に座乗していた第十八戦隊司令官の松山少将もこう口にする他なかった。最早、海戦というよりは虐殺に近かった。
これと同じことはツラギ島沿岸でも起きていた。
「米軍の航空戦力は南雲機動部隊がしっかりと潰して下さった!彼らの血の滲む努力に報いる方法は唯一つ、泊地に突入し輸送船団を撃滅する他にない!」
北方部隊撃滅後に迷うことなく再反転した三川艦隊は敵輸送船団の停泊地に突入。昼の航空攻撃で炎上したままの〈エリオット〉が良い澪標となっていた。単縦陣で主砲を睨ませた三川艦隊は次々と主砲や高角砲、機銃を放つ。
ここで最後に残った東方部隊が迎撃すべく三川艦隊方面へ船足を上げる。例え、既に作戦目標が果たせずとも命ある限りできる限りの抵抗をして命を散らす。いつの時代も武士(もののふ)はこうある存在であった。
この時、三川艦隊も最後の応戦準備をしていたが彼らは東方部隊の向こうに更なる別の艦隊があるのを確認した。一瞬、艦橋がざわめいたがそれは杞憂だった。彼らは先の戦闘ではぐれた〈北上〉隊(無論、正式名称ではないが以後は便宜上前記のように記す)だったのだ。戦闘開始前にそれぞれの艦に担がせた白の吹流しがここに来て役に立ったのである。〈北上〉隊もこれを察知、ここで彼らは挟撃を企図したのである。
もはや、重巡洋艦のいない敵艦隊を粉砕することは容易極まりなかった。まず、駆逐艦〈モンセン〉に〈青葉〉の放った主砲が直撃、真っ二つになって轟沈した。連合軍も負けじと軽巡洋艦〈ホバート〉及び防空巡〈サン・ファン〉が反撃してくる。特に〈サン・ファン〉は最新鋭のSGレーダーを装備しており、確実に敵艦を狙ってくるのが厄介であった。砲弾が〈衣笠〉の艦首に直撃するが、幸い航行に支障はない。なんとか十字砲火の構えを組んだ日本艦隊は熾烈な反撃を与える。遂に〈ホバート〉が耐えきれなくなり沈没。他も少なからず損傷を受けている状態でこの海戦は終わったのである。
最早、指揮官が軒並み戦死した連合軍に為す術はなかった。輸送船は9割が大破ないし撃沈。残った1割も先ほどまでの仲間であった鉄塊に行く手を阻まれ思うように動けない。脱出を諦めた彼らはしばらく海岸でとどまることにした。
それから数日経っても、物資の補給に上陸したはずの連合軍が現れないのを妙に思っていた頃であった。
「な、なんだ!?」
突如として連続的な金属音と同時に輸送船の上部に穴が空く。
「ジャップだ!?奴らの陸上部隊だよ!」
先の海戦で途中より姿を見せていない〈夕凪〉、これは作戦通りであった。本艦の役目は一木支隊、その先遣隊900名をガ島に届けることにある。いくら船体延長などの本格改装をしたとは言え、せいぜい800名程度が限界であるところを無理して詰め込んだので居住性は最悪であった。島に着き解放された気分の彼らは怒涛の勢いで進撃していたのである。更に擲弾筒で甲板上の船員を狙撃、それから直ちに銃剣突撃が行われた。戦意のかけらもない船員は直ちに降伏、捕虜となって後日護送された。
こうしてソロモン諸島における初動は完全に日本有利に動かすことに成功した。だが、先に述べた通りこの地は連合国にとっても対日反攻の重要拠点、ここを奪取せぬことにはどうしようもないのだ。彼らの反撃のときは近い。それを示すように、真珠湾からは新鋭の戦艦がソロモンへと向かいつつあった、、、
損害については以下の通り
連合国
沈没
豪重巡〈キャンベラ〉
豪軽巡〈ホバート〉
米重巡〈アストリア〉〈クインシー〉〈ビンセンス〉
米駆逐艦〈モンセン〉
〈マコーレー〉他米輸送船三十余隻
損傷
米重巡〈シカゴ〉
米軽巡〈サンフアン〉
米駆逐艦〈パターソン〉〈ブキャナン〉
大日本帝国
損傷
重巡〈青葉〉〈鳥海〉〈衣笠〉
軽巡〈夕張〉